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誠戦3 繋がる力


『ありがとな……』

朦朧とする意識の中、微かに聞こえたその声は絶望

的な状況の中に居た彼の意識を現実に引き戻すのに

僅かな時間も与えなかった、環境は最悪だ、わかっ

てる、だがそれを遥かに凌ぐ優しさ、強さに痛みを

忘れる程だった……彼が今、最も求めていた、今、

最も聞きたい人物による声、それは、ただ単なる空

気による振動で起こる現象と言えばそうだ、だが、

その現象が今、彼の中での全ての希望を照らした。


どの状況に於いても、どうせ負ける、無駄だ、今更

等、不安や悲観する者、自身の事しか考えない者に

は決して訪れる事の無い感情、過去の想いや此処ま

で彼が諦めなかった結果が、また一つ、絶望へと引

き戻そうとする運命の糸を解いていく……

だが、それでもまだ足りない、運命とは強く、そし

て厳しい、それでも彼にだけは優しく心に響いた。


クリスの頬に力強い熱い風が春の嵐の様に通りすぎ

た、その風はクリスを優しく強く守ように渦を巻き

体に纏わりつき、まるで彼を癒し守るかの様だった


その熱き拳が敵意を剥き出しで襲った先、楠の顔面

を捉えると捻り混む様な拳が頬の肉を捻り込み回し

人間が本来、本能でダメージを緩ませる体の効果と

その威力を殺せない程のスピードと兼ね合った力は

楠の大きい図体を気持ち良い程に吹き飛ばした。


楠「グハッ、何でだ……あんな短時間で回復する訳

は無い筈、あろう筈は無い、断じて無い! まして

怪我でマトモに殴れる事すら……ゲホゲホッ」

掠れゆく目でそれを見届け、安心し脱力したクリス

の体を支えたのは紛れもない誠の逞しい腕だった。


誠「ありがとうよ、お前が俺を守ってくれた…… 命

を賭けて稼いだ時間は、俺の体を回復させてくれた

それに何よりココのよ……へへ」

少し気恥ずかしさの仕草を見せながら言うと胸に指

を当てた誠の顔がクリスの瞳に映った。

クリスは俯きながらも拳を前に突き出すと誠もそれ

に答え、熱い拳と拳を突き合わせるのだった。


指原が攻めようと動く挙動を誠は察知し、睨む……

蛇に睨まれた蛙の様に動きを止める。

指原「何だ……この迫力は、こいつ、今までと何か

違う、此処にいる、どの人間にも当てはまらない、

それに、この半端ない威圧感は、恐怖は何だ」


膝を落とし優しくリングへとクリスを寝かせ悠然と

其処に立つ誠から威厳ある凛とした顔が蘇った。

裕太「誠、これ!」裕太が鉢巻を投げる、それを

しっかり受け止めた誠、一呼吸置き見つめると颯爽

と頭に巻く、シュルシュルと音を立て巻かれた姿に

会場はしばし見惚れるほどの漢を見た。

両拳を力強く当て輝いた強い目で楠達を見る。


誠「俺が倒れても今度はまた、相棒が立つ、相棒が

倒れれば何度でも俺は立つ、勝つまで立つ、意味わ

かるか?俺らに負けは無ぇ、もう無ぇ……」


楠は口からダラダラ流れる血を拭くと流れる血の中

に数本の歯が溢れ落ちる……

楠(コイツの拳、さっきとは比べ物にならねぇ、

いや、全く別物としか思えねぇ、単に拳が重いなん

てモンでも無ぇ、何だ、何が違う……執念の様な、

違う、俺が最も嫌うそんな感じがする力だ)

