ハク戦 ⑤ 再び
ハクが柵上から地上へと降り立つとぶらがった一本の紐を握って
いた、柵上では今までの煽りに怒りにまかせた観客からの無数の酒
瓶やゴミが散乱している中、一気に引っ張る紐は無数に括り付けて
ある瓶が踊りように柵に当たると彼等の頭上から割れたガラスの雨
が一斉に降り注ぐのだった……彼等が降り立つその場所は所狭しとラ
イトに照らされた破片が広がる様は華麗に彩られガラスの雨は煌び
やかな景色からやがて危険な砂漠となり2人に牙を向く。
雪丸は身に降りかかる破片を腕がブレて見える程の速さでいなし
皆に格の違いを見せつける一方ハクは飛来するゴミの一つ、汚い厚
みのある酒が染み込んだ重みのある布を柵上によじ登る際に持ち込
んだフック状の棒をくるりと中心から踊るようにクルクルと巻き付
けると遠心力を利用し傘状に広がる布は落下する破片を悉く弾き飛
ばしたのだった、緊迫感のある雪丸に対しまるでチャップリンの喜
劇の様な仕草と顔が緩みっぱなしのハク対照的な2人の表情に周り
の方が困惑していた。
ハク「ほいほい今宵は余計に回りまぁす」
司会「絡まないように上に飛ばすか座布団芸!テメェは芸人か!」
「……てか何じゃこれ!どーすんだテメェ!動けんのかコラ!」
雪丸は裸足に対しニヤリと笑うハクは靴を司会に見せる様に足を
挙げるとこれまた頑丈な靴底を見せたのだった。
司会『この野郎……会場入った時からやけに厚みのある靴履いてると
思ったら、てっきりよじ登る為に仕組んだものだと思ったがここ迄
計算済くとは……』
秘書「ボス聞こえますか……これでは雪丸は動けません、幾ら奴が
強くても前半の試合のハクの動きからすると幾ら狭くても攻めて際
にまたよじ登られでもしたら試合は元の状態ですよ、おまけに足の
負傷は避けられない、これでは傷を負った雪丸が不利に」
秘書「小賢しい奴め……仕方ない柵をとるしか方法はありません」
笠田「……」
秘書「試合は誠戦の一勝、純衣戦引き分け、グリマンの一勝で代表
戦である雪丸にここは勝ってもらわねば体裁が取れません……撤去
するにも時間の余裕が」
笠田「クッ……さ、柵をはずせ!」
コミュニティにとって重要なイベントは過去幾つも行われてきた
その中で培った威厳や運営にとって大事な役割を担っていた祭りを
ここまでコケにされた事はかつて無かった、1人の人間に振り回さ
れている状況に笠田も怒りを抑えきれなかった。
司会「試合ストーップ!時間が無ぇ、仕方無ぇ、飛散したガラス一
面にブルーシート被せとけ、試合会場は隣の平野地帯で行う」
観客「なんだ!また変更か!ふざけんな」
司会「やかましい!どうしろってんだ」
怒号が飛び交う会場を他所に場所は変更されることとなった、怒
りに物をハクに投げつけるレイダー達、柵上と違い地上にいるハク
に一層過激な鎖や棒といった物まで投げつける始末であった、それ
をまたまた拾い出す仕草を見た司会から慌て怒号が唸る。
司会「やめい!テメェらもう分かっただろ!このクソに対して投げ
入れは禁止だ!何に利用されるか分かったもんじゃねぇ!」
観客「あんだと!あ?面白みが無ぇじゃねぇか!試合は参加型だか
らこそ試合が有利不利に展開して盛り上がってたじゃねーか!」
司会「黙れ!ボスの命令だ!時間が無ぇんだ、それにここで試合や
めて困るのはテメェ達だろうが!ハクに賭けてるやつがこの中に何
人いる?あ?辞めて良いんか?あ?」
