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安全運転への考え方とCRF1000

 自宅に戻ると、律は光よりアフリカツインの各種電子制御装備についての説明を受けた。


「まずトラコンな。最近の大型では当たり前になってきたシステムだが、こいつは信じられないことに7段階まである。といっても7段目はユーザー設定でしか使えない局地的な豪雨などを想定したモードで、通常は6段まで。1つ前のモデルが3段階だったが、それぞれ中間的な制御が増えた。今は7段階のうち3に設定されてるが6とかにすると正直タイヤの空転が激しく、これが一番ベストだと思ってる」


 光はTのマークの部分が3であり、それがトラコンのレベル表示となっていることを指で指し示す。


「で、Pってのがエンジンパワーだが、実は他のメーカーやCBRのように燃調とか変更してパワーを上げるものではなく、アクセルのスロットル開度をダイレクトにするかどうかというモードだ。3じゃ鈍すぎるから2にしてある。1はお前が嫌いそうな気がしたからな。後で全部試してみればいい」


 光はSETのボタンを長押しすることで、エンジンパワーなどのセッティング変更が行えることを律に説明し、1~3まで変更できることを示した上で2に設定しなおした。

 

 基本的にアフリカツインの場合、3段階で様々な電子制御の設定を変更できることになっている。

 1が最も強く、3が最も弱い設定だ。


「EBってのがエンジンブレーキ。今は1にしてあるが、1が標準で3にするに従い微妙にスロットルが開いた状態となっていく。お前には1が一番合ってる。ブレーキを殆ど使わずにエンブレつかって停止する人間だからな」


 光はエンジンブレーキも3段階あることを説明し、律には、一番エンジンブレーキがかかるという1が最適であると主張した。


「確かに、エンジンブレーキは俺も今の感覚がベストな気がする。これ以上エンジンブレーキを弱くすると逆に不安だし」


「だろ? で、今USERモードになってる。いろいろ自由に設定できるモードだ。俺が思うに、お前はGRAVELとURBANしか使わない……どころかUSERしか使わそうだな。他のモードは最初から数値が設定されてるってだけだ。走行中は基本的にどのモードも順次切り替え可能。例えば半クラッチ制御をやめてオフロード走行に特化させたGスイッチモードとかも全部だ。ギアチェンジのタイミングをよりエンジン回転数が高い時に変更するようにしたSモードにも、セミオートマにすることも出来る」


 律は光の説明を黙って聞いていたが、正直言ってそれは「1980年代の戦闘機」といったような感じである。


 とにかくスイッチ類が多く、それでいてその手のモードチェンジを行わないならボタン操作の必要性がないので殆ど意味がない。


 スイッチ類が多いせいでクラクションなど含めて誤爆しそうな印象があるが、ウィンカーが自動で消灯するようになっているなど、それなりに「楽」に運転できるように電子制御がテンコ盛りされていた。


「どうでもいいんだけどさ、RANGEって残走行距離だよね? 425kmとか表示されてるんだけど、今は満タンなの?」


 律は事前に情報を調べて18.8Lの燃料が入ることを知っているので、CBより走行距離が多いことに驚いている。


 仮にもこのバイクは998ccという、正真正銘のリッターバイク。

 満タンで425kmでも1L/22kmで十分な燃費と言えるが……


「いや、残り17Lぐらいじゃね? 満タンにした時は472kmとか出てたしな。さっき走って消耗したんだよ」


 光は、出発前に満タンにしてこちらに来ていたが、律を迎えに教習所に向かった際に少し走り、そこから府中に行き、さらに府中から遠回りで戻ってきた距離分減ったということを、説明したがっている。


 律はそのことを思い出し、改めてアフリカツインの燃費の良さに驚いた。


「1L/25kmか……」


「そら、別に二気筒だし、今日日1.5Lで1tの車重の四輪車ですら1L/23kmとか平気で出す時代だしな。CBの時は1L/16kmだったか? 四気筒の旧型バイクなんてそんなもんだろうが、二気筒はそんなでもない。みんな燃費が悪いと勝手に勘違いしてるハーレーのスポーツスター。1200ccのアレだって1L/24kmとか普通に出るしな。重量から来るパワーウェイトレシオ的にゃ、むしろこれぐらい出ないと、おかしいぐらいだぞ」


