昔話 道場編⑤
駄目だ顔がニヤける……どうするハク、どう来る!
期待に胸躍らせ興奮が止まない晴、
(居ても立っても居られないとはこの事か)
拳を握り締め、足から腕に力が伝わっていく、血
管に大量の血液、そして頭にアドレナリンが染み
込んでいく様な感覚が襲う。
晴の足の指が道場の床を掴んだ、
「来ないならコチラから行くぞ!」
突進に任せた攻撃にハクはそれを得意のバックス
テップで避ける事は出来ない、晴の突進力の速さ
は止まる事がない、さながら試合はレスリングや
猛牛の突進を思わせる程の迫力と力があった、ハ
クはその動きを止め、じっと立った状態で晴を迎
撃する体勢に変えた、そこ目掛け猛然と全く躊躇
のないスピードに乗った晴が迫った、
ハクから見れば身長差もありまるで巨大なダンプ
カーでも襲い来る様な凄まじいプレッシャーもあっ
たろうが、晴はそれに見合った全てを吹き飛ばす
勢いで駆けた、足の指は一歩一歩が全て道場の床
を荒々しく掴み、それは加速や逃げる獲物を捉え
るための進路変更を力技で行ったのだった。
まさに風切り音が聞こえそうな突進ーー
ハクに襲いかかる晴、周りの誰もが動かないハク
の吹き飛ぶ姿を安易に想像した、体躯の大きな違
い、更に晴の突進の勢いから、攻撃が当たる瞬間
の凄惨な結果を見るのを恐れた周りの殆どは目を
閉じたり顔を背けた……。
想像に足る1人の人間が吹き飛ぶ姿、予想よりも大
きな音を立て壁が凹みそうな重低音が道場内に響
き渡った……。
「シーン……」
周り「おい……凄い音がしたけど」
「大丈夫か?」
「俺思わず、目をつぶっちまったよ……」
「俺もだよ……」
「……」
「?」
恐る恐る皆んなが状況を確認するために目を開け
ていく……。
「アレ?立ってるの……あれハク?」
しかし立っていたのは晴ではなくハクであった現
状に皆困惑したのだった。
周り「おいおいどうなってんだ?」
「誰か見ていた奴、説明してくれよ」
騒めく中、この道場、中学生ナンバー1の男、雪丸
が口を開くのだった。
雪丸「しゃがんだんだよ……ただしゃがんだ、そ
れだけだ、それも晴の突進が当たる瞬間にな」
この男雪丸は道場のみならず全国ナンバー1、中学
生にして高校生も相手にならないと言わしめたる
男である。この試合に勝った者は決勝で当たる最
強の壁である相手であった。
周り「しゃがんだ?それだけ?」
雪丸「脇は防御しながらだがな、いい手だ、突進
力は直線の動きと破壊力は凄まじい、しかも晴は
先程の試合で見せた野生の様な反応の早さだ、左
に避けようが右に避けようが追いつかれてしまっ
ただろう、最小限の動きに晴の視界から瞬時に防
御のみならず攻撃を同時にする最小限かつ最大限
に全ての要素を味方につける防御だ」
外野「ハクの得意のバックステップ……は無理か、
あの早さの突進だからな」
海堂「確かに、いきなりしゃがまれたら視界から
消えるわ、止められ無いわ、勢いがあればある程、
自分に跳ね返る、足は左右の交差で歩とバランス
を整えるが、出した足がハクの体に当たればそれ
が出来無いだけでは無くその当たった足を中心に
勢いは回転と変化し加速が増す、あの勢いだ晴が
飛んで当然の結果だった訳だ」
ハクは倒れる晴に近づき軽く頭を小突いた……。
小声「セイ」
師範「……いっ一本!」
同時に歓声が飛び交う「わぁぁあああ!」
師範「おい晴、大丈夫か?かなり強く壁に身体を
打ち付けたようだが……無理なら試合は終わりだ」
晴は壁激突の際、肋骨にヒビが入る怪我をおって
いた……。
晴「だっ大丈夫っす!やらせて下さい!」
師範「そうか、怪我は無いのだな?では開始線に
戻れ!」
ハク「……」
晴「はいっ!」
師範「構え!始めっ!」
両者構えに入り睨み合うーー
晴「こんな短時間で終わらせてたまるか!」
意気込む晴だった、
(とは言えタックルはもう使えないな……捻ると
痛い、呼吸も苦しい……だが折れてはいないな、
ヒビといった所か、立ってるだけなら痛みは無い)
(それに安直に突き進めば、先程同様、不意にしゃ
がんだり、まして巴投げの体勢を取られたら……)
葛藤、迷い、痛みの中、グルグルと脳がフル活動
する。
ため息を一つ「ふー……」
(なら答えは一つ、脳から考えを捨てろ!先程の
戦いを思い出せ!)