「グッ……ゲホッ、テメェ、仲間に偉そうに1人で戦

うなんて表現でほざいてたくせに結局、仲間に頼っ

てんじゃねか」


誠「そうだな、俺も馬鹿だった、気付かされたよ、

俺の力は俺だけのモノじゃねぇって事にだ、コイツ

とよ……合わせ、まとめて一つなんだ、

俺の力はコイツの力、そしてコイツの力は俺の力、

今のお前らには到底得られない力なんだよ、まっ、

俺もさっき気付いたんだけどよ、頼るってのも悪か

ねぇ……コイツや仲間ならな、そういう『力』だ」


楠「馬鹿か、人を信じても利用されるだけだ、大切

なのは自分、そして他人はどう扱い、最終的にはど

う自分の利益にするかだ」

そんな言葉に聞く耳も持たず誠は両手を拡げ

リングの上で青い空を向いて叫ぶ。


「あぁぁあーっ!気持ち良いぜっ!」

激痛が相変わらず襲う、腕を下げ庇うように逆の手

で支えながら言った、

「こっちは大変な時だってのに、見ろよ……空は」

楠「話聞いてんのかテメェ」

誠「ハッ、知らねぇし、わかりたくも無ぇな、

てか、痛てて……腕が上がらねぇのは変わんねぇか、

右目も見えねぇ、超回復って都合よくは行かねぇな

だが……充分だ」

クリスを見た誠が実に満足そうな顔で囁く。

「……充分すぎる」


無防備にも見える誠に焦る指原は死角に入り込み、

背後から襲う姿勢を見せたが楠は慌て抑止した。


楠「待て、指原!コイツに接近戦は危険だ……今ま

での奴等とは何か違う!」

指原も感じた違和感に、その動きが止まり、後退り

しながら慎重に構え指令を待つ。

「……だが慌てる事は無ぇ、こいつ右目がまだ見え

てはいない、冷静に見りゃ負ける道理はこれっぽっ

ちも無い、体力もそう簡単に回復はする筈は無い、

距離をとって嬲り殺しだ」


観客からしても、その状況は好転いてるとは到底、

思えなかった、ボロボロ度合いに、マイナス条件が

あまりに多いからだ、その時だった、意外な男から

発する大きな声が会場中に再び木霊したのだった。


相葉「待てーー!4時を持って抽選開始!」

これは同時に次の試合が明日になった事を証明する

笠田「何?どう言うことだ!」

秘書「わ、私はまだ次の指示の通知をしていません

それに時間をむざむざ同時に教える事など!」

司会「へ……?」(ボスから指示は出ていない筈)

楠「何!」


相葉は抽選カードを高々と上げ、客に見せながら歩

いた、内容は武器の使用許可、『日本刀』と明記さ

れていた。

それを見た客達が大きく拍手と歓声に沸き上がる。

観客達を煽るかのように声を上げ言い放った。

相葉「双方に武器を!」

予定外の事態に慌てふためく笠田陣営、


相葉(言葉より証明……口約束より契約書、不正に

はより高度な不正、これだけ騒げばもう後戻りは出

来ない筈だ、ここでカードを無効にすれば暴動も

起きかねない……)


相葉は考えた、勝木が来ていた事、

それに勝木達が誠に感化された事に気づいた相葉は

念の為に教えたハク達の合図を元に伝達、勝木達は

急ぎカードを偽装したのだった、それも賭けだった

だが人を見る職に於いて長けた才能を発揮し社会で

の地位を築き上げた相葉もまた力ではない戦う為の

力をこの時代に合わせ適合させたと言えよう。

カードの見た目は偽装とは言え全く同じ、内容は此

方の指示が書いてある物だ、そして誠が最も得意と

する武器の一つ、木刀の代わりの日本刀、形状は同

じでも刃のある武器、これなら長時間の戦いは無い

と踏んでの策に賭けたのだった。


勝木「間に合わなかった筈だった……アイツ起きや

がった、起きれる訳無ぇのによぉ、もし誠が起きな

かったら、今あそこに立ってなきゃ間に合わず全て

が終わっていた、いやそれが当然だった筈だよな、

何度も……何度も、終わりが来た筈だった、俺達、

急いだけどよ、本当は間に合わなかったんだ」 


植木が勝木の肩を叩き言った。

植木「だな…… 奴らが、それをよ捥ぎ取ったんだ、

無駄と諦めてたら何も、奇跡も起こらなかった」

勝木達「決めた、もう迷わ無ぇ、俺らで奴等を支え

これから奴らが始める最低最悪な世の中を変える為

に、きっとやる、アイツらなら、その為に俺らも」

大崎「俺もだ、もう一度、もう一度、人を信じてみ

たくなった、俺もただ生きるんじゃなく、クソ、う

まく言え無ぇけど、本当の意味で『生きたい』

江頭「かつての幕末の志士達もこういう気持ちだっ

たんだろうな、そうして時代は作られるんだろうな」

植木「言い訳を探す人生には終わりを告げる」


相葉(俺が出来るのはここ迄だ、頼む勝って……

いや、もういいんだ、充分だ、試合なんか……どう

でもいい俺の願いは一つだ、『生き延びてくれ』)


