心優しい悪役
イェナから解放された彼女は喉元を押さえて激しく咳き込んでいる。私はすぐに立ち上がってイェナのもとへ向かう。
「ダメじゃないですか!あんなことしちゃ!女の人ですよ?」
「危ない目に遭わされてるのに何言ってるの?」
「結果的に無事だったんだからいいんです!殺しちゃダメですよ!?」
「……」
「殺したら嫌いになりますからね!」
私が押しの一言を告げると、不満そうにしながらもコクンと頷いた。
こんな目に合わされたのにミルを助けるなんて、お人好しだ、とイェナの目が言っている。そこは意外と私にもヒロインの素質があるのか。だけどさすがに目の前で「殺してください!」なんて言えるほど性格悪くはないつもりだ。
イェナがミルを横目で見ると、視線を感じた彼女はビクッと体を震わせて怯えている。そんな様子もお構いなしにスタスタとミルのもとへ歩いて行き、冷たい目で見下ろすと──。
「ナツが殺すなって言うから殺さない。けどそれはナツの前でだけだ。忘れるな。お前はもうオレの“敵”として認めた。これから先、ナツがいないところでお前に会おうものなら殺す。死にたくないならせいぜい俺の目の前から消えることだね」
無情にもそう言い放つ。イェナのことを好きな彼女の行動は確かにやりすぎだったとは思うが、その理由を考えると共感してしまう部分がある自分も強くは否定できない。
……それでも、許せるかどうかは別の話で。
正直に言うと、ミルを殺させないのは彼女のためなんかじゃない。私がイェナに殺して欲しくないのは、目の前で血を見たくないから。結局そんな自分勝手な理由だ。だからイェナがミルに放った言葉を制止しなかった。これからも、私がいないところで彼がミルを殺すのを止めるつもりはない。自分でも非道だと思うが──私には“関係ない”と切り捨ててしまえるほど、悪役の影響を受けているのは間違いないだろう。
──ああ、やっぱり私はヒロインにはなれないな。
心の中でそう自嘲した。
「……早く、消えろ」
イェナがミルに向けて最後の言葉を放り投げると、彼女は震える足を無理やり動かしてヨロヨロと闘技場の方へ走り去っていった。
「──おい、無事だったか」
パッと振り向くと、マルとデケン、そしてフレヴァーがこちらに駆け寄ってくる。私も笑顔で走り寄るとデケンがわしゃわしゃと頭をかき回した。
「お嬢ちゃん、花は好きか?」
さっきまで戦っていたはずなのに、いつの間に摘んだのか……デケンがその大きな手で小さな花束を差し出す。ニコニコと柔らかい笑みにつられて、私も満面の笑みで受け取った。
「お前そんなもん拾ってたのかよ!?あいつは花より団子だろ。菓子でもやった方が喜ぶんじゃねえの?」
マルが眉を吊り上げて鼻で笑う。
「……じゃあ怖がらせたお詫びに、買って来る」
フレヴァーが真剣な顔でそう言った。
「いらん!!むしろ助けた俺らがお詫びされるべきだろ!」
「……ははは」
私は花束で顔を隠すと、肩を震わせて笑った。どうしようもなく悪い人たちなのに──なぜこうも、心が温かいのだろう。