晴は痛み如きで、この試合を短時間で終わらせた
くはなかった、それ程、純粋に試合を楽しんでい
た。
身体中に力を込める晴、血管が浮き出る腕、呼吸
音も静かに、しかしオーラは大きくなっていった
のを周りも感じる位に。
晴「セイっー!」
掛け声と共にハクに襲いかかる、右正拳突きに対
しハクはバックステップ、それを追う様に繰り出
す右前蹴り、それを左に避けるハク。
バックステップが映えるハクに対し、今度は突進
からの攻撃が使えない晴の攻撃はハクを一向に捕
らえられずにいた。
一旦、互いが呼吸を整えるーー
睨み合いが続く、時間は後1分、晴は呼吸を整え最
後の戦いに意を決した、
(痛みを気にした攻撃では彼を捉える事は決して
出来ない、何より惰性での試合を俺は望んだ訳で
はない!)自分に強く言い聞かせる。
構えからの挙動に変化が見られた、明らかな前傾
姿勢を取る晴、身を低く構え顔からは集中力の高
さが垣間見える、全身の筋肉が軋みを上げるかの
ように、それは獲物を前にした豹を思わせる、見
た目はクラウチングスタイル、敵が逃げられない
様に両手をゆっくりと広げる異様な構えを見せた、
ふくらはぎの血管がハッキリと浮き出るのをハク
は瞬時に感じ十字受けの体勢を整えようとした、
その時、晴の突進攻撃が炸裂する。
晴「行くぞおおおおお!!」
言い切る前にもう既にハクの側に接近した晴に十
字受けの手を上げ切る前にハクを完全に捉えるも
何とかバックステップに素早く切りかえたが、そ
れを見た晴も肘を曲げ足らない距離を身体を捻り
肘打ちに切り替える事で距離を伸ばす(逃すか!)
身体がハクに対し真横状態の肘打ち体勢になりな
がらも攻撃は遂にハクを捉えるのだった。
歓声が湧き出る「おおおっ!」
吹き飛んだのは今度こそ紛れもないハクの身体だっ
た、軽い体重のせいか、吹き飛ぶ距離が凄まじい
本当にダンプカーに当たったのか!と思わせる程
のものであった、しかしハクは自ら飛ぶ事で突進
の威力を半減させていた。
晴「まだ足りない!」
本能がそれを感じ取った晴の猛追は躊躇う事なく
吹き飛ぶハクの着地点に向かい、勢いを止める所
か距離がある分、助走のスピードも加算され、勢
いは緩める所か更に増し彼を追随する。
ハク(なっ!も、もう目の前に!)
着地したハクが慌て体勢を整えようとするも、受
ける姿勢をする前に晴の拳はハクの顔面を捉え、
ハクはその威力を消す事が出来ず、再び吹き飛んだ
のだった。
師範「一本!」
倒れ腰を落とすハクに差し出される晴の手が、
晴「楽しいな!ハク!」
その手をシッカリ掴み引き起こして貰うハク、
ハク「ああ!楽しいっ!」
異様な試合展開に沸き立つ道場生達、
生徒「おいおい、人が2回も瞬時に吹き飛ぶって見
た事あるか?」
「空手の試合か?これ」
「アイツら本当に小学生かよ……俺にはもう子供
に見えないぞ」
雪丸「……」
こうして試合は互いに一本、ラスト一本の試合の
幕が始まろうとしていたーー