 律はこれまで低燃費バイクといえば250ccのイメージがあった。


 CRF250Rallyなど、1L/40km台のバイクばかりに乗っていたので、400ccになると突如として燃費が悪くなるというイメージが出来上がっていたのだ。


 だが実際は、それらのバイクは真新しいエンジンだった故に、最初からインジェクターで稼動することが考慮されていたからこそ、そんな燃費であって、


 元がキャブレター式で、しかも熱量制御とかも今の時代からすればいい加減で、かつ高回転型エンジン+四気筒という燃費が悪くなりやすいCB400だからそんな状態になるだけで、


 低回転でも高回転でもない、中回転型などと言われる並列二気筒エンジン、


 それもF1の技術をフィードバックさせてCB400よりエンジンサイズが小さいアフリカツインのエンジンの燃費は「回さない限りは」優れていた。


 しかも、ギアチェンジでモタつかないDCTがそれを補佐する状態。

 軽い部類のノーマルなアフリカツインでは1L/28kmも可能と言われるぐらいであった。


「なんだか、俺はいろんな意味で最初のバイクを間違ってた気がする……400km走ってくれるならもう何も怖くないような気がしてきた」


 今まで走って律が苦労したのは、ガソリンスタンドを探すことであった。

 CB400は目的地付近に到着すると大体ゲージ1本か2本。


 つまり、一旦その周辺でガソリン補給をしなければならない。


 例えば、この間の筑波サーキットに行った際なんかも残り2ゲージの表示となっている。


 その状態だと残り8Lとかなので、そこからどこかへ向かおうと思うと一旦ガソリンを補給しなければ怖すぎるのだが、


 もし仮にそうなった際に「夜」だったという条件だと、ガソリンスタンドも数少なくなるので非常に怖いのだ。


 アフリカツインの場合、最悪次のスタンドがありそうな都市部まで向かうことが可能。

 例えば「茨城が駄目なら最悪福島まで行けばいいじゃない」ぐらいの航続距離はあるのだった。


 何よりも瞬間燃費を合算した「RANGE」という残走行距離表示機能は非常に便利そうである。

 残り距離はあくまで「概算」的なものではあるが、それでも90kmと表示されたら50kmは確実に走れるのだから、50km圏内のガソリンスタンドを目指せば早々ガス欠になることはない。


 燃料計がただあるだけでなく、そういうシステムもあるというのは、ツーリングライダーにとって安心感に繋がる。


 律にはCB400よりかはよっぽどアフリカツイン方が適任ではあったのだが……


「うーん……DCTは正直俺に合ってるとは思うけど、NC750Xでいいんじゃないかなぁ…なんて思ってたから、正直この選択でいいのかまだ迷うな。クイックシフターでも十分じゃないかと思ってたし……」


「NC750Xなら俺の店にレンタル用がある。そいつに乗って俺ん所に来た後に店で乗るといい。まぁ、俺はツアラーとしてならこっちの方が上だとは思ってる。アドベンチャーバイクとして見たら、40点。こいつにアドベンチャーの適正はない。なぜかというと――」


 光はアフリカツインについて語りだす――。


 ――アフリカツイン。

 10年以上の期間を経て、その存在が最初にお披露目された際、世界各国では凄まじい勢いで話題が沸騰することになった。


「あのホンダが再びアドベンチャーを出す! しかも21インチタイヤだ!」


 それまで、アドベンチャーバイクと言えば、17~19インチタイヤが基本で、本格的にオフロードを攻めるような21インチタイヤ装備の車種は極少数だった。


 とはいえ、アドベンチャーとオフロード系バイクの波は着ており、ホンダがそれに合わせたバイクを複数出すということは2010年代に入ってずっと主張していて、VFR800XとかNX750Xなどを出してはいたのである。


