昔話 道場編⑦
ー病院にてー
晴「ハク、雪丸先輩は強いぞ、力、技、心全てが
桁外れに強い、油断するなよ」
ハク「うん、それより怪我大丈夫?」
晴「動かければ痛くないから大丈夫、くしゃみ出
ると異常にに痛いけど鼻つまんどく」
鼻を全力でつまみ、おどける仕草をする晴を見て
安心するハク、本当は痛いだろうに僕に気を使わ
せないとする晴の優しさを感じたハクであった。
病院は道場から歩いて五分の所にあり、試合開始
まで30分休憩の間、片時も晴の側から離れないハ
クであった。
時間は経ち、晴は診察へ、そしてハクは道場へ戻っ
ると道場前に雪丸が腕を組み、ハクを待っていた。
雪丸「お前、何で晴との戦いで距離を取って晴の
自滅を狙わなかった」
ハク「前に行った方が突進を防げるからです」
雪丸「嘘つけ……」
ハク「……」
雪丸「お前、武道舐めてんのか?」
ハク「舐めていません……」
雪丸「まぁ良い……俺はお前の戦い方を肯定する
訳にはいかない、潰すからな、お前の甘さや情な
んてモノは武道には要らない事を身を持って教え
てやる、先輩として、だがお前は武道を侮辱した、
俺の試合でふざけた事をやったらゆるさねぇ」
ハク「……」
雪丸の固定観念に縛られた負のオーラを肌で感じ
るハクだった。
ーー決勝戦ーー
師範「では決勝戦、互いに礼!始めっ!!」
開始直前ハクが構える前に速攻攻撃の雪丸の前蹴
りがハクの胴を貫いた。
師範「一本!」
周り「はっ……早い」
「早い、お、お前見えたか?」
「普通側面から見たら蹴りは見える筈なんだけど
全く見えない……」
騒めく道場内ーー
ハクは胴防具を付けていたにも関わらず、強烈な
蹴りに思わず蹲る、鳩尾を正確に捉えた雪丸の強
烈で正確な蹴り、それは衝撃を緩める防具さえも
貫くようなモノだった、そして速さもハクの目に
は捉える事すら敵わなかった。
ハク(痛い……苦しい、それに見えない、全く、
挙動の大きい蹴りとは思えない……)
ーー格の違いーー
この表現が一番似合うだろうという圧巻劇、雪丸
は何事も無かったかの様に開始線に立ち、帯に手
を置きハクを見下ろした。
雪丸「師範提案があります、このままでは試合に
なりません、ハクは小学生、防具をもっと頑丈な
フルコンタクトに変えてくれませんか?時間も無
制限で」
※この道場内でのフルコンタクトとは打撃を直接当
てる、道場では元々フルコンタクトではあるが彼
の言う道場内のフルコンタクトとは頭防具も顔面
全てを覆うヘッドギア(強化プラスチックで覆わ
れた物)やグローブのサイズを大きくした物の使
用、故に全力で攻撃を当てられる実戦により近い
試合スタイル。
師範「フルコンタクトはまぁ良いとしても時間無
制限は容認出来ない、防具が厚くなる分を加味し
て5分なら、ハクが良いなら認めるが」
ハク「……大丈夫です」
うずくまりながら返答するも声は小さい。
雪丸「防具が厚くなれば彼も怪我のリスクは減り
ます、此方も遠慮無く責められるというモノ、だ
が防具が厚くなる分、攻める隙も厚みで減ります
からね」
師範「まぁ理屈はわからんでも無いが」
雪丸「元々この試合の形式は空手には無いモノじゃ
無いですか、決勝戦盛り上げていきましょう、ハ
クにも勝てるチャンスを与えるべきです」
不適にハクを見て笑う雪丸、彼は徹底的にハクを
潰すつもりでの、この提案は周りの者も気付いた。
ルール変更が了承され2人の試合は継続された。
師範「始めっ!」
雪丸が飛び出す、フルコンタクト防具に身を守ら
れているとは言え雪丸の攻撃はハクには見えず防
戦一方、一本をワザと取らず防具の無い晴戦で腫
れ上がった両腕を中心に執拗に攻める雪丸。
雪丸「弱った所を狙わず、正々堂々だ?笑わせん
な!痛めたのは自分のミスだろうが、一戦、一戦、
怪我しない事も勝ち上がる為の作戦なんだよ!」
壁際に追い込まれるハク、なす術が無い、ハクは
十字受けの姿勢を崩せないでいた。
雪丸「腕痛いだろ、ガードが下がってんぞ」
痛さによろけ左に倒れ込むハクに今度は左側から
の倒れささない暴力的でパワフルな執拗な雪丸の
攻撃が続く……
「倒れるのは早い、いいか?ハク、相手が弱った
隙を狙うのは卑怯では無い!むしろ正攻法なんだ
