純衣戦 2 苦戦
不利な状況の中、黒田を追い詰める事さえ出来れ
ば圧勝と見える試合に会場も大いに湧いていた、
達人的な技を持つ純衣に女を蔑んだ目で見る男達
が多い中、その意識は少しずつ変わり始めていた。
『種 芽生え』
誠「おい、見たか!さすが純衣だ!ウチ一番の強
さを誇るだけの事はあるぜ、この調子で!」
裕太「でも追撃はしない」
クリス「出来ないのだろうな……」
思わず立ち上がった誠は希望の中に現実という残
酷なリアルを認めざるは得なかった、再び椅子に
座るとため大きく息を吐く……。
誠「そ……そうだよな」
優位だった……それ程の強さを持つ純衣、だが不
穏な空気は依然、彼女の周りを渦を巻き取り憑い
ていた……。
菅「勝てる筈は無い、あの方の強さは勝ちに対す
る執念、そして強さは非情さに繋がる、愛や情等
で動くあの女だからこそ強かろうが勝てない」
夏帆「アイツの執念深さは知ってる、仕留められ
なかった的も何年かかろうが追い詰め仕留める、
そしてその非情さもな、だが純衣には、彼女には
それ以上の何かあるんだ」
言った夏帆も不安は拭いきれないのか神妙な顔を
浮かべた、そして全ての決断を彼女に背負わせた
ことを深く後悔していた、結果はドンドン状況は
悪くなる、最終的に崖っぷちに追い込んだのは豹
である私達だという現実に胸を締め付けられてい
たのだった。
菅「信じたい気持ちと現実は違う、奴が勝つには
もう一つのものが必要だ……私だってわかってる」
時折見せる悲しげな表情を見せる菅の思いから溢
れ呟いた言葉……
「だから……私はチャンスを与えた」
夏帆「どう言う意味だ」
菅「絶望的なチャンスだ、それはチャンスとは言
えない程のな、現実的には不可能な夢と絶望、裏
切り、現実に命の天秤、どれをとっても現実と言
うチャンスをもう一つの者に与えた」
夏帆「……?」
菅は呟いた、誰にも聞こえない位の小さな囁きを、
菅「忘れずに抱く想いは私にだってあるさ、汚れ
ても拭いきれない心の奥に、だがそれは所詮現実
にはなり得ない、それが……」
『現実だ』
ーー試合ーー
黒田「お前の強さは解った、そしてお前の弱さも」
純衣「……」
黒田「俺は勝つ為に手段は選ばない」
時間が経ち、誠戦と同じくカード抽選が行われ、
出たカードが発表された、カードを見た相葉の表
情が和らぐ、カードは不正が行われぬ様、交渉し
確認済だった。
相葉「タッグ戦!両者1人を選びタッグ戦とする!」
(攻撃さえ集中すればあの娘の能力ならば倒せる、
チャンスだ)
黒田「……時間か」
純衣「……」
黒田「念の為もう一度言う、この決断はお前の人
生を左右すると知れ、そういうカードだ、お前が
幾ら強いパートナーを選ぼうが同じ、俺の奴隷と
なるか、お前は地獄を見るか、そういうカードだ」
純衣は何も答えず構えたまま目を閉じ、瞑想状態
に入る、体力回復に全てを注ぎ込んだ。
黒田「……やはり愚かな女か」
黒田「俺の相方の指名だ」
そう言うと指さしたのは何と豹のメンバーの1人、
美唯だった、普通は相棒となる仲間を呼び、一気
に優位に持ち込むと会場に居る誰もがそうなる事
を疑わなかった、予想外に騒わめく会場。
夏帆「な!なんで美唯なんだ!」
菅「そういう事だ」
夏帆「どういう意味だ!」
それを聞いた純衣の眉が小さく動いた……。
スタッフが無理やり嫌がる美唯をリングに無理や
り上げると放り出される様に黒田の側へと連れて
行かされ武器を持たされ呆然とする美唯はただ立
ちすくんだ。
美唯「なんで……私此処に」
黒田「心強い仲間だ、ようこそ、地獄へ」
純衣は目を閉じたままだった。
誠「何がどうなってるんだ……」
相葉(純衣を応援する豹の仲間を自分のパートナー
に)
クリス「こっちもだ、純衣の相棒はどうする、裕
太は次の試合の選手に俺と誠も既に出場済みで試
合には出れないんだぞ」
ヌク「……仕方ない、ワシが出る」
そう言うヌクの肩を抑え現れたのは孝雄だった。
孝雄「俺が出る」
ヌク「なるほど、孝雄なら鋼のような体だ、多少
傷つこうが耐えられる、その隙を突き彼女が奴を
仕留めれば勝機はある、この場面での孝雄は最適
