種の存続
目覚めた黒田の横たわるベッドの横に菅も眠って
いた、柔らかい白肌についた無数の傷、腕には深い
傷もあった、自身が刺した傷跡が後悔と懺悔そして
彼の本心としての葛藤に悩んだ、しばし菅の寝顔を
眺めた後、その頬を優しくゆっくりと撫で、口に掛
かる長い髪をとぎながら溜息を一つ……そして言葉
が自然と口に出た。
黒田「……すまない」
楠「もう大丈夫だ、山は越えた」
1人は気配はしたが殺気の無い事から気には止めな
かった楠が腕を組み立っていた、負けたという事は
そう言う事も有り得ると言う事だった、実際に笠田
は追い詰められていた、祭りの開催はコミュニティ
最大の要だからだ、祭りには意味が在る、住人の娯
楽意外に施設の規模を大きくする外交的な役目も担っ
ているからだ、そこをうまく突いた相葉達だったが
笠田陣営は施設内に幹部の他に極秘に密偵として
の役割を担う秘書達の一部を招集した、誰も信用し
ていない笠田にとって一番信用している人物達と言っ
ていい。
笠田「この祭り、成功ささねばならない」
秘書1「心得ております」
笠田2「しかし状況は芳しくありません」
秘書3「確実に彼らの存在はこのコミュニティへの
本質を揺るがしています、このままでは恐怖という
タガが外れ意志は自由へと流され勘違いした勇気に
変化し兼ねません」
笠田はこのコミュニティ創設には意味があった、
世界はもう異星人襲来により壊滅状態だった、各地
に広がった異星人の連合により人類は存続の危機を
迎えている、対宇宙に向けての軍事は進化を遂げる
前であり地上における武器はこの広い宇宙から来訪
している時点で科学力そして軍事力では勝てるもの
ではなかった、人が消え新たにゾンビが生まれ混沌
とした世界に近い将来必ず訪れる種の絶滅を感じた
彼はそれを防ぐべく立ち上がった男の1人でもあった
此処から施設を拡大し日本と異星人の仲介役になろ
うとしていたのだ、過去あらゆる時代が戦争で多く
の命が失われた、そう言った意味で一定数の数の減
少は変わらない、人類が生き残る術の一つとしての
彼なりの日本を救うべく手段、数で言うなら人類が
人類を相手における犠牲は形が違えど同じ、人は平
和な時代ですら内戦、戦争、自殺や殺人、金の為、
恨みの為、無差別殺人、快楽殺人、毎年世界では何
人もの自然では無い終わりがあると言うのか……そ
う同じだ、種の根絶を防ぐには異星人の目的の一つ
である生態実験における犠牲、即ち生贄、過去人類
でも文明社会に於いて当時の常識であったように、
時が経てばそれは常識となる、そして生贄を出した
所でそれは世界の過去の成り立ちと同じ、数字の上
では何も変わらないのである。
笠田「愚かな……だが種を生かす為に成し遂げなけ
ればならない」
秘書「過去人間が支配した地球で絶滅していった、
もう戻れない種の様に人間がこの広い宇宙で絶滅種
となる事だけは避けねばなりません」
秘書2「いかに愚かな種であろうとも……」
秘書3「そう、そして自由になりすぎた人間の末路
は過去を見ればわかる、人は自由を履き違え、怠慢
と傲慢から自ら怒りを生成し、同じ種となる人間に
その悪意を向ける、飽食の時代に命を軽くし、食ら
いつくす、そして今度はその弱い立場が自分にある
というのに、ただ知恵のある人間はボスが掲げるよ
うに犠牲を伴いただ絶滅して行くだけの種から確実
に生きる道を妨げてはなりません」
若者は老人を疎い、老害と呼び逼迫したパンデ
ミック等起これば犠牲は老人に、老人は若者を疎い
若害と呼び社会の悪を若者の時代のせいにする、そ
んな人類は常に数の統計により若者を生かし老人を
犠牲にしてきた、それと何が違う?何が変わる?私
がやろうとしている事は平和な時代においても平然
と行われた手段であり罪など無い、全ての人類が消
え去るのなら救うべく道の一つ、そして交渉は上手
