隠された理由
純と貴久がレストランに入ると、
「他の皆さんは全員いらしてますよ」
と、店員が2階の個室に案内してくれた。
西山高校は入学式も始業式も、他の学校よりもずっと早くに行われる。
菊川学園高校二年の加賀美翔、芦屋中学三年の辺見憲人と清水渡も、まだ春休みだった。
純が貴久に続いて個室に入ると、
「主役登場~!」
翔が叫んで、皆が純を迎えた。
明るいクリーム色の個室は居心地が良さそうだ。
「純ちゃん、ここに座って」
渡が隣の席を指している。
純が座ると、翔が渡を押しのけて彼女の隣を占領した。
憲人は黙って、純を挟んで反対側の席にさっと移動する。
「みんな、ひどい・・・」
渡が不満いっぱいに訴える。
「渡には、特別に純の真正面の席を譲ってやるよ」
翔が薄笑いを浮かべた。
渡はしぶしぶ正面の席に座った。
貴久は渡の隣り、翔の正面に落ち着いた。
そうこうしているうちに、店員がやって来て、食事を注文する。
「入学式、どうだった?西山高校はどう?」
憲人も中学三年生だから、気になるのだろう。
「あ、うん・・・」
純は口ごもる。
「また、男に間違えられたってさ」
貴久が純の代わりに答えた。
憲人はクスッと笑い、翔と渡は爆笑だ。
翔はさらに意地悪く言う。
「ここの店員だって、この部屋にいるのは全員が男だって思ってるよ」
今度は貴久まで失笑した。
純は、散々な言われようなのに、微笑んでいる。
「翔のスーツなんか着たから、余計にな・・・」
貴久が笑いを引っ込め、ぼそっとつぶやく。
貴久は、純が他人の服に包まれていることに、一瞬、嫌悪に近いものを感じてしまった。
『純が誰かのお下がりを着ているのは、何も特別なことじゃないのに・・・』
今までにない自分の感情に、貴久は戸惑ってしまう。
「すごい荷物だよね。それって全部教科書とかなの?」
パンパンに膨らんだリュックを見て、憲人がたずねる。
「西山高校は勉強が大変だよ。菊川学園に来れば良かったのに」
翔は真顔だ。
「翔さん、純ちゃんの性別、分かってます?」
渡が翔の冗談を受けて続ける。
「翔さんの高校、男子校でしょ?」
「それが何か?」
翔は冗談か本気か分からない顔でサラリと言う。
「また、バカなこと言ってる」
貴久は右手を握り、ゆっくりと翔の顔を殴るような仕草をした。
翔はその拳をかわすポーズをして見せる。
そこに、食事と飲み物が次々に運ばれて来た。
食事をしながら、憲人が貴久に西山高校の様子を聞いたり。渡が翔に菊川学園について尋ねたりしている。
純は、皆がワイワイ楽しそうにしているのを見て微笑みを浮かべる。
ひと通り食べ終わったころ、翔が貴久をトイレに誘った。
「なんで男が二人してトイレに行かなきゃなんないの?」
憲人のツッコミを無視して、翔は貴久を連れて行ってしまった。
「貴さんと翔さんって、いつも悪口ばっかり言い合ってるけど、本当はとっても仲がいいよね」
渡が関心顔でいう。
憲人が
「それ、二人が聞いたら、二人とも激しく否定するね」
と言ったから、純は飲み物を吹き出しそうになった。
「私もちょっと」
純は憲人たちを残して、部屋を出た。
男子トイレの前を通り過ぎようとしたとき、純の耳が翔の声をとらえた。思わず足を止める。
「・・・だから、心配して、純を家に帰したんだって・・・」
どうやら、純が貴久の家から自宅に戻された理由を言っているらしい。
「俺と純は従兄妹って言うより、本当の兄妹みたいなもんだよ」
「貴久、本当にそう思ってんの?・・・ま、いいや。とにかく一番の理由はそれだって」
「そうだったんだ。まあ、それらしいことを言われたことはあったけどな」
二人がトイレから出て来そうだったから、純は急いで足音をたてぬよう女子トイレに駆け込んだ。
二人の言葉を思い返しても、純はさっぱり意味が分からなかった。
自宅に帰された特別な理由とは、何だったんだろう。
父から聞かされていた『金松家で預かるのは高校に入るまで』と、いう理由以外に何があったのだろう。
純に思い当たることは何もなかった。
純がトイレから戻ってみると、翔も貴久も皆と騒いでいる。
二人の会話を盗み聞ぎしていたのがバレていないか、純はちょっとドキドキした。
「体調、悪いの?」
渡が心配して聞いた。
「え?」
「いや、トイレ、長かったから」
「そんなこと、女の子に聞くなよ」
憲人が渡をいさめる。
「大丈夫だ。純は女じゃないから」
翔が笑って純を茶化す。
「翔君ひどすぎ」
純は笑顔のままで反論した。
翔の痛い胸の内は誰も知らない。そして、誰にも見せたりしない。
『純が本当に男だったら良かったのに、純が男だったら、誰も、何も、悩むことはなかったのに・・・』
これまで何度、そう思ったことだろう。親友の貴久が純を思う気持ちと、自分が彼女を思う気持ちが同じだと気付いて以来、純を『茶化す』という子供じみた行為で、自分の気持ちをセーブしているつもりだった。
「本当に具合がわるいのか?」
貴久が心配の言葉を口にした。
「全然。なんでもないよ」
純はそう言いながら、翔と貴久をそれとなく交互に見た。
『私が金松の家から出た一番の理由って何だったの?』
声にしてみたら、彼らから聞き出せるのだろうか。
店員が時間になったことを告げに来て、食事会はお開きになった。