のパートナーだ、変則攻撃が多い奴にはパワータ
イプなら普通は不利じゃが、コイツは最高位のパ
ワータイプ、なら、不利を超え有利になる、こりゃ
いいぞ、今正に一番良い相性だ」
誠「よっしゃ!これで勝てるぞ!」
だがそれを止める手があった、それを止めたのは
他ならぬ純衣だった……。
クリス「なぜだ!」
側から様子を見ていた司会は含み笑いを浮かべ言っ
た。
司会「また遅刻ですか、まぁいいでしょう、では
試合再開!」
誠「ちょっと待って!」
司会「ノンノン時間稼ぎはさせませんよ、前回み
たいに」
裕太「純衣、何で……」
黒田「相方は無しか、デカブツが申し込んでた様
だが、力で押せば勝てると踏んだのだろうが、ど
ちらにしろ結果は見えているがな、まぁいいだろ
う、だが俺は容赦はしない、何故此処に家畜を呼
んだかわかるか?理由は二つだ」
純衣は構えをしたまま動かないーー
黒田「一つ……」
話しながら黒田は動く、純衣は静かに息を吸う、
そして防御の型を取りながら最小限の動きで激し
い猛追をいなしていく、その猛追の中、中距離を
取った黒田が懐から縄鏢(中国武術のある縄の先
に尖った剣先のついた物)を2本取り出しかと思え
ば、両手にそれを構え、まるで雑技団の様な動き
で純衣を襲った、鋭い先の刃一本が直線で飛んで
来たかと思えば、もう一本は足や手の動きで軌道
を変則的に変え、様々な角度から攻めて来た。
純衣「無駄だ、明確とまでは行かないが、軌道
を変える仕草は解る、そして軌道は腕や手、足で
幾ら軌道を変えようが、その手先、足の動きから
の方向性以外は持たない、惑わされなければ目の
良い私には適応する事が可能だ」
それを聞いても黒田の攻撃は一向に止まないーー
黒田「だろうな、お前に中距離戦、中途半端な距
離からだけの攻撃は通じないと知っている、今は
会話の時間だよ」
純衣「?」
黒田「話の続きだ……一つは腕の立つ仲間を呼ん
でお前を攻めない訳は俺は人を信用していない、
足手纏いになるだけだ、連携が上手く取れない中
では、お前の腕では逆にそれが有利になる可能性
がある、統率は取れた状況で初めて真の効果が発
揮するものだ」
純衣「……」
純衣は防御に徹するが次第に顔色が悪くなってい
く、残された体力が少ないことを証明していた。
黒田「二つ目を言う前に言っておく、お前は強い、
そして美しい、ここで殺すには惜しい、どうだも
う一度言う、俺の奴隷になれ、奴隷とは言え待遇
には申し分無い条件を出そう、女の欲求、まずは
金だ、此処に暮らす以上、通貨は必須だ、文明社
会で例えるならば、俺は年収2億にあたる賃金があ
る、贅沢を貪るならそれもいい、そして容姿に関
しても自由で生きられる、此処で俺に逆らえる人
間はそうはいない、俺は幹部でも最高位の者だ、
与えられる食事、待遇権利、安全、そう全てが女
ならば欲しいものだろう」
黒田は鏢攻撃を止め返答を待つ、そして純衣は口
を開いた、純衣「そう言う女も中には居るだろう、
だがそれは男も同じだろう、それは今見る世界し
か見てないからだ、その中に大切なものが、今出
した条件よりも遥かに尊く、それはお前の言うも
のの中には無い、その大切なものは、価値などで
測れるものでもないし、全ての可能性をも秘めて
る絶対唯一の基礎となる心が何処にも無い」
言い放った瞬間、息を止めていた純衣が激しく咳
き込んだ。『ケホゲホゲホッ』
誠「咳き込んだら終わりだから息を止めていた筈
だ、あの馬鹿!何故相手の言葉に乗りやがったん
だ!」
クリス「それもだが何故、孝雄だけでなく誰も選
ばなかった理由は何なんだ」
裕太「僕にはわかったよ……けど、けど」
現実には孝雄やヌクが居た、だが黒田が言った通
り、少数戦では真に信頼できる息のあった者でな
ければ効果は出ない、だがその単純理論でだけで
彼女は仲間を呼ばなかった訳ではなかった、その
一つ、素手タイプの孝雄では、恐らく純衣の盾と
なり彼は傷つく……そしてヌクの言う変則タイプ
には必ず隠し球がある、徐々に傷つけ倒すタイプ
はいずれ敵を倒す必殺技の様なモノ、まして武器
だ、一つの油断はすぐ様一打殺傷能力を持つ、更