くいっていた、だが彼らが自由を望み、囲まれた施
設の中で傲慢と怠惰に溺れればそれは結果犠牲が減
り数により保たれる種の根絶が崩され、結果異星人
の滅ぼされるしかないのだから……今や食物連鎖の
頂点は人では無い、人間は家畜以下、彼らにとって
体は食べても不味い、美味であれば人類がそうした
ように家畜、牛や馬の様に活かされただろう、そし
て知恵、人類はは自然を破壊する、野放しにする事
で地球と言う星自体に回復不可能なダメージを与え
星そのものを破壊する、地球には彼らは救世主とっ
て良いだろう、そういった意味もまた彼らが地球侵
略の原因の一つに他ならない。
解き放たれた彼らもそれは薄々感じていた、故に
解放後も今度は己の考えで笠田の思惑に気づき、そ
してまた悩んだ、そして出した結果がコミュニティ
誕生となった、野蛮なこの制度には意味がある、ど
うせ愚かななら野蛮でも生きる事に生きる希望があ
る強い種を残らせ、この世に絶望し自ら命を捨てる
ような弱い種を犠牲とし、病弱、精神の弱い者を排
除、ザルにかけ、その中でも自身の欲望に忠実に生
き他人を排除しても生き残ろうとする強い意志と肉
体を持ち合わせた者を集め、そして生き長らえる事
を最善の選択とした。
黒田「そうか……」
楠「いい女だな」
黒田「あぁ、いい女だ……」
そして再び溜息を吐く。
楠「……」
黒田「……」
2人は背後にいる気配を感じたがそのまま会話を始
めた。
楠「で、柄にもなく落ち込んでんのか?」
黒田「はっ……言っておけ、だが、まぁそうだな、
それだけではないが」
楠「わかってるさ傷口を抉る様な趣味は無ぇよ、
まっ今後の対策にでもしようや」
黒田「そうだな、で、お前の対戦相手はどうだった」
楠「ありゃ爆炎だな、典型的なバカだ、バカ故に手
がつけらんねぇあのタイプはさんざ会って来たつも
りだったが大抵は心折れて無様な終わり方するもん
だけどな、アイツは折れない、てか折れるって事知
らねぇんじゃ無いか?」
黒田「クククそうかもな側から見てもそう感じた」
楠「だがバカ故に危ねぇ、自身の身を犠牲にして最
後は燃え尽きるタイプだな、だがそれを上手くカバー
してた奴が居たな、クリスと言ったか……あの冷静
な判断力は並大抵なものではない、どんな生き方す
りゃあーなるんだろな」
黒田「グリマンが平然と地球にいるくらいだからな、
どう言う人生か、まぁ最も奴に近いタイプ、それは
俺だろうな」
楠「よく言うぜ、最後は熱くなりやがって」
黒田「……あぁ熱かったな、そして楽しかった」
楠「あの女はどうだった」
黒田「貴女の攻撃は私の全ての攻撃を、いや憎しみ
と言うべきか、ともかく全てを跳ね返した、出す攻
撃攻撃が全て奴に吸収され、別の何かに変換される
ような力と言うべきか」
楠「そうだな、後半戦は特にお前とアイツのダンス
発表会かと見間違えそうだったぜ?」
黒田「放った拳を手で柔軟に受け流し、円の動きで
遠心力の増した攻撃をしてくるからな」
楠「交差法みたいなもんか」
黒田「そんな生優しいものでは無い、俺の攻撃を返
した拳は更に勢いついてまた降り注ぐ、避けように
も体捌きをしても奴の手がいつの間にか私の体に触
れ、避ける挙動すら攻撃に変換する」
楠「……怖っ」
黒田「だが恐怖は無い、ただ真っ直ぐさが伝わる拳
だった……無感情な冷たい拳を放つ雪丸とは逆だ、
熱すぎず心地良いんだ、意識を保たないと全てを委
ねてしまいそうな暖かい風だった」
楠「その結果がダンスに似た形となったか……暖か
いといえば誠か、あいつの業火は全てを焼き尽くし
そうだった、地位や名誉、画策、何もかもがアホら
しく感じるほどにな、そして背後に居たアイツはそ
の熱さの中に身を隠し、あらゆる隙を針のような正
確さで仕留めてくる、良いコンビだ、誠が熱さを
