コロンと季節の女王
とある町に、コロンという心優しい少年がいました。
コロンは友達や町の人と外で遊ぶのが大好きなのですが、最近は外でめっきり遊ばなくなってしまいました。というのも、今彼の住む国には厳しい冬が訪れており、あまりにも寒いため国中の人たちはみんな家の中に入って寒さをしのぐことが多くなってしまったからです。
コロンがつまらなそうに窓の外を見ると、曇った空から降り続ける雪と辺り一面雪に埋もれた景色の向こうに高い塔が見えました。
その塔は『季節の塔』と呼ばれ、そこに春・夏・秋・冬を司る四人の女王様たちがそれぞれ交代でお住みになることで、この国にそれぞれの季節が訪れるようになっていたのです。
ところが、今年はそろそろ春の女王様と交代する時期だというのに、冬の女王様が塔に入られたまま出てこられる様子がありません。このまま厳しい冬が続けば、国中の食べ物がなくなってしまいみんなが困ってしまいます。
「早く春にならないかな…」
そうコロンが呟くと、玄関の扉をコンコンと叩く音が聞こえてきました。
扉を開けるとそこには紙の束を抱えた一人の兵士が立っていました。
「王様より国中にお触れが出された。この国に春をもたらした者には褒美を取らせるそうだ。」
震える声でそう言うと、兵士は一枚の紙きれをコロンに渡し、寒そうに背中を丸めながら隣の家へと向かっていきました。どうやら家にこもりがちになった国中の人たちに王様からのお触れを渡すよう命じられているようです。
コロンが渡されたお触れを見てみるとこんなことが書いてありました。
~冬の女王が『季節の塔』にお入りになったきり出てこられなくなってしまった。何度お願いしても出てこられない。そこで、冬の女王を春の女王と交代させた者には好きな褒美を取らせる。ただし、次に冬の女王がやってこられなくなるような方法は認められない。季節が廻ることを妨げてはならない。何か知恵がある者がいれば城までくるように。~
コロンは自分に何ができるかわからないけれど行ってみようと思い、これでもかというほど着込むと王様の住む城へと向かう事にしました。
コロンが城に向かって町を歩いていると、まだ昼間だというのに家の明かりが点いているのが目につきます。
するとある家の明かりの前で町長のおじいさんが顎に手を当てて考え込んでいる姿が見えました。
コロンはおじいさんに近づくと声をかけました。
「町長のおじいさん、こんにちは。」
「ん?おぉ、コロンか。こんな寒いのにお出かけかい?」
「うん。今から王様のお城へ行くんだ。」
「ははぁ、あのお触れの事じゃな。わしも何かできんかと考えておったんじゃ。この冬の寒さには町のみんなも頭を抱えておるからのう。食べ物も減っておるし、花や草もあまりの寒さに枯れ始めておる。なんとかならんもんかのう…」
町長のおじいさんはそういうと曇った空を見上げながらうんうんとうなり始めてしまったので、コロンはおじいさんに別れを告げるとお城への道を急ぐことにしました。
コロンがおじいさんと別れてしばらくすると、王様のお城が見えてきました。大きな赤い屋根を被ったお城には大きな門があり、その前には見張り役の兵士が何人か立っていました。兵士たちは門の前に置かれたかがり火に手を当てて暖をとっているようです。そんな兵士たちのうち、髭を生やして大きな体をした兵士がコロンに気付き声をかけてきました。
「む。ここは王様のお城だぞ。子供がいったい何の用だ?」
「冬の女王様の事でやってきました。」
コロンがそう答えると、その兵士はしばらくコロンをじっと見た後、ついてきなさいとコロンを王様の元へ案内してくれました。滅多に入れないお城の中には、コロンが見たことの無いものがたくさんありました。
特に大きな庭には大きな池とその周りには立派な像が飾られていましたが、この冬の寒さのせいか池の表面には氷が張っており、像は雪に覆われて真っ白になっていました。コロンがお城の景色に夢中になっていると、いつの間にか王様の部屋までやってきていました。王様はふっくらとした赤い椅子に腰かけて、その立派な白い髭を撫でながらコロンを見ています。
「ふむコロンとやら、そなたがこの冬を何とかしてくれるというのか?」
「はい、僕みたいなこどもに何ができるかはわからないですけれど…」
コロンが自身なさげに言うと王様は慰めるように声をかけてきました。
「よいよい。実を言うと我々ではお手上げの状態でな。冬の女王と会おうにも、どうやら嫌われてしまったようで塔の入口で追い返される日々が続いておるのじゃ。そんなわけで恥ずかしいが、あんなお触れを国中に出すことになってしまったのじゃよ。お主のような子供であれば女王も心を開いてくれるやもしれん。よかろう、ワシが塔まで案内してやろう。」
王様はそう言って立ち上がると、家来たちに馬車の用意を命じ、コロンの手を引っ張り門の前まで連れて行きました。門にはいつの間に用意されたのか立派な馬車が停めてられており、王様とコロンが乗り込むとゆっくりと走り始めました。初めて乗る馬車で緊張したコロンは柔らかい椅子の上で石のように固くなっています。そんな時、王様が外を眺めながら小さな声で話し始めました。
「コロンはどうして女王様たちがあの塔に住むかを知っておるかの?」
コロンはそう聞かれても女王様たちはとても偉い人で滅多に見る事もできませんし、知るはずがありませんでした。黙って首を横に振るコロンを王様は優しく見つめました。
「あの『季節の塔』には祈りの部屋があってな、そこで女王様が祈りを捧げると不思議なことに季節の力が高まるんじゃよ。冬の女王様が祈れば冬の力が、春の女王様が祈れば春の力が高まるという具合にのう。そうしてゆっくりゆっくりと季節は変わっていくようになっておるんじゃ。」
王様がそこまで話すと馬車がゆっくりと止まり、馬車の窓の外には塔の入口が見えました。
その入口には雪で真っ白になった大きな木の扉とその周りに高く積もった雪がありました。
コロンが塔の様子を見ていると、馬車に近寄ってくるエプロン姿のメイドが目に入りました。
「まぁ、王様よくお越しくださいました。」
「うむ。ご苦労じゃの。女王様の様子はどうじゃ?」
「相変わらず祈りの部屋にこもっておられます。ほとんどお食事も取られていないようで…」
「そうか…」
「あの王様、そちらの少年は?」
「うむ。コロンといってな、女王様と話せるやもしれんと連れてきたのだ。」
「そうでしたか。それではすぐに案内しましょう。すこし中でお待ちください。」
メイドはそういうと塔の入口を開けました。
扉が開けられると、塔の中から冷たい風が吹き出てコロンの頬を撫でます。コロンが中を見ると雪が乗っているタルや木箱がたくさん置いてありました。近づいて中を覗き込むと野菜やきのこといった食べ物がたくさん入っていました。
「今年の秋にとれた食べ物をここに置いてあるんじゃよ。特に今年は秋の女王様が頑張ってくれたおかげでたくさん取れたわい。女王様たちが住まれるのはこの上の階じゃよ。」