に暗殺が目的ならば、短時間で人間を抹消するこ
とが多いはず、そんな敵に由美の思いを知る純衣
にはそれが出来なかった、そしてヌク、強さも得
体もしれない年寄りに怪我をさせる事も出来なか
った、簡易な情報で知った向こう陣営にバレては
いけない人物という事もある、誰も出れない、出
されない、そう言う状況は確かだったが彼女の中
に相棒と呼べる人物はただ1人だった、苦しい時、
悲しい時、嬉しい時、常に感情が昂る状況に一番、
側にいて欲しい人物、そう、それはただ1人、極限
状態の今だからこそ彼女はそれだけを願った。
『2人なら、ハクとならばどんな苦境も』
ーーー『乗り越えられる』ーーー
黒田の心の憎悪が燃える……。
黒田「以前俺にもそんな戯言を抜かし去っていっ
た女が居た、口だけの醜悪な肉塊がな」
黒田は咳き込んだ純衣に構わず猛追を再開、涙目
ながらも躱していくが次第に傷つき、腕からは切
り傷が増えてく。黒田「お前は確かに気高い!そ
して強いがそれ以上に脆い!その純粋さは敵の憎
悪を過剰に燃えさせ、その心を折り、屈服させた
いという人の悪意を生み出す、お前という存在が
人の裏側にある『罪の意識』『罪悪感』『自責の
念』『良心の呵責』『負い目』『引け目』『悔恨
の念』を生み出し人を苦しめ悪を生む!折れろ!
折れやがれ、全ての罪を人の心に思い出させるお
前の信念や愛こそが悪だ!」
躱しながらも純衣の心は折れはしない、だが寂し
さが極限状態の精神の混乱をきたし動きにもその
影響が出始めていた、信念は平常時には強く追い
詰められると折れなくとも他の気持ちがその信念
を隠そうとする。
裕太「あんな純衣初めてだ……」
クリス「くそ!どうにかならないのか!」
誠「ハク……今こそお前が必要なのに」
だが願い虚しく彼は来ない……。
純衣が力に負けだし、猛追のパワーを抑え切れな
くなり体勢を崩した時を狙っていた黒田の風が如
く素早い突進、鏢から鍵爪に素早く切り替えた黒
田の爪が地面に擦れるかと思うくらい深い下から
の突き上げが地面へと擦れ火花を散らしながら彼
女の下顎をアッパー気味で爪から流れる空気が唸り
風と共に純衣を遂に捉らえた、不快な音を立て、
彼女の体は大きく中を舞い地面へと落下した……。
誠・クリス・裕太「純衣ーー!」
素早くクリスが指弾の構えを取り黒田を狙う、地
面へと落下した純衣は這いつくばりながらも手で
クリスの行動を抑止した。
クリス「……」
純衣「邪魔するな」
黒田「棒で受けたか……最早見事、家畜とは呼べ
ない程の、素晴らしい」
黒田「だが、お前の勝ちは無いぞ、お前の武器で
ある棍棒の先の鉄部分で受けた場所も見ろ、激し
い衝突に耐えきれず折れている、それに切り刻ん
だ衣服がはだけ出して白い肌がどんどん露わになっ
ていっているではないか、宣言通り此処で恥辱を
浴び、裸体を大勢の前で晒し、肉体を皆に捧げる
のか?」
返答が無い純衣に対し黒田が舌打ちをする。
「チッ……お前の純粋さがお前をボロ雑巾の様に
汚くしている事に何故気づかない?私に従えばそ
の美しさに似合う服や裕福な暮らしの中で精神状
態は保たされ女として生きられるのに、お前はこ
んな所で廃人になるクソ女では無いはずだ」
純衣「……ハク」
小さな呟きを黒田は見過ごさなかった。
黒田「お前、やはり馬鹿か、居ない者に頼り何の
得がある?大方ソイツは逃げ出したんだろう、伝
言も無しならば傷つくお前1人を残して去ったと思
うのが普通だろう?」純衣「そんな事は無い!も
しそうだったとして私が彼を見放す事もなければ
恨む事もない!彼がこの場でお前に傷つけられ、
命を危険に晒す位なら逃げてくれた方が『私は幸
せだ!』
純衣はわかっている、彼には来れない事情がある
筈だ、それくらい解ってはいる、出血もある事か
ら霞む思考の中でも揺るがないモノは確かにある、
が行動と心とは別に此処にいないという哀しみが
彼女の中に湧き出るのだった、支えは根本にある
ハクへの愛、だがそれを取り囲む様に流れる悲し
みは根本にある愛という熱を侵食し沸る熱を奪って
いくのだろうか……根本は変わらない、だがそれ
を支えに戦う彼女だった。




