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つぼみひらくまで  作者: 真山咲
第一章
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不本意な進学

登場人物


住吉純すみよしじゅん 西山高校1年生。バイオリンとピアノが好き

金松貴久かねまつたかひさ 西山高校2年生 純の従兄 軽音部

加賀美翔かがみしょう 菊川学園高校2年生 純と同じ音楽教室に通う幼なじみ

辺見憲人へんみけんと 桑名中学3年生 純と同じ音楽教室に通う幼なじみ

清水渡しみずわたる 桑名中学3年生 純と同じ音楽教室に通う幼なじみ


住吉勝すみよしまさる 純の父

金松京子かねまつきょうこ 貴久の母 勝の姉

金松泰久かねまつやすひさ 貴久の弟 純の従弟


村上敏むらかみさとし 西山高校1年生 ダンス部

新井良太あらいりょうた 西山高校1年生 ダンス部

神山明和かみやまあきかず西山高校1年生 ダンス部


伊藤和幸いとうかずゆき 和同大学3年生 伊藤建設の社長の息子

伊藤真理いとうまり 伊藤建設の社長の娘で秘書

叔父の住吉勝すみよしまさるが帰ったのを確認して、貴久たかひさじゅんの部屋をノックした。

たか兄さん・・・」

純は、涙の跡の残る顔を見られたくなくて、うつむいたまま貴久を部屋に入れた。

「母さんに聞いたよ。うちの高校に進学することになったんだって?」

貴久は純にたずねた。

「うん」

「叔父さん、よく納得してくれたな」

できるだけ純の赤い目を見ないように、彼女の机の前のイスに腰かけた。

純は、ベッドの端に腰を下ろした。

「だって、『高校から音楽だけだと視野が狭くなる』って言うなら、理数科だって同じでしょ、って言って無理やり・・・」

貴久はゆっくり純の方に振り向いた。

「普段おとなしいくせに、いざとなると頑固だなぁ」

貴久のからかい半分、ため息半分の言葉で、少しだけ純の顔に笑みが戻った。


金松貴久かねまつたかひさの母 京子きょうこと、住吉純すみよしじゅんの父親 まさるは姉弟。

貴久と純は従兄妹だ。

純が小学3年生の時、純の母親が病気で亡くなった。

純の父親は建築関係の設計事務所を経営していて多忙なため、純は貴久の家の隣にある祖母の家で暮らすことになった。

だが、その祖母も純が中学2年の時に急死してしまい、純は貴久の家に引き取られた。

純の母親が死んだ時、純がどんな様子だったか、貴久の記憶にはあまり無い。

だが、祖母が亡くなった時は、どうにかなってしまうのじゃないかと思えるくらい、彼女泣き続け、落ち込んでしまった。

そばに当然いるべき人を立て続けに失った純を、金松家の全員が慰め、励まし続けて来た。


純の高校受験の間際になって、それまで純の勉強について関心などなかったような父親と、おとなしいはずの純とが口論になった時には、貴久ばかりでなく、金松家の全員が驚いてししまった。


純が上原大学付属高校の音楽科を受験するつもりで、ずっとバイオリンとピアノを続けて来たのを、勝も知っていたはずだ。

上原大学付属の音楽科は、純の亡くなった母親が出た学校だった。

なにより音楽が好きな純は、何の迷いもなく、そこを受験するつもりで、勉強してきた。

中学3年の秋、具体的な話し合いになって初めて、父親がまったく彼女の希望を受け入れるつもりがないことが分かった。

それ以来、純は勝を意識的に避けるようになってしまった。


それでなくても、一つ屋根の下で生活していない、会話らしい会話のなかった親子。

お互いの思いも充分に伝え合えないまま、受験校を決める段階になって初めて、それぞれの希望をいきなりぶつけ合うことになってしまった。


どう頑張っても、中学三年生の純では、父親を説得するすべなど持ち合わせていなかったから、父親の希望の千代田大学付属高校の理数科と、貴久の通う西山高校の二つを受験することになった。


千代田大学付属は、西山高校よりずっと難関だった。

純の心の中を知らない人からは、第一志望校は千代田大学付属に見えただろう。

しかし、音楽科を受験さえもさせてもらえなかった彼女は、最初から父親の希望通りに理数科に行くつもりなどなかった。

音楽科に進めないなら貴兄さんと一緒の高校以外、行くつもりはなかった。


行きたくないなら、試験を手抜きしてもよさそうだけれど、真面目な純は手抜きをするなど頭に浮かばなかったのだろう。

見事、千代田大学付属も合格。

当然のように西山高校にも合格した。


入学する高校を決める今日になって、再び、理数科に入れたい父親との言い争いになった。

京子が二人の間に入らなければ、収集のつかない親子喧嘩になっていたかもしれない。

思いのほか頑固な娘と、姉の仲裁により、勝はとうとう根負けする形になった。

西山高校の入学願いの書類一式を記入して純に渡すと、彼女は勝を応接室に残して自室に戻って行った。



「ちょっと、いい?」

応接室から出ようとした勝を、京子は引き留めた。

「ん?」

「さっきは、余計な口出しして、ごめんね」

「いや、いいんだ。姉さんの言う通り、高校に行くのは純だから」

さっき、姉に言われた言葉を繰り返した。

「それで、なんだけど・・・。

高校入学を機に、純ちゃんを家に帰すって話し、やっぱりそうした方がいいかなって」

「姉さん、純のこと、手放したくないって言ってたのに、どうして?」

京子は、勝にもう一度、ソファに座るように勧めた。

「一番の理由は、もちろん、あなたたち親子の問題よ。

このまま離れて暮らしていたら、親子が親子でなくなってしまいそうで。

受験のこともそうだったけど。

もっと、純とコミュニケーションを取らなきゃダメだと思うわ。

それと・・・」

京子は口ごもった。

「何?何かあった?」

「いえ、何かあったわけじゃないけど。

純ちゃんと貴久との間で、何かあったら・・・って」

「純と貴久の間で、何かあったら?」

勝は姉が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

「貴久は、純ちゃんが好きなの。純ちゃんは貴久を従兄としか見てないみたいだけど。でも・・・何かあってからじゃ遅いから」

勝は姉の思いもよらない言葉に驚いた。

「まさか、従兄妹同士でそんな。一緒に暮していて、きょうだいみたいなものじゃないか?」

姉の心配が取り越し苦労にしか思えない。

「純ちゃんはそうかもしれないけど、貴久の気持ちは違うわよ、母親だからわかる・・・」

京子の真剣な面持ちに、勝も納得せざるを得ない。

「わかった。中学の卒業式が終わったら、すぐに純を家に戻すようにするから。

もともと、姉さんに預かってもらうのは中学卒業までの約束だったんだから」

「お願いね。この家から出ると言っても、純ちゃんのことはこれからも気に掛けるつもりだから」


純も貴久も、こんな会話が大人たちで交わされていたとは、全く知らず、高校の話しで盛り上がっていた。







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