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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第一章
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引っ越し

中学の卒業式も終わって、純はひと足早い春休みに入っていた。

土曜の今日は、金松家から須川市の住吉家に戻る。

本来いるべきところに帰るのだから、このままここに居たいと、我儘は言えなかった。


大きな荷物は前の日曜に運び出されていて、今日は身の回りの物だけの移動だ。

伯母の京子が純を住吉家に連れて行くことになっていた。


「純ちゃん、中学の制服、捨てちゃうの?」

京子は純のわずかな洋服などをバッグにつめながら、純が手にしたごみ袋に目をやった。

ごみ袋から制服とジャージが透けて見える。

「ええ、もういらないから・・・」

「そう・・・」

内気な純の中学時代は。仲の良い友達も出来ず、うまく馴染めないまま終わってしまった。

純にとって、中学は良い思い出がほとんど無い。

制服は見たくないものの一つでしかなかった。

京子もそんな純を知っていたから、それ以上は何も言わなかった。


「ここには、ちょくちょく来るのよ。ピアノを弾きに来てちょうだい。お願いよ」

「はい」

「貴久も音楽教室をやめちゃったし、泰久も3月いっぱいでお教室やめることになったから。誰もピアノを弾く人がいなくなっちゃうから・・・」

京子は、涙ぐんだ目を手の甲でおさえた。


貴久の二つ年下の泰久は、この四月で中学三年。受験生だ。

受験生を三年連続で抱え、京子は気の休まる間がない。


「そうだ。西山高校は制服が無いんだから、この次の日曜は、お洋服を買いに行きましょうよ」

女の子のいない京子にとって、純は実の娘のようだ。

二人でショッピングに出掛けられるのは、楽しみの一つだった。

「貴兄さんにも貰ってるし、音楽教室のお友達にも貰っているから、買わなくても大丈夫です」

京子は、仲の良い『音楽教室のお友達』が、全員男の子であるのを思い浮かべ、不服の言葉を並べた。

「女の子も洋服もあるから大丈夫です」

純はそう言うけれど、数少ないそれらは、京子が無理やり買ってやったもので、大半の洋服は男の子たちのお下がりだった。

女の子なら『洋服を買いに出掛ける』なんて、飛び上って喜ぶはずなのに・・・。

純が、京子ばかりでなく金松家の全員に迷惑をかけまいと、気を使って暮らしてきたことを不憫に思っていた。

「いつもシャツかTシャツにジーンズだから、男の子のものでも、私、ぜんぜん構わないんです。

それに、お祖母ちゃんに『純はスカートが似合わない』って言われてから、スカートはくの、何かイヤで」

純が珍しく自分から祖母の思い出を話すのを、京子は黙って聞いていた。

一緒に暮して二年もたつのに、他人行儀な言葉づかいも消えぬままだ。


荷造りを終えると、父親に言いつけられたとおり、

「伯母様、お世話になりました。ありがとうございました」

と、純はけなげに挨拶をした。

京子は胸がいっぱいになり、ふたたび涙ぐんだ。


「あー、もう荷造り終わっちゃったの?」

学校から帰って来た貴久の声がなかったら、京子は純の前で涙をこぼしていたかもしれない。

「おかえり」

純が貴久の顔を見上げて微笑む。

「あなたも荷物を運ぶの手伝って」

「うん」

京子の命令に貴久は一番大きな段ボールをひょいと持ち上げ、外へと運んで行った。


車のトランクいっぱいに荷物を押し込んで、それでも余った荷物は後部座席に積んだ。

純は自分のバイオリンケースを抱いて、助手席に座る。

「俺も行く」

貴久が後部座席に無理やり乗って来た。

「あなたも行くの?」

「うん」

貴久は後部座席で荷物を押さえながら、荷物の隙間で体を縮めている。

京子は大きな段ボール箱の重さを思い出し、彼が付いて来るのを許した。


車は住宅街を抜けて、まだ固いつぼみの桜の並木を横目に、二十分ほど走る。

須川駅からの大通りを横切り、洋風骨董のお店と画廊のある角をまがる。住宅街に入るとすぐに住吉家の住宅が見えた。



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