場外乱闘
息巻くレイダーの掛け声と共に3人は武丸ににじり
寄った、武丸も応戦状態での構えを取るも相手は自分
よりも強いと確信した武丸ではあったが彼は決して逃
げる所作は無かった、若さと言えばそれまでだが彼の
憧れや未来は歴然だった、レイダーを見つめ此処に来
るまで彼はその不条理に数えきれない悔しさの中生き
てきた、その目に映る未来がレイダーならば未来は何
の為にあるのか、そう説いてきた中で雪丸との出会い
はあった、その強さに秘める更なる強さを『心』に見
た武丸の中にこの世の中にどこか絶望していた彼の
『生きる意味と希望』を見たのだった、それが如何に
大きい物か、人の人生の中でただ生きる事を仕方なく
行う大人ではなく生きる事に意味を垣間見たのだった
憧れは夢となり時を経て目標に変わる、まだ短い人生
の中といえど時を惜しみ鍛錬する、周りは言った生活
に追われ役に立たない鍛錬なんて何の意味がある?と
所詮敵に遭遇しようが力には勝てない、でかいものに
は勝てない、権力を持つものには勝てない、そんな大
人の中その役に立たないと言われてきた力を極め己を
貫いて生きる男は力の持つ物が陥る無作法な力に溺れ
る事なく無作法の力をことごとくその力で圧倒し打ち
勝つ男に人が持つべき本当の心の強さを見たのだった。
武丸『どう攻める……どう来る、相手は俺より力が強
い、打撃も効かない、考えるな、いや考えろ』
目の前に立ちはだかる一際大きい男の腕は彼の腕の
何倍も大きいそれだけで鍛えているとはいえ武丸の腕
の細さと比べるとその比率だけで力の差はある程度測
れる、鍛え上げられた腹筋に上腕二頭筋背筋、どこを
とっても武丸の打撃が通じるとは思えない、打撃に有
利な顔面はその鉄壁の筋肉のはるか先、とてもではな
いが当てる事すら無理という考えが否応なしに彼の脳
裏から離れないのだった。
『捕まれでもしたら終わりだ……殴りかかった所で打
撃は効きそうにない、それこそ奴の思う壺、自らやら
れに行く様なものだ』
額から汗が滴る緊張、逆に余裕の表情でニタつきな
がらも近寄るレイダー、そんな中、一際緊張感のない
声が雪丸達の耳に入った。
ハク「もう……トイレもゆっくり出来ないなぁ」
トイレ中のハクが声を掛けた「その義理に対抗する不
義理の力ってやつ後の人の義理とどちらが強いか楽し
んで」
レイダー「?何いって……」
その背後に巨大な気を感じた先に雪丸の姿を見たの
だった、彼の背後には仲間であるレイダー山のように
倒れていた。
雪丸「俺の戦いを汚すなと言った筈だ……」
武丸「師匠!」
武丸の前まで近づくと大きな体が膝をつき彼は言った。
雪丸「武丸……感謝する、お前の勇気ある行為は俺の人
生を救う行為だった、師匠としてではなく人として、1
人の男として感謝するその礼にお前に教えてやろう」
レイダー「雪丸……だがこの3人相手にいくらお前でも
勝てると思うのか?俺たちゃ最近ここにきたからお前
の実力はよくは知らねぇがここ最近の戦いをリングで
見たが勝てねぇ相手ではないって事を俺たちゃ話して
たんだ、お前が倒した奴ら倒した位でいい気になって
んじゃねぇぞ、その奴らを俺たちも力で従えたって事
実をよ、それにお前なんだかんだ言って初回は相手の
攻撃散々喰らってったじゃねぇか、隙が無いってわけ
でもねぇ、かかれ!」
武丸「あれは技の訓練の為に!」
ハク「いいから、いいから、よくテレビ見て俺なら勝
てるとか思い込んでるおじさんと同じなんだから体で
感じなきゃわからない事は幾つになっても同じ事、彼
らが今それを学ぶ時なんだよ、すごく痛い目を見なが
ら、ね?僕は嫌だけど」
おぉ怖いっと言った風に身震いして体をすくめるハ
クの仕草を見て武丸は不思議な感覚だった。
武丸「そんな怖いのに、師匠の実力も知ってるのに何
故師匠と戦う決断をしたんだ?特例って聞いたし、自
分から立候補したとも聞いた、そんなに怖いなら他の
仲間に変われば良かったじゃねぇか、台風が近づいて
る今、特例で誰でも仲間ならいいって聞いたぞ?試合
に勝つのが目的なら、あのすげぇ強い姉ぇさんなら師
