270kgのスポーツバイクに不整地走行は厳しい(後編) ~ツインリンクもてぎ~
昼食は普通に弁当が出された。
至って普通の幕の内弁当である。
恐らく500円~700円前後で市販されるのと同じもの。
律は全てを10分程度で平らげた後、30分して歯を磨き、そして20分を休憩に費やして、食事が出されて食べる場所として提供された教室のような空間にて眼を閉じて体を休ませた。
午後、13時30分。
再びライディングスクールが再開される。
次の課題は雨天・悪路走行並びに目標ブレーキであった。
雨天走行。
バイクにとって最も怖いものといえば、雨の日のカーブと雨の日におけるブレーキである。
共に後輪などがグリップ力を失い、ズサーと見事な転倒をしかねない危険なもの。
現在においては「トラクションコントロール」と呼ばれるタイヤが滑った際にそれをセンサーが検知してエンジンの出力を調整する機能を備えたバイクが標準化し、こういう過酷な状況には対応しやすくなった。
そればかりか一部メーカーはフラッグシップ車両を中心に「IMU」と呼ばれる慣性計測装置を搭載するようになった。
IMUとは6軸でロールやピッチを計測してECUに対し、どうすれば車体を安定させられるかをデータを数値として送り込むもので、
例えば、車体が傾きすぎた際にエンジン出力を上げればカーブを大回りする事にはなるが、
そのままカーブ内でカーブの内側に転倒するリスクを減らせるわけだ。(その際にタイヤが滑ったりしたらそれまたセンサーで調節する)
元はコスト度外視のNINJA H2のためにカワサキがBOSCH社に開発を頼んだ代物で、以降、カワサキのバイクの代名詞となりつつある存在。
後追いのごとくBMWやドゥカティもフラッグシップを中心に採用したが、H2という、現段階での技術を結集したフラッグシップ車両のためだけに生み出され、その後、その存在がフィードバックされるかのようにバイク業界全体に広まったものなのである。
今のところ搭載車両が存在しないのはスズキで、ヤマハはYZF-R1に、カワサキはZ1000などハイエンド車両に、ホンダはCBR1000RRなどにそれぞれ搭載している。
この中で面白いのがホンダで、NC750シリーズやCRF1000シリーズは信じられないことにIMUは搭載していない状態ながら、車両が現在坂道を進んでいるのかどうか判断して自動でエンジンブレーキを調節している。
しかもCRF1000Lシリーズの場合はこの簡易IMUみたいな存在でウィンカーの自動消灯機能すらある。
これについては、元より電子制御能力を独力開発できる力がヤマハと並んで高いから出来たこととされるが、一方で逆を言えば「え、CRF1000ってフラッグシップだったのになんで付けなかったの?」なんて言われたりもする。
恐らく装着するんだろう。
2020年あたりに。
価格もさらに上昇して。
そんなIMUであるが、当然にしてCB1100が搭載しているわけがなかった。
現行のCBシリーズでIMUが搭載されたのは、CB1000R、CB250R、CB125Rの三車種。
CB1000Rは元々CBR1000RRなのだから搭載されるのは当然であるとして、
なぜCB250RとCB125Rにも搭載されたのかというと、パーツコストを下げるためというのが1つ。
もう1つは、こいつは元々CB150R EXMOTIONというアジア向けのフラッグシップ級小排気量バイクであり、排気量を犠牲に潤沢すぎるパーツを全てぶっこんだバイクのボアアップ版並びにボアダウン版だからだ。
これはいわば国外でいえばCB1300なんかと同じようなポジションにいるバイクなのであって、
トラコンすら搭載するかどうか考えたものだが、結局見送られただけでIMUは搭載しておいたバイクということになる。
恐らく今後必要に応じてそういうのを搭載して販売しようと企んでいるのであろう。
ちなみにCB150Rの主要販売国であるタイやフィリピンにおいては、CBR1000RRと同じポジションにいるのがCBR250RRであるのだが、なぜかこちらはIMUは搭載されていない。
そのため、あっち側の人間からすると「CB150RはCBR250RRにIMUを搭載するための前座」という認識がされていたりする。
