暗闇
山田「どうもありがとう……殺される所だった」
しかし山田は着くなり吐血したのだった。
太一「だっ大丈夫ですか!」
山田「あはは大丈夫、大丈夫」
強がるも顔色が悪い、彼は内臓を損傷していた、
そんな予感はしたものの確証も無い、ましてや
病院、救急車等、来る筈もない状態に太一もその
愛想笑いに救われていた。
太一はカナの傍に行くと口を塞いだ布を取ると、
きつく抱きしめながら必死に謝った、縛った事、
不安にさせた事、そしてその見返りとなる筈の食
料、水すら持って帰る事の出来なかった事に、自
分の不甲斐なさに落ち込み、見て見ぬ振りをした
自分を責めた。
カナの様子は以前変わらなかった、最早、意識が
混濁し、ただ震える力に全精力を費やしているか
の様に見える、其れを苦しそうな表情で見ていた
山田が口を開いた……
山田「……彼女大丈夫かい?まだ若いだろう2人共」
太一「……はい」
山田「お腹が減ってるんじゃないか?2人して、
そんなに痩せちまって……」
スーツの内ポケットから何やらゴソゴソと取り出
したパンが一つ。
山田「これ、良かったら2人で食べてくれ」
太一は思わず生唾を呑んだ。
太一「でも、その食料は……」
「貴方の……此処に閉じ込められて、仕方なく食
料を調達に行って、あの場面に遭遇したんですが、
貴方の貴重な食料を貰うわけには」
山田「そうか……この場所からあまり遠くに行け
る状況ではないからね……」
「スーパーで君も見たろ……最早この街中、敵だ
らけだ、今や外に出るのも危険だ」
「……だから、どうぞ」
太一「でも……」
山田「良いんだよ、彼女にあげるつもりで貰って
はくれまいか」
困った顔の太一だったが彼女の事を言われたら太
一も遠慮できる境遇ではない事からそれを丁寧に
お礼を言って譲り受けた。
太一「カナ?パンだよ、食べな」
カナ「……」
太一「食べなきゃダメだよ」
カナ「要らない」
太一にも募る思いが溢れ、思わず立ち上がり、カ
ナに怒鳴りつけてしまう。
「カナ!気持ちはわかるが今食べなきゃ生きてい
けないいんだよ!」
そう言うと嫌がるカナの口を無理やり開きパンを
詰め込む太一だった。
カナ「い、い、いや、やめて!」
もがきながら必死に抵抗する……
山田「まぁまぁ……ごほっ、落ち着いてお嬢さん」
優しい声でカナに語りかけた。
「私にも君位の娘が居てね……この惨事だ、家に
急ぎ帰ろうとしたが電車も停まり、この街に辿り
ついたのだが、娘は嫁も無事でいるかはわからん」
さっきまでいがみ合ってた2人の手が止まる。
山田「ウチの娘は、お嬢さんと違って、わがまま
でしてな、そりゃ中学の時は手を焼いたモンです、
学校には行かない、夜は遊び回る、お母さんには
暴言を吐くわ」
「正直、思春期の女の子の気持ちなんて私にはサッ
パリでしてね、何時も私に対する口癖は『ウザい』
でしたね、何言ってるかわからなかったから、ネッ
トで調べたら面倒臭いとか鬱陶しいという意味
なんですね」
頭を掻きながら困った顔をする山田は側から見て
も優しそうな、いいお父さんだったろうな、と太
一は思った。
「正直凹みましたね、私なりに子供を思っての発
言が、子供にとって私はそう言う存在なのか?と」
カナ「……本心ではないと思います」
山田「……そうかい?」
「そりゃ……嬉しいな」
「嫌われても子供に対する愛情は捨て切れる物で
も無いし、ついつい口に出てしまうんですよね、
何かあって後悔した時は遅い、だから嫌われよう
が親は口煩くするもんだ、何て自分なりの愛情の
示し方だったんですけどね、嫌われるのを解って
て言うのは……私も辛かった」
「しかしそれでも生きていて欲しい……辛かった
日々も、こんな事にらなかった社会だとしても、
これから起こるだろう苦労を見ても助けたいと願っ
ています」
「なのに……なのに私は今こんな所で」
泣き崩れ、両手を握り締め地面を叩きつける山田
の背中は立派なお父さんに見えた。
太一「……」
カナ「……」
太一(俺も親父やお袋とは喧嘩しょっ中してたな、
この人の様に思ってくれてたのかな……)
カナ(私もお父さんに言った事がある……お母さ
んにはもっと酷い事言った事が)
山田「私はダメなお父さんだ……せめて、娘と同
じ位に見えるお嬢さんや先程のスーパーの男が許
せなかった、そこで黙ってるお父さんで、ありた
くはなかった、ありたくなかったんだよ」
「しかし……その結果が、もう側にも行ってやれ
無い事態を招いてしまった……だから、せめて、
そのパンを食べて少しでも、少しでも生きながら
