#4 小さな魔法使い
翌朝、少し早くに目覚めた俺は部屋の窓を開けてそこから外の景色を眺めていた。
まだ早朝ということもあって、街はとても静かだ。
聞こえてくる音といえば小鳥のさえずりぐらいなものか。
ぐっと背伸びをして大きく欠伸をする。
「異世界の朝ってのは気持ちいいもんだなあ」
昨日と同じ様なそよ風が髪を揺らし、少し冷たい空気が徐々に意識を覚醒させていく。
暫くボーッと街を眺めていたのだが、くうくうと腹の虫がなり始めたようで。
「......ちょっと早いけど朝飯にするか」
普段着に着替えた俺は、部屋をあとにした。
──────────
「お、早いんだなヒロト」
「どうも、アルバーさん。ちょっと目が覚めちゃったので」
食堂へ降りると、そこには既にアルバーさんがいた。
どうやら食堂のテーブルを掃除していたらしく、手には茶色い布巾を持っている。
相変わらずタンクトップにエプロンが何とも言えない感じだが、俺が何の為に食堂に降りてきたかを察してくれたらしく。
「ちょっと待ってろ。今簡単なもん作ってやるからな」
と厨房へ入っていった。
俺はというと、何か手伝おうと取り敢えず布巾を持ったは良いもののどのテーブルもピカピカに磨かれていたのでそっと机の上に戻しておいた。
「......」
厨房から料理をする音が聞こえてくる。
手持ち無沙汰になった俺は、ただ立っているのも気まずくなって席に着いてしまった。
待っている間、少し食堂の中を見回してみる。
決して大きくはない。むしろ、俺の知っているレストランと比べればかなり小さいくらいのスペースだ。
そこに六人がけの机が三つと二人がけの机が四つ。
厨房のすぐ近くにはバーカウンターの様な物もある。
壁には農村の絵や壁掛けの花。
そして、一枚の写真が飾られている。
大柄な男と細身の女性。
そして、男の肩には小さな女の子がちょこんと座っている。
とてもいい笑顔だ。
(真ん中の大柄な男の人がアルバーさんか? となると、この二人は......)
「どうしたよボーッとして」
「のわっ!」
背後から急に声をかけられて、思わず飛び上がる。
その反動で椅子から転げ落ちて頭を打った、痛てぇ。
床に転がったまま頭を抑えて蹲る俺を、やれやれと言った様子で苦笑する彼は手を差し伸べて立たせてくれた。
「急に話しかけたのは悪かったけどよ、そんなに驚く必要あったのか?」
「考え事をしてたもので......」
ジンジンする頭を摩りながら、彼が出してくれた料理に手を付ける。
甘い味付けのスープとバゲット。
それとササミのような食感の蒸し肉が添えられたサラダが今日の朝食だ。
サラダをもしゃもしゃと頬張りながら、俺は先程の写真のことについて聞いてみる事にした。
「あーその写真な。俺の家族なんだよ、ソレ」
「へぇ。って事は、この奥さんと娘さんですか?」
「そうなんだよ。どうだ、可愛いだろ?」
壁に掛けてあった写真を手にとって、デレた顔を見せるアルバーさん。
あの強面が緩んで大変な事になっている。
それから話を聞いてみると、奥さんと娘さんはこの街に住んでいるらしく、住み込みで宿主として働く彼に時々会いに来るという。
宿の仕事が忙しくて中々家に帰ることが出来ないから、来る時には必ず奥さんが食事を持ってきて一緒に食べるんだとか。
近所でも有名な仲良し夫婦らしい。
「っと、長話し過ぎたな。俺は仕事に戻るけど、なんかあったら言えよ。出来る範囲の事ならちゃんと助けてやるからよ」
十分ほど話し込み、アルバーさんは掃除道具を持って二階へと上がって行った。
「......宿主ってのは大変なんだなあ」
それでも誇らしげな彼の背中を見て、何事にもやり甲斐というものが大事なのかと、実感した。
──────────
用意してもらった朝食を食べ終え、返却口に返した俺は食堂の隅でこちらを見ている少女に気が付いた。
もしかしたら昨日感じた視線の正体は......と思い至り、慌てて目を逸らした彼女の元へと足を向ける。
「あの、俺なんか変なところあったかな? すごいジロジロ見られてたからちょっと気になったんだけど......」
話しかけてみると少女は華奢な体をビクッと強ばらせ、ギギギ......と音が聞こえてきそうな動きで首をこちらに向ける。
いや、そんなに緊張しなくてもいいじゃないか。怒っている訳でもあるまいし。
「えっと、その......」
人見知りなのか、中々話をしてくれない少女。
不意に彼女の格好に目をやると、魔道士が着ている様なローブである事に気が付いた。
よく見れば腰のあたりにワンドも差している。
「もしかしてさ、冒険者だったりする......のかな?」
述べた推測を聞いてハッと俺の顔を見つめる。
フードを被っていたので顔は今まで見えなかったのだが、ふわりとフードが取れて金髪に蒼い瞳をした可愛らしい顔が現れた。
「そう、なんです。 私冒険者になりたくてこの街に来て......」
ほう。という事は俺と同じ冒険者を目指してる子なのか。
どうやら話をしてくれるようなので、俺は彼女の向かいに座る。
「......なるほどね。つまり冒険者になるには二人以上での申請が必要で、パーティーを組んでくれる人を探してたと」
少女はこくこくと頷いて肯定する。
けど、知らなかったな。
ギルドがあるのは聞いていたが、冒険者として登録するのにパーティーを組む必要があったとは。
知らないまま行っていたら門前払いされていたところだ。
「それで、貴方はまだ登録されてないんですよね?」
「うん、まあ。おいおい行こうとは思ってたけど、そんな条件があったなんてなあ」
これはまず、冒険者になる前に仲間を募らなくてはいけないか。
と、不意に俺の両手を彼女は握って顔をぐいと寄せてきた。
近い、近いぞ...!
