似て非なる同じ道
次の火曜日、純がバイオリンのレッスンに行くと、辺見憲人が待っていた。
仲間うちで、バイオリンとピアノの両方を習っているのは、純と憲人だけだ。
「相談があるんだ」
一つ年下だけれど、いつも憲人は純に対してタメ口。
「なに?」
他の生徒の邪魔にならないように、レッスン室の外の廊下に出た。
「うちの母さんを説得してほしいんだ」
憲人が神妙な顔つきで純に頼み込む。
「説得?」
「僕、高校は、音楽科を受けない・・・」
「え?なんで?」
憲人の母親は、上原大学の音楽科で教えるバイオリンの先生だ。憲人が音楽の道に進むのを応援しているはずだ。
「僕、西山高校に行きたいんだ」
「うちの高校へ?なんで?」
「なんでって・・・それは・・・」
レッスン室から誰かの弾くバイオリンの音だけが響く。
「憲人はこの先、音楽でやって行くんじゃないの?」
「それは、そのつもりだけど、高校は西山高校に行きたいんだ。だから・・・」
憲人はすがるように純を見つめた。
「それで、私に説得して欲しいのね?」
純は暫く考えてから、返事をした。
「それは、無理」
出来るだけ優しい声で、でもキッパリと言う。
「え?どうして?どうしてダメなの?」
いつもは気の強い憲人が、涙を見せるのではないかと思うほど震える声。
「私が、自分自身が・・・行きたい高校に行けなかったの、分かってるでしょ?自分の父ですら説得できなかったのに、小母様を説得できるわけ・・・無い。違うかな?」
「ダメ、かなぁ」
憲人は純の手を握りしめ、すがりついた。
二人で泣きそうな顔で、お互いの手を握りしめたまま、立ち尽くした。
『何か、いい方法はないのかな?』
純は必死で思いを巡らす。
「ね、私、音楽科を受けさせてもらえなかった理由が『音楽ばかりだと視野が狭くなる』だったの。これ使えないかな?」
憲人はしょげた顔のまま、純を見返した。
「音楽ばかりじゃなく、ほかの勉強もしたい・・・ってこと?」
「西山高校に入って、音楽だけじゃなく色んな経験したい・・・とか?」
憲人を励ます。
「なんとかなるかな?母さんを説得出来るかな?」
自信たっぷりのいつもの憲人が別人のようにうなだれている。
「自分の将来のことだから、自分で説得出来ないとダメじゃない?」
「そうだね・・・そうだよね。頑張ってみる。やっぱり純ちゃんに相談してよかった」
少し自信を取り戻したようだ。純もホッとした。
「頑張ってね」
「うん」
憲人はもう一度ギュっと純の手を握りしめ、大げさな握手をするようにブンブン振り回した。
純が、その週の土曜日のピアノのレッスンに行くと、すでに憲人がレッスンを受けていた。
翔も、いつもいるはずの渡も、まだ姿を見せていない。
純はレッスン室の隅にある椅子に座って順番を待つ。
憲人のピアノの音色は格別だ。同じピアノを弾いているのに、こうも違うものかと、改めて純は思う。
しかも、憲人はピアノよりバイオリンの方が得意なのだ。
純は自信を失くしそうになる。
憲人の順番が終わった。
冷房が効いているはずなのに、汗を拭きながらやって来る憲人。自分より背が低くて子供だと思っていたのに、いつの間にか背丈も追い越されている。特に、今日は大人びて見えて、純は目を見張った。
憲人は純に気が付くと、満面の笑みを浮かべた。
「報告があるんだ。母さんを説得したよ。純ちゃんのおがげだ。ありがとう。
「よかったね。西山高校、受けるの?」
「受験するのは、西山高校と菊川学園、上原大学付属の音楽科の三つ。母さんが上原はすべりどめに受けなさいって。でも、西山高校が受かったら、行っていいって言ってくれたんだ」
「よかったね」
純も笑顔になる。
「うん。でも、受かったらってことだよ。勉強頑張らないと・・・純ちゃんみたいに勉強ができるわけじゃないから」
「頑張ってね、勉強。待ってるから」
憲人は、純の『待ってるから』の言葉に破顔した。
純は、上機嫌の憲人を見ていると、入試もまだまだ先なのに、すぐにでも入学して来そうな気がした。
親も希望していて音楽科に入れるのに、西山高校に入りたい憲人。
音楽科に行きたいのに、受験さえもさせてもらえず、西山高校に入った自分。
似ているような、違うような・・・。
純は笑顔の憲人を見つめて、考えに沈んでいた。