 そんな状況で出たアフリカツインは当然期待されないわけがない。

 だからこそ、出た当初は凄まじい勢いで売れた。


 そして一気に売り上げは世界各国で停滞。


 業界に与えた衝撃は大きく、各メーカーが21インチタイヤ装備の本格的アドベンチャーを開発せざるを得なくなるほどの超新星爆発を一時見せたが、


 つい最近のイギリスの二輪向けニュースでは「アドベンチャースポーツは正直期待はずれ」と酷評されてしまうほどである。


 なぜこうなったのか。

 それはアフリカツインが「非常に中途半端すぎる構造」だったからである。


 まず話を初代アフリカツインことXRV650アフリカツインに戻そう。

 バランス的には最も良いとされる初代アフリカツイン。


 このバイクは重量こそ今のアフリカツインと変わらないが、本気で南米やアフリカを横断、縦断することが出来たバイク。


 当時の技術力で作ったフレームは一見すると細身だが、非常に肉厚でハンマーでぶっ叩いてもまるでものともしない頑強さ。


 このバイクが与えた影響はすさまじく、BMWなども後追いしたほどである。


 というか、アドベンチャースタイルなんてものは、国内でヤマハなども今まで宣伝してきてはいたが、このXRV650アフリカツインこそ「アドベンチャーバイクの祖」と言われるぐらいだ。


 何しろこいつは大排気量かつ長大な航続距離を持ちながら、本当の意味で「どんな道でも」走破できたから。


 BMWはアフリカツインが消えた後も「アドベンチャー車両」というものを哲学的に捉えながら市場に流通させ、今日でも欧州ではR1200GSがトップクラスの売り上げを誇る。


 そのR1200GSは21インチタイヤではないが、実際にはハードにアフリカや南米、中東などを走らせるための構造が満載なのだ。


 例えば、R1200GSには非常に優秀な分離可能トラスフレームというものがある。


 燃料タンクやエンジンはフレーム同様、衝撃を吸収する役割を持ちながら、それらを接合するためのサブフレームのような役割が与えられ、


 このフレームだけでは250kgもあるR1200を悪路で走破させられないほど構造的には剛性が足りていない。


 しかし、エンジンやスイングアーム含めて、全体でバランスを取る構造だけに、実際は現行のアフリカツインよりも悪路走破性は優れ、激しい走行に対してフレームが歪むなどということはない。


 しかも、このフレームは「全てがボルト止めでパーツ部位ごとに交換可能」という、「交換前提」の部品だ。


 だからこそR1200GSが現在も「最優」とされるわけである。


 実際には、空水冷のせいで爆熱化して火傷しかねないエンジンだとか、すぐ故障する電装系とか、弱点がないわけではない。


 ABSがユニット化されてて頻繁に故障する癖に、修理費が莫大だったりと、ハズレを引いたら最悪だし、


 ハズレのR1200GSは100万円台から販売されるなど「走行距離に見合わない安さ」のR1200GSは間違いなくどこかに「問題」を抱えているのは、BMWライダーの間では割と有名で、売る側もそれを理解している。


 それでも尚、R1200GSの方が優位に立つのは、そう言った「冗長性」とも言うべきものが据えられて設計されているからだ。


 アフリカツインは出る当初から、そのフレーム構造が「溶接だらけ」なのが不安視されていた。


 しかし特許情報を見ると、アンダーフレームなどはボルト止めで、プロトタイプらしきバイクもそんな感じだったから、


「これは大丈夫だ」と思われたのだ。


 実際に出て見れば全部溶接だったが。(2018年で右側だけボルト止めになったが)


 で、走らせて見るととにかく目立つのが、超高張鋼を使った肉薄大径の楕円形状のパイプみたいなモノを使ったことによる、フレームのもつ脆弱性と、冗長性が考慮されない全体構造。


 無茶な走りで転倒すると即「廃車」であり、「どう見ても廃車」に見える状態から簡単に完全復活できるR1200GSとは、本体の値段でこそ圧倒的にアフリカツインの方が優れるが、真の意味でコスパがいいとは言えない。


