籠城⑥
クリスはハクに問いた、いや問わずにはどうして
もいられなかった。
クリス「あ?お前何しに来た……そしてもう逃げ
られないぜ?この引き金引いたらお前は……お前
の『全て』は終わりだ」
ハク「……」
逆さまに吊り下げられた状態に体調もあり今にも
気絶しそうな青白い顔のハクがニコリと笑った。
そして言った……
【僕の差し出した手だけでは君を救えない】
確かに彼はそう言った……互いの気持ち、差し出
した手に同じく、差し出した手が合わさって初め
て救う事が出来ると、そう彼は言いたかったのだ
ろう……。
不意に思い出される過去の記憶が脳裏をよぎる。
彼は無意識に右手で構える銃と……
反対側の左手を出しじっと見つめた……
あの時と同じ環境だった……拳銃にコイン
だが……何もかもが正反対だった。
クリス「……」
「俺の……手」
「も……必要なのか」
俯きながらも尚、簡単には振り解けない過去の記
憶、そして自分の手を見つめた。
クリス「なぁ何故来た……聞かせてくれないか?」
銃は未だハクの額にしっかりと向けられている。
ハク「来たいから来た」
迷いの無い返事だった……。
クリス「……は?逃げれば良かったじゃねーか!
何だよその訳わからねぇ答えは」
クリスは顔を上げハクの顔を見た、真っ直ぐに本
当の自分の目で、今まで見てきた凄惨な光景や自
分自身への猜疑心、嫉妬、劣等感、経験、頭で考
える事は一切捨て、彼だけをジッと見た。
そしてクリスの目に映ったハクはボロボロだった
その差し出された血だらけの手を見た瞬間、頭か
ら全てが吹き飛んだ、右手に持つ銃を無意識に捨
て本能でシッカリとハクの手の腕を渾身の力で掴
んだ。
すがる様に……
命ではなく心がすがる様に……そして力強く。
ハクもまたクリスの手の腕を力強く掴んだ。
青白く今にも気を失いそうな表情に差し出された
手は血だらけだったが体が暖まる感じでは無い、
だがひたすらに心が暖まって行く……そんな暖か
さを体に、そして心で感じた。
クリス「……」
『パラパラ……』
辺りの壁から異音と共に変化は起きた。
「ズズズ……』
『!』
その時クリスが居た2階部分が一気に全て崩落、床
が落ち足場を失い体勢を崩したクリスのポケット
から解熱剤と短銃が同時に飛び出し落ちて行くの
が目に飛び込んだ。
『!』
彼は本能的に解熱剤を左手で取った、その行動に
彼自身が一番驚いたのだった、今までの自分なら
確実に短銃を取る筈である、が迷う事なく解熱剤
を取った事に……自分1人が生きる為に最も必要と
思う『力の象徴』だった銃をいとも簡単に捨てた
自分にーー
短銃が落ちて行くのが目に映るが後悔は微塵も感
じない無い自分に……いや、むしろ真逆だった、
解熱剤を取れた事に心から神へと感謝した。
クリス「これが自分……か」
彼の幻想の幼子の声が囁く……
幼な心『おかえり……
自由になれたね本当になりたかった自分になれた
ね、本当にこれからが自由だよ……』
『自ら思う事の全てを……苦しくても心に引っか
かる事なんか何も無い、本当の意味で思うように
生きていけるよ、今の君なら……』
そう語りかけた気がした。
「なぁ……ハク」
しかしハクからの返答は無かった、ハクのその手
はシッカリと腕を掴んだ状態で意識を失っていた
状態だった……流れる手から滴り落ちる血がクリ
スの腕にも流れる、それを見た時クリスは全て悟
った。
「いや……もういい……」
(此処に居る事がコイツの真実なんだ、俺が何考
えても真実の答えはコイツの中にあって今此処に
いる事が全ての答えなんだ)
心が熱かった、その熱き心の熱は目から自然と涙
を誘う、そして切なく……暖かい。
(コイツそうか……暖かいんだ)
過去に囚われた現実と今此処にある現実が覆い溶
かされて行く感覚がクリスの中で巻き起こる。
「僕は僕の意思で此処に居る」
「そう言う事なんだな……」