誰もが諦めなかった、一つ一つは確実に間に合わな

かった、見えている結果にあがらった、だが一人一

人が個々の諦めと言う悪魔に勝ち、紡ぎ、繋がる事

で奇跡は起こった、いや起こるべくして起こった事

それは最早、必然である、誰もが誰かの為に起こし

た行動は今、運命の歪みに負けない力となりて1人の

男に収束していくのだった。


ーー笠田陣営ーー


笠田「やられた……あの相葉という奴、この状況で

敵(観客)を味方に付けるとはな。

敵のコミュニティはいい駒を持っているだが、そう

やすやすと思い通りにはさせん、おい……」


笠田の指示で武器が配布された。

司会「さぁ!これで決着が付く筈だ! 武器の使用

は素手とは大違い、殺傷能力を極めし道具だから!」

そして手渡された物を見た、日本刀が2本各陣営に

1人づつの配備だ。


渡された日本刀を持った楠が不敵に笑う、対して誠

に手渡された日本刀を見ると刃のつかない日本刀、

模様はあるが削った物『刃引き』された物だった、


クリス「何だこれは…… 何処までも汚ぇ!」

怒るクリスに対し、誠は刃に指を添え、辿り流すと

清々しい顔で言った。

誠「……良いじゃねぇか、元々刃の無い方が俺には

性に合ってる、それに強度はある、問題無ぇ」

クリス「馬鹿か!向こうは一撃でも当たれば此方は

終わりなんだぞ!しかもだ、此方側はその刀で敵を

粉砕するには一撃と言う訳には行かねぇんだぞ、回

復したとはいえ残された体力でどう立ち向かうつも

りだ!向こうは距離も取れ、切れない刃に恐れず攻

めてくる、全てが向こうに有利だ!」


誠「確かに俺の体力は全力を持って打ち出せる攻撃

は一振りが限界だ…… 『100%』

クリス「それが現実だ」

誠「俺を信じろ、それも現実だ」

クリス「……馬鹿か」

そう言うと中腰になった腰を下ろし囁いた。

クリス「……信じる」

誠「それでいい、俺を信じるって事は、お前自身を

信じる事と同じだ」

振り返る誠はニコリと笑った……

「負けるはず無ぇだろ?『俺ら』だからよ」

何も言わずクリスも笑いながらそっと頷いた……


楠は日本刀を持ち、手下である指原を呼びつけると

自身の前へ突き出し言った。

楠「いいか、奴の刀は切れねぇ、お前は盾になれ、

もう遊びは終わりだ、用心して確実にトドメを刺す

認めよう、俺の間違いだ、アイツは決して舐めちゃ

いけねぇタイプの漢だ、確実に勝つにはこの手しか

無ぇ、お前は体で奴の動きを封じろ、なに、切られ

る訳じゃ無ぇ腕の一本でも折られても動きを封じろ

後は俺が殺る」

指原は汗をかくも後の無い状況を楠の表情から読み

取れたのだった、そして頷くしか出来無かった。


誠(とは言え上がらない腕でどう戦う、負けねぇ、

負けたくねぇ……クリスの為にも)