 ようはアフリカツインとは「PSプレイステーション」と「N64(ニンテンドー)」みたいな違いで、何度も同じバイクを買い換えなきゃいけない、みたいな状況に陥りかねないことが酷評された。


 結果的にアフリカツインの評価がイマイチとされる最大の原因はフレームにあると言える。

 アドベンチャーバイク全体を見た場合、シートフレームがボルト止めでないのはトライアンフだけ。


 そのトライアンフは信じられないぐらい極太のパイプフレームを溶接せずメインフレームと一体化構造としている。(2本のパイプを上手い具合に処理している)


 基本はヤマハのスーパーテネレなども含めて基本的にフレーム各部は曲がったり折れたりしても修理可能なよう配慮されている。


 ヴェルシス1000も、Vストローム1000も、メインフレームは非常に頑強で、まるで折れたり曲がることなどないような構造をしながらも、曲がったり折れたりしそうなフレーム部位は全てボルト止めで簡単に外せるようにしていた。


 それがアフリカツインの場合、セミダブルクレードルフレームを選択した事で、そういう冗長性は確保できなくなった。


 なぜなら、あのフレームはシートフレーム含めて衝撃を吸収する形だ。

 スーパーテネレのようなバックボーン方式とは違うから、ボルト止めなんかに出来ない。


 形状を旧来のアフリカツインのイメージを想起させようなどと考えたのか知らないが、その結果、もはや「軽量オフローダー」にしか採用されないフレーム形状を選択し、


 それも、何度倒れても大丈夫な150kg以下が基本の軽量オフローダーを大型化してみましたなんて構造にしたものだから、ハードに走り込んでダメージを受けると修理不能。


 セミダブルクレードルフレームは、前述したようにシートフレームでも衝撃を緩和するので、シートフレームが死ぬとフレームも死んだも同じ。


 そう簡単にダメージを受けないと言われながらも、万が一が割と普通に起こりうるガレ場やトレイルでも使おうとしていたユーザーは、落胆することになった。


 特に超高張鋼は硬いので折れやすい。


 超高張鋼を使う事自体は問題ないが、なまじシートフレームがバネのような柔軟性がないので、何か強い衝撃を受けると、曲がるのではなく「折れる」という所に最大の問題点がある。


「――無論、そんなめちゃくちゃにハードな道は日本には殆どないし、目の前にあるCRF1000Lはシートフレームにもアフターパーツで補強を入れたが、価格相応のクオリティだってことは理解してくれ。俺は、これに150万払うのは絶対に嫌だ。100万でないと許せない。そう思ったから、お前にその額で売ろうと思ってる。100万なら使い潰すには丁度いいバイクだ」


「なるほどね……俺が思うに、光兄はCBのような名前に対する品格がCRF1000となったアフリカツインには無いと言いたいわけだ」


 律は光の言葉の節々から期待とそれを裏切ったことによる落胆を感じた。

 恐らく、それはこのバイクの車名が「バラデロ」とか「トランザルプ」とかなら許せたのだろう。


「アフリカツイン」とは元来、それこそガレ場だろうが砂利場だろうが乗り越えていくことが簡単で、その先の目的地まで目指せるだけの力を持ったスーパーマシン。


 そのスーパーマシンから確実に劣るこれは、実は裏で密かにXRV750を所有している光には到底名乗って欲しくない名前なのである。


 純正にエンジンガードを入れれば後は何もいらない。

 そんなXRV750と、ありとあらゆる手を尽くしても尚、そこに追いつかないCRF1000。


 律が今後走るであろう場所程度なら十分に走れるが、真のXRV750はトレイルすら可能な化け物。

 今でもトレイルの大会に出てくるような存在。


 光はその存在を知っている。


「まーな。俺はこいつを通してお前がさらに腕を上げて、そこでもっと厳しい道なのかどうかも怪しい場所に飛び込むようにお前がなるっていうなら、その時にステップアップでハスクあたりのエンデューロマシンを買えばいいと思ってるが、現状なら、そんな激しい林道に行くわけでもなさそうだし、これで十分だろとも思ってる。CB400が見せてくれない世界は見せてくれるはずだ」


