23 魔法を買ってみる
「いらっしゃい、おや? 珍しいね。獣人は魔法と相性が悪いはずなんだがね」
店に入ると中は狭い。と言っても俺から見たら広すぎるくらいだが、リアナから見たら三畳ほどのスペース、その向こうにカウンターがあって、ひとりの老婆がキセルのような物をふかしながらこちらを見ていた。
「あ、あの、魔法が使えないと売ってもらえないんでしょうか?」
「んにゃ、そんなこたないよ。金さえ払ってもらえば問題ないさね。もっともこの街は中央から離れているからね。品揃えはそんなによくはないよ」
キセルから煙をくゆらせながら老婆はところどころ抜けた歯からしゅしゅしゅと空気を漏らしながら笑う。
どう見ても不気味な生き物でしかないが、なぜか愛嬌があるように見えるのが不思議だ。【鑑定】してみると、普通の人間で魔法使いのようだが御年七十二歳。この世界の文化レベルだとかなり長生きの部類か?
「リアナ、買った魔法はどうすれば覚えられるのか聞いてくれ」
獣人は魔法が使えないことが多いので、リアナは魔法の覚え方を知らなかった。魔法を買ったはいいが、覚え方がわからなかったら意味がない。
俺の言葉が聞こえたらしいリアナは小さく頷きを返すと、老婆に話しかける。
「あの! その……念のため教えて欲しいんですが、買った魔法はどうやったら覚えられるんですか?」
「知らないのかい? ふん、なるほどね。魔法に適性がないことが多い獣人たちは魔法に憧れることが多いからね、あんたもそんなクチだろ?」
キセルを火鉢のような灰皿にたたきつけながらヒヒヒと笑う老婆。まあ、リアナだけが魔法を買いに来ている状況だけみれば、あながち間違っていない読みだろうな。
「あぅ、確かに私も魔法はかっこいいなぁとか思いますけど、あんまり頭もよくないですし、使えるようになるとは思っていませんから! 今日は人に頼まれて来たんです」
ばたばたと尻尾を振り乱しながら弁解をするリアナ。どうやら魔法を使いたいと思っているのは間違いなさそうだ。だが、この世界では獣人にはあまり魔法適性がないってことか。……でも、これはちょっと試してみる価値はありそうだな。
「へぇ、そうかい。まあ、いいさね。魔法はね、魔術書と呼ばれる媒体に魔力を流しながら書かれている魔法式を読めば、その魔法が呼んだ人間の魔力の源であると言われている部分に刻まれる。あとは呪文を唱えたときに魔力が足りていれば、魔法が発動するって仕組みさ」
「へ、へぇ……魔力の源に……ですか」
「ちなみに一度魔力を通した魔術書は、力を失ってボロボロになるからね。転売は出来ないよ」
「……ぼろぼろ……ですね」
視線を泳がせながら、耳に残った言葉だけを繰り返しているリアナは、絶対に内容を理解していないだろうな。
「ああ、そうさ。魔力の源なんて言っちゃいるが、実際にそんな器官が見つかったことはない。ただ便宜上『魔核』なんて呼ばれているね。魔物たちの心臓が死ぬと硬化し、魔力を帯びた石になり、魔石と呼ばれるように、あたしら人間にも似たようなもんがあると考えられているんだよ。いまだに誰も証明できていないが、あたしら魔法使いが魔法を使うときには、そのあるかどうかもわからない魔核を意識したほうが発動速度や精度が上がるってのは常識だね」
ふむ……魔核、か。確かに魔力を体内で循環させたりすると、へそのあたり……俗にいう丹田の位置に何かがあるような気がする。心臓が血液を全身に送り出すように、こいつが全身に魔力を送り出しているのかもな。
「そ、そうなんですねぇ~。べ、勉強になりました!」
「ヒヒヒッ、いいよ無理しなくても。ピンとこなかっただろ? どうするんだい、買っていくかい?」
「えっと、あの……」
リアナが考えるフリをしながら、俺の方を窺う。勿論、答えは決まっている。
「買え。とりあえず店にある魔法、全種類をひとつずつ全部買え」
(え? 全部ですか、確か魔法ってそこそこ高かった気がするんですが、大丈夫ですか?)
「構わん。買い漁れ」
(わ、わかりました)
リアナは覚悟を決めたように頷くと、老婆に向かう。
「あ、あの! この店にある魔法を全種類、ひとつずつ買います」
「はい? なんだって? 本気で言っているのかい」
「は、はい! お、お金ならたくさん預かっているので大丈夫です!」
一瞬ギロリとリアナを睨みつけた老婆だが、次の瞬間にはキセルをカンと鳴らしつつ笑顔を見せる。
「金を出して買ってくれるなら、事情なんかはどうでもいいさね。ちょっと待ってな、いま持ってくるからね、と言ってもうちにあるのは初級と中級の基礎魔法がほとんどだがね」
「はい、よろしくお願いします」
奥へと消えていった老婆を待ちながらリアナと今後の予定について打ち合わせておく。この後はリアナの着替えなどを買うために服屋にいき、それから肉、野菜などの食料品の買い出し。本屋はもっと大きな街にしかないらしいので、この街で本による調査は出来ない。それは残念だが、一番欲しかったこのあたりの地図だけは冒険者ギルドで買えたのでよしとする。
地球にある地図と比べたら落書きみたいなもんだが、大雑把な地形と街の位置がわかるだけでもありがたい。
「待たせたね」
戻ってきた老婆が持っていた魔術書の数は全部で十三本。初級が六、中級が六、そして上級が一本らしい。初級と中級はメジャーな基礎魔術と呼ばれるもののようだが、上級の一本に関してはなかなか珍しいものらしい。
値段は初級が一本につき金貨五十枚、中級は一本につき金貨百五十枚。上級に関しては珍しいものということで金貨七百枚を請求された。
あのしょぼい初級魔法ですら、日本円で五十万円相当ということだと魔法の素養があっても魔法を覚えられないという人は多いだろうな。
とりあえず魔術書は全部買う。これだけで二千万近い出費だが、魔法に関しては仕方がない。俺の護身のためにも必要だし、魔法じゃなきゃ対応できない場面があるかも知れないからな。それに、もしかしたらリアナも……ま、それは宿に戻ってからでいいか。
ストックが尽きました……ここからの毎日更新は厳しいかも。