その時、満を喫し純衣が叫ぶ。


純衣「誠!ゲホッ……私流術技八の型!」

誠「なるほどね……」

サークル時、武道について語る会があった、その時

に純衣が披露した技の型だった。

力の無い純衣がなぜ強いか、そこには合理的でかつ

シンプルな理由がある、以前は誠は戦うタイプが違

う事から全く意識はせず教わったが実は誠にとって

一番合うスタイルであり今の状況での活路にこれ以

上の方法は無いと言える型式であった『指針』

(腹は決まった『覚悟』だが体力よ、持ってくれよ

『不安』そして、


静かに切れない日本で構える、

勝木達も武器の支給に手間取った陣営の動きを察知

不利な状況が変わらなかった事に気付いていた。

勝木「おい、どうなるんだよ……責任取れよ、俺は、

俺達は……もう俺は後戻りしない、だけど勝てるの

かよ!そんな武器で」

植木「だけどよぉ、やぱ、もう限界だ、1人やれて

も、もう1人の追撃を躱すせる筈は無ぇ! 奴等が

本物の日本刀持ちなら尚さらだ!限界なんだよ奇跡

はそんな容易く起きるモンじゃねぇ、だがよ、だが

よぉ、もう見捨て無ぇからよ、信じていいよな」


気づかない観客達でも不利は目に見えていた。

「アイツもう終わってる、体力もあるとは到

底思え無ぇ、息もさっきの1発で相当上がってる、

この試合は伸びれば伸びるほど奴らは不利、勝つ訳

は無い、だが……いい戦いだ、心が熱くなるぜ」


荒ぶる息を静かに吐き、不安げな表情をする勝木達

の方に振り返り日本刀を向けると言った。

「『今日の限界は明日の限界とは違う』馬鹿か……

やる気がありゃよ、限界なんぞ秒で変わるんだよ」


(そうだ過去の俺は数秒前の俺とは違う『経験』)

幾つもの欠けたパーツが揃いだす……『結合』


その状況に驚く勝木達だった。

勝木「どう言うことだ? アイツ今、俺達に向かい

声をかけたよな?そうだよな」

キョトンとした表情を浮かべ仲間に言い寄った。

江頭「た、確かに……」

植木「そんな馬鹿な……この群衆に歓声の中、俺達

だけの声を聞く事なんて出来るものなのか?」

大崎「オレ達が翻弄した事、アイツ知らない筈なの

に……なんで?クソ泣けてくる」


席に座した純衣は強い目で誠を見続ける。

純衣「……教えたな、今、その教えを超えろ、お前

の特技は諦めない事だ、諦めない心は必ず目的に到

達する、そしてお前を超えるのは自身しか居ない、

出来ない事は容易い、だが出来る事もまた自身次第

難しくもあり、また出来ない事よりも容易くもある、

この真理、為せば成るの言葉通りだ」


敵が警戒する中、誠は静かに目を閉じた……

(そうだ……昴の時は出来た、なら出来るはずだ、

いや、やるしかねぇなら、やるだけだ!『決意』


腰をかがめ深い姿勢を取る、体を絞り限界まで捻り

上がらない両腕で肩付近で野球のスイングの型を取

る、型は違うが雰囲気は居合の型のような姿勢を取

った……『溜め』『70』


更に体の筋肉を限界まで捻り、絞りに絞る、会場か

らも見える変形した筋肉の捻り方が異常だった。

見た目は野球の打ち方に腰を落とした様に見える。


楠(馬鹿め……いくら早くスイングしようが両手で

振り切るには必ず遅さが出る、いくらスイングが強

かろうが盾(指原)が受ける、盾が壊れた瞬間、頭

上からテメェの頭かち割ってやるぜ)