そういって王様が上を指差すと先に上がっていたさっきの女性がランプを持って階段を降りてくるのが見えました。
「どうぞ、こちらです。」
長い階段をランプを持ったメイド、王様、コロンと並んで上がっていくと大きな扉が見えてきました。
その扉の前には小さな台があって、その上には白い布を被せた銀のプレートが置いてありました。
エプロンの女性がその布を取るとそこにはおいしそうな食事が用意してありました。
それを見ると女性は悲しそうにつぶやきました。
「やはりお食事をお召し上がりになってません。」
「うむ。朝からずっと祈ってらっしゃるのじゃろう。コロンよ、冬の女王様はこの中におられる。すまぬが、後は任せるぞ。」
コロンは王様に背中を押され、目の前の大きな扉をノックしました。
すると、しばらくした後に鈴のように細く、そしてどこかツンと冷たい声が扉の奥から聞こえてきます。
「どちら様?」
「えっと、僕はコロンといいます。女王様にお話があってきました。」
コロンが答えると、またしばらくの間静かになり扉がひとりでに開きました。コロンが中へ入ると、大きな赤い絨毯の上に、白いドレスを着たコロンよりも少し年上くらいの女の子が背中を向けてかがんでいるのが見えました。冬の女王様はどうやらまだ祈っているようです。その周囲には冷たいそよ風が吹き、左右に結い分けられた女王様の美しい少し青みを帯びた白銀の髪が揺れていました。コロンがしばらく部屋の入口でじっと立っていると、女王様は振り返りながら立ち上がりました。髪と同じ色をしたキリっとした瞳がコロンをとらえています。
「コロンと言ったわね、私にいったい何の用?」
「あの、お祈りをやめてほしくてここに来たんです。この冬の厳しさに国中の人たちが困っているんです。どうかお祈りをやめてくれませんか?」
コロンの言葉の途中から女王様の顔にみるみるうちに怒りの表情が浮かび、女王様の周りには冷たい風が強く吹き始めました。
「あなたもそんなことを言うのね!私はお祈りで忙しいの!早く出て行ってちょうだい!」
女王様がそう叫ぶと、突然ゴォッという音と共に猛吹雪が部屋中に吹き荒れ、コロンは扉の外へと放り出されてしまいました。祈りの部屋の前でコロンを待っていた王様とメイドが、雪に埋もれてしまったコロンを引きずり出してくれました。
「コロンよ、大丈夫かの?」
コロンはあまりの寒さにガタガタ震えながらもうなずきました。
「うぅ、寒い寒い。ごめんなさい王様、女王様を怒らせちゃったみたいです。」
「よいよい、わしらも同じように追い出されておったからのう。」
「どうしてあんなに女王様は怒ったの?」
「さあのう、理由を聞くにも何せ取り付く島もないからのう。」
王様がちらりと横目で祈りの部屋を見ると、その扉は固く閉じられていました。
それを見た王様はがっくりと肩を落としてしばらく考えていると、急に顔をあげました。
「そうじゃ!もしかしたら、ほかの女王様たちなら冬の女王様のお怒りを鎮め、春の女王様と交代させる方法がわかるかもしれん!」
「ほかの女王様たち?」
「うむ。今はそれぞれの里に帰っておるからすぐに使いの者を出そう!」
「それじゃ、僕がほかの女王様たちに会いに行くよ!」
「なんと!ううむ、しかし里までは遠いからのう。流石にこれまでお主に頼むわけにはいくまい。」
「大丈夫だよ。それに僕だって女王様を怒らせちゃったし、何かお手伝いしたいんだ。」
「うーむ、わかった。それではお主に任せよう。くれぐれも気を付けるのじゃぞ。」
「うん。それでまずはどこへ行けばいいの?」
「まずは秋の里へ行くといいじゃろう。秋の女王は穏やかで読書が好きな優しい女王様じゃ、きっとお主の力になってくれるじゃろう。すぐに馬車で橋まで向かうとするか。」
王様とコロンは塔の外に待たせていた馬車に乗り込みました。
馬の足音と馬車の揺れる音に乗せられて王様とコロンは秋の里へと通じる橋までやってきました。
コロンの住む国と女王様たちの里とはそれぞれ大きく丈夫な橋で繋がっており、女王様は交代するときにそれぞれの里からこの国へとやってくるのです。滅多に国に住む人々が女王様たちの里へ入ることはありませんし、もちろんコロンも初めて女王様の里へ入ることになるのです。
「コロンよこれを持っていくと良い。」
そういって王様はコロンに紙を渡しました。
「これは何?」
「お主がワシの使いであるとわかるよう文をしたためておいた。何か里で問題があればこれを見せると良いじゃろう。」
「王様、ありがとうございます。それでは行ってきます。」
コロンは深くお辞儀をすると秋の里へ向けて歩き出しました。
初めての女王様の里へ、コロンはワクワクした気持ちとドキドキ跳ねる心臓を抱えて歩きました。
雪景色を背中にしばらく歩いていくと、どんどん雪の高さは下がっていって気が付くと雪の下から落ち葉が次第に顔を出すようになりました。すると今までの足音とは違い、クシャッという音が聞こえてきます。
コロンはそれが楽しく、クシャクシャと地面を踏みしながら歩いていきました。
そうしてしばらく歩いていくと遠くの方に大きな傘のきのこが見えてきました。コロンが近づいていくとどうやらそれが家であることがわかりました。傘には丸い模様があり、そのいくつかは小さな窓になっています。コロンが落ち葉を踏みながら歩いていくとどこからか声が聞こえてきました。
「おい!ここは秋の女王様の家だぞ!人間の子供が何の用だ?」
コロンが辺りを見回しても人影はありません。
「ここだ、足元をよく見ろ!」
コロンが足元を見下ろすとそこには小さないが栗がありました。よく見るといがの奥の方に目があり、器用に殻を開け閉めして話しているようです。
「こんなところに人間が来るなんて珍しいな。私は秋の女王様を守るいが栗だ。ここにいったい何の用だ?」
「いが栗さん、冬の女王様のことで秋の女王様に会いにきました。」
「ふん!どこの輩とも知れぬお前を大事な女王様に会わせるものか!くだらない嘘をつくんじゃない!これ以上近づくなら痛いトゲをお見舞いするぞ!」
いが栗はそう言うとトゲをぬっと突き出しながら跳ねて威嚇してきました。
「ま、待ってよ。ちゃんと王様からの使いだって!これを見てくれればわかるよ!」
コロンが王様から渡された紙をいが栗に見せると、いが栗は跳ねるのをやめ、目の前にぶら下げられた紙をじっと睨み始めました。
「む、何が書いてあるかは読めないが、これは…王様の紋章が入っているな。仕方ない、女王様に確認してくるからちょっと待ってろ!ちょっとでもおかしいマネをしたら、私の仲間がお前を攻撃するからな!」
いが栗はポンポンと跳ねて、きのこの家へと向かっていきました。コロンがその場でぐるりと見回すと、落ち葉の下に隠れていたであろういが栗たちがトゲを突き出して飛び出してきました。コロンは先ほどまで自分が落ち葉を踏んで歩いていたことを思い出してちょっと怖くなりました。それからしばらくコロンがその場でじっとしているときのこの家から先ほどのいが栗が跳ねて出てきました。