次年度版はクイックシフターも搭載予定とのことだが、CBR250RRはNC750やCRF1000とかと同じ簡易IMUみたいな存在のみ。
これが搭載されると価格は上昇するが、そうなってくると250cc帯においては最強のパーツ構成であることは間違いないのだろう。
だがCB1100にそんなものはない。
ライダーを主役とし、ライダーがすべてを制御する。
律が乗るCB1100RSは信じられないことにABSすら付いていない2020年より前の2019年モデルであった。
「はい、では午後のライディングスクールをはじめていきましょう。すでに気づいた方もおられるようですが、一部のコースに水が散布されてますね。我々はこれから、この散布されたコースを走っていくことになります。特に散布された一部のコースはタイル張りのようなゴツゴツしたコースとなっており、それ以外にも石を敷き詰めたようなコンクリート舗装の非常に滑りやすい区間もございます。これらは悪路を模したコースとなります。かなり慎重に進まなければ転倒し、大ケガに繋がることもありますので走行にはくれぐれもご注意ください!」
時間になったので、インストラクターは待機場所に参加者を集め、午後の取り組みについて説明した。
ASTPにおいては水を散布できる区画がある。
ここでは「雨天走行時のブレーキテスト」と雨天走行、そして雨天悪路走行の3つをテストすることが出来、タイヤの試験なども行われている。
「タイヤメーカーではないのにタイヤの試験を行うのか?」という意見もありそうだが、それは純正タイヤを選定するための試験の意味合いがあり、コストとの兼ね合いをみてより価格を落とすためには様々な環境を見てタイヤを自動車メーカー側がテストするのが理想。
だから、タイヤメーカーとは別に、こういったテストコースにて試験を行い、さらにその試験のための施設を利用してライディングスクールも行われているというわけだ。
一同は雨具の着用を推奨され、律も持ち込んでいた雨具を着用した。
そしてインストラクターの指示に従い、後に続く形でコースを進む。
律は雨天走行は何度か経験があったが、なぜか道路路面は不安になるほど水に満たされている事に気づいた。
「……さっきと同じ感覚で傾けたら間違いなく滑るね、こりゃあ……」
ASPT内のタイルパターンは2つ、それとは別に小石を表面に露出させたコンクリート舗装された道のコースがあり、それぞれ水を散布することで雨天と悪路走行を体感できるようになっている。
実はこの走行で最も注意しなければならないのが「水が撒かれていない区間」が一部あること。
ここで一気に加速すると、タイヤの温度などが低いのでトラクション能力が低く、滑って大変なことになる。
無闇に雨上がりだと思って転倒するケースを想定してそんな区間があるのか、とにかく予断を許さない状況が延々と続くコースセッティングであった。
「それでは皆さんには順番にゆっくりと進んで行きます。アクセル操作をラフに行うと滑ります。フロントブレーキを多用してもバランスを崩します。この雨天走行体験区間ともいうべき場所は、現代の高性能な四輪自動車すらトラクションを失ってしまうよう作られた区間です。危ないと思ったら最悪スタンディング走行してください。まずは、座った状態のままだと、どういう感じが体感してもらうため、極低速で徐行しながらセッションを進んで見たいとおもいます」
インストラクターの説明が続く中、律はコース内の周囲に目をくばらせると、要所要所に手助けするためのサポート要因がいることがわかり、この体験走行は「非常に危険」なのがよくわかった。
できればこういうコースは「スタンディング走行」したいのだが、まずは通常走行するという。
ちなみに、今回参加した者の中にトラコンを搭載したバイクをレンタルした者はいなかったが、ABSすら装備していない者は律含めた少数で、律は普段のCB400よりも慎重に行かねば危険であることに身を引き締めた。
早速雨天及び悪路走行の練習が開始された。
CB1300で進むインストラクターを中心に、コース内に何名かが進入して後に続く形である。
