#9 魔法講師エスト
翌日、俺は昨日エストにお願いした『魔法の使い方を教えてもらう』を叶えてもらう為に、まず食堂の一角で魔法についての講義を受ける事になった。
というのも魔法は感覚だけで使えるような物ではなく、ある程度知識を有した状態で初めて発現する物であるらしく。
仮に感覚で発現させられたとしても形の決まらないデタラメな魔力の塊にしかならず、決まった形を持たせることが出来ないそうだ。
「ではまず、魔法が有する属性から説明しますね」
「よろしくお願いします、先生」
からかわないでくださいっ! と一瞬ムスッとしたエストだったが、案外先生という響きが気に入ったのか内心少し嬉しそうにしているのがよく分かる。
口元の綻びが隠しきれていない。
そんなご機嫌な彼女が得意げに魔法について語り始めた。
「魔法には四つの基本属性と二つの特殊属性があるんです。まず基本属性が『火』『水』『風』『土』の四つで、特殊属性が『聖』『闇』の二つです」
更に言うとそれぞれの属性には個人において向き不向きが存在するらしく、理論上人間は全ての属性の魔法を操ることが出来るものの適性が低いとそれに応じて発動させた魔法の規模も変わるらしい。
「私は火と風の水の適性があって、その中でも水属性は適性が高いんです。逆に風属性はあまり得意じゃありません」
「へぇ、じゃあ誰でも満足に魔法が使える訳じゃないんだな」
それだけじゃないんですよ、と続けるエスト。
「適性の高低に応じて使える魔法の幅も変わってくるんです。例えば、私だと水属性の上級魔法は使えますけど、風属性は中級魔法の成功率がかなり低い......みたいな感じでしょうか」
要するに魔法における適正とは『センス』と同意だろう。
運動神経の有無で得意なスポーツの幅が変わるのと同じだ。
魔力さえあれば簡単に使えるものだと考えていたが、そう甘くはないらしい。
......俺にはセンス、あるんだろうか。いや、無いと困るぞ。
「あとお話する事は......無いですね。多分、ここから先は実際に体験してもらった方が覚えやすいと思います」
「お、魔法の練習をするのか?」
違いますよ、と首を振ってエストが取り出したのは正六角形の小さな黒い箱。
それをパカッと開くと、中にはビー玉くらいの大きさの石が入れてある。
白色の半透明で少し角ばった形をしたその小石をエストは手に取ると、俺に手渡してきた。
「えっと......これ何?」
「ぎゅっと握ってみてください。その時、なるべくその石の事を意識してくださいね」
いきなり手渡されて握れと言われ、少し戸惑ったが取り敢えずやってみよう。
目を瞑り、右の手のひらに置いた小石を言われた通りに握る。
小石が肌に触れている感覚を意識して......。
少しの間そうしていると手のひらがジワジワと暖かくなっていくのを感じ始めた。
熱源はあの小石だろうか。
と、そこであることに気がついた。
「あの、エストさん」
「......どうしたんですか? 急にさん付けなんて」
「いやあの。何か手のひら凄く熱くなってきたんだけど、これ大丈夫だよね?」
というより痛い。
暑すぎて手が痛いのだ。
そろそろシャレにならなくなってきたので急いで小石を机に落とし、ダッシュで食堂前の水場へ。
水を掛けたら一瞬ジュッと音がした、ヤバい。
「だ、大丈夫ですか!? というか、何で輝石があんなに......?」
アルバーさんに事情を話して、調理場の氷を布で包んでもらい手に当てる。
危うく火傷するところだったかと思いきや、手には皮が溶けた跡がないのでその点、守備力の補正が働いているということだろうか。
「てか、輝石って何? あの小石の事?」
傷は無くとも少しだけヒリヒリする手を冷ましながら席へ戻ると、握る前は光っていなかった小石が強い光を放っていた。
だが暫くするとその光は徐々に弱くなっていき、俺の手のヒリヒリが取れる頃には元に戻っていた。
「実はこの小石、握る事でその対象の魔力量を図ることが出来る魔道具なんですけど......あんなに光ったり熱が出たりしたのは初めてです」
今はもうなんの変哲も無いただの小石に戻ったそれを黒い箱に直しながら、エストが困惑の混じった声色で続ける。
「ヒロトさんの魔力量はとても高いみたいです。私もそれなりに自信はある方なんですけどあんな反応は出ませんでしたし」
「規格外って事か。......でも、魔力が高くても使いこなせるわけじゃないんだろ?」
その通りです、と首を縦に振るエスト。
机の上に広げた本や道具を片付けると、席を立つ。
「宿の裏庭へ行きましょう。そこで実践練習です!」
──────────
「この宿、裏庭があったのか」
食堂にある扉から出てすぐの所にある庭。
木組みの棚に大量の薪が積まれていたり、石焼きの窯が置いてある。
どうやらここは作業場らしい。
「これだけ広ければ、簡単な魔法の練習くらい出来ますね」
そう言うとエストは薪置き場の隅に転がった使い物にならなさそうな物を何本か持ってきて、庭の中心あたりに並べていく。
どうやら、あれを的に使うらしい。
「ふぅ、これで準備完了ですね。それじゃあヒロトさんはここに立ってくれますか?」
言われるがまま転がっていた木の棒で描いた簡素な円の中に立つ。
「まずは初歩的な魔法からです。えっと......まず私がお手本を見せるので、良く見ていてくださいね」
「わ、分かった」
静かに目を瞑り、ゆっくりと左手を前に突き出すエスト。
その間、少しだけゾワゾワとした感覚を覚えた。
「灯れ、導の火よ『トーチ』!」
詠唱の完了と共にエストは人差し指をピンと出し、その先端から小さな火の玉が立ててある薪を目掛けて一直線に飛んでいく。
命中すると小さな火がそれに灯り、少し不格好な松明のようになった。
ふぅ、と人差し指に指を吹きかける彼女の仕草は宛ら硝煙を吹き消すガンマンの様だ。
「とまあ、こんな感じですね。この魔法なら直接的な威力も無いですし練習にはもってこいだと思いますよ」
さて、いよいよ俺も魔法を使う時が来た。
といっても、最初は攻撃魔法ではなく日常生活で使う簡単な物だが。
「目を瞑って、しっかりイメージするんです。揺らめく灯火を頭の中で形作ってください」
「わ、分かった」
言われた通りにイメージを固めていく。
小さな、手元を照らせるくらいの火。
すっと右手を前にだし、銃の手を形づくる。
狙いを定め、エストが先程行った詠唱の文を一言一句違わずに。
「──灯れ、導の火よ『トーチ』!」
瞬間、自分の指先に何か力が集まる感覚を覚え。
小さな火の玉が勢い良く薪へと衝突した。
乾いた音を立てて転がった薪が放たれた火に焼かれ、パチパチと火花が弾ける音がする。
どうやら使う事が出来たらしい。
「えっと、成功で良いのかなエスト」
「ちょっと威力が出ちゃってますけど......成功ですよ、ヒロトさん!」
その後、他の五属性の魔法についても取り敢えず初級の段階については使う事が出来ることが判明し、少し安堵を覚えた。
これより上の魔法となると、実戦での練習が最適らしい。
明日、また依頼を受けてその合間に練習をする事にしよう。
ふと気付けば太陽が頂点を過ぎて少し傾き始めている。
「さてと。エスト、そろそろお昼にしようか」
「はい! それが終わったらもう一度おさらいしておきましょうね!」
張り切った様子のエスト。
年下の子に色々教わるというのは新鮮な気分だったが、彼女の教え方が丁寧で助かった。
「お手柔らかにね、先生」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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