「女王様がお会いになるそうだ。入ってもいいが、くれぐれも失礼のないようにな!」
コロンがきのこの家に入っていくと、外に出ていたいが栗たちは静かに落ち葉の下にもぐっていきました。
コロンが家の扉の前まで来ると自然とそれは開き、中から落ち着いた綺麗な声が聞こえてきました。
「どうぞ、お入りくださいな。小さい旅人さん。」
コロンがおずおずと扉をくぐると、中はそんなに広くないながらも二階建てになっているらしく、吹き抜きの入口のすぐそばには壁に沿ってぐるりと回る階段が設置されていました。そんな中先ほどの声の主は静かに1階の壁に据えられた椅子に腰かけ、コロンを微笑みながら見ていました。
秋の女王は栗色の髪が先に行くにつれだんだんと濃い茶色になるような髪を肩あたりで綺麗に切り揃えていました。彼女がゆっくりと立ち上がると、身に着けたドレスのスカートがひらひらと揺れています。段々になったスカートはそれぞれに赤、黄、茶色に色づいておりまるで紅葉した葉のように見えます。
「はい、これはあなたにお返ししますね。」
そう言って彼女はコロンをその濃く暖かみのある茶色の目で真っすぐに見つめながら、王様からの文を返しました。お礼を言ってコロンがそれを受け取ると、さっそく女王様に質問しました。
「冬の女王様が塔の中に入って出てこないんです。どうしたらいいんでしょう?」
「うーん、そうですねぇ。あの子がどうしてずっと塔に入っているのか分からないし答えようがないわ。」
「僕たちも冬の女王様にどうして?って聞いてるんですけど何も教えてくれないし、すごく怒るんです。」
「まぁ、あの子がそんなに怒るなんて珍しいわね。あの子はすごく優しくて人間の国が大好きなのに。」
「え?そうなんですか?」
「あの子だけじゃなく、私たち女王はみんな人間の国に行くのが楽しみなの。もちろん、この里も好きだけど、私たちが祈ると人々も喜ぶでしょ?そんな姿を見るのがみんな大好きなのよ。」
そういって満面の笑みを浮かべる秋の女王を見ながら、コロンは冬の女王の事を思い出していました。
しかし、思い出せるのは怒っている表情と猛吹雪だけでした。思い出すだけでも寒くなるほどの猛吹雪でしたので、コロンは少し震えてしまいました。
「あら?寒いのかしら?そんな時は暖かいスープを飲むのが一番よ。ちょうど出来立てのスープがあるし、良かったら飲んでいきなさい。」
コロンは家に入った時から奥の方からいい匂いがしているのに気づいていましたし、お言葉に甘えようと頷きました。秋の女王様は奥へ向かい、しばらくして木のお椀に暖かいスープを入れて戻ってきました。
「今年の秋は私も頑張ってお祈りしたから、いろいろ作物も取れたの。ほらお飲みなさい。」
コロンはスープを受け取ると静かに飲み始めました。そのスープは一口飲むときのこのいい匂いが口全体に広がり、次第に体がポカポカと温かくなってきました。コロンは一気にスープを飲み干し、秋の女王様に空になったお椀を返しました。
「女王様、ありがとう。すごくおいしかったです!」
「それは良かったわ。」
「スープって凄いんですね!ぼく、体がポカポカしてきました!でも、冬の女王様の事はどうすればいいんでしょうか?」
「ごめんなさい、私にはどうすることもできないわ。ただ、あの子が何の理由もなしにそういう事をする子じゃないってことだけは確かかしら。」
「そうですか…ほかの女王様のところへも行きたいんですが…」
「それならここから近いのは夏の女王様のところね。彼女は明るくて元気のいい人よ、ただ夏の里は暑いから体には気を付けてね。夏の里に続く橋までいが栗さんたちに案内させましょう。」
秋の女王様はそう言うと外へ出て、いが栗たちに話しかけました。すると先ほどコロンと話していたであろういが栗がコロンの元へとやってきました。
「話は終わったようだな。夏の里へは私が案内するからついてきなさい。」
コロンは秋の女王様にお礼を言ってその場を離れ、跳ねるいが栗に続いて歩き夏の里へ続く橋へとやってきました。橋の向こうからはジリジリという熱気とザーザーという波の音が漂ってきています。コロンはすぐ上着を脱ぎ、袖をめくりました。
「この橋の先に夏の里がある、そろそろ日も落ちるがかなり暑い。気をつけて行くんだな。」
そう言うといが栗は跳ねて赤い夕暮れの中を帰っていきました。
コロンが橋を渡っていると潮の香りと時折頬を撫でる湿った風がコロンに夏を感じさせてくれます。コロンが夏の気分に浸って橋を渡り終えると白い砂浜の道がありました。
夕暮れの中波が打ち寄せる白い砂浜の道をコロンが歩いていくと、その先に木でできた桟橋と何やらトゲトゲした緑の大きな葉っぱが遠くに見えます。コロンは桟橋へと続く階段を上り、その正体を確かめにいきました。コロンが階段を上り終えると、その正体は大きなパイナップルだとわかりました。そのパイナップルは桟橋で囲まれて、度々打ち寄せる波に合わせてゆらゆらと揺れています。そんなパイナップルの傍らでこちらに背中を向けてかがんでいる一人の女性がいました。鮮やかな花柄の入った白いシャツと青く短いズボンを履いた女性は何やら作業をしているのですが、うまくいかないようで時々唸り声をあげては頭を掻きむしっています。コロンはその女性に近づいて声をかけました。
「あの、ここが夏の女王様のお家でしょうか?」
しかし、返事は帰ってきません。その女性は後ろで束ねられた赤い髪を揺らしながら何やら杭に巻き付けられたロープをぐるぐると回しています。コロンがもう一度声をかけようとした時、桟橋の木を軽く叩くような足音が近づいてくるの気づきました。コロンがそちらへ振り返ると、それは赤いカニでした。カニもコロンに気が付いたようで足早に近寄ってきます。
「こらこら、ここは女王様の家だぞ。勝手に入っちゃダメだ。」
「ごめんなさい、あの、僕女王様に会いたくてここに来たんです。」
コロンはそう言って王様からの文を取り出して、カニに見せました。カニがそれを目を細めてみていると先ほどの女性がカニの方を振り返り話し始めました。
「あ!やっと来たね。ちょっとこのロープを切ってよ!こんがらがっちゃって解けやしない!」
「はいはい、ってそれを結んだのはご自分じゃないですか。」
「うるさいわね、そもそもこういうのを私にさせる事自体がおかしいじゃない。」
「…ご自分でなさりたいと仰ったんじゃないですか。」
ぶつぶつ泡を吐きながら歩いていくカニをコロンが傍目で見ていると、その女性はコロンに近づきコロンが差し出している紙を見始めました。
「ふーん、王様のお使いってところかな?ま、いいや。そろそろ夜になるからこっちにおいでよ。潮が満ちると砂浜の道がなくなっちゃう。」
