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金魚

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宇宙並みに広い心で読んで下さい。

寛弘5年、春…


一人の娘が、水の中に沈んで行った。


そして・・・


『そんな馬鹿な…どうしてこんな事に…』


こんな事望まなかった…


それなのに…




2008年


『達彦!そっちもういいか?』


『おう!テントはバッチリだ!』


安藤達彦は今、数名の友達と河原でバーベキューを楽しんでいる。


持って来たテントを組み立て、気の合う仲間たちとのアウトドアは、誰にとっても楽しいもの。


この日の為に、バイトも休んだ。


毎日仕事ばかりじゃ、幾ら気楽なバイト生活でも息が詰まる。

人間には、息抜きが必要だ。


自然に囲まれ、目の前の川の水も澄んでいて綺麗だ。


『俺の体!マイナスイオン吸入!』


達彦は大きく深呼吸をした。


『何してるのよー!』


一緒に来ていた恋人の紗耶香が、そんな達彦を笑っていた。


『お前もやってみろよ。この空気こそ、最高のご馳走だぜ!』


『そんなの判んないよ』


紗耶香は笑いながら、バーベキューをしている仲間の所に行ってしまった。


都会育ちで、自然になんかまるで興味のない紗耶香は、達彦にとって、少し面倒な存在だった。


紗耶香は、達彦が感じる自然の美しさや大切さより、もっと即物的なものを好む。


そんな紗耶香を嫌いな訳ではないが、そんな所が、達彦を時々うんざりさせていた。


恋人って何だろう…


紗耶香を見ていると、達彦はよくそう考える。


同じ感動を味わえて、例え別の考えになっても、お互いに妥協して歩み寄れる。


恋人って、そんな感じだと思ってた。


実際、達彦が今まで付き合って来たのは、みんなそんなタイプだったから、それが当たり前だと思っていた。


『達彦!早く来ないとなくなっちゃうよ!』


紗耶香の声に我に返った達彦は、もう一度深呼吸をして、バーベキューの仲間に加わった。


夕方になり、達彦たちが片付けを始めた頃、河原で遊んでいた紗耶香が達彦を呼んだ。


『達彦!早く早く!これ見て!』


手招きする紗耶香のもとへ行くと、紗耶香の足元にある岩の隙間に、小さい魚が泳いでいた。


『金魚!?何で金魚がこんなとこに!?』


『知らない。誰かが捨ててったんじゃない?』


二人はしゃがみこんで、岩の間を泳ぐ一匹の魚を見ている。


『可哀想…』


紗耶香は、たいして気持ちのこもっていないような溜め息をつくと、岩を退けて金魚を川に放そうとした。


『今自由にしてあげるね…』


紗耶香の本心は、魚なんてどうでもよかった。


さっき達彦が深呼吸をしていた時、自分が笑ってしまった為に、大好きな達彦の顔がガッカリしていた。


自分には、達彦の感じるものを同じように感じる事が、どうしても出来ない。


だからせめて、この小さな魚を川に解放する事で、達彦が自分に笑顔を向けてくれたら…


紗耶香の頭の中には、魚への哀れみよりも、達彦に嫌われない為の計算しかない。


そんな紗耶香が、ひとつひとつ石をどけていた時だった。


『ちょっと待て!』


達彦に突然手を捕まれた紗耶香はびっくりした。


『お前何するつもり?』


『だってこんな狭い水溜まりにいるより、川に出た方がいいでしょ?』


達彦は、紗耶香の言葉に眉を潜めた。


『金魚は川じゃ生きられないよ!元々人間が作った生き物だし。川になんか出したら、すぐ他の魚の餌になるだけだろ』


紗耶香は唖然としていた。


何が気に障ったのかも判らない。


達彦はそんな紗耶香を置き去りにして、急いでみんなの所に戻り、あちこち探し回って漸くジュースの空き缶を見付けた。

空き缶の口を缶切りで外し、また紗耶香の所に戻った達彦は、川の水で中を綺麗に洗い、金魚をそっと缶の中に入れた。


『達彦、それどうするの?』


『俺が飼う』


紗耶香はまたびっくりした。


『だって達彦の部屋水槽ないじゃん!』


『こんなとこで1時間も生きられないよりマシだろ?』


達彦は紗耶香を冷ややかな目で見ると、帰り支度の終わった仲間の所に戻って行った。


現地解散して、紗耶香は達彦の車に乗ったが、『持ってろ』と魚の入った缶を持たされたきり、二人に会話はなかった。


紗耶香には、達彦が何故不機嫌なのかが判らなかったが、原因が今手の中にいる魚だと思うと、達彦に見せなければよかったと後悔していた。


『こんな魚、どうせすぐ死んじゃうのに…』


ポツリと云った紗耶香を、達彦は睨みつけた。


『俺、お前のそう云うとこ、かなりうざい』


それだけ云うと、達彦は真っ直ぐ紗耶香の家に向かった。


達彦が紗耶香の家の前で車を停め、彼女の手から缶を受け取ると、『じゃあな』とだけ云った。


『ちゅーは?』


キスで仲直り…


喧嘩をすると、沙耶香がよく使う手だ。


付き合いたての頃は、それも可愛いと思っていたが、時が経つにつれ、達彦にはそれが鬱陶しくなって行った。


キスをねだるだけで、沙耶香は絶対に謝らない。


しょんぼりした顔のまま、目には期待の色を浮かべて見つめてくる紗耶香に、達彦は溜め息をつきながら呟いた。


『もうやめよう…別れよう』


『え?』


思ってもいなかった達彦の言葉に、沙耶香は耳を疑った。


『…どうして?』


『理由は…云わなくても判るだろ?』


沙耶香は、自分の方を見ようともしない達彦に愕然していた。


『私の事…もう好きじゃないの?』


『…好きじゃない』


沙耶香は唇を噛み締めたまま車を降りた。


うつ向いて肩を震わせる沙耶香をチラッと見ただけで、達彦は車を発進させた。

後味は悪いが、ホッとしている自分がいる。


これでいい…


一緒にいても疲れるだけなんて、恋人とは呼べない。


信号待ちで車を停めた時、達彦は携帯電話のアドレスから、沙耶香の名前を消した。


そして、帰りにペットショップへ寄り、金魚を入れる水槽や餌を買って家に帰ると、ベッドの脇のチェストに水槽を置き、その中に金魚を入れた。


『狭くて居心地悪いかもしれないけど、他の魚に食われる心配がないだけいいだろ?』


達彦は金魚に微笑みかけた。

慣れない場所に戸惑っているのか、金魚は水槽の中を落ち着きなく泳いでいる。


『その内、寂しくないようにしてやるからな』


達彦が買って来た金魚の餌を、パラパラと水槽に入れると、金魚は一瞬驚きつつ、小さな口をパクパクとさせて食べていた。


その夜、昼間のバーベキューで疲れて眠る達彦は、妙な夢を見た。


『私を出して…私を助けて…』


どこからか、女性のものと思われる悲痛な声が聞こえた。


木霊するように響く女の声…


『誰だ…どこにいるんだ…』


『ここから出して…私は………』


そこで目が覚めた。


何て変な夢だ…


紗耶香とあんな別れをしたからか…


それとも、ただ疲れてるだけか?


幾ら考えても判らない。


でも、その夢は毎日続いた。


あれは、誰なんだろう…


いつも姿は見えない。


声を聞く限り、声の主はまだ若いはず…


最初は、同じ夢が続く事を気味悪く思っていたが、達彦はだんだんと、声の主の事が気になって行った。


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