 光はアフリカツインを見つめながら、役目を果たせるだけのポテンシャルはあることを律に示し、


 その上で、「買うかどうかについては真剣に吟味して検討して欲しい」と念を押す。


 そこまで慎重姿勢を促す背景には、光はバイク屋として「誇張表現」というものが嫌いだからである。


 パワーありますよとか、燃費いいですよなんていう表面上の評価だけで手に入れると損するようなバイクは世に沢山ある。


 それは光が店を開業し、駆け出しの頃。


 普通二輪免許取立ての18歳の高校生が現れ「基本は近場で遊ぶが、そんなに金がかからずどこにでもいけるバイクが欲しい」と言い、KLX125を売った。


 しかしKLXを購入してしばらくして「故障している」と、まるで故障していないKLX125にクレームを出してくる。


 原因は振動。

 その者はCB400と、その後は90ccの原付スクーターしか乗ったことがなく、単気筒で振動の強すぎるオフロードバイクは、それが故障でないと説明しても「非常に乗りにくいし、楽じゃない」といって酷評した。


 光のチョイスからすれば、バイクの性能自体は完璧に満たしていた。

 ただそれは、あくまでスペック上のものである。


 スペックだけが突出し、それ以外に犠牲するものが多々あるのがKLX125だった。

 たしかにKLX125ならどこでもいけるし、近場で遊ぶなら最高の相棒のはずだったが、そのために犠牲にするものが多すぎたのだ。


 完全にバイクを紹介する際に、スペックだけを誇張していた事に、後になって光は強く後悔した。


 彼が本当に求めるようなバイクは、クロスカブ110であったのだ。

 楽にどこにでも遊びにいけて、それでいて金もかからない。


 乗り心地も悪くなく、最新のものならオイル選択さえ誤らなければ、そこまで振動も強くない。


 結局、その客はKLX125を即手放し、以降、光のバイク屋に訪れることはなかったが、


 しばらくして、近場の別バイク屋がクロスカブ110をその者に売って、それを大変気に入って乗り回し、最終的にハードツーリング仕様にまでその店でカスタムしてもらってまで乗り続け、今でも現行のクロスカブを愛用しているという。


 その時、クロスカブを売ってカスタムした男こそが、師匠「山本」であり、光は山本から「腕は十分あるから、あとは経験を積め」と言われ、独立したばかりだった。


 師匠である山本と己の差を痛感して以降、光は「人にあったバイクの特性」というのを見極めることが常連客を生むコツであると改めて理解し、


 KAMO Racingを開業した際には、徹底的にそこを見出して長く付き合える顧客を獲得するようにと教育するほどである。


 だから、そのバイクのプラス面、マイナス面もきちんと説明した上で「価格」まで考慮して売る。

 それが音羽光流バイク販売術なのだ。


 そういった長年の経験と努力から、光は当初から律がCB400と相性最悪なのを見抜いていた。

 見抜いていた上で、現行車種ではCRF250Rallyが適任と考えていた。


 しかし今は違う。

 パワーを求めるようになった以上、最高速度こそ210km程度しかないが、鬼の加速とトルクを誇るアフリカツインの方が適任。


 NC750XまたはSを思いっきりハードにカスタムしてしまうという手もあるが、NCは残念ながら手に入らなかった。(レンタル車両はあるが、レンタル車両用としてかなりの走行距離であり、今回の律の新たなパートナーには適さない)


 ホンダという縛りをなくせば、KTM790ADVなど選択肢が他にもあるが、律はまだホンダに拘っている以上、まずはコレに乗せて様子を見てみようというのが光の考え。


 恐らく「今の段階では適任」だが、今後の律の様子によってはトレイル用バイクが別途必要になる可能性もあり、その時はトリッカーなど、別途紹介したいバイクがあった。


 光はそれらを含めて全てありのままを話し、律は、そのありのままの事実を受け入れた上でアフリカツインに乗って考えて見ることを選択する。


 その上で、光に対し、このように呟いた。


「CB400を引き取ってよ。……俺はもう、多分それには乗らないから……仮にこいつを買わないとしても、それには乗らない。というか、DCTやクイックシフター、スリッパークラッチを体験したら、もうそれより下回るノーマルクラッチのバイクは厳しい。パワーのあるロードスポーツとしてはいいバイクだったけど、良さはパワーと吹け上がりだけだ。これ以上河川敷に連れて行って酷使するのはこいつを拷問にかけてるようだしね……」



