8 チートを使って初めての戦闘をしてみる
「でかいな! いきなりダンジョンボス級とかいわないだろうな!」
襲ってくる蟻の顎をバックステップでかわしながら思わず愚痴る。だってそうだろう? 最初に出会った魔物の顔と俺の身長がどっこいどっこいなんだぞ。足の長さを入れたら俺の身長の一・五倍、その位置から複眼で見下ろされるとか普通に怖すぎるわ!
「とりあえず『風刃』……げ! 触覚すら斬れないってなんだよ、それ! 魔法弱すぎるだろ。なんか弱点とか……そうか! まずは【鑑定】」
『大蟻:どこにでもいる大きめの黒アリ』
「は? それだけ? 【鑑定MAX】の鑑定がそれだけ?」
なんだよ! わけわかんねぇ! 使い方が悪いのか? おっと、噛みついてきやがった、目の前で顎が閉じるとことか見たくないって。とにかく魔法が効かないんだから、あとは斬るしかないか……できればキモ怖いから近づきたくないんだが。
「あ、そうか」
思いついたぞ、俺の意思で形を変える天破の剣を…………よし、できた!
「これならそんなに近づかないで済む! 逃げるならいまのうちだぜ蟻!」
俺の手には十メートルくらいに伸びた天破の剣がある。普通ならこんな武器を扱うなんて無理だが、装備とレベルとスキルがチートの俺なら普通の剣と同じようにこいつを振れる。
がちがちと顎を鳴らしながら近づいてくる蟻に向かって全長十メートルの伝説の剣を持ったままジャンプ。俺の強化された体は蟻の体を優に飛び越える高さまで浮かび上がり、俺を見失って周囲を見回している蟻の頭上に到達、そのまま落下の勢いを乗せて蟻の頭部と胸部の継ぎ目に天破の剣を振り下ろす。
地面に着地した俺の耳に、徐々にテンポが遅くなっていくがちがちという音が聞こえる。そして地響きとともに地に落ちる蟻の頭部……
「凄い斬れ味だな、振り抜いてから頭部が落ちるまでにそんなに時間がかかるなんて。さすがチート武器」
首を落とされてもすぐには死ななかった蟻だが、やがて頭部と胴体両方が動きを止めておとなしくなった。
「ふう……いきなり初戦からハードだったな。こいつの素材とか使えんのか? とりあえず収納しておくか」
頭の中で範囲を決めて収納するように念じると目の前に横たわっていた蟻の死骸が消える。すげぇな【無限収納】あのサイズを一瞬か。
ギィ! ギィ!
あん? やっべ! またきやがった、しかも今度は団体じゃねぇか。こんな普通の森でいきなり魔物の氾濫的なものに遭遇するとか、駄女神のやつなんか仕込みやがったか?
別にさっきの感じじゃ負けるとは思わないが…………ひとまず逃げるか。たしか蟻って臭いとか辿ったりするんだっけ? ん、それは違うやつか? ああ! もういい。とりあえず跳んで逃げておくか。
俺は装備を身に着けたまま助走を付けジャンプする。俺のチートな身体能力は軽々と緑の木を飛び越え体感で数十メートルを一気跳ぶ。振り返ると先頭の蟻どもは俺が倒した蟻の付近をうろうろと歩き回っている。俺が死体を回収したせいで戸惑っているらしいな。よし、この隙に距離を稼ぐか。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、一気に蟻の群れを振り切った俺は相も変わらず薄暗い森の景色にうんざりしながらも木に寄りかかって一息つくと【無限収納】から魔法の水筒を取り出し、冷えた水をがぶ飲みする。それにしても……。
「まいったな。こうも景色が変わらないと、どこに人里があるのかもよくわからん。地面は大小さまざまな丘で歩きづらいし、大きな岩が乱立していて見通しも悪い。とても人間が住んでいるような土地には見えない。本当に人型の知的生命体がいるのか? だが、あのタイミングで嘘をつく必要もないか……幸い野営用の魔導具セットもあるし、気長に進むか」
っと、いかんな。陰気な場所に長くいるとついひとりごとをつぶやいちまう。平気なつもりでも精神的にはかなり消耗しているのかもな。常に薄暗いから時間もよくわからんし、今日は早めに休むか……。
「そうと決まれば……まずは」
魔法の天幕:S
結界能力:S 拡張性能:S
展開すると周囲に魔物を寄せ付けない。サイズは所有者の意思によって変化する。ただし、サイズの変更に応じて魔力を消費する。
魔法の竃:S
火力調節:S 環境基準:S
所有者の魔力を糧に火力は自由自在。サイズや形も所有者の意思によって変化する。ただし変更には魔力を消費する。燃焼による有害物質がまったく発生しない。
魔法のランタン:S
光量調節:S 持続性:S
所有者の魔力を燃料に光を放つランタン。サイズや光量も所有者の意思によって変更可能。ただし変更には魔力を消費する。遠隔操作も可能。
「このあたりか。テントはとりあえず八畳くらいで広げて、竃は一酸化炭素中毒もなさそうだからテントの中に設置でいいか。ランタンは……テントの中に引っ掛けるところをイメージして……おお、変化した。すげぇな魔道具」
広々としたテントの中に魔導具を設置して感心していると、ふと思いついた。
「やべ! テントだけあっても布団とかねぇし、食材と火があっても調味料とか調理器具とかがない」
どうすっかな……あ、そういや生産系のスキルも統合してMAXにさせたな。
【創作の匠】
「これだな。ならそのへんの石とかでも鍋とか包丁とか作れんだろ。ひとまず外に出て……おっ、あれがいいな」
テントから外に出て目についた俺の身長ほどの大岩に近づくと天破の剣で斬り刻む。とりあえず五十センチくらいの立方体にしてから、天破の剣を小剣サイズにする。神級の武器を彫刻刀代わりにするのもどうかとは思うが仕方ない。どうやって削ればいいかはスキルのお陰でわかるし、天破の剣なら石だって粘土のようなもの。あっという間に石鍋が完成する。
「まあ、調味料もないし鍋で煮込み料理をするようになるよりも、街に着く方が早いかも知れないが。いや、米を炊くのに使うか……そうすると蓋もいるな」
ひとり呟きつつ、鍋蓋を作り、石のフライパンと石のまな板に石包丁も作る。いっそ天破の剣を包丁にと思ったが、テスト段階で斬れ過ぎて、まな板を駄目にしたのであきらめた。石の包丁でも抜群の切れ味を誇る剣と匠の技術が合わされば、そこそこの斬れ味のものができる。あとは適当に石串、石皿、石コップ、石の箸、石スプーン、石フォーク、石ナイフなどなど、石で代用できるものを複数個作成しておく。なにからなにまで石だと重いかもと思っていたが、俺のレベルとステータスなら茶碗を持つほどの苦労もなかった。