だが誠の木刀を支える左手がゆっくりと刀から離れ

左脇下から腰へと回すと日本刀の切先を親指と中指

で挟み込んだのだった。

楠「手が上がら無ぇから片手打ちに変えたか、馬鹿

めスピードはおろか威力まで下げる姿勢とはな」


純衣「……それでいい」

型の形は違う、だがそれが問題ではない

その究極の型はその真理にある。

誠は今できる事でその型の真理を悟ったのだ。


裕太「でも、あの形は……教えてもらったのと違う

気がするけど」

純衣「あれでいい、あれで……型はあくまでも型だ、

効果的に考えられた形、その中で最も重要な事はそ

の真理に基づくかだ、彼には彼の、私には私の型が

ある、それは時と状況に応じ無限に変化するんだ、

型は実に効果的にその力を発揮できる一つの形に過

ぎない、型に溺れれば型に殺される、その真理を理

解し、辿る事こそ『武』の型であり真髄だ、だから

私の自己で作った流派の名は『私流』と名付けた。


純衣「振り抜く速度を速める為に予め抜く作業の筋

肉を張り詰めてるんだ、バネが絞り、その動きの初

動の速さと力をそこに留めるように……

更に切先の指はそれを補助する役目、予め体の筋肉

を絞り溜められる人間など皆無に等しい、余程道を

極めた者しか、今、誠はそれを補う為に最善の策を

してる、指が止め金の役目を果たすんだ」


息を呑む会場は行く末に静まり返った、勝木達は祈

り、純衣と裕太は静かにそれを見守った。


誠「クリス、聞こえるか……俺は片眼が見えねぇ、

距離感が上手く掴めねぇんだ」

クリス「あぁ、分かってるさ」

誠は笑った、クリスも笑った。

全ての言葉は話さずとも心が繋がっていく2人。

誠  「2人で勝とうぜ……」

クリス「2人で勝とうぜ……」


息を大きく飲み込むと見える左目も閉じ、全ての神

経を体に集中させてゆく、自らの気持ちを高め、身

体中を巡る一つ一つの細胞に語りかけるかのように

心を体に寄り添わせる、血は静かなる興奮状態に入

り全身の血管が体中から浮き出始めた…… その様と

醸し出す雰囲気が彼に刺青をしてる風に思わせた。

親指を曲げ人刺し指とで挟む力が増すほどに血管が

今にも破裂しそうな位に見えた。『90』


誠「心は一つに聞きたい音だけ拾え……

       無の空間に

徐々に当たりの声がかき消されていく……

     拾いたい声は敵の音……

    そして仲間の声であった……


誠『無の中に想いが巡り、また彼の力となる』

時が今まさに遅くなる……外野の音は消え去り、思

い通り拾いたい仲間の声や姿が目を閉じても彼の頭

に描かれ始めた……


気丈に振る舞いながらも心配な表情を見せる純衣。

誠(純衣、わかってるって……心配すんな、咳き込

んだ事なんか気にすんじゃねぇよ、お前にはそんな

事で決して後悔はさせねぇ……)

裕太は誠を見ながらも純衣に危害が加えられないか

警戒を怠らない、だが誠も心配で落ち着かない様子

(裕太……お前はいつも仲間の事を心配してるよな

そんなお前が居るから、俺達はいつも安心して行動

出来るんだぜ、まだまだ迷惑かけるかもだけどさ、

今は俺が、いや、俺達が必ず、託された想いで、お

前を安心させてやるからな)


クリスは硬い表情でその時を見計らう姿が見える。

(クリス……お前との喧嘩はいつも楽しいぜ、俺は

今、目が見えねぇってのによ、目が見える以上にさ

お前が俺の後にいるってだけでこんな安心出来てる

んだぜ?だから集中できる、お前が俺の目になって

くれてっからだ、掴もうぜ2人で……)


(ハク、晴、此処には居ねぇが、それは関係無ぇよ

な、だってさ……お前らの力も身体中ビシビシ感じ

過ぎて仕方ねぇんだよ、俺……色々あったけどさ、

お前らが仲間じゃなかったら、とっくに色々諦めて

た……)


クリスの目が光る、囁く様に語りかけた。

クリス「来たぞ……11時の方向2メートル半」

(あぁ相棒、聞こえるぜバッチリだ……お前と俺で

紡いだこの勝負、負ける筈は無ぇ)