そんでもってほのかに甘いいい香りがなんでもないぞ、忘れろ俺。
「も、もし良かったら私とぱ、パーティーを組んでくれませんか!?」
「お、落ち着きなよ!」
急に大声をあげる彼女を宥めながら周りをキョロキョロ。
よし、また食堂に人は来てないみたいだ。
ちょっと待っててと席を離れ、食堂に置いてある水をコップに入れてそれを彼女に渡す。
ゆっくりとそれを飲み干した彼女は少し落ち着いたのか、顔を少し赤らめながら話を始めた。
「実はこの街に来たのはほんの数日前で、一緒にパーティーを組んでくれるような人が居なかったんです」
「えっと、要するにお願いはしてみたって事?」
また少女はこくんと頷く。
......その沈んだ顔を見るに、全員に断られたのだろうか。可哀想に。
「......それで、何でまた俺とパーティーを組みたいと? まあ大体の理由は分かるけど」
「あの、貴方もこの街に来てすぐなんですよね? あの服屋さんで装備とか整えてましたし」
ん? 確かにそうだけど、何でこの子がそんなことを知って......。
もしかして、服屋を出た時に感じてた視線って。
「君さ、もしかして俺の後つけたりしてた?」
少女がビクッと震える。
どうやら図星らしい。
俯いているのでどんな表情をしているのかは分からないが、耳が真っ赤になっているので予想はつく。
「ご、ごめんなさい。でも、今度こそはって思っていたので......」
「別に怒ってないから良いよ。......それで、さっきの話の続きだけどさ」
彼女は冒険者になる為に、パーティーを組んでくれる手の空いた冒険者を探している訳で。
実のところ、その話を聞いて俺もパーティーメンバーを募る必要が出てきた訳だ。
となれば、答えは一つしかないだろう。
俺の目の前に、手の空いている上にパーティーメンバーを探している駆け出しが居るのだから。
「組もうか、パーティー。俺とで良ければだけど、さ」
「ほ、本当ですか!?」
またも机から乗り出して俺の目の前へ。
ああ、もう顔が近い!
「ま、まあ。俺も一人だし、冒険者になる為にパーティーが必要なら丁度良いかなって」
「ありがとうございますっ!! 良かった、本当に良かった......!」
次は椅子の上でプルプルと震えてる。
多分喜んでるんだろうけど、案外感情の起伏が激しい子なんだな。
...そういえば、自己紹介がまだだったな。
「それじゃ改めて......俺は霧島 大翔。これからよろしくね、えっと......」
「エスト。エスト・シルヴィアです。あの、こちらこそよろしくお願いします! キリシマさん!」
「大翔でいいよ。......ってそうか、こっちだと英語式と同じなのか」
えいごしき? とエストが小首を傾げる。
まあわからなくて当然だよな。
「それでさ、俺は大翔が名前で霧島は苗字なんだ」
「変わったお名前なんですね。あ、それじゃあヒロトさん、で大丈夫ですか?」
「うん、よろしくねエスト」
こうして俺は金髪の少女。もといエストとパーティーを組むことになった。
この後、登録は早い方がいい。と彼女が言うので、急いで準備を整えてギルドへと向かった。
人見知りだけど、行動力はとっても強いみたいだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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