よ、元々この試合形式もお前が提案したんだって
な、一戦重要な県大会に向けての試合潰しやがっ
て」
ハクのガードの腕がどんどん下がるがアッパー攻
撃に切り替え腕のダメージを更に蓄積させる雪丸
道場生「おいアレ、ワザとじゃ無いか?」
「かもな……直ぐに2本取れるだろうに」
「見てるこっちが痛ぇよ……」
師範「……」
雪丸「おい右ハイキックだ!防御しろ!」
その言葉に反応し、痛めた両腕を無理に上げ、ガー
ドを取ったハクを確認後その防御上から雪丸渾身
のハイキックが炸裂、ハクの軽い体重はオモチャ
の様に吹っ飛んだーー
師範「待て!」師範がハクに駆け寄る、
「格が違い過ぎた、すまん此処で試合を止めるぞ」
その時、晴の声が道場に響いた、晴は試合が気に
なり病院を抜け出したのだ、試合前のハクと雪丸
の言い争いを聞いた仲間からの話を耳にした瞬間、
痛みを堪え、走り、道場に飛び込んで来たのであっ
た。
晴「ハク!お前こんなんじゃ無いだろ!雪丸先輩
に何か言われたんだろ!」
雪丸が晴の方を向き睨み付ける。
晴「雪丸先輩、尊敬してるっす、でも先輩が言う
武道って何ですか?貴方がやってる今の行為、そ
れ武道ですか?リンチじゃ無いんですか?」
勢いあまり雪丸に近づく晴は雪丸を指差し叫ぶ、
晴「何言ったか知りませんけど、俺はアンタを許
さない、試合を武道を……俺たちの戦いを馬鹿に
してるのはアンタでしょうが!ハクが負けたら今
度は俺が勝負してやる!」
雪丸「……雑魚が」
晴を抑える道場生達も晴に力強さに引きずられな
がらも懸命に彼を止める。
道場生「やめとけ!お前が雪丸に敵う訳ないだろ
!」
歯を食いしばり雪丸を睨み付ける晴、
晴「敵わなくても勝つ!俺とハクとの試合に文句
があったそうですね」
道場生「おい言ってる事が無茶苦茶だぞ」
雪丸「あぁ大アリだ、あんなぬるい試合ヘドが出
る、先輩だから教えてやってるんだ、本当の武道
を、それにお前が俺に勝つだと?はっ笑わせんな、
俺はな武道に生きてるんだ、学校行きながらダラ
ダラやってるお前らと一緒にすんじゃねーよ!そ
れこそ俺への侮辱だ!」
双方とも一向に譲らない姿勢であった。
「お前は弱い!晴弱いんだよ!だから負けるんだ
よ結果がそれを証明してんだよ!」
実際に試合に負けた晴は現実の結果に言い返す言
葉が見つからない、晴の目から涙がでる……。
晴「……クソ、クソ」
何も言えない晴は自分の不甲斐なさに泣いた、彼
の呟く様なか細い声に呼応する声が道場に響く、
『晴は弱く無い……』
雪丸の背後から声がする、フラフラになりながら
もハクは立ち上がった、そして優しく晴を見つめ
語りかけるのだった。
「晴、泣く必要なんて何処にも無いよ、君は強い、
そして俺はそれを証明する」
ハクを見て失笑する雪丸は吐き捨てる様に言った。
雪丸「……笑えるわ、お前、俺の攻撃」見えて無
いだろ?」
ハク「見えてませんね」
雪丸「見えないのに、どうやって勝つって言うん
だよ!熱いのもいいが現実を見ろよ、夢語る時間
には早いんだよ、どんなに虚勢はっても変わらな
い現実が此処に!」
「お前に!」
「晴に!」
「起こってんだよ!」
ハク「……で?」
雪丸「で?て、お前馬鹿か」
ハク「見えないから勝てない何て、雪丸先輩が今
決めた事であって僕は決めてません、それに会話
はもういい、僕は貴方に勝つ」
晴、痛いだろうけど見てて、晴が強い事を僕が親
友として証明するから」
涙を拭う晴はドスンと腰を据えハクを見た。
晴「……お前を信じる、俺はお前が強い事を信じ
る、雪丸の固定観念ごと、軽く捻っちまえ!ハク」
拳を高々とあげハクの方に向けた、ハクも拳を高
々と上げ拳を晴に向けて差し出した。
師範「……止めるべきだが此処は雪丸の為にも
続行すべきか……」
勝ち目が無いと思う試合を続行する師範にも思い
入れはあった、今後の空手会のホープとなる雪丸
の行く末を案じ、ハクの不思議な期待感に武を超
える心を乗せ、今後の道場の為に止めるべき試合
を続行させた。
師範(口には出せないがハク、お前に俺もかける
ぞ、雪丸を倒せ、雪丸の為に、晴の為に、道場の
為に、そしてお前自身の為に)
師範「試合続行!両者前へ!試合開始っ!」