律は何人かが走った後にコース内に入り込む形となったが、入った瞬間のバイクの挙動からして「ヤバい」と独り言が飛び出るほどであった。
まるで凍結路面と遜色ない滑りやすさであり、律は「あ、これアクセルターンできるな」と思うほどである。
隙間があるタイルのような部分においてはハンドルを取られ、座った状態ではそのCB1100の重量からくる安定感によって何とか助けられている状態であり、
ヘタにアクセルを弄ればすぐ後輪がトラクションを失うのは乗っているだけでわかる。
そこをS字カーブのようにクネクネとカーブしながら回るわけだからたまったものではない。
コース自体は8の字だが、他の者と正面衝突しないよう8の字走行はしないよう一部コースを調節した形でパイロンが敷き詰められていた。
極低速、それも20km前後の徐行だからこそ何とかなるが、現実世界でこんなことをしていたら周囲の自動車からどう煽られるかわかったものではないが、
一方でインストラクターからの「現代の四輪すら滑るように作ったコース」とのことから、水を散布しているが雨天どころか凍結路を想定しているのではないかと思うほどであった。
律は、CB1100のもつ重量から来る無理やりなトラクション能力によって何とか救われ、とりあえず座った状態での走行を成功させた。
しかし他の者は滑って転倒してしまう者も平気でおり、いかにこのコースの難易度が高いかがよくわかる。
ハンドルが取られる2つのタイルパターンの場所は正直神経をすり減らすほど怖い思いをしたし、小石を表面に散らばらせた「そんな道路ないだろ!」なんて場所はタイヤはとられないがまるでタイヤの接地感がなかった。
インストラクターの指示によって、次はスタンディング走行となったが、律はスタンディング走行によってようやく安定してCB1100を制御できるようになった。
スタンディング走行の場合、多少後輪が滑ったところでどうとでもなる。
すでに河川敷にてCB400でこれに類似するような場所で走り続けた律にとって、CB1100で同じ場所を走ったとて関係がなかった。
違いはABSが無いのと、重量が60kg増えただけ。
後輪が滑ったところでスタンディングなら平然と補正できる。
他の者やインストラクターなどから「ほう」と息が漏れるほど、全参加者の中で最も律が安定してスタンディング走行を展開していた。
律は一応、後ろを気にかけながら割とハイペースで走行したが、カーブの際に普通にドリフトするかのごとくアクセルターンに近いような状態を示し、後輪を滑らせる。
しかも、その状態でありながら足を一切地面に着かずにCB1100を制御。
そのまま軽快にコースを走り終えると、インストラクターから「ビッグオフ向きの走り方をしますねー。次はアフリカツインでも乗られるんですか?」と言われる。
アフリカツイン。
律がホンダドリームで見て「いやこんなの乗れないだろ。大きすぎる」と思ったバイク。
日本では現在、同排気量帯ではNo.2、全排気量では5番目に大型のバイクであった。
4番目が兄弟車種のAdventure Sportsであり、これより上となるとヤマハのXT1200Zスーパーテネレやゴールドウィングなどしかない。
すぐさまアフリカツインを思い出した律は「はあ……」と相槌は打ったものの、内心は「あんなデカいの無理」と決め付けていた。
そんな律はここでCB1100の限界を悟る。
フラットダートならどうにかなる。
CB400と同じ。
しかし、タイヤを取られる区間での不安定さは尋常ではなく、少しでも気を抜いたらリカバーできない重さ。
それはつまり「もっと状況の悪い路面を想定していないバイク」であることを律に教え込み、とても素直で良いバイクではあるなとCB1100が好きになりつつあったが、一方で「今求める理想」とは異なるバイクであることを決定付けた。
そもそも、取り回しから何から何まで含めて重過ぎるのだ。
それこそ駐車場や自宅ガレージでの取り回しならどうにかなる。
だがこれが、舗装林道でゴツゴツした、足で踏ん張るのが難しいような凹凸のある路面であったら?
しかも今みたいに急に雨が降ってきてUターンを余儀なくされた状態で、路面が水で満たされていたら?
