12 奴隷を手にいれてみる
また寝落ちした……
「は! そうでした。このたびは危ないところを助けていただきありがとうございました」
「うお! あぶな! いきなり動くな!」
俺を手の平に乗せたまま深々と頭を下げる女。そんなことをすれば当然伸ばしたままの手も大きく揺れ動く。
「はわ! す、すみません!」
今度は手を動かさずに頭だけをペコペコ下げる。どうやらビビりのうえに天然らしい。本当にこいつに案内役が務まるのかどうか……正直不安しかないが、こいつの足で数日かかるようなところだと、俺の足じゃ何日かかるかわからないからな。
「わかったから、まずは落ち着け。俺の名前はマサヤだ、お前の名前は」
「あ……そうでした。奴隷になる約束でしたね……わかりました。私の核名をあなたに奉げます。私の核名は●●●●です。普通に呼ばれる際はナシャリアナ……いえ、リアナと呼んでください」
「は? り……な?」
いや、それよりもちょっと待て! なんかいろいろまずい言葉が聞こえたぞ。奴隷とか、なんとかネームとか? しかもその名前、言葉としてはまったく聞き取れなかったのに、脳みそに焼き付くようにして入ってきたんだが?
もしかして真実の名前、真名的な絶対に人には教えちゃいけないやつだったんじゃねぇのか! こいつビビりで天然なくせに早とちりの属性も持ってんのか! これって、もしかしなくてもすでに取り返しつかないことしでかしてるんじゃ……くそ、【鑑定】。
『名前:ナシャリアナ(奉名=真田雅哉)
種族:白狼族
年齢:17歳
レベル:8
スキル:脚力強化2/長駆1/嗅術3/剣術1』
なんか名前を俺に奉げたことになっている。しかもさっき俺が聞いた訳のわからない名前は表示されていない。つまり……どういうことだ?
「おい、名前を奉げるとどうなるんだ」
俺は引きつるこめかみをもみほぐしながらリアナに問う。
「え? あの、マサヤ……さん? ……様は知らないんですか?」
「ああ……悪いな。わけあってこの世界のことはまるっきしわからない。だからお前には街までの道案内と移動手段、それから一般常識を教えてもらおうと思っていたんだ。さっき『俺のいうことを聞け』って言ったのは、こんな姿の俺を見てもパニックにならずにちゃんと話を聞いてほしいって意味だったんだが……それと、様はいらない」
「え? ……じゃあ私、奴隷にならなくてもよかったんですか?」
「そんなことは一言も言ってないからな」
「核名を奉げる必要も?」
「むしろ奴隷と核名を奉げる行為が繋がらないなら、なんで奉げたんだ?」
「いや……隷属の魔導具がなさそうだったので、それしかないかなって」
なるほどね、普通の奴隷は専用の魔導具を装着させるのか。だが、俺はこんな姿だし魔導具を持っているようには見えないから……奉名しちゃった、と。
「馬鹿か! なんで、魔導具を持っているかいないかを聞かねぇんだ!」
「えぇ! 持ってたんですか!」
「持ってねぇよ!」
「じゃあ!」
「ちっがぁ~う! そうじゃねぇ。お前が隷属の魔導具がどうのこうの言い出せば、奴隷にするっていう考えが勘違いだってことを説明できただろうが!」
「あ…………たしかにそうですね、あはは……どうしよう私」
く……マジでこいつ疲れる。
「奉名された名前を返すことはできるのか?」
「え? できませんよ、そんなこと! なにいってるんですか」
…………水球!
「つめた! い、いきなりなにするんですか!」
イラッときたからおでこに水魔法を打ってやった。水鉄砲の一撃みたいなもんだけどな。
「……ち、仕方がねぇ。おまえが自分で蒔いた種だ、諦めて俺の奴隷として俺の旅に付き合え。幸い俺はこんな姿だ、一緒に行動したって貞操の危機は感じないで済むだろうよ」
「それは……そうですね。でも、実は私、いろいろ厄介ごとを抱えてまして……」
「だろうな」
毛足の長い毛に覆われた白い三角耳を力なく倒してうつむくリアナ。大きささえ同じならさぞ気持ちよくモフれただろうに。それに獣人なんていうレアな生き物を初めて見たっていうのに、サイズが違い過ぎて感動が薄いのも残念だ。
「え、わかるんですか?」
「わかるわ! お前みたいなヘタレでよわっちぃ奴が、こんな森の中をひとりで彷徨っているなんて、どう考えてもおかしいだろうが。どうせ里から追い出されたとか、逃げてきたとか、そんなとこだろ」
「す、凄い! その通りです」
耳と尻尾をぴんと立てて驚くリアナ……ふう、一番ベタでありがちなテンプレだったんだが。まあいい、俺にさえ影響が無ければ別にどうでもいいからな。危なくなったらほっぽって逃げればいい。
「あ、そういえば奉名にあんまり詳しくなさそうだったので、説明しておきますね。名前を奉げた者、今回は私ですけど……私はマサヤさんの命令には基本的には逆らえなくなります」
「……」
「同時に、私は私であると同時にマサヤさんの一部として存在を定義されたということになります」
ん? なんだそれは? 嫌な予感しかしないぞ。
「……どういうことだ?」
「つまり、私はマサヤさんと一心同体だということです。私が怪我をしたくらいでは影響はないと思いますが、死んだりしてしまうとマサヤさんは体を引き裂かれるような痛みを感じることになります。過去にはその痛みに耐えきれずに死んでしまったという例もあります」
「はぁ? ちょっと待て! じゃあなにか? よわっちぃお前がうっかり魔物に殺されたりしたら、俺は死ぬような苦しみを味わうってことか?」
「……はい、すみません。なるべく死なないように頑張ります」
「なんてこった……」
思わず天を仰ぐ俺。
どうやら、この世界で初めて出会った現地人はとんでもない馬鹿だったらしい。異世界生活二日目にして俺は特大のお荷物を背負うことになった。
さすがにこの体では文字通り荷が重すぎるんじゃねぇか?