そう言われてコロンが振り返ると、来た時とは景色が大きく違っていることに驚きました。空は暗くなり、砂浜の道は来た頃よりもずっと細くなっていたのです。女性はそんな光景に心を奪われているコロンの手を取ると杭の向こう側の桟橋へと連れて行きました。先ほどのカニは二人が渡り終えるのを見送るとチョキンと自分のハサミで杭に括り付けてあるロープを切ってしまいました。すると、パイナップルを囲んでいる桟橋がゆらゆらと杭のある桟橋から離れていきます。コロンが不思議そうに離れていく桟橋を見つめていると、女性が後ろから話しかけてきました。
「この家は船みたいなものでね。日がある内はああやって桟橋の杭にくくりつけて固定してあるんだけど、夜は風の向くままにふらふらを海を泳ぐんだよ。それよりいったい私に何の用?」
「え?」
コロンが驚いていると足元にいたカニがツンツンとハサミで足を小突き、小声で喋りました。
「このお方が夏の女王様だ。そうは見えんだろうがな。」
「ちょっとカニ!聞こえているわよ!」
カニの失礼な一言を聞き逃さなかった夏の女王が注意すると、カニはばつが悪そうにそそくさと海の中に飛び込んでしまいました。
「まったく、ま、いいか。それよりキミの用事を済まさないとね。ここじゃなんだし、私の家においでよ。」
そう言われコロンは夏の女王に連れられ、パイナップルの家の中へと入りました。
その家は中央に大きな白い柱が置かれ、丸いドーナッツ形の部屋が何層かで出来ている家でした。中央の柱には階段が螺旋状の巻き付くように設置してあり、それが上の部屋と下の部屋を繋いでいます。コロンが周囲を見回すと家具は黄色や緑色で統一されています。女王は部屋の一角に置いてあるどこかバナナのようなソファにどかっと座ると、向かいのソファに座るようコロンに促しました。
「ま、座りなよ。いやー慣れないことやると疲れて仕方ないね。まぁ、もともと私がやりたいって言い出したんだけどさ。」
コロンが座るのを女王様は首を左右に振ったり、大きな伸びをしたりして待っていました。
「それで王様のところからわざわざここまで来た理由は何なの?」
コロンが座り終えると女王様は単刀直入に聞いてきました。それに対して、コロンはここまでやってきた理由とこれまでの道のりを身振り手振りで話しました。女王はコロンの話を赤い眼差しで真っすぐに見つめながら静かに聞き入り、それが終わると腕組をして目を瞑ってしまいました。
「うーん、私も冬の女王が何でそんな事してるのかわかんないね。お祈りって疲れるのにさ。」
「お祈りって疲れるんですか?」
「そうさ、私たち女王の祈りは特別な力を使ってやるからね。その結果がそれぞれの季節の訪れになるんだけど、その代わり凄く体力を使うんだよ。ここのようにそれぞれの里ならお祈りなんかしなくてもずっと同じ季節だから楽だけどね。」
「それじゃ冬の女王様はそんなお祈りをずっとやっているって事なんですか?」
「そういう事だね。ま、あの子はもともと頑張り屋だから。そんなに気を張らなくてもいいのにね。」
そう言って夏の女王はニッと白い歯を見せて笑いました。
コロンは冬の女王がなぜお祈りをやめないのかますますわからなくなり、途方に暮れてしまいました。
そんな時窓の方からすこし冷たい風が吹いてきました。どうやら夜になった事で外の気温も下がっているようです。コロンが持ってきた上着を羽織ると、夏の女王は冬用の上着が珍しいのかまじまじとそれを見ながら話し始めました。
「へー寒いとこんな暑い生地の服を着るんだね。このくらいの寒さなら窓を閉めて、少し体を動かすだけで良いのにさ。」
「体を動かすんですか?」
「そうさ、体を動かせば自然と体は熱くなってくるもんさ。」
夏の女王はそういってまた白い歯を見せて笑いました。さらに、女王はこう続けました。
「わざわざここまで来たのに何の役にも立てなくて悪いね。その代わりにキミを国まで送り届けさせよう。」
コロンは嬉しい申し出に喜び驚きましたが、ひとつ気になる事がありました。
「あの、できれば春の女王様に会いたいんですけど…」
「春の女王に?」
「はい、そろそろ交代のはずなのに何の連絡もないし、それが気になって…」
コロンがそこで言い淀むと夏の女王はしばらく考えた後、笑みを浮かべて顔をあげました。
「ま、アイツなら急に行っても大丈夫だろ。それなら、春の里の入口まで送らせよう。」
そう言って夏の女王は立ち上がり玄関から外へと出ようとしたので、コロンは慌てて後を追いかけました。
扉を抜けると夜の少し冷えた潮風が心地よく、どこまでも続く暗い海の中パイナップルの家はゆらゆらと揺れて漂っています。先ほど停められていた桟橋はもうはるか遠いようで面影すら夜の暗さに隠れてしまっていました。そんな中、夏の女王がパンパンと数回手を叩くと、しばらくして少し離れた水面に甲高い鳴き声と共にイルカが現れました。
「お呼びですか女王様。」
「遅くにすまないね。この子を春の里まで送り届けて欲しいんだけど、お願いして良い?」
「春の里までならそんなに遠くないし、お安い御用ですよ。」
「すまないね、助かるよ。」
「そこのキミ、僕の背中に乗ってよ!」
イルカがそう言って桟橋の近くで横向きになると、夏の女王はコロンへと向き直りました。
「それじゃ気を付けて行っておいで。」
コロンはお礼を言っておずおずとイルカに跨ると、イルカはゆっくりと進み始めました。
それからグングンと速度を上げ、気がつくと夏の女王の家からはかなり離れてしまいました。
夜の空に浮かんだ大きな月だけがコロンとイルカを照らし、その光は波に反射されてキラキラと光っています。コロンが海をじっと見ていると、そこには月の明かりとはまた違う何か光るものが漂い、だんだんと数を増しています。
「何だろうあれ?」
「海ほたるだよ。夜になると光って道案内してくれるんだ。さっき僕がお願いしたんだ。」
すると、その青くきれいな光は暗い海の中で帯をなして一本の川を作り上げました。
その光は言葉こそ話さないものの、確かな意思をもってコロンたちを導いてくれているようです。
月と海ほたるに上下に照らされる幻想的な夜の海をイルカに揺られて漂っている内に、コロンはうとうとと眠ってしまいました。
「…ーい、おーい、着いたよー。」
コロンがふっと目を覚ますと、目の前には急に橋があって驚きました。
「あ、やっと起きたね。ここが春の里に続く橋だよ。」
コロンが慌ててイルカから降りると、イルカは一声鳴いて海の中へと潜って行ってしまいました。
どれくらい寝ていたのでしょうか、空は少し明るくなり始めていました。
またじりじりと焼けるような日に当てられてはたまらないので、コロンは上着を脱いでいそいそと橋を渡っていきました。
橋を渡るにつれて太陽が徐々に顔を覗かせていますが、夏の里の時のような強さは感じませんでした。
正面からは時折、強い風がピュウッと吹き、それが花の良い香りを運んでくれています。
フラフラと花の香に誘われてコロンが歩いていくと、ブンッと何かが大きな音と共にかなりの速さで通り過ぎていきました。コロンが驚いて振り返ると、またもブンッと何かが通り過ぎました。しかし、今度は通り過ぎる時に太い声が小さく聞こえてきました。