えてはくれまいか、娘や私の為にも」
「私が向こうへ行った時に娘に胸を張って生きて
いた、誰かの役に立った、そして娘と同じ位の女
の子の後ろに娘を思う父親の姿を貴方の中に焼き
付けてはくれまいか」
太一は小声でカナに話しかけた。
「あの人は恐らく長くは持たない、内臓を損傷し
ているんだろう、多分パンを食べる事も出来ない
だろう、いや食べれたとしても、あの人は僕達に、
カナにパンをくれたと思う。
あのおじさんの気持ちも汲んで、僕の気持ちも汲
んで食べるんだ……嫌でも食べるんだ」
カナは山田を見て、ゆっくりと太一の顔を見た。
そしてユックリとパンを噛みしめる様に食べ始め
たのであった、震えは止まらない、パンはポロポ
ロこぼすも、山田の気持ちを汲み取る様に、拾い、
そして食べた。
カナも親の愛情を山田を通して見たからの他なら
ない……
そして半分に手で千切ったパンを太一にも分け与
え、頷く、太一も呼応する様に、そのパンに込め
られた気持ちを噛みしめ食べたのであった、そし
て深い夜を迎えた……。
カナは落ち着いた様でスヤスヤと寝ている、山田
さんは寝ているのか意識を失っているのかわから
ない、ただジッとするだけだった。
太一(取り敢えず食料、そして水だ……このまま
では全滅だ)
ドア付近で外の様子を伺う、灯りは全く無い月の
明かりだけが頼りだった。
意を決し、ドアを開け、外に出た太一は近くにあ
る民家を頼りに食料を探す事にした、徒歩にして
3分、すぐにドアの空いている家を目視で発見し、
這いつくばる様に移動する。
しかしゾンビの呻き声に足がすくんでしまう、月
明かりに照らされたゾンビは口辺りに血の生々し
い痕を刻み徘徊する。
静かな夜に廃墟、影が見えるのは全てゾンビ地面
に転がる看板に足を取られ、僅かな金属音を出し
てしまった。
『カン』
一斉に振り返るゾンビは音を出した太一のいる場
所へと集まって来たのだった、こうなっては戻る
か前進か!彼は前進を選び、目標の民間に全速力
で駆け入りドアを閉めた、
民家の中も暗く人の気配が無い、時折、雲が月明
かりを消し、自分の手すら見えない状況の中、手
探りで台所を目指した。
一歩、一歩、床の軋みの音が鳴るたびに彼の心臓
は激しく鼓動する、心臓がある胸を押さえ、鼓動
音を消すかの様に手で鷲掴むも止まない鼓動、狭
い家ながら部屋の入り口の死角には緊張が走る。
何とか台所に入り冷蔵庫を開けると牛乳、お茶、
そして作りかけのカレーが鍋事あった、貪る様に
カレーを口に頬張り、鍋に牛乳、お茶を容器ごと
丸々入れ、本屋へ戻ろうと再び廊下へとーー
まだ月明かりが出ない……。
地面に四つん這いになりながら、鍋を右手でしっ
かり握り締め左手で地面を触りながら出口を探す。
太一(ここか出口は、後はドアを開け帰るだけだ)
ようやくドアの取手を掴むまで至った太一は心の
中で安堵のため息を吐く……
慎重に慎重にドアのノブを回す。
1センチ……
2センチ……
そうユックリと物音を立てず、
3センチ……
そうしていると、月が雲から出て太一に道を示す
かの如く明かりが民家に差し込んだ。
ーーしかしーー
彼のドアを開けた正面から飛び込んだ光景はゾン
ビのソレであった!
太一は思わず叫んでしまう!
「わぁぁあああっ!」
衝動的に正面のゾンビを突き飛ばし、彼は本屋へ
と駆けた!必死にもがく様に、駆けると言うより
は這いつくばり転げ回りながらも本屋へと近づく、
月明かりが周りを照らし全体を見渡すと太一を取
り囲む様にゾンビが集まって来ていた。
再び叫ぶ太一、鍋を放り出し、錯乱状態に涙がで
る、何とか正面のゾンビを突き飛ばし本屋へと帰
る事に成功した太一の手には、食料は……。
無かった……。
ーー絶望ーー
希望なんて事が今ここにあるのか?見渡す限りの
ゾンビ、天使は水と食料、そして罪深き人間が3
人だけなのか、人類は今自然界、いや宇宙の世界
の淘汰されるべくいまこの環境を人間に、地球に
与えたもうたのか……。
自分の不甲斐なさに、2人に見えない場所で声を殺
し泣く太一であった。
【今日のポイント】
夜間は行動しない、場合にもよるが、夜道は
街中であっても、想像を遥かに上回る暗さである。
自分の手?そんなもの見える筈も無いじゃ無いか、
都会に生まれて、僕はこんな暗闇を体験した事な
んて無い。
まして、暗がりに行動するなんて僕は馬鹿だった。
しかし昼は昼でゾンビからの視界も良くなる、ど
うしたらいいか?そんなもの解る筈も無かった。
太一




