#1 異世界に行きたい
それまでの日々は退屈だった。
朝起きて食事をして、学校へ行って授業を受けて、家に帰ってまた食事をして風呂に入って寝る。
特に代わり映えの無い毎日を繰り返しているばかりで、どうにも不満だった。
別に全然楽しくなかった訳でも無い。
幸運な事にクラス内には話の合う友人が多く居る。
アニメやラノベ、ゲームといった娯楽の数々もある。
......でも、それらには刺激が足りなかった。
俺は『非日常』に憧れていた。
突然怪獣が現れて街を破壊したり、地球に巨大隕石が衝突したり......とまでは望まないが、ある日突然自分の中の秘められた力が覚醒したり、実は仲の良い友人が異世界人だったり......。
とにかく、それまでの日常をぶっ壊すような刺激が、俺は欲しかったんだ。
「またな、霧島!」
「おう」
大手を振る友人に別れを告げて、校門を出る。
今日は珍しくサボり魔の生活委員が花の水やりをしていた。
「あれ、あのサイダー無くなったのか」
途中、自販機で飲み物を買おうとして、人気のサイダーが無くなっていることにも気が付いた。
売り切れにでもなって、別の商品に差し換えているのだろうか。
(いつもと、違うな)
そう、今日はいつもと違った。
いつも八百屋の店番をしているオバサンが居なかった。
かと思えば、店の奥でいつもは座っているオッサンが今日は店前に出ていた。
いつもならすれ違わない犬を連れた老人とすれ違った。
いつも塀の上にいる猫が居なかった。
(......何で、今日はこんなに違うんだ)
そして、いつもここに来る時には上がっている踏切のバーが、下がっていた。
(どうせならもっと大きな変化を見たいんだけどな)
電車がガタゴトと大きな音を立てて迫ってくる。
少しづつ、周りの音が小さくなっていく。
──どうせなら。
「異世界に行きたい」
そのぐらい突飛な変化を、起こしてくれ。
『なら行ってみるか?』
そんな空耳が聞こえた気がして。
通り過ぎる風に思わず目を瞑った。
──────────
「やあ、突然喚びだしてしまってすまないな」
誰かの声が聞こえる。
先程まで聞こえていた電車の音が無い。
...それどころか、その声以外の音が無い。
「......此処、何処だよ」
目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。
風も音もなく、あるのは白だけ。
そして、呆然と立ち尽くす俺の前に一人の老爺が立っていた。
(明らかに普通じゃない。俺は、夢でも見ているのか?)
だけど、夢にしては少しおかしい。
今の俺の服装は、踏切の前に立っていた時の物だ。
夢の中だとして、ここまで精密に再現出来るものだろうか?
「あ、あー。 聞こえているのか?」
「......聞こえてますよ。 ちょっと考え事してました」
いい加減俺に気付かせようと顔の前で手を振り始めた老爺の手を払う。
「取り敢えず、今俺の身に何が起こってるのか知りたいんですけど」
淡々と話を始める俺に少し困惑した表情を向ける老爺だったが、コホンと咳を払って説明を始める。
「まずここは地球では無い。......それは分かるな?」
「そりゃあまあ。明らかにおかしいですから」
何も無い白い空間。
物が無いのはまだしも、声以外の音がないというの変だ。
それに加えて。
「貴方も明らかにただの人じゃないですしね」
雲のような物の上に乗り、ふわふわと浮かぶ人など聞いた事が無い。
仙人か......あるいは、神様とでも呼ぶべき存在なのかもしれない。
「なかなか鋭い目をしているな」
「......それで気づかれないと思ってるなら改めた方が良いと思いますよ」
「まあ、それは置いておこう。本題に入るが、君は先程『異世界に行きたい』と呟いたな?」
何事も無かったかのように話を逸らされたのは少々イラついたが、話が進まないので飲み込もう。
「確かに呟いたと思いますけど、それが何か関係あるんですか?」
ただの独り言。
そこまで重大な意味を込めたつもりは無いのだが。
「いやその、異世界に行きたいのなら連れて行ってあげようかと思って」
「えらく軽いノリだな、おい!」
何の気なしにポロッと零した一言に、なれないツッコミを入れる俺。
いきなり大声を出すなと老爺に叱られたが、大声を出さずしていられるものか。
「というか、あなたは本当に異世界に連れて行くなんて事がそもそも出来るんですか?」
あまりに非現実的な要素の登場に、望んでいたとはいえ頭を痛めたが、当の老爺は当然だと言わんばかりに胸を張り。
「まあ、信じろという方が酷な話ではあるが嘘はつかんぞ。 神である私に誓ってな」
なんて事だ。
不意に呟いた願いが気まぐれに叶えられようとは。
......が、一つ問題がある。
「......えっと、仮に俺がその提案を断ったらどうなるんですか?
万が一、この神様を名乗った老爺の連れていく世界が俺の想像したものと違った場合、クーリングオフは効くのか? という話である。
地獄のような場所に連れていかれたのでは敵わない。
「何故そんな事を聞くのかは知らんが......まあ、テキトーに世界をねじ曲げて元の世界へ帰してやろう」
「そのテキトーに、っていう単語が凄く不穏なんですが......」
だが、一応は帰ることが出来る......という事にしておこう。
「さて、また話が逸れてしまったが、今度こそ本題に入るぞ」
コホンと軽く咳払いをはさみ、老爺から詳細の説明を受ける。
まず、これから俺が飛ばされるのは魔法や魔物などが存在する『異世界』である事。
次に、時間の流れは元の世界とさほど変わらない事。
これに関しては生活リズムが崩れかねないのでありがたい。
そして最後に、異世界に降り立ってすぐに死んでは可哀想なので老爺からあらゆる面でのサポートを受けてから出発させて貰えるそうで。
一つ目が俺のステータスの補強及び強化。
要するに、バラツキのある俺のステータスを一番高い値に揃え、更にそこから限界以上の能力を引き出してくれること。
これを付けてくれる事で、俺の異世界での生存率は限りなく100%に近付いた。
2つ目が異世界言語の習得。
これは絶対に必要。
いくらステータスがずば抜けていても、言語が理解出来ないのでは行動がままならない。
そして最後に、初期資金の提供だ。
どれだけ強くなっても金が無いのでは生きていけない。
宿無し飯無しで餓死するのがオチだ。
その点は老爺も考慮してくれたらしい。
更には俺が消えることによって起こる不都合も調整してくれるそう。
これぞまさにご都合主義というやつだ。
その他諸々の説明も受けて、これから老爺に連れて行かれる世界は、俺が望む物に限りなく近いことも分かった。
「さて、そろそろ送るからこっちへ来なさい」
言われるがまま俺は老爺の元へ向かい、差し出された手を軽く握る。
いつまでそうしていただろう。案外、それは一瞬の内に起きた事だったのかもしれない。
その一瞬を引き延ばした時の中で、俺の体は光に包まれ。
「ではな少年。今度は退屈せねば良いな」
老爺の優しげな声が頭に響き、そのまま意識を手放した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想や、アドバイス等頂けるとありがたいです。