保っていられるのも、冷却材の様なクリスがいる
からだろうな」
「で……もう一度対戦するなら誰を選ぶ?」
黒田「どいつでも同じだろうな……戦いを見た誠、
クリス、純衣しか知らないが、アイツらはどいつと
戦っても同じ結果だったろう、誠はどんなに打ちの
めしたところで自分を昇華し敵の強さを越えてくる、
クリスもそうだ、アイツは隙を見せない、だがその
根底には誠と同じものを持っている、表現方法が違
うだけで2人とも同じだ、そして純衣は別格だ……
アイツは雪丸と戦っても引けは取らないだろう」
楠「雪丸?おいおいそりゃ買い被り過ぎだろ」
黒田「そう思うか?」
楠「……いやそうとも言い切れないな、だがあの強
さには弱点がある、真っ直ぐさ故に」
黒田「そうだな、強すぎるには弱さもまた同じくら
いに大きくなる、だが……彼女は俺に教えてくれた、
その弱さと思う物が強さの根源であると」
楠「まぁどっちにしろあの女はハクとかいう訳わか
らん奴とセットで発揮する強さって事だな、じゃ奴
らの中心にいるハクってのは相当なやり手という訳か」
楠と黒田はハクの顔を想像した、戦いにおいても
目に輝きはあるものの強さと言う意味では圧も無け
れば見合う武の独特のオーラも感じない、ただ想像
するハクの呆けた顔しか想像出来なかった。
楠「ククク無いな」
黒田「無いな……」
顔を見合わせ笑う2人だった。
黒田「ははは!無い無い!」
楠「だな!真面目に考えたら笑いが止まらねぇ!
ハハッ」
楠「だが解らねぇ……なぜアイツがあんな奴らの中
心にいる」
黒田「……そうだな、俺にとってアイツは邪魔でし
かない」
楠「それが目的か」
黒田「あぁ惚れるには充分な理由と目的がある」
楠「まっそんな色恋が上手くいくわけ無ぇよな、溜
息の理由はそれか」
黒田「菅には悪いとは思っている、彼女の愛は俺に
とっては母みたいなものだ、心に嘘はつけない、故
に彼女には生きてほしい、全てをうまく運ぶには中
心核となるハクを消し、安全なこの場所で保護する
事、奴さえ消えれば時が心の隙間を埋める、異星人
は多種この地球に存在する、地球人に勝てる見込み
などは無い、これが一番良い現実だ、それに初めて
惚れた女だ、自由に生きろと言うならそれもまた自
由、俺にとっては既に彼女の笑顔を守る事が生きがいだ、
そして邪魔なものは消す」
楠「おー怖っ、まぁいつの世も色恋に人は狂うわな」
黒田「守るものが俺を強くする事を教えたのはアイ
ツだ、そこについてくる苦難や葛藤が更に俺を強く
するだろう、俺もブレやしないさ、もうな」
楠「……一つ聞く、わかっちゃいるが救いたいのは
身も心もか」
黒田「全てだ」
しばし時が流れた、互いに多くは語らずただ其処
に居た、奥にいる影を2人は目を合わせた後、立ち
上がった黒田が武器を手に取った。
楠「行くのか」
黒田「借りは返す……」
楠「そしてまた借りを作るか……」
黒田「あぁ無駄は分かっている……だが」
楠「……好きにするがいいさ、それを教えたのは奴
等だ、そしてお前はもう自由だ」
黒田「自由……」
楠「ボスに従うのも自由、離れるのも自由、選んだ
所で以前とは違うさ、それは俺もだ、従わされる呪
縛から解き放たれた俺達はどちらを選ぼうがもう自
身が決めた道、縛るものはもうない、その上の決断
だろう?で殺るのか?」
黒田「邪魔する気か……」
楠「まさか、お前と張り合って勝てる自身は俺には
無ぇよ、助ける義理も無ぇ」
黒田「義理か……」
もう一つの人影、指原が銃を片手に入ってきた。
指原「……本気ですか」
楠「だとしたらどうする」
指原「……何故ですか?2人とも奴等と戦って何も
感じなかったんですか、止めます、勝てるとは思い
ませんが、あの試合で目が覚めました、俺も家族と
共に自分の思う通りに生きます」
楠「かぞ……」
黒田が楠と指原の間に割って入った。