走ったコースはとてもではないが、降りて転回ができるような場所ではなかった。
凍結路面にてUターンが不可能に近いのと同じ。
CB1100は、「ネイキッドバイクでホンダなら何を買う?」と問われれば「こいつを買う」と即答できるだけのモノを律に教え込んだ一方、
「今、君が真に求めるバイクは何かな?」と問われれば「荷物を背負って通行止め以外のすべての道が行ける万能な存在だけど、それが何か思い浮かばない」――と即答できる心構えであるほど、律は未だに答えを出せない状況であった。
とはいえ、CB1100とZIIは「楽に乗りたいなら大型だよ」とハッキリと律に伝えたことで、律の「大型を取得する」という思いは行動に変わりつつあった。
非常に難易度の高い雨天及び悪路走行が終わった後は、目標ブレーキへと移行した。
目標ブレーキ。
簡単に言えば急制動のようなものである。
一定の速度でもってバイクを走らせ、そして停車させる。
今回のスクールでは2つのパターンが用意されていた。
1つは「雨天」を想定した水に満たされた場所でのブレーキング、もう1つは通常の場所で60kmまで出して停車するブレーキング。
置かれたコーンの場所に正しく止まれるかどうかが重要。
参加者一同は、悪路などを模したコースからブレーキングを体験・学習するコースへと移動される。
まずは当然にして、雨天を模したコースであった。
「さてさて、先ほどの続きのような状態になっていますが、今から開始するのは目標ブレーキです。
この先の道の状態を見てもらえばわかる通り、水で路面が濡れています。当然にして制動距離は長くなりますね。この場所では、まず40kmで走行し、パイロンの置かれた場所に停止してもらう課題となります――」
インストラクターの説明が続く中で、ここのコースが本当に様々な試験を行うテスト場所なのだということを理解した。
こんな路面を濡らすような装置は、教習所や鮫洲や府中などの運転免許センターなどにも設けられていない。
あくまでこの場所の基本は「自動車テスト」こそがメインなのだと知る。
当然ではあるが、雨天走行時はブレーキの制動距離が長くなる。
だから教習所でも雨天時においては急制動は3本目のラインまで使うことが許される。
ここでCB1100を使って急制動に類似した課題を行うということは、すなわち大型車における急制動とはどういうものかというのを知るいい機会になっていたのだった。
目標ブレーキは1台1台が走って行う雨天を模した急制動が1つと、教習所では行わない60km走行における急制動のようなものが1つの2つ構成。
すでに時刻は14時10分。
恐らくこの2つで後1時間ほど潰した後、最後のツーリング走行を40分ほどやって終了なのだと律は察した。
律は先ほど意識を集中させたために精神的負担から体力的に消耗したのを感じ、ゆったりと自身の順番を待ちつつ、目標ブレーキへと挑んだのだった。
――そして順番が律へと回る。
スタートラインについた律はインストラクターより注意点について説明を受けた。
1つ、40kmなのかどうかを外部から確認するランプなどがないので、こちらからオーバースピードについて中々注意できない。速度メーターは常に注視すること。
1つ、滑りやすい路面で、かつこのバイクにはABSがついていないのでパイロンに停止させようと無茶させないこと。
1つ、エンストを恐れないでギアダウンせずに一気に停止すること。
それはつまり、これが「急制動」とほぼ同じ課題であることを意味していた。
律は説明に「はい!」と応えながら内容を理解すると、スタートの合図を待って発進。
グォァァァァウオオオオという音と共にCB1100RSはスムーズに発進すると、律は1速から2速、2速から3速、3速から4速まで上げてアクセルを調節しながら40kmを保った。
エンジン回転数2000。
それで約40km出る。
ブレーキを使う場所を推奨するパイロンに差し掛かったところでブレーキし、そして青い停止ラインを意味する場所まで前後のブレーキを上手く生かして見事に停止する。
律が驚いたのは「後輪が滑らなかった」こと。
今までの感覚だと間違いなく後輪がロックしかねないほどにあえて強めの後輪ブレーキをかけた。
それは愛車のCB400では、間違いなくABSが発動する強めのブレーキ。
だが、CB1100は重さでもってトラクションを維持し、見事な停止を見せる。
特にエンストすることも無く、クラッチを握りこんだ状態で停止したため、
停止してすぐに律にはしっかりとアイドリング音が聞こえてきたのだった。
そのままシフトインジケーターを見つつ1速にいれ、コースを離脱して戻る。
(……もしかして……大型の方が急制動は楽なのでは?)