その一言にピタリと動きの止まる観客レイダーだった。
「うむ、そりゃ困る」
「一同納得」
ヒロ「おら!僕は賭けてるぞ!ハクさんはな、テメェらとは次元が
が違うんだこの野郎!」
それを聞いた周りのイカついレイダーが一斉に笑い始めた。
「こりゃまた賭けを成立させてくれてありがとうよ、ギャハハ」
「だが口の聞き方がなってねぇな」
ヒロ「……な、なんだよ」
一同に囲まれるヒロはヌクや誠、純衣を探したが彼等はもうそこ
には居ない、孝雄や女レイダー衆も裕太の付き添いでそこに姿は既
になかった。
「ななななな、誰も居ないっっい!」
レイダー「なんだなんだ、さっきの勢いはどうした」
だが1人ビビるヒロの前に立つのは対戦相手の弟子、武丸だった。
武丸「俺は雪丸様の味方だが正々堂々戦う意志を示したハクの仲間
なら守ってやるよ」
ヒロ「おおお武丸君!」
構えに入る武丸に対し無数のイカついレイダー達が集まってきた。
ヒロ「多勢に無勢……」
武丸「数は関係ねぇ!気合いだ馬鹿、テメェらの汚ねぇ面と暴言に
はほとほとうんざりしてんだ!モヒカン、そこのマッチョお前も、
お前もだ!悪党に相応しいなりしやがってこいやこの野郎」
ヒロ「気合い……」
チラリと武丸の背後からレイダーを覗き見る。
ヒロ「精神論で勝てる気しねぇ!」
だが2人の前に更に割って入ったのは意外な人物、栗栖だった、
腰に携えた剣を鮮やかに抜くと軽快な音を立て鋭い光を放つ切先を
颯爽とレイダーに向け言葉を吐いた。
栗栖「数で試してみるか?」
レイダー「こいつサーベル使いの奴か」
栗栖はその素早いサーベルで連打突きを見せる、その素早い突き
はまるで一突きで10突いた様にも見える物だった。
1秒で約10突き、つまりは10人、俺の腕は知っての通りだ、的確
に額に風穴を開けてやる、1人一突きだ、例え俺を抑えたとしても
何人が犠牲になるだろうな」
レイダー「数に勝てるとでも思ってやがんのかイカれてるぜ」
「フッ、ある意味イカれてるのはお前らの誰かだ、その運の悪い奴
はお前か?もしくはお前か、それともお前か?試合を見れない上に
此処で金ではなく命を賭ける馬鹿が居るなら相手してやる」
レイダーは辺りの仲間の顔を互いに見渡すと身を引いた。
「生意気な奴め、よしお前から行け!」
「アホか何で俺から何だ、テメェから行きやがれ」
誰もが勝てる筈の喧嘩が成立しない訳は明白だ。
「俺たちはレイダーだ命よりも利益だ」
レイダー「なら行くのか?」
「アホか命より金、つまりは生きて儲ける為に此処は引くんだよ」
「勇気ある撤退って事か」
「プライドも大事だが明日に賭ける明日そのものが無くては元も子
もないってこった」
レイダー「此処は引いてやる明日の煌めく生活のためにな」
栗栖「懸命な判断だ」
ヒロ「素敵な判断だ」
武丸「くだらねぇ判断だ」
意外と気の合う3人であった。
緊迫した状況は脱した途端ヒロは来栖に全力で抱きついた。
ヒロ「心細かったですー!」
武丸「余計な事しやがって」
チラリと武丸を見るヒロ
ヒロ「これ、黙らっしゃい!あんたが喋ると余計敵が増える!ちっ
とじゃないでしょ!見なさい無数に!この本能馬鹿!」
来栖「離れろ……ハクとの約束だ、事が済むまでは守ってやる」
来栖『準備は出来た……だがここからも問題は山積みだぞ、いいか
もう直ぐ風が強くなり台風が来る、その残された短い時間に相手は
あの雪丸だ、どう戦う?武器らしき物も無い状況で』