「ああ、忙しい忙しい。今日もミツ集めで忙しい。」
コロンが通り過ぎる影を追って振り返っていると、何度目かでバチンッ!と何かが顔に当たって落ちました。
「いたたたた…」
コロンが顔を抑えて、足元を見ると大きなハチが目を回して倒れていました。
コロンがそれをそっと掬ってあげると、すぐにハチは目を覚ましたようで、頭を抱えながらパタパタと羽根を動かし始めました。
「おーいてて、いったいどうしたっていうんだ。」
「ハチさん大丈夫?」
「ん、うおぉ!何でこんなところに人間がいるんだ?」
「あの実は…」
「あ!さては、オイラの集めるミツを横取りにしに来たんだな!」
「いや、あの…」
「そうはさせないぞ!そんな事する悪い奴にはこの針を突き刺してやる!」
「ちょっと!話を聞いてよ!」
ハチがニュッと針を出したのでたまらずコロンが大声を上げると、ハチは驚いて掌から飛び上がりました。
「僕は春の女王様に会いに来たの!別にハチさんのミツを取ったりしないよ!」
「…なんだぁ、でも何で女王様に会いたいんだ?」
コロンがやってきた理由を説明し終えると、ハチはブーンと顔の周りを一周して話し始めました。
「よし!それならオイラが女王様の元まで案内してやるよ!」
「え?いいの?」
「もちろんさ、それじゃ遅れないようにちゃんとついてこいよ!」
そう言うとハチはクルリと向きを変え、夏の里に続く橋とは逆の方に向けて勢い良く飛び出し、コロンは遅れてしまわないように走って追いかけました。
走っていく途中、道の両端には色とりどりの花が咲き乱れており、花の香りが少し強い風に乗ってあちこちに渦を巻いています。しばらく走っていると、赤い先の尖った建物が姿を現してきました。コロンが近づいていくとそれは大きなイチゴが逆さになって立っているものだとわかりました。ところどころに小さな丸い窓があり、家の根本には緑の葉が飛び出してベランダのようになっています。
その家の前まで来ると、コロンの先を飛んでいたハチは振り返って止まりました。
「ここが女王様の家だ!おーい、女王様ー。おーい。」
コロンが走って乱れてしまった息を何とか整えようとしていると、いつの間にかハチは目の前から消えてイチゴの家へと飛んで行ってしまいました。中から数度ハチの大きな声が聞こえてきた後、一人の女性が眠そうに目をこすりながら、外へとやってきました。
「ふぁああぁ。キミが私に会いたいって子なの?」
その女性は腰辺りまで伸ばした淡いピンクの髪に寝ぐせを付けたまま、大きなあくびをしてコロンに声をかけてきました。身につけられたドレスはところどころ皺が寄っていますが、その生地は桜色が艶々と輝いており、風にあおられると光の反射が揺らめき、まるで大きな桜の花びらがその場で舞っているようでした。
「はじめまして、春の女王様、僕はコロンといいます。」
「こちらこそ、はじめまして。いったい私に何の用なの?せっかく気持ちよく寝てたのに。」
そう言うと春の女王はまた大きな欠伸をしました。女王の後ろからハチがブンッと彼女の前までやってくると少し大きめの声でしかりつけました。
「女王様!今は寝るような時間じゃありませんよ!オイラ達だってとっくに働き出してるんですから!」
「そんな事言ったってぇ、いいお天気にベッドで寝るのって気持ちいいじゃない。」
女王様は少し頬を膨らませて言い訳をしました。そんなやり取りのなか少しずつ目が覚めてきたのでしょうか、先ほどまで半分くらいしか開いていなかった目が徐々に開いてきて、彼女の桃色の瞳が現れてきました。
「まったく、わざわざ人の国からやってきたんですからちゃんとお出迎えしてくださいよ。それじゃオイラは仕事があるから失礼するよ!」
ハチは小言を女王様に言うと、クルリとコロンに向きを変え手を振ってどこかへと飛び去って行ってしまいました。春の女王がハチが背中を向けた際に小さく舌を出したのをコロンは見つけてしまいました。
ハチが遠くへ行った後、コロンはここまでやってきた理由を春の女王様に説明しました。
すると、春の女王はハッと驚いた顔をして、申し訳なさそうに話し始めました。
「まぁ、確かにそういえばそろそろ春の季節ですね。すっかり忘れていました。」
「それじゃ、すぐに僕たちの国に来てくれませんか?厳しい冬が続いていてみんな困ってるんです。」
「そうね、すぐ出発しましょう。」
そこまで話した時でした。何か小さな赤いものがピタッと春の女王様の頭の上に停まりました。
すると、それは高く細い声で出しました。
「女王様、それは無理ですよ。」
「あら?どうして?てんとう虫さん。」
それは黒い点がいくつかあるてんとう虫でした。
「だって人の国に続く橋が落ちてしまっているじゃないですか。」
「まぁ、そうだったかしら。」
「この前交代しに行こうと出発したら、橋が落ちてて引き返したんじゃないですか。またお忘れになったんですか?」
「あぁ、確かにそうだったかもしれないわね。」
橋が落ちていると聞いてコロンは信じられませんでした。あの橋は国に住む腕利きの大工が造った頑丈な橋で落ちたりするなど今までになかったからです。
「どうして橋が落ちてしまっているの?」
思わずコロンが尋ねるとてんとう虫は女王様からコロンの頭へと飛び移り、話しました。
「今年は雪がたくさん降ったでしょ?だから、その重さに橋が耐え切れなくなって落ちてしまったのよ。」
「でも、すぐに直せるんでしょ?」
「それはどうかしら。かなり雪が降り続いていて作業もままならないみたいだし、それにまた建てても雪で落ちてしまうかもしれないわ。」
「そんなぁ…」
「そうねぇ、それに私がキミの国に行っても、冬の女王様が塔から出て来ないのなら、どのみちどうしようもないわ。」
「春の女王様、どうしたら冬の女王様がお祈りをやめてくれるのでしょうか。」
コロンがすがるように春の女王様に尋ねると、
「そうねぇ、冬の女王様は優しい人だから何か理由があるんでしょうねぇ。」
「その理由って何なのでしょう?」
「流石にそれは本人に聞かないとわからないわ。なぜ彼女がそうしているのかを知らないと何もできないでしょう?」
コロンはそこまで言われて、今まで自分がずっとお祈りをやめてもらうにはどうすればいいかを考えるばかりで、なぜ冬の女王様がお祈りをし続けているのかについて考えた事がない事に気が付きました。
「春の女王様、僕すぐに国に帰って冬の女王様にしっかり話をしてみようと思います。」
「そうねそれがいいわ。橋の近くまで一緒に行きましょう。」
「でも、橋は落ちてしまったんじゃ…」
「フフ、心配いりませんよ。ちゃんと考えていますから。」
春の女王はにっこり笑うと胸を張って自信あり気にコロンの前を歩いていきました。
春の女王に連れられてコロンが橋の前までやってくると、確かに橋は途中で崩れ落ちていて、そこを大きな川が隔てており、どうやっても向こう側へは行けそうにありません。