そのあまりの安定感に急制動にまるで不安がなく、CB1100の能力のおかげか重量が重いバイクとはそういうものなのかどちらか律はわからなかったが、
そのような感想を持たざるを得ないほど、安定してブレーキングができたことに感動した。
オンロードだけで乗るならこれほど楽しいバイクはない。
そんな状態にルンルン気分で戻り、そして練習を重ねたのだった――。
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そのまま乾いた路面で60km走行からのブレーキングも行ったが、特に問題なく停止できた。
律からすると、むしろこれまでの課題の方がよほど難易度が高く、他が出来たらこれが出来ないわけがないと思えるほどであり、
下り坂Uターンなどと共に、これら一連の課題設定は「成長を認識させる」ものなのではないかと考えるに至る。
そうやって己の成長を楽しみながら次の課題に挑戦してもらうのが、このスクールの趣旨なのだろう。
律はそう解釈した。
スクールはそのままマスツーリングを模した最後の課題走行へ。
あたりは夕焼けで暗くなってきており、教習所のようなコースをインストラクターが先導する形で全員で周回した。
それらは特に難しい課題もなく、バイクとバイクとの間の距離のとり方や、交差点での右左折など、本来なら「ウォーミングアップ」に近いようなものであり、特に問題なく走りこむことが出来た。
そしてそのまま16時になり、すべてのライディングスクールの課題は終了。
終了後、HMS独自のお約束として、最後にバイクの「磨き上げ」と「ガソリン補給」を参加したライダー自体が行うこととなっている。
ウェスを使って泥や水で濡れたバイクを磨き上げ、そしてガソリンスタンドを模した場所にて給油を行うのだ。
律はCB1100を難なく磨き上げたが、そこでわかったことがいくつもあった。
CB400よりも汚れない。
そしてCB400と違い、フレームの間に隙間があり、エンジンなどにもくまなく手が入る。
エンジン温度が低いのか、CB400より明らかにエキパイなどが熱くない。
マフラーまで丁寧に磨いた律は、ガソリン補給のため、給油ステーションまでバイクを向かわせた。
そこで驚愕の事実に遭遇する。
「な……なんだこれ!?」
燃料タンクの蓋を開けたときのこと。
まるで、給油用ノズルをそこに差し込んでくださいともいうような細い穴の空いたプレートがガソリンタンク内に装着されており、そしてその場所まで満たしてくださいと言わんばかりの目印にもなっていた。
「え……ちょ……えぇ?」
ガソリンを補給した際、そのプレートは見事に仕事を発揮。
全力全開でガソリンをタンク内に流し込んだが、それが簡易的な蓋の役割を果たし、溢れることなくプレートの部分まででガソリンはピッタリと入り込んだ。
つまりこれが「満タン」なのである。
この状態でキャップを閉めれば、一切溢れることなくガソリンを入れられる。
なぜか現行車では「ホンダではCB400だけ」存在しない、現代バイクなら当たり前の構造。
律はその便利さに驚きつつつも、気になったので周囲のバイクのガソリン補給の状態を見て、その「プレート」のようなものがあるのかどうか確かめることにした。
しばらくの間、周囲を見回してわかったわかったこと。
「CB400だけ」ソレがないことを律も知った。
NC750も、NC700も、CB1300も、CB650も、あろうことかVTRでさえも付いている。
付いていないのは他の人が乗っていたCB400SFだけ。
(はいィィ!!?)
なぜこんな便利というか、付いてて当たり前のものがCB400にだけないのか。
律にはまるでその意味がわからないが、少なくとも「CB400以外に乗れば、ガソリンスタンドでの給油で困ることはない」ということだけ理解したのだった。
そのままバイクを返却し、プロテクターなどを脱いで、雨具などを着替えて手続きを済ませ、施設を後にする。
駐車場に戻り、CB400を目の前にした律。
その心は充実感で満たされると同時に、「なんで今大型を持っていないのかな」と思わずにはいられなくなった。
今すぐあのCB1100で家に帰りたい。
そこまで惚れるだけの何かを、約5時間付き合ったあのバイクは律に与えていたのだ。
車体は重いが、重い以外は何1つ弱点のようなものがない。
アレだけ走っても熱くなることがなく、ほんのり暖かい燃料タンク、
ファンがないのでアイドリング中もやかましくなる事はなく、低く鈍い音でもってライダーを待つその悠然とした姿。
回さずともいいとライダーに訴えかける凄まじいばかりの低速トルク。
これまで街中で走って何度もノッキングした律は、CB1100で一回もノッキングしなかった事を高く評価していた。
しかし待っていてもCB1100は来ることはない。
現在時刻16時30分。
後30分でこの場所は閉じられ、各種施設は閉館する。