唇を噛みしめた、俺がコイツを苦しめた、その苦
しめた手が今、俺の『全て』を救ってくれた。
「何やってんだ!俺は!」
そこからは自分の行動はよくは覚えていない、無
我夢中だった、急ぎハクを引っ張り何とか電線を
伝い一旦電信棒まで行き、安定した棒の上でハク
の付けていた安全帯に繋がるロープをナイフで切
りハクを自分の背中に背負わせた。
落ちない様に切ったロープで何重にも何重にも丁
寧に自分の背にハクを縛り固定する、しつこい程
に慎重に、それはまるで宝物を運ぶ様に……。
安全な場所まで鉄塔のロープを握り、ゆっくりと
運ぶ、軽いとは言え男の体重を背中に背負うクリ
スの手にロープが体に電線が手に食い込む、血が
滲み激痛が襲う、だがその痛みがクリスにとって
は苦痛と正反対の心地良さを感じた。
「コイツは絶対に助ける!必ずだ!」
「必ず必ず必ず必ず必ず!」
口癖の様に何度も同じ言葉を繰り返した。
鉄塔を伝いゾンビの居る場所から離れた所へ降り、
背中に背負うハクが休める場所を探した、しかし
ゾンビは此処でも容赦無く彼等2人を襲う、発生し
たてのゾンビは動きも早く人間の動きに近く、本
来は彼1人で対処できるものではなかった。
だがクリスはドラグノフライフルとナイフで応戦、
ハクを救う為、背負う状態では直ぐに捕まってし
まう、ハクが襲われる事、其れだけを恐れ彼はあ
る時は空っぽのゴミ箱にハクを入れ、ある時は板
やゴミでハクを覆い隠し全ての見える範囲のゾン
ビを片っ端から片付けていった。
返り血で真っ赤に染まる彼の体、弱ったハクへの
感染症を恐れ、寒さの中、服を脱ぎそれでも尚、
彼は戦い続けた。
そしてそれは鬼神の如き強さだった、守るモノが
ある時、それは心が二つあるという事、己の為だ
けに戦うという事は自分の心の弱さに繋がる、疲
労、絶望、そして諦め……だが折れ易い人の心が
二つある時、諦める選択肢は消え、絶望は未来へ
の希望となり、疲弊する体を新たな心の力で突き
動かす。
限界を超える力、それは誰かを守りたいと思う力
だった、更に増えるゾンビを前に決して退かず立
ちはだかるクリス。
「無理ゲーだな……」
「……だが」
「……諦める事はコイツを犠牲にする事なんだ、
駄目だ、それだけは絶対にさせねぇ!」
戦っては返り血を拭きハクの衛生状態を保った。
そしてようやく辿り着いた一件の民家にヒッソリ
と中に2人は居た……。
その民家2階も壁は壊れ吹き荒ぶ冷たい風が舞い込
む、2階部分に身を置き、床の上に薄い岩を持ち込
み火を起こす、上着をハクに覆わせ、布団も近く
の民家からとってきた物を掛けた、アンカの様に
沸騰したお湯をペットボトルに入れ、火傷しない
様に薄い布にかぶせ、温度が低くなると取り替え
た、意識の無いハクの顔を上に向かせ無理矢理解
熱剤を飲ませ、流動食に近い食べ物をその要領で
胃に流し込む。
寝込むハクの側を決して離れないクリスだった。
「こんな弱っちそうなのにな……」
「……強いなコイツ」
「……」
「俺はコイツと居たいんだなきっと……」
パチパチ燃える焚き木が2人を暖めた。
そして3日が過ぎた……
【今日のポイント】
有名な葦でで出来た浮き草で形成された動く浮島
村を何かテレビで見た事もある人も多いのではな
いだろうか、
彼等は地面が燃えやすい葦である事から火事を
防ぐ為、地面である葦に岩を敷いて鍋を温める。
何も無い廃墟、暗闇が支配する夜、民家から出る
事は危険だ、室内でも火をくべれる方法を知って
おいて損はない。
安全に室内で守られた居城は人の文化の象徴だ。
ガスも電気も無く、寒さに震えるより、出来る事
を文化に学ぶ事こそ人類の特権だ。
化学、そして過去文化、進化すれば失うものも我
等の時代には多いだろう、以前言った作物の作り
方も水の濾過も、どんな時代であろうが培った文
化、人の歴史、動物の本能、知識、全てが力にな
る。
 