「うわぁ、見事に落ちちゃってますねぇ。それに凄く冷たい風がこっちまで流れてきてるわ。」
春の女王の言う通り橋の向こう側は白く霞んで見え辛くなっており、春の里の入口付近まで少し冷たい風が吹き込んでいます。
「確かこの辺りにあるんじゃないかしら。」
春の女王が少し辺りを見回すと白くほわほわした塊が揺らめいているのが目に入りました。
それを見つけた女王は嬉しそうに駆け寄り、コロンを手招きしました。
「これこれ、これに乗って橋の向こう側に行けばいいのよ。」
それは大きな大きなたんぽぽでした。その先にはコロンの身長より少し高い綿毛がいくつもなっています。
「うわ、大きなたんぽぽ。」
「そうでしょう、この立派な綿毛ならキミを風に乗せて橋の向こう側へ運んでくれるわ。たんぽぽさん、お願いできる?」
春の女王がそう話しかけると、大きなたんぽぽからはらりと一つの綿毛が舞い降りてきました。
その綿毛は地面に降り立ってもふわふわとしなやかにたわんでおり、コロンがぎゅっと両手で握りしめてもビクともしません。確かにこれならコロンを乗せても大丈夫そうです。
「でも、この綿毛って風がないと飛ばないんじゃ…」
「それは大丈夫よ、私たちの女王様に任せなさい!」
不安な顔をするコロンの言葉をさえぎって、今まで春の女王様の頭の上で静かにしていたてんとう虫が声高に話しました。
「フフ、そこは春風さんにお願いすればいいのよ。ね?」
と、春の女王が空を見上げるとまるでそれに答えるかのように一陣の風が通り過ぎていきました。
コロンたちが綿毛を抱え橋のところまで戻り、橋の向こう側を見据えると何とも寒そうな雰囲気が漂ってきます。コロンが思わず寒そうに身をかがめると春の女王はそっとコロンの両肩に触れました。
「大丈夫ですよ。寒さは楽しい事に夢中になっていれば気にならないものです。」
「そうなんですか?」
「そうですよ。楽しいことは心と体をぽかぽかさせてくれるでしょう?だから私って楽しいこと大好きなんです。さあ、思う存分空の旅を楽しんできてね。」
春の女王がそう言い終えると、コロンの背中から強く温かい風が吹き、フワリとコロンを持ち上げてしまいました。その風に身を任せていると、足の下にはきれいな水が太陽の照り返しでキラキラと光っています。
コロンが顔を上げると、その先には曇が覆い隠した景色が広がっていました。そこへ向かってフワフワと進むにつれて寒さが増していっているのですが、コロンは空から見下ろす初めての景色に夢中で頬を赤く染め歓声を上げています。
そうして川を渡り終えると、徐々に高度が下がっていき、コロンは雪で覆われた陸地に降り立ちました。
コロンが綿毛から降りると、寒い風に乗って綿毛はフワフワと空を舞いあがりどこかへ行ってしまいました。綿毛に向かって大きく手を振った後、コロンは久しぶりの雪の音を感じながら歩き始めました。
橋とは逆の方向を進んでいると雪を踏みしめる足音だけが耳に届きます。
シュッと積もった雪に足を乗せ、ボッと中に突き入れて、グッと踏み鳴らします。
シュボッグッグッ、シュボッグッグッ、シュボッグッグッ。
コロンは段々楽しくなってきて、その音を奏でながら歩いていました。
シュボッグッグッ、シュボッグッグッ、シュボッフニッ
コロンが何か柔らかく弾力のあるものの存在を足に感じたのとほぼ同時に甲高い叫び声が雪景色の中響き渡りました。
「いったああああい!」
コロンの足元からそれがズルッっと勢いよく抜けたので、コロンは足を掬われて雪の中に後ろから倒れこんでしまいました。コロンがなんだろうと頭までかかってしまった雪を掃いながら起き上がると、目の前には自分の尻尾を抱えているきれいな白い毛並みのキツネがいました。
「あんたねぇ!何するのよ!私の綺麗な尻尾を踏んづけるなんて!」
自分の尻尾を痛めつけた犯人を見つけるとキツネはものすごい剣幕で何やら叫びながら詰め寄ります。
その高く響く怒鳴り声はコロンの耳の中で無数に反射され、コロンの頭をガンガンと揺さぶってきます。
「ごめんよ、ごめんよ。キツネさん。雪に紛れてまったく気が付かなったんだ。」
「あのね、しっかり前を見て歩きなさいよ!後でも残ったらどうするつもりよ!」
未だに吠え続けるキツネに対して、コロンは謝り続けるしかできませんでした。
しばらくそんな時間を過ごしているうちにキツネの怒りも収まってきたのか声は落ち着いてきたのですが、その眼はまだ恨めしそうにコロンを見据えていました。
「まったく、ここでゆっくり横になっていたのにひどいわ。」
「ごめんよ、こんな寒い雪の中誰かがここで寝ているなんて思いもしなかったんだ。」
「フン、そりゃあんた達人間みたいな薄い毛並みに覆われているようじゃ寒いでしょうけどね。私のこの真っ白で美しい毛並みがあればこんな寒さ何ともないわよ。」
そう言ってキツネはクルリとその自慢の毛をコロンに見せつけてきます。
「そうなんだ。キツネさんはすごいね。」
「あら、私だけじゃないわよ。他にもこういう寒さに強い動物や草や花だっているんだから。」
「こんな寒い中でもみんな平気なんだ。」
「あたりまえじゃない。冬の女王様がこちらにおいでになってるときは過ごしやすくっていいわ。」
「そうだ!早く冬の女王様に会わないといけないんだ。キツネさん季節の塔までどれくらいあるかな?」
「そんなに遠くないと思うわよ。なんなら案内してあげましょうか?」
キツネはコンッと鳴くとコロンの前を走り始め、コロンも後を追って走りました。
コロンは走りすぎていく雪景色の中、今まであった女王様たちの言葉を思い返していました。
冬の女王様は、人が大好きで、頑張り屋で優しい女王様であると他の女王様たちは言っていました。
しかし、コロンが出会ったときの印象ではまったく冬の女王様がそんな人であると思えなかったのです。
それに、なぜお祈りをやめないのかという事も気になりました。夏の女王様のお話ではお祈りをすると、すごく疲れるという事でしたし、何の理由もなくそんなことはしないだろうと秋の女王様も春の女王様も話していたのです。
そんな事を考えながら走っていると、少し遠くに明かりチラチラと見え、そのすぐそばに天高くそびえたつ塔が見えてきました。
「ほら、ここからなら一人でもたどり着けるでしょ?」
「ほんとだ、ありがとうキツネさん。」
コロンは頭を深く下げてキツネにお礼を言うと、キツネは後ろを向いてその白い姿を雪に溶け込ませ消えていきました。
コロンが歩き出してしばらくすると塔の姿がはっきり確認できるようになり、その入口付近に見たことのある立派な馬車が停まっているのに気が付きました。
コロンが近づいていくとコロンの予想通り王様が近くに来ているようで、その話し声と塔の扉を叩く音が聞こえてきます。
「女王よ、お願いじゃからこの扉を開けてくれぬか。」
王の願いむなしく塔の扉は固く閉ざされ、いっこうに開く気配がありませんでした。
王はがっくりと肩を落とし、これからの国を案じ塔の扉にもたれかかって座り込んでしまいました。