誠の足の筋肉は一気に解放、爆発するかの様な勢い

で前へ出る、それは引き伸ばされた無数のゴムがま

るで弾け飛ぶ様に誠の全身を瞬時に前へと押した、

更に誠の指(留め金)が外れ、まるで銃のトリガー

を引くように肩を支点に回された刀が凄まじい勢い

で放たれると遠心力が前へ加わり更に早く、その刀

が肩を過ぎた時、捻れた腰が解放、まるで3段階に

放たれるロケットの様に捻れた筋肉は元に戻る勢い

が刀に乗りながら足から手にかけ全身を伸ばし切り

更に加速は全ての動きを前へと押し出したのだった

その動きは敵、問わず味方、観客、純衣と裕太以外

には刀が消えた様に映しだされた。


迫り来る刀に幻影でも見るかの様なその速さ、指原

の思考はとても追いつく物ではなかった、脳と体が

現実を認識出来ずにいるのである。

指原「何だ!この速さは!もう目の前に!」

だがその思考は既に倒された後の事である。

指原が防御の姿勢に入ったと、と彼自身は思った、

だがそれは違った、思った時には既に刀は指原の脇

腹に抉り込む、誠の刀は手前で引く様に切る、その

動きは足らないパワーを体を軸に添わせる事で補っ

た、その打撃に指原の身は体重75キロはあろうかと

いう彼を真横へ豪快に吹き飛んだ後であった……

倒れた後に防御姿勢を取る、最早無意識であり、彼

の中では未だ戦いの最中だと意識を失いながら思い

込んでいた位の速さだった。『120』


楠「何だ!人間があんなに容易く吹き飛ぶモノなの

か!まるで……まるで人形だ!馬鹿な、馬鹿な!」

相当慌てた楠は訳もわからず危険を感じ刀を横にし

て防御姿勢を取った、攻撃に転じる僅かな時間も皆

無、既に誠は第二段階の斬撃へと入っていた。


2撃目は指原の体に当たった衝撃を利用し、崩れた

体勢の立て直しと同時に跳ねる様に自身の体を勢い

に乗せる、素早く回転し、前へ突き出した刀を肩に

乗せる形を取り、今度は両腕でしっかり握られた刀

は敵の防御する刀とぶつかり合う間際、勢いの乗っ

たスピードを筋肉で無理矢理止めたのだった、車が

急ブレーキをかけると重さで一度止めたエネルギー

が後から追いかけてくる形、トラックによく見られ

る現象は、ただ単に勢いを殺すのでは無く、そのエ

ネルギーの全てを斬撃に変換したのだ。滑る足を両

足を広げ、上がらない腕ながら刀を肩に置き、(支

点、力点、作用点)勢いよく前のめりの体勢で振り

下ろし刀と刀がようやく、ぶつかり合うと激烈な金

属音が辺りに響き、楠の持つ刀を玩具のように簡単

に叩き割った『140』


恐る楠から思わず声が出る「ヒィいいいい!」

誠の刀は楠の刀を折り、それでも勢いは一向に止ま

る事も無く、いや止める気も無い刀の行先はリング

の床へと向かい振り落とされた、当然、誠の刀もま

た激しい音を立て折れたのだった。


純衣「いいぞ、誠……後先考えて勢いを殺して撃て

ば、お前は必ず負けていた、一閃の攻撃の強さは、

全ての力の集約にある、だがまだだ」


折れた刀に依存する思いや考えも全く皆無のまま、

誠は短くなった刀に体勢を生かす、下に向いた全て

の力を利用、身を前転に切り替え、駒の様に回転、

思いっきり低く取ったその動きに、地面スレスレま

で下ろした姿勢は今度は大地の支えを利用し蹴る様

にその身を弾けさせる、激しい駒がまるで地面から

弾けるように先に折れた刀で凄まじい突きを敵の喉

めがけ放ったのだった。『180』


裕太「さ、三回転……凄い、一撃しか振れない力を

物理的利用することで3撃に変えた、それだけじゃ

無い、全ての斬撃は一撃目、いや段階を踏む毎に強

くなってるなんて!」


勢いが着いた誠の折れた切先の先、喉元に突き立て

たと思われたが、楠は咄嗟に隠し持ったナイフと折