 律は戸塚が必死で修繕などを行った部分を手で撫でながら、申し訳なさそうにする。


 彼のおかげでこのバイクはかなり良い状態になったが、30kmばかり乗ったアフリカツインの乗り心地はバツグンであり、これに乗ってしまうとCB400に乗るのはもはや不可能であった。


「あー、そういや俺が一番高い額を主張したみたいだしな。いいぜ。70万円で引き取る」


 光は「特に問題ない」という意思表示を手で示した。


「そういえば、綾華はもうこれに乗らないの? ジムカーナの件もそうだけど、今度彼女と一緒にツーリングしても、光の彼方に置いてきぼりさせてしまいそうなんだけど、こいつならついて来れそうだけどさ」


 律は以前のツーリングで400ccのインパルス400にすらヒィヒィいいながら着いてきたことを思い出す。


「そこは問題ない。どうせ店の在庫適当に拝借してお前に合わせるだろうから。ジムカーナについては新たにNSRを仕入れた。VTRは寿命なんで廃車にした」


「そっか……」


 律は一度ジムカーナカスタムのVTRに乗って見たかったものの、それが叶わぬ夢となったことを知る。


 少々気落ちしたが、いつか機会がある可能性があったので、そこまでというほどでもなかった。


 その後、二人はCB400の売却手続きについて会話を交わし、光はCB400SBをトランポに乗せて引き取っていく。


 一時期はゴールドウィングすら仕舞い込まれて窮屈だったガレージは、Africa Twinとボディに描かれたリッター級バイクのみが佇む状態となっていた。


 律は、もう少々街中でアフリカツインを慣らしてから、再び岐阜へと向かうことにするのだった。


 その前にどうしても参加しておきたいイベントがあったので、岐阜へは土曜日の午後を目処に向かうこととし、


 それを帰る前の光に伝え、光は「いつでもいい」と言って、特に律の行動を問題視することなどはしなかったのだった――。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 大型免許を習得してから1日経った翌日。

 律は改めてアフリカツインに乗って街中に繰り出すことにした。


 乗っててわかることは1つ。


「大型すぎる図体は安全運転をもたらす」という事実。


 これまで、律は何度も強引な追い抜きなどに悩まされてきた。

 しかし、横幅だけで90cm近くある巨大な車体は、ゴールドウィングにも巻けず劣らずのビッグボディ。


 それでいて全高150cmという背も高いバイクなので、殆どの自動車ドライバーの目に入り、「迂闊に抜かせない」オーラを出し、片側二車線道路でないと追い抜きなどを見る事がなくなる。


 そして、それまで経験したツーリングなどから律は走行中に安全運転について改めて総括した。


 まず1つ。

 通常の安全運転をしている限り、バイク乗りの一部が口を揃えて言う「左折車の危険性」よりも、よほど「右折車」の方が危険ということ。


 右折車については、「対向車としての右折」、「交差点などで交差する際の右折」、そして「目の前を走る同じ車線の車の右折」、全てが非常に危険である。


 対向車としては、信号のある交差点などでバイクの速度を見誤って強引に突入してくるケースが多い。


 学科教習などでもよく「注意点」として主張される問題だが、図体が大きくなってもまだ距離感がわからないらしく、側面衝突されかけるような思いをその日もしているほどだった。


 次、交差点などで交差する際の右折。


 これは小型バイクだと死角などになって見えないことがあるのか、CB400で走っていた時には何度か危険な目に遭遇したが、図体の大きいCRF1000だと、今のところそういう事がない。


 やはり「大きい」という視認性の良さは安全運転をしたい場合にとって有効であるのは間違いなかった。


 そのため、今一番頭痛の種となっているのが同一車線を走る右折車だった。


 特に律が気に入らないのが「なぜか右折時に左側に寄せる右折車」である。


 トラックドライバーにて有名な話だが、この手の曲がる方向と逆側に寄せていいのは左折だけ。

 それも、曲がるギリギリで寄せておかないとウィンカーを見ていない原付や自転車などを巻き込むことがある。


 逆側に寄せるのは、フロントをギリギリまでつめやすいトラックなどキャブオーバータイプの車の特権のようなものであり、バスなども余裕がある時などはあえてそういう形にして曲がる。


 大型トラックやバスの場合は、あえて大回りすることで後部のオーバーハングを抑制できるために右左折の際に隣の車線まで活用して曲がったりするのだが、


 日常的にバスが走る場所では一時停止区域がかなり手前に設けられているなど、あえてそのための空間を交差点に設けている場合もある。


 だから左折の際に右に大きく寄っても律は特に何も思わない。

 だが、右折車が右側によらずに左側に大きく寄った状態だと追い抜きできない。


 それがバスやトラックなど「オーバーハングがあるからあえて後ろをふさぐ」など、理由があってあえてやっているならまだ許せるが、なぜかそういうトラックはやらずに一般乗用車が左側に寄せてくる。


 右折の場合、対向車線などに流動があるといつまでも待たねばならず、信号が青になったのに、赤になるまで待ちぼうけさせられる事もある。(つまり、また青にならないと先に進めない)


 いくら余裕のある運転をーといったって、東京都内は300m以内に1つ信号があるなんて当たり前。


 そこで詰まって、その先で詰まってーなんてことがあるのに追い抜きできないと、その度に1つの信号につき3分もの時間を奪われる。


 さすがの律もこれは堪ったものではなく、渋滞さえよく起こすような場所は「なんで右折用レーンを用意しないのか?」と憤りたくなるほどであった。


 この方法の解消は「右折レーンがある道路」を選択していくしかない。

 旧街道などは、片道一車線の二車線道路でも右折レーンなどは微塵もないので、そこで渋滞すら発生する。


 そういう場所はあえて選ばない。

 というか、嫌なら都市部は高速道路を使う。


 これが一番であることは、インパルス400などの経験も含めて理解できていた。

 それでも、初見だとその道がそういう所なのかどうなのか判断かつかない。


 だからこそ車間は絶えず維持しておきたいし、なるべく右折しそうな印象のある車はさっさと追い越してしまう癖が身につく。


 例えば、右左折しそうな車というのは、大体が極度に低速になる。

 優秀なドライバーは右左折においては即座に曲がってしまうので苦にもならないのだが、


 ずっと一時停止している車というのは、法定速度を大幅に下回った速度にて曲がる場所を探そうとする。


 リアウィンドウから運転席が見える状態なら、キョロキョロと周囲を見回すのでよりわかりやすい。


 相手が、「今、何をしようとしているか」も考えて、追い越しや、追い抜きを道路の標識に合わせて適切に行うのも安全運転上許される行為であり、


 例えばスマホを弄りながら目的地を確認しているような人間も平然といるので、それが見えたら車間など取らずにさっさと追い抜いてしまったほうがリスクヘッジとなる。


 まずは車間を取るのが一番なのは間違いない。


 ある程度走ると、運転席での人間の動作、車の状態、車種などで、どういう運転をするかは掴めて来る。


 例えば、同じ4ドアセダンのシャコタンでも、ナンバーがゾロ目かそうでないかで運転方法はまるで違うし、エアロカウルがダメージを受けているか受けていないかでも走り方は全く違う。


 例えば軽自動車なんかでも黒のトールワゴンなんかは70%以上の確率でクラクションを鳴らしたら面倒になりそうな人間しか乗っていない。


 田舎の白い安っぽい軽に乗るオバサンほど道を譲らず、白い軽トラでも若い人と壮年の人、老年に入った人ではまるで乗り方が変わってくる。


 例えば軽トラで壮年の人の場合、片手を出しながらタバコを手に持っているような人間は法定速度を守ることが多いし、(若手は殆ど吸わない)タバコを持っていなくとも、窓が開いていて肘を乗っけているような者なら速度は出さない。


 こういう軽トラでは、老年ほど速度は出さないし、若い人ほど速度は出したがる。


 そういった人間観察でもって「どういうドライバー」かを考え、そのドライバーに合わせるか、合わせないのかを選択していきつつ車間をきちんと取ることで、他のドライバーから絡まれるなんて経験はなくなる。


 そして重要なのが速度。


 律はこれまで、過積載ではないが荷物をフル積載した際などにアップダウンのある場所でモタついて何度か煽られたことなどがあった。


 特に駆け出しの頃でである。


 それはバイクに乗って自分が運転していた頃よりもっと酷い過積載などのトラックに遭遇してみたところ、彼らの気持ちがよくわかった。


 自分では、ずっとスピードが出ない状態が当たり前になって、感覚が麻痺して大してスピードの違いはないなと思っているようだが、


 例えば、20号の高尾~大月あたりのような場所で、時速20kmで走るトラックが稀にいる。


 あそこは一部を除いて40km区間。


 そんなところを20kmで走られたらたまったものではなく、過積載とみられたトラックを見つけた場合は、さすがの律も赤信号などを見計らってすり抜けしてトラックを追い抜くような事はあった。


 何しろ彼らは待避所があっても、そこで停止して後ろに10台は軽く団子状となっているような車を先行させるというような事がない。


 そんな者は、それこそ赤信号が坂道だったら大きく後退してきたりして危ないので、素直に追い抜く。


 バイクは登り坂以外、バックすることが出来ないので、いくら車間をとっても、それを無意味とさせるような後退をするトラックがいる場合は、素直に追い抜くのが無難。


 法定速度を守れるだけの速度が出せないトラックはほぼ間違いなく過積載で、きちんとした積載がされていれば速度が出せるはずなのである。


 律は過積載と見られるトラックを何度もじっくりと観察することで、「サスペンションが酷く沈み込んでいる」様子がわかるようになってきたので、そのトラックが過積載であることはモタモタされる前に気づくようになってきた。


 そして、それらの様子から、トラックの後ろに続く車の量が尋常でないことがあったりして、「あまりに酷い運転をする場合は、今度白バイが近くにいたら通報してみようかな」と考えるほどだった。


 実際、白バイは過積載をサスペンションの沈み込みで判断するが、今までなかなか視界に優れなかった自動車では見えてこなかったものがバイクに乗ると見えてくるようになってきていた。


 バイクはむき出しの身なりで視界も良いため、ある程度乗ると天気の変化もわかってくる。

 雲の形状、風の流れ、気圧の違い。


 それらを総括すると、例えば雨が降ってきた際にそれが「通り雨」なのか「本格的な雨」なのかわかるようになってくるばかりか、


 遠くにある雨雲が認識できるようになって、それが今後のツーリングに影響を与えるのか与えないのかも判断できるようになっていく。


 律は、まだそこまでには達していないが、一連の安全運転の心がけで観察眼のようなものが養われてきていた。


 DCTに乗って思う事は、楽というだけでなく意識を運転やその他により向けられるということ。

 より余裕をもった運転になり、より他に注目して運転することで前もっての事前予測が出来るようになった。


 クラッチ操作やシフトペダル操作がなくなるだけでこうも違うかといった印象を律は抱きつつも、今後安全運転を徹底したいならば「DCT」または「CVT」しかなく、人間が意識的に行う行動を鑑みれば「左手ブレーキ」ではなく「右手、右足ブレーキ」が正しいので、


 ヘタをすると一生ホンダと付き合わねばならないのかと思うと不安も感じる。


 そのあたりは「クイックシフター」でも案外どうにかなりそうなので、まずはDCTとアフリカツインに乗って見て、次を考えるのが最良であることと、今現在、アフリカツインと自分の相性は悪くないということだけはよくわかったのだった――


 次回「SHOEI PFSフィッティングサービス」

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