2 女神を糾弾してみる
第2話です。引き続きよろしくお願いいたします。
「どわぁ!」
いつの間にか意識を失っていたらしい俺は、意識が戻ると同時に跳ね起き、訳もわからず手足を振り回して暴れる。
ん? 跳ね起きた? 俺は寝ていたのか? 夢? ……いや、夢見心地ではあったが夢は見ていなかったはずだ。……そのはずだが周囲を見回してもなにもない。住宅地にいたにもかかわらず家は一軒も見えないし、部屋で寝ていたにしては俺の部屋じゃない。床(?)の上に立ってはいるようだが、その上には俺以外なにもない。俺の周囲だけが僅かに薄明るくなっているが、その先は真っ暗闇でなにも見えなかった。
ここはどこだ? 夢じゃないというのなら、じゃあ一体なにがどうなった? 俺が最後に見たのは……俺がまだ狂っていないのなら、とてつもなく大きな獣の口の中だった。
「喰われた? まさかな……」
「気が付きましたか?」
ありえないと自嘲気味に頭を振った俺の背後から声が掛けられる。……さっきまで周囲三百六十度全部に誰もいなかったし、なにもなかったはずだが?
うすら寒いものを背中に感じるが、この状況を理解するには声の主を確認しなくてはならないだろう。
内心びくびくしながらも、表向きは動じていないように取り繕いつつゆっくりと振り返る。
「あ……おまえは」
いつの間にか俺の背後に立っていたのは薄手の白い布を体に纏った金髪の美女……俺はその顔に見覚えがあった。
「確かさっき犬の散歩をしていた女……」
「そうです。私はまずあなたに謝らなければなりません」
神妙な顔つきで目を伏せる女に、このうえもなく嫌な予感がする。いやいや待て待て、俺はいま人生の絶頂期だ。自らの力で富を手に入れ、最高で最愛の女をも手に入れる寸前だった。いつかは転落するかもしれないが、しばらくはなんの不自由も不満もない生活が約束されていた。
「謝罪とかどうでもいいんで、早く現実に戻してくれませんか? 俺ってばいま幸せの絶頂にいたんですよ。これからの生活をあきらめるとか訳のわからないことしたくないんでそっこーで戻してもらえませんか?」
「すみません。それはできないのです」
「はぁ? ふざけんな! ちっ…………とにかく理由を聞きましょうか」
小さく頭を下げる女に思わず声を荒げるが、なんとなくそう言われるんじゃないかと予想はついていた。ありがちな展開だからな。
おそらく今回のこの状況、俺に非はない。元に戻してもらうにしても、なんにしてもまずはあいつ自身に非を認めさせたほうがいい。そのほうが交渉はやりやすいはずだ。
◇ ◇ ◇
「つまり、あなたは異世界の神様だと?」
「はい」
「で、自分のペットである炎帝狼がいつも同じ場所の散歩が飽きたと愚図るのでわざわざ管轄外の地球に降りたと?」
「は、はい」
「で、はしゃいだ炎帝狼を抑えきれずに、たまたま擦れ違っただけの俺を食べられてしまった……そういうことですか?」
「……は、はい……すいません!」
神様のくせに俺に向かって九十度に頭を下げるのを見て怒りよりも先に笑いが込み上げてきた。
あっはっはははははははは! なんだよそれ! そんな理由で俺は死んだのか? 未知の魔物に喰われるとか訳のわからない死因で? 人生の絶頂期のいま! このときに? マジでざけんな!
「なにか釈明とかある?」
「……あ、ありません」
そりゃ、ないだろうな。仮にも神様っていうくらいだから下手な言い訳をしないくらいの分別はあって当たり前だろう。
「絶対完璧にもう間違いなく、一分の隙もなく、徹頭徹尾、逆立ちしたって全面的にあなたが悪い。間違いない?」
「……はい」
しゅんとうなだれる神。まあそりゃ、神様らしい厳かな作業中にうっかりとかっていうならまだしも、ペットの我儘に付き合って、よその世界にこっそり潜り込んだあげく、現地人をペットが喰い殺すとか情状酌量の余地はない。
「さっきも言ったけど、俺はいま人生上り調子で地球での生活をリタイアしたくないんだよね。なんとかならないの? それこそあなたの存在を懸けてでもさ!」
「ひ! む、無理なんです。自分の世界でもない、この地球で生き返らせるとかは私の命と引き換えにしてもできないんです」
「この世界の神様に交渉とかできないの?」
「……駄目です。この世界は神様がたくさんいすぎるんです。だから権限も細かく分掌されてて人を生き返らせるほどの権限を持つ神様はいません。そもそもそういう世界だからこそ、神の気配が紛れて目立たなくなるので私が降りられたんです」
くそ! マジで生き返れねぇのかよ、せっかくのデートが……俺が死んだら悲しんでくれるかなぁ。くれるといいなぁ……ちくしょう! こうなりゃやけくそだ!
「じゃあ生き返らせるのが無理なら、結局あんたは俺をここに連れてきてどうしてくれるんだ?」
「はい! えっと……私の世界でなら蘇生しての異世界転移や、普通に転生もできるのでそれでお詫びになれば……と」
はあ……やっぱりか。でもそれしかない以上はしかたがない。このまま死ぬのだけは絶対にいやだ。こうなれば異世界でいまよりもいい人生を送るために、この女神にとことん優遇してもらおう。
次話は12時です。