れた刀を交差させ防御する、誰もが息を呑む……

動きの止まった楠と誠、空中に弾け飛ぶ楠の刀は、

クルクルと回転し宙を舞い、そして落ちた……


完全に誠の勢いは止まった……

誠の持つ折れた刀、長さが折れたせいで足らなかっ

たのも有る……折れた刀の場所の運が悪かったのも

ある……だが最重要だったのは最後の突き、誠はそ

の突きを勢いを乗せきれなかった事にあった、最後

の突き、その勢いは楠の命を完全に奪う威力を持っ

ていたからに他ならなかった。


楠は冷や汗をダラダラ垂らしながらニヤリと笑う、

動きの完全に止まった誠の体は全て力を出し切り、

その身はゆっくりと地面へと倒れ込んで行く……


楠「この野郎……殺してやる」

防御の一つで使った隠し持っていたナイフを掌でク

ルリと回転させ、倒れゆく無防備になった誠の後首

に狙いを付け振り下ろす間際、誠の体で見えなかっ

た背後が楠の視界へと少しずつ入ってゆく……

楠「……まさか、そんな」

驚いた表情で楠の動きも止まった、理由は倒れゆく

誠の体が少しずつ地面へ近づいて行く背後にクリス

が右腕を伸ばし左手でそれを支え、狙撃手の様に、

瓦礫を指に挟み指弾の構えで狙っている姿を見た他

ならなかった……『200%』


クリス「お前の負けだ……誠の背後には俺がいる」

指弾が放たれた、その瓦礫は的確に楠の右目に直撃

声を荒げ手で顔を覆い、のたうち回る彼の顔にクリ

スの足が踏み捻り込むのだった。


楠「お……お前、肩痛めてた筈だ」

クリス「馬鹿か、お前……戦場は騙し合いだ、大方、

緩い場所の戦場に居たんだろ、テメェは、コイツは

ちとヤンキーのくせに甘い所があるからな、後のカ

バーは相棒の役目だ、それに言ったろ、コイツは決

して諦めねぇ、故にこういう事態に備てわざと肩を

外して置き、油断を誘った、どうせ此方から攻撃は

せせて貰え無ぇからな、誠の最後の攻撃の時、お前

からオレの姿が消えた時、脱臼させた肩を入れた。

外し方にもコツがあってな、音を激しく立たせるん

だ、だが前線で戦う戦場を生き抜いた者ならば簡単

にバレてた筈だ」


楠「……」

クリス「お前の負けだ、反則のナイフを使おうが使

わなかろうが誠が最後お前に情けをかけなきゃな」


楠「そんな甘い事でこの先、生きていけねぇぜ」

クリス「甘いか……逆だろ、甘いから今まで生き延

びてこれた、今だってそうだ、そしてこれからもな」


楠「……へ、言うねぇ」

そう言うと座し背中をクリスに向けると言った。

楠「やれ、完全に負けだ、殺せ、それで終わりだ」

クリスは背後から腕を取ると一気に腕を捻じ曲げた

楠「ギャァあああ!……ハァハァ、まだだ、普通と

違いこの試合の部位破壊は生半可じゃ認められない

命を取れ!」

クリスは黙って左の腕も捻じ曲げた。

静まりかえる会場は異様な雰囲気に包まれる……


司会「あ、荒木、せっ、選手の勝ち……」

相葉は司会のマイクを徐ろに取り上げ大きな声で言

いい放つ、

『荒木誠選手の勝利ーーっ!」

同時に会場が今日一番の歓声の渦に沸いた。

『おおおおおおおおおお!』

観客「勝ちやがった!」

「あんな状況で、大逆転だ!」

「大判狂わせだ!大穴だぞ!」

そんな状況の中、相葉は司会の耳元に顔を近づける

と囁いた。

相葉「もっと大きな声で」

司会に向けニタリと笑った相葉は誠をクリスと共に

支え、その腕を高々と挙げた。

総立ちの観客の見守る中、2人は純衣達の居る陣営

へ向うと一層大きな歓声が湧き上がったのだった。


その会場を見守る複数の目があった……

雪丸、グリマン、黒田、その他、複数の目が……



ーー誠談ーー


最後の突きの時な、何故勢いを止めたって?

