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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第一章
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『計画的な』お買い物


夏休み直前の金曜の夜。めずらしく早く帰って来た父親勝と、純が夕食を共にしていると、京子伯母から電話が掛かって来た。

「今度の日曜、何か予定は入っている?」

「何もありませんけど」

「じゃ、お買い物手伝ってくれない?一緒にお洋服を見てほしいの」

「あ、はい・・・」

京子には女の子がいないから、時々こうやって純をお供にショッピングに行く。

でも、高校に入ってからは忙しくて、久しぶりだ。

「10時に家まで迎えに行くから待っててね」

「わかりました」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

電話を切ってダイニングに戻ると、勝はすでに食べ終わっていて、キッチンでコーヒーを淹れていた。

「伯母様からか?」

「そう。明後日、一緒に買い物に行ってほしいんだって」

「洋服か?」

「そうみたい」

純は食事の続きを食べ始める。

「純も伯母様に見てもらって何か買って来なさい」

「ん・・・」

「来週の土曜、取引先の社長さんのご家族と会食をするから。お前も出席させるから・・・その時に来ていくものを何か買って来なさい」

「会食って・・・それ、私、行かなきゃいけない?」

内気な純には、見知らぬ人との食事など憂鬱なだけだ。

「あちらも、ご家族全員でいらっしゃるから。こちらも一人っていうわけにはいかない。お前も、その引っ込み思案を直さないとな・・・。社会に出たら、それでは自分が困ることになるんだよ」

純は反論出来ず、黙り込む。

「ピアノやバイオリンの舞台に立つのは平気だろう?」

勝は黙り込んだ娘を励ます。

「平気じゃないよ。すごく緊張してるけど、その曲の中に入っちゃえば、音に集中できるだけ・・・。それに、知らない人に会う緊張と、舞台の緊張は別のものだと思うんだけど・・・」

「そうか。でも、とにかく来週の土曜はそういうことだから。ピアノのレッスンが終わるころ、音楽教室に向えに行くから」

「・・・はい・・・」

ぜんぜん気が進まないけれど、純は承知する以外、選択肢はなかった。


日曜の朝、京子が純の家まで迎えに来て、芦屋市の繁華街に行った。

加賀美翔の母親の持つ洋服の店が二件並んでいる。

京子の服は、そのうちの一軒の大人の女性向けのお店で買った。

もう、買うものは決めてあったらしく、素敵なスーツを試着してさっさと購入してしまった。

『一緒に見てほしい』というのは口実で、純の服を買うために連れ出されたことがわかる。

普段は京子が洋服を買った方の店舗にしかいない翔の母親まで、隣の若い人向けのお店に来て、純の洋服の品定めをする。

こちらの店は、入学式の時に着た翔から貰ったスーツが置いてあったところだから、女の子の服も上品で大人っぽい雰囲気のものが多かった。

あれでもない、これでもない。純は二人のおば様方に、着せ替え人形よろしく洋服を着たり脱いだりさせられた。

最後の候補に残った二着は、パステルピンクのワンピースとキャラメル色のワンピース。。

「若い時しか、こんなピンク色は着られないのよ」

ショートヘアの純の姿には似合うとは思えないのに、京子はピンクを勧めてくる。

「ピンク色は、なんだか自分じゃないみたいで、落ち着きません」

「じゃ、その茶色の方なら、同じ色でカチューシャをしてみない?」

翔の母が、小物を並んだ棚からカチューシャを取り出し、純の前髪を上げてくれる。

「おでこを出した方が、女の子らしく見えるわね」

純は苦笑いして、鏡に自分の姿を映した。


「これも着てみなさい。あなた、普段着にスカートを持ってないでしょ?」

翔の母が持って来たのは、マネキン人形が着ていたスカートだ。明るいブルーデニムの少しフレアの入ったスカート。

「これって、短くないですか?」

純が慌てて言った。

「何言ってるの。これくらい短くなきゃね」

二人のおば様方は、純に無理やり試着をさせる。

純の細い体形ではウエストが緩かったので、グッと引っ張ってローウエスト風にして穿いてみた。

そうやっても、女子にしては背の高い純には、膝上の短さ。試着室の鏡に映すと、ひょろんとした脚が何か頼りない。

「どう?」

京子が試着室のカーテンの向こうから声を掛けて来た。

「すーすーします」

純の答えに、二人の大人たちが笑う。

「デニムなら、Tシャツでもニットやブラウスでも合うから、一枚は持ってなさいよ」

その声に、純は、小母様の口調が翔にそっくりだ、と思った。

そのままの恰好で試着室を出る。

いつの間にか、京子が店員にTシャツを何枚も持って来させている。

「好きな柄のはある?可愛いのを選びなさい」

京子は嬉しそうに純に押し付ける。

結局ワンピースとスカート、Tシャツを二枚買うことになった。

『ワンピースは会食で着るけれど、スカートの出番はないかも・・・』

純は密かに思いながら、まだ続いているおば様方のおしゃべりの輪から外れた。

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