黒田「2人相手に生きれるとでも?」
指原「肉体の話ではありません、命よりも大切なモ
ノがある!」
楠「まぁまぁそういきり立つなって、家族思いのお
前が此処までするんだ、決意は理解した、長い間の
部下としての付き合いだから忠告してやる、ボスに
逆らえばこのコミュニティーには居られない、更に
異星人をも敵にする勇気がお前にはあると?仮にも
世話になった恩を俺は忘れてネェ残念だが義理を通
すのもまた自由、雇われてた時は恨みと諦めしかな
かったが今度こそ俺は俺の信念に自由に生きさせて
貰う」
指原「……つまりボス側に付くと?」
そういうと腕を上げた瞬間、指原の仲間が10人程
部屋に入ると一斉銃を彼らに向けたのだった、素直
に手を上げる2人。
楠「いくらあなた達が強くてもこの人数の弾を避け
る事は不可能、我が同志達です、皆あの戦いを見て
寝返った者達です、これを機に 私達も此処を
出ます。
黒田と楠が顔を見合わせた。
黒田「一つ聞きたい、何故お前は向こうに付く」
指原「……」
楠「では質問を変えよう……俺達が引けば菅は助か
るのか」
指原「それは彼ら次第です、私達は彼らの意志に
従いこれから人として生きる道を探します」
指原が銃を楠の額に押し当てた瞬間、額の銃を取
ると傍にあった剣を持つ黒田の剣が脇腹に刺さる。
楠「教えたろ?無闇に獲物に近づくなと、銃を下ろ
せ」
黒田「捻ればお前、終わるぜ?」
指原「いっ、言った筈だ!命よりも大切な物があ
ると、皆撃て!」
躊躇する複数の仲間のたじろぐ前に楠が指原の耳
を掴み持っていたナイフでゆっくりと刃を立てなが
ら切り裂き始めた。
指原「クッ」
ゆっくりと流れ頬を伝う血が地面にポタポタと落ち
て行く。
楠「削ぎ落とされる前に銃を下ろしたらどうだ?コ
イツの耳が体から落ちる前によ、自由も命あっての
ものだろ?」
楠「か、構わない……撃て!」
元々黒田、そして楠はコミュニティ内でも恐怖の
対象であった、敵に回せば何をされるか、皆恐怖の
造像が頭をよぎった、銃を撃つ事も恐怖、だが此処
で引けば何をされるかわからず、皆どうして良
いか右往左往していた、其処に楠が語りかけた。
楠「まぁいい、慌てるものでも無いからな、戦わせ
て弱った所の方が確実に仕留められる、今やった所
で状況は悪化するだけだ、誰もが今、奴らに何かあ
ると主催側の暗殺と見なすだろう、そうなると今後
祭りに参加する輩もいなくなるからな、今はお前ら
の顔を立ててやる」
そう言うと黒田は剣を抜き、楠もまたナイフを引い
た。
楠「おい、蒲田先生!いるんだろ?隠れて無いで耳
を縫ってやれ」
そう言うと安心したのか皆銃を下ろした。
蒲田「……またか、忙しいのに」
楠「すまねぇな、センセ」
指原を睨みつけた後、蒲田に医療道具の入った鞄を
投げつけた。
「まぁせいぜいお前らは祭りが終わるまで
spやっとけや」
笠田陣営ーー
笠田「……状況は」
秘書「いいとは言えませんね」
耳うちする秘書から話を聞くと深く頷く笠田だった。
笠田「そちらは任せる」
秘書「祭りは一戦目、敗北、二戦目は混戦だったの
で試合は引き分けとしておきました、不平は出まし
たがあの状況です、納得させる事は出来ました、問
題は次のグリマン戦、こればかりはコチラが策を施
そうともそう簡単には行きません、だが此方の勝ち
に変わりは無いでしょう……故に最終決戦、雪丸が
取れれば面目は保たれるかと」
笠田「最早あの化け物共に勝利を委ねるとは……」
秘書「ですがもう一つの目的が成功する事が最優
先かと」
笠田「そうだな、網にはかかった、後は油断せず引
き上げるだけ」
秘書「ですが懸念材料が……近く大型台風が近づい
ております、進路も時間も以前の台風とは違うこと
は今の時勢、ご存知でしょうが作戦の成功の為にも
祭りの閉幕を早く終わらさねばなりません」