相葉「あんな状況下で冷静に判断出来るのか?」

誠「あぁアレね、おっさんはゾーンに入った事は

無いのか?」

相葉「ゾーン?」

純衣「武道に限らず集中力が限界を越えると現れる

現象の事だ、全てはスローモーションに見える」

相葉「へぇ……どんな感じなんだ?それは」

誠「そうだな……言葉で表現は難しいが、あえて言

うとしたらだな」


周りから音が消える

目に映るものは対象物のみ、他は白く感じる、いや

実際にはボヤっとは見えてるんだ。


早い打撃が止まって見えると言うのは大袈裟か、

だがとにかく遅い、体感では考える余裕すら生まれ

る程の遅さだ。


「ここはどうしようかな……なんてな、不思議な

のは、見える遅さよりも考える余裕でもなく、時は

動いているのに考えて放った攻撃がまた、時間軸が

違う速さに追いついている現象にあると俺は思う、

針の穴のような隙間を見つけ、そこに攻撃を放つ、

当然ゆっくり見えるそのゾーンでは簡単だ、周りに

は、どう見えてるか、その方が俺は気になるな、

例えばさ昔、喧嘩の時に、敵の拳が同じ現象で遅く

感じた事があった、敵は拳の速さが売りのボクサー

タイプだった、俺はそれを避け、ガラ空きになった

胴に蹴りを打ち込んだ、その僅かな蹴りの間にも、

時は緩い、自身の動きは決めてからの動きは見えな

い感じなのだが、感覚ってやつか……足の先だけを

曲げ蹴る少林寺拳法の蹴りから範囲が広く、いい音

を立てる空手の甲で蹴る形に変えた方がいいかなー

なんて考える時間もあるんだ、そしてそうしたら、

音が響いた、そして意識を元に戻そうと感じるのか

なんかそんな感じ、そしたら戻った、見ると敵は

倒れてたんだ、まぁそんな感じか」


純衣「私もよく入る、蹴りが来て、ここはこうやっ

た方がいいなとか考えれるんだ、で、その通りに

なる、誠が言うように周りはボケてるが、白い感じ

見たいものだけを拾ってる感じ、音は無い、ひょっ

としてだけど五感のうち一つを消す事により、得ら

れる力なのかな、アスリート等でも有名な感覚よね」


相葉「もしそんな力があるとすれば、人は時間軸を

超えられる存在なのかもだねぇ、裕太さんの様に

火事場の馬鹿力ってのも現実にはあるし」


ハク「更に聴覚、視覚、一つずつ消せれば、人は

どうなるのか気になるなぁ」


晴「違う感覚もあるぞ」

ハク「あれか」

晴「あれだ」

相葉「どう言う事?」

ハク「ゾーンに入る前なんだけど、妙に冷静になる

これも上手く言えないよ」

晴「焦りや緊張が全くなくなるんだ、だが脳がまだ

素早く動く感じでもない、実に冷静なんだ」


クリス「わかるぞ、それは俺の得意分野か、以前、

深い海で襲撃に遭って装備から沈んだ事がある、

俺は足もつり、焦ったが、冷静だった、装備を外し

沈みゆく距離を測り、足を揉んだ、まだ息は続く、

浮き上がる時間を計算し、もういいか、いや、もし

途中でまたつれば終わりだ、浮き上がる息の続く限

界までマッサージし俺は浮き上がったんだ、だが

感覚は静かだったな、これがゾーンの現象の前とも

言えるかもな今から思えば、そういった現象の後、

おこる事が多い」


ハク「まだあるね、共感する共鳴、うーん……

これも表現が難しい」

純衣「わかるよハクぅ……あれでしょ、合気とかの

極意、共鳴というか同化に近いね、相手の考えが、

わかるって言うんじゃ私のは無いけど、繋がってる

そして動きに呼応できる」


誠「さすが直感タイプ、説明がわけわからん」

純衣「殺すぞテメェ」

誠「冗談ですハイ……」


相葉「決して少ない人口であり得る現象じゃ無いん

だ……」

裕太「そうだと思うよ、感じた事の無い人には、

面白い話じゃ無いかな、そういう力は現実に多く

あるってね、わかる人にとって、この話は共感され

るだろうね」


相葉「人間は不思議だねぇ、本当は幾つも虫や動物

といった特殊能力を持ち合わせた生物なのかもだね」


ヌク「そうじゃ、それを求めるかどうかは人次第、

苦労を避け、楽を追求し、それを子や環境に押し付

ける今の人間では無理だろうな、楽して得られるモ

ノの価値に人の想像を超える事はできん」


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