いくつか見て見たいものがあったが、今日の所はこの場所を去るしかなかった。
そんな律がゲートへと戻ろうと出発準備を開始した時のこと。
突如電話が鳴る。
スマホを見てみると光からであった。
「よう。どうだったよ?」
まるで何かを察したように電話をしてきた光に、律は素直な感想を述べる。
CB1100RSに乗ったこと、それがすばらしく、最初の愛車がアレなら良かったなと思うこと、今自分がどう足掻いてもアレに乗れないと思うと結構辛いと思うことなどなど。
光は黙ってそれを聞いていた。
「そうさなぁ……まぁ、ZIIに乗った時からそうなるとは思ってた。なぁ律よ。実はライダーのシーズンってこれからなんだぜ? 4月頃から始まって11月ぐらいまでがツーリングシーズン。その間に何度も季節は入れ替わって風景も変わっていく。GWぐらいから本格的にツーリングライダーは増え始める。んでよ、ここでちょっと商談ってところなんだがいいか?」
「え?」
突然の発言だった。
何かいつもと違う気配を電話より感じていた律だったが、信じられないことに光は親戚である律に商談を持ちかけてきたのだ。
律は妙な反応に光に対して身構える状態となっている。
なぜそんな商談を持ちかけてきたのかはよくわからないが、それがCB1100の商談ならすぐさまYESと応えようとも考えていた。
「これから4月下旬までに、お前が教習所か1発試験で大型を取る。CBは俺が70万で買い取る。で、今日入ったばかりのいわくつきのバイクを+30万で乗る。リッター級DCT装備のビッグオフローダーをだ。ちょっといろいろあって走行120kmで中古に卸されたバイクを手に入れたんだが、これはかなりいろいろ整備が必要だ……だが、多分現状のお前の財布事情から一番最初に乗るべき大型バイクはコイツだと俺は思ってる。お前、ホンダがいいんだろ?」
「え、えぇ……そうだけど……リッター級DCT装備オフローダーってアフリカツインしかないんだけど……本気で俺があんなデカいの乗れると思うの?」
光の言葉より、それが間違いなくアフリカツインであることがわかったため、律はあんな巨体を制御できるわけがないと弱音を吐いた上で光に投げかけた。
CB1100についての話だと思っていた律は、あまりにも今乗りたいバイクとかけ離れた何かであったため、肩を落とした。
「お! お前も最近の車種については多少は調べてるようだな。安心しろ。CRF250Rallyより45mmもシート高が低く、しかもK&Hのローシートが仕込んである。830mmだから十分乗れる。まぁ別に嫌ならいいんだが、多分現行モデルで100万なんて話は早々ないからすぐ売れちまうんで、今、拒否するならもう乗れないと思って欲しい。数日ほど回答は待つから、それまでにいろいろ決めてくれ。じゃあ、気をつけて帰れよ……と、いいたい所だが、どうせだったら今日も泊まって資料館とか見てみたら?」
光はライディングスクールに参加したことで、恐らく何も見学できていないであろう律のことを按じて、本日もどこか近くで宿泊すればどうだろうかと提案してくる。
しかし律は疲れていたのと、CB400に乗り続ける自分について考えはじめていたため――。
「いや、いい。さっきの話についてたけど、近日中に大型は取る。その車体を買うかどうかは……2~3日考えさせて。俺はアフリカツインについてよく知らないし、ホンダ一本にするかどうかもZIIのおかげで考え中。カワサキって手もあるんじゃないかなってさ……」
――と応えたのだった。
「ん~、まぁ別にメーカーに拘る必要性なんてないからな。欲しいバイクに乗る。このスタンスでいいのさ。俺もバイク屋だし、他にも大型車種はある。今提示したアフリカツインは、かなりお買い得な価格だから薦めたんだ。CRF250Rallyではもう満足できんだろ?」
「うん……アレは乗り心地は最高だけどパワー不足……もっと楽にバイクは乗りたい……おっと、もう閉園時間だから切るよ。それじゃあね」
「おう、またな」
光は、すでに律が大型に目覚めかけていたため、昨日のジムカーナにてCRF250Rallyを借りるか買うかどうかと言い出した律にあえて様子見すべきと進言した。
実は、それはすでに手元に手配済みだったこのいわくつきのバイクが来るのを知っていたためであり、ジムカーナにおいて律が何かのキッカケで大型に目覚めた場合を想定して販売車にすることを保留にしていたのだった。
そこにどういう問題があり、どういうバイクなのかを光は律に説明しなかったが、少なくとも値段が低くなる原因を持ったバイクであることを律は理解したが、特にそれ以上何も考えることなくツインリンクもてぎを後にし、来た道を戻ると水戸ICから常磐道に入って自宅へと戻ったのだった――。
次回、「そして大型取得へ――8の字走行は基本中の基本」
大型免許は教習所となります。
序章と重なる描写が増えるため、必要以上の描写はせず、3話程度で終わる予定です。