しかし、自分に近づいてくる小さな足音に気が付きコロンの姿を目に捉えるとその悲しみに曇っていた目に微かな光が灯り始めました。
「おお、コロンではないか。よくぞ帰ったの。」
「王様、今戻りました。冬の女王様はまだ塔の中にいるんですか?」
「うむ。ワシが話しかけてもまったく聞く耳を持ってくれんのじゃ。それで、他の女王様たちは冬の女王様を塔から出す何か良い知恵を貸してくれたかの?」
「いえ、他の女王様たちもなぜ冬の女王が塔に入ったままなのかわからないし、どうすればいいかわからないと言ってました。」
「…あぁ、なんという事じゃ。」
王の目に灯った光はみるみるうちに輝きを失っていき、地面に降り積もる白い雪をただただじっと見続けていました。コロンはそんな王様の脇を通り過ぎ、塔の扉をトントンと叩きました。
「冬の女王様、コロンです。もう一度お話をさせてくれませんか?」
しかし、扉の向こうからは何の返答もありません。コロンは諦めずトントンと扉を叩きます。
「冬の女王様、どうかお祈りをし続ける理由を話してくれませんか。」
まだ扉は固く閉ざされていますが、コロンはじっと塔を見続けたままいっこうにその場を動こうとしません。もう一度コロンが扉を叩こうと手を差し出した時でした。扉がゆっくりと開き、冬の冷たい風がコロンの体を持ち上げ祈りの間へと導いてくれました。王様はコロンに続いて塔に入ろうとしましたが不思議な風に阻まれその場に取り残されてしまいました。
コロンが祈りの間へと降り立っても、冬の女王様はじっとかがんだまま必死に祈りを捧げ続けています。
邪魔にならないようにそっとコロンが近寄ると冬の女王様は祈りをやめ、コロンに向き直りました。
その顔は以前会った時より少し元気がなく、表情も曇っていました。
「冬の女王様、どうか僕になぜお祈りを続けるのか教えてくれませんか?」
コロンがそう聞くと、冬の女王は唇をキュッと強く結んでいます。
コロンは何も言わずじっと冬の女王の言葉を待っていましたが、予想外の事態に慌てふためきました。
冬の女王様は目と唇を強く閉じたまま、フルフルと肩を震わせ、その目からポロポロと涙をこぼし始めたのです。閉じられた目から零れ落ちた涙は彼女の頬を伝うにつれて次第に氷へと姿を変え、パリンパリンと悲し気な音を立てて彼女の足元で砕けました。おろおろと取り乱すコロンをよそに冬の女王様は声を絞り出しました。
「私、もうどうしたらいいのかわからないの。」
女王様はそう言うと、一度口を開いてしまったせいか今度は声を出してわんわん泣き出してしまいました。
「だって、今年の秋は秋の女王様の頑張りもあって、いろんな食べ物がたくさん取れたんでしょう?」
たまに鼻をすすりながら問いかける女王にコロンはうんうんと頷きました。
「だから私もいっぱいお祈りして、みんなに喜んで貰おうって、頑張っていっぱいいっぱいお祈りしたの。最初は降ってくる雪が楽しくって大人も子供もみんな外で遊びまわってたわ。私それが嬉しくってもっと頑張ってお祈りしてたの。でもね、次第にみんな家に閉じこもるようになって、外で遊びまわる人や動物たちの声もどんどん聞こえなくなっていって、だから私もっと頑張らなきゃって、もっともっとお祈りしなきゃって…」
女王様はその美しい顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっています。
「そうしたらどんどん雪だけが積もっていって、みんな外に出なくなって、それに王様たちからお祈りをやめてくれって…私頑張ってるのに!悔しくて!悲しくて!」
なんという事でしょうか。冬の女王様はただただ国の人たちに冬を楽しんで欲しくてずっと閉じこもってお祈りをしていたのです。しかし、その思いとは裏腹に国の人々はどんどん厳しくなる冬が辛くなり、家に閉じこもりがちになって、女王様が頑張って降らせる雪をまるで困ったもののように見つめていたのです。
そんな人々の姿をこの塔から眺めていた冬の女王様の心はギュッと締め付けられたことでしょう。
コロンはそんな事思いもしないで、冬の女王様にお祈りをただ止めてほしいとお願いした自分を少し恥ずかしく感じ、女王様に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。涙を流し続ける女王様にコロンは寄り添うと話を静かに聞き入りました。
「私はなんてダメな女王なんだろうって!せっかく冬の季節を任されているのにどんなに頑張ってもみんなに喜んでもらえないなんて!私、私はなんて…」
その時、女王の体がグラっと崩れ落ち、傍で聞いていたコロンにもたれるように倒れました。
「え、じょ、女王様!?」
冬の女王様は顔を真っ赤にして、肩を上下させて激しく呼吸しています。
コロンが額にそっと手をあてると凄い熱です。
「こんなになるまでお祈りするなんて…」
コロンは目の前で苦しそうな表情を浮かべる女王様を何とか引きずるように背負うと、取り合えず祈りの間から外へ這い出ました。すると、忙しそうな足音が階段をドタドタと踏み鳴らす音が聞こえ、コロンの目の前に王様といつかのエプロン姿のメイドが姿を現しました。王様とメイドは女王様の様子を見ると顔をこわばらせコロンの傍に駆け寄りました。
「こ、これはどういう事じゃコロン!?」
「お話ししてる途中で急に倒れたんです。」
「王様、女王様はひどい熱です。すぐさまベッドの上へ運びましょう。」
メイドは叫ぶように言うと、王様と二人がかりで女王様を寝室へと運び入れました。
雪のように白いベッドの上に苦しそうに息を吐く女王様を寝かせると、コロンと王様はメイドに後を任せ、いそいそとその場を離れました。塔の外へ出るまでの間、王様はコロンが塔に入った時以上に顔が青ざめオロオロとしていました。
「なんという事じゃ、なんという事じゃ。冬の女王様にもしもの事があればワシはどうすればいいんじゃ…」
王様がうなだれているとメイドが塔から出てきました。
「おお、じょ、女王様はどうされている?」
「今は少し落ち着かれてお眠りになっています。今までお食事も満足に取られずにずっとお祈りを捧げていらっしゃいましたから疲れが出たのでしょう。少しお休みになれば体調も戻られると思います。」
「そ、そうか。それならば良いのじゃが…」
王様はそう言って額を拭うとほっと息を吐きだしました。
そこへコロンが語りかけました。
「王様、冬の女王様の事なんですけど…どうしてお祈りをやめないのか話してくれました。」
「なんと!それで冬の女王様はなんと?」
コロンは祈りの間で聞いた事すべてを王様に話すと、王様は申し訳なさそうに頭を垂れました。
「そうか、そうであったのか。冬の女王様はワシらの事を思って、それをワシは全く知らずに何と失礼な事を…」
「王様、それは僕も同じです。それで、僕から王様にお願いがあるんですけど。」
「お願いじゃと?」