匠といい勝負なるって師匠の仲間も言ってたのに」
ハク「理由は彼らが作ってくれてる、君も雪丸さんも
仲間も」
武丸「?」
雪丸の前に立ちはだかる一際大きい男、その体躯
は雪丸よりも一回りも大きかった。
雪丸「よく見ておけ武丸」
レイダー「ごちゃごちゃと!」
丸太の様な太い腕から放たれた拳は雪丸の顔面に
向けて放たれたその太い腕が雪丸の顔面を捉えると
雪丸ほ頬を歪め突き抜ける様に拳は一直線に正拳を
放つと雪丸の体はその圧力に体を地面に向け空を
舞ったが猫の様に身をすくめ何事もなかったのよう
に立ち上がったのだった」
武丸「師匠が……そんな」
レイダー「ギャハハみろこんなもんだ!俺の体はデカ
いからな、俺でも勝てるぜ!本当は俺がここで一番
強ぇてのをいつか証明してやると思ってたぜ、いい機
会だ」
更に追い討ちをかけるレイダーに対し雪丸は防御す
る事なく殴られ放題であった、その身は殴られる度に
体を大きく揺さぶられる。
レイダー「ヒャハハ!こいつ軽いぜ、あんなにぶっ飛
んでやがる、無様だな!見とけお前ら、どう足掻こう
が鍛えようが強さは力だ、備もったものの強さを思い
しれ、いくら猫が鍛えようがライオンには敵わないっ
て常識をよ!」
武丸「くそ!」
助けに入ろうとする彼をハクが止める。
武丸「離せ!お前もか、師匠が試合で怪我をすれば有
利になるから止めるのか!クソ」
ハク「君の師匠はそんなに弱い?それに彼は見ていろ
と言った、師
匠の言葉、彼を信じてないのは君じゃないの?」
ハッとした表情を見せた武丸の動きは止まった。
ハク「見て、彼はダメージを受けてない」
よく見るとハクの言うとおり武丸は攻撃を受ける度、
大きく身を揺らせたが体に受けた傷らしきものは無い、
それどころか攻撃が終わる度に平然と立つ、逆に攻め
たレイダーは息を切らしているのに対し雪丸は汗すら
かいていなかった。
雪丸「いいか、自分よりも相手が大きく力に強い者
に対抗する技の一つだ、相手の力に逆らう事なく身
を軽く注がれた力の方向の逆らう事なく身を委ねれ
ばそれ、木の葉が人の拳で破壊できない原理」
ハク「いいかい、ボディに関してはどうしても初動
の動きが遅くなる、その場合腕での防御や体の向き
を変えるんだ、反応が遅れた場合でもその大きな力
に逆らわず、力を他方へと逃すんだ、そうすれ大し
たダメージは喰らわない、気をつけるのは力の逃げ
にくい胴体部分、特に脇腹辺り、肋骨位だから」
武丸「……お前」
ハクと武丸の会話を見た雪丸は細く微笑んだのだった。
「次だ」
レイダーが更に大きく振りかぶる。
「大きく振りかぶる隙を待つ、ガードが上手くできれ
ば心に余裕が出るはずだ、それに時間経過の相手に疲
れを誘いこちらは心の力を溜めるんだ、観察しろ、恐
怖に身を委ねるな、そして相手は焦り大振りになりや
すい時を待て」
ハク「倒せないと踏んだ敵は倒す為攻撃に更に力を載
せようと大振りになる、大振りは加速、距離を空け威
力を載せなければ通常は力が乗らないから見切りは
簡単」
雪丸「……そして時が来たなら恐れず好機を見逃すな
、恐れは身を滅ぼす」
ハク「逃げれば距離が更に空く、一番痛い思いをする
必要はないでしょ?行けばいい、逃げればいい、それ
が前だけの事」
武丸「……成程」
大きく振りかぶった拳は勢いをつけて雪丸めがけ
振り下ろされた瞬間その拳が最大に勢いに乗る前、
半歩踏み込んだ雪丸の肘がレイダーの顔めがけ肉に
骨にめり込む。
レイダー「ぐわぁ!」
ハク「勢いの乗った全体重の彼自身の勢いが肘の曲
げたエルボー状態の尖った先に力が集約する、その
勢いは釘を打つ板の衝撃と似たエネルギーで彼の鼻
を軽々と折ったっと、痛そう……」
血を見て逆上するレイダーの顔面から太いはち切れ
そうな血管が浮き出ながら鬼の形相となり怒りの拳
をその感情むき出しのまま大きく振り回した。
ハク「いい、鼻を折ると鼻血が大量に出る、意識は
飛びにくいがその血液は鼻腔に入り動く者の最大の
エネルギー源である呼吸を塞ぐ、彼はもう口呼吸し
か出来ない、ましてあんな風に動けばすぐ動きは鈍
くなる」
武丸「成程……」
ハク「その次は肘を使った技に変化するよ」
雪丸「フッ……その通りだ、そしてデカい者は接近戦
を好む、相手が追い込められれば尚更だ」
その通りであった、呼吸の整えない男はがむしゃら
に雪丸を捉え力で押さえつける行動に出る、その好機
を見逃さず構えが両腕肘うちの構えをとった雪丸はそ
の短い肘を体の胴の捻りを中心にまるで連打を拳では
ない肘で行った、その一撃は硬く近距離で効果を発揮
する様に男を叩きのめすと、デカい巨体の男は地面へ
と落ちた。
雪丸「いいか、全て鍛錬だ、この肘打ちも放たれる体
の中心から打しなければ威力は乗れぬ、同時に相手の
体の中心に座する事が出来れば無敵だ、相手の成せる
攻撃は横からのフック気味の攻撃、その攻撃すら肘の
連打による体の動きから攻撃と同時に防御もこなすの
だ、気をつけるべきは膝からの攻撃一点打、コーナー
に追い込めば体を半身にし当たる面積を減らし体を密
着し相手の横気味から攻撃すればいい、相手の体力が
反撃出来るだけ残っていればだがな」
ハク「肘打ちの基本は体の捻りにある、拳の打撃はあ
る意味力がぶれやすいけど肘は体に近い分腕で打つの
ではなく体で捻って打つのが基本、腕で打つと距離が
無い分力は弱まるがコツは胸筋、背筋、上半身の捻る
全ての筋力を使う様に放つといいよ」
武丸「成程……拳の威力は強いがそれは鞭がしなるよ
うに器用に動くからこそ変幻自在に打撃のバリエー
ションがあるから人はそれに頼りやすいがその本質
は器用だからこそ弱点も多い、逆に関節部分を少な
くし力の源である体の中心から放つ肘は器用さを犠
牲にするも力はその分も発揮されると云う訳か」
見ていたハクと武丸に向かいレイダーBが襲いかかった。
武丸をドンと押し退け立ちはだかるハクに向かいBの
拳が襲い掛かる、その拳をヒラリと半身で避けたハク
に対し勢いの乗ったBの体が体勢を崩したその隙を見
逃さず避けた半身のまま体ごとBの体に乗っかる様に
体重をかけたハクの体重の重さも加算されレイダーは
地面へと身を落とした瞬間『バキ』鈍い音を立てBの
殴るために出した腕はへし折れた、それもその筈、避
けたハクは殴り出された敵の右腕を自身の腕と絡ませ
てその体重+敵の体重+重力+勢いの力が加わりその
太い腕とはいえ簡単にへし折ることが出来たのだ。
武丸「……あの一瞬で」
立ち上がったハクの関心の目で見る武丸の目に映った
ハクの頬は完全に腫れ上がっていた。
武丸「当たってるんかいっ!」
ハク「にゃはは……」
武丸は突っ込みながらも笑ったのだった。
武丸『笑ったら緊張感が消えた?さっきと違い視野が
広い……師匠の戦いもよく見えるぞ……」
武丸の顔に精気が蘇ってくるのを見たハクもまた細く
微笑んだ。
その後、『笑いの武丸』と名を広める事になる武道家
武丸の名の由来となる戦いだった、彼は戦う前、そし
て苦戦の時、必ず笑う、それは恐怖、焦り、苦しさ、
全てのマイナスを打ち消す為の所作であった、人は脳
が疲れる、悩み、苦しむ時、勉強、仕事全てにおいて
瞬時に回復するのは極めて困難である、だがそれを大
きく軽減する方法は睡眠だ、脳内思考は一旦リセット
され、体も休まり本体の能力を大きく発揮することが
出来る、それは笑いにおいても効果はあった、ハクが
よく眠る理由はそこにある、答えの出ない苦しみの中、
人は自ら『体力』と同じ動き続ける事により能力の落
ち続ける時間の中、悩み苦しみ続ける、考えが十分発
揮できる考え始めた環境ですら答えが出ないものを長
く考える事で解決する時間は限られている、その『時』
を越した時間は考えている様で考えてない地獄の時間
と変化し、あらゆるマイナスを生産する、その時の限
界を知るハクはあらゆる能力を十分に発揮できる事を
眠る事により発揮しているだけである、ハクは仲間と
違い特別能力が高い訳では決してないが普通の人間が
あらゆる局面で彼らの中心になる理由はそこにあった
のだった、そして人がしない事を長い間実践した発想
の転換こそハクの持つ力とも言えた。