「はい、僕たちのためにここまで頑張ってくれた冬の女王様に少しでも恩返しをして励ましてあげたいんです。」
「うむうむ、そうじゃな。それがいいじゃろうて。それでどうするつもりなんじゃ。」
「えっと実は…」
コロンはそこで王様に耳打ちすると、それを聞いていた王様は数度頷き鼻息を荒くしました。
「それは良い案じゃ!すぐさま手配しよう!」
「お願いします。僕も頑張っていっぱい集めてきます。」
そこからコロンは大忙しです。
コロンは季節の塔を離れあちこちにお願いをして回りました。まず雪の中自慢の真っ白な毛を手入れしていたキツネに探し出しました。次に海辺まで走って大声でイルカを呼び出しました。それと、町の花屋のおばさんにも声をかけました。みんなコロンのお願いを快く受け入れてくれ、すぐさま準備に向けて動き出しました。
冬の女王様はその間もずっと夢の中でうなされていました。
自分のお祈りの効果が人々を苦しめていたのか、冬の女王様としてちゃんとできていたのか、女王として自分が相応しいのかグルグルと頭の中を駆け巡り、どこまで続く暗い闇の中ひとり悩み苦しんでいました。
そんな苦しみに押しつぶされてしまいそうになった時、女王様はハッと白いベッドの上で目を覚ました。
冬の女王様は自分がなぜここで寝ているのかひとしきり考えた後、自分が祈りの間で倒れたのだと気づきいっそう恥ずかしくなってしまいました。
すると、遠くから何やらドンドンと音がしてきます。
「あぁ、また誰かが祈りをやめてほしいと言いに来たのね。」
女王様はため息をひとつ吐くとベッドの中でくるまってしまいました。
しかし、しばらくして女王様はその音が扉を叩く音ではないという事に気が付きました。それは扉をノックするのとは別のリズムで鳴っていますし、それにどこか遠くから鳴り響いている気がします。それを不思議に思った女王様は何なのだろうと体を起こしました。
そこへトントンと部屋の扉が叩かれました。
「女王様、コロンです。起きていらっしゃいますか?」
「あ、はいどうぞ、開いていますよ。」
女王に促されコロンが部屋に入ると、女王はばつが悪そうに縮こまりました。
「コロン、どうもすいませんでした。私はなんと情けない女王なんでしょう。」
「いえ、そんなことは…それよりも外をご覧になりませんか?」
「外を?」
「はい、みんな女王様の事待っているんですよ。」
冬の女王様は何の事かわからず戸惑ってしまいました。しかし、熱心に外へ誘うコロンに導かれ二階にある塔のベランダへと足を延ばしました。するとそこには今までとは違う街並みが広がっていました。冬の女王様が倒れた事で今まで町中を白く曇らせていた雪はパタリと止み、久しぶりに青い空を見る事ができるようになっていました。久しぶりの太陽に照らされた街並みは色とりどりのテープやリボンなどで飾りつけされ、そんな中を人たちは楽しそうに笑顔を浮かべて騒ぎ歩いていたのです。
太鼓や笛など楽器を鳴らして盛り上げる人たち
雪合戦や大きな雪だるまを作る人たち
たき火を囲んで踊ったり、談笑する人たち
かまくらの中で温かいスープを飲む人たち
城の大きな池の上を滑る人たち
大きな氷の彫像を作る人たち
そこではみんなが思い思いの冬を楽しんでいました。
「これはいったい…」
「エへへ、実は女王様が眠ってる間に町中の人たちを集めて女王様への感謝のお祭りをやろうって決めたんだ。」
「お祭り?でも私のせいで凄く寒くなって、みんな家に閉じこもったんじゃ…」
「寒い時にはこうすればいいって他の女王様たちからいろいろ教えてもらったんだ。だから僕たちは大丈夫だよ!それに来てるのは人間だけじゃないよ!ほらあっちのほうを見て!」
女王がコロンの指差す方向を見ると、森を抜けてすぐの海岸に白い毛並みのクマやキツネ、さらにペンギンやアザラシなどいろいろな動物たちがこちらを見て手を振りながら座っていたのです。
「あれは?」
「みんな冬の季節でもへっちゃらな動物たちだよ。女王様にお礼が言いたいってあそこで集まってるんだ。それと、これを女王様に!」
コロンがそう言って女王様に花束を渡すと、冬の女王様はあまりの事に驚いて声を出せませんでした。
「これはね、冬の季節に咲く花ばっかりで作った花束で、花屋のおばさんにお願いして作ってもらったんだ。寒さで枯れてしまわないように今まで家の中で育てたりしてたんだって!」
渡された花束を嬉しそうに隅々まで見ている女王様の傍で、コロンがクルッと向きを変えて外の方を向くと、集まった人たちはベランダに現れた女王とコロンを見つめていました。
「それじゃ、みんな、せーの!」
「冬の女王様!今年も楽しい冬をありがとう!」
コロンの掛け声に合わせて地鳴りがするほど大きな感謝の言葉が冬の町に響き渡りました。
冬の女王はこれが夢なのかどうかわからず戸惑っていましたが、未だに鳴りやまぬ歓声や拍手や楽器の音色、どこへもいかない動物たちの姿、手に持った花束から香る花の香り、そのすべてが現実であると徐々に感じられてきました。コロンは祭りの景色を隅々まで女王様に熱心に見せようと身を乗り出して説明していましたが、ふと振り返ると冬の女王様の様子が変わったので驚きました。
冬の女王様は笑顔を浮かべながらポロポロと涙をこぼしていたのです。
「女王様、どうしたんですか?どこか痛いんですか?」
「いいえ、コロン。嬉しいの。とてもとても嬉しいの。こんなにみんなが冬を喜んで、笑ってくれているなんてとっても嬉しくて嬉しくって。ありがとうコロン、本当にありがとう。」
冬の女王様はギュッとコロンの両手を握ると真っすぐに見つめながら何度も何度もお礼を言いました。
そんなことを言われたコロンは寒くもないのに首をすくめ、上着の襟の中に真っ赤な顔をうずめてしまいました。そんな様子を女王様がクスクスと笑いながら見ていると、二人のところに王様が現れました。
「冬の女王様、あなた様の気持ちに気付かず、失礼な事ばかり申し上げて本当に申し訳なかった。」
「いえ王様、私こそ焦ってみんなを困らせるような事をしてしまってごめんなさい。私なんかのためにこんな盛大なお祭りをしてくれてありがとうございます。それに春の女王様にも謝らないと…すっかり季節の交代を遅らせてしまって、早く交代して差し上げないといけないわ。」
王様と女王様が話している間、コロンが町の様子を眺めるとみんな存分に祭りを楽しんだようで、あちこちで疲れの混ざった笑い声が上がっています。そんな様子に満足したコロンが空を見上げると、ふわふわと漂う見覚えのある白いものを見つけました。
「あ、あれ春の女王様じゃありませんか?」
「何じゃと、橋は壊れておったはずじゃが…」
青く晴れ渡った空の中を白いたんぽぽの綿毛に掴まって春の女王様がコロンたちのそばに降りてきました。あまりの突然の訪問にみんなが呆気に取られていると、春の女王様は照れくさそうに話しました。
「なんだかとっても楽しそうな音が橋のむこうから聞こえてきて、居ても立っても居られなくなって飛んで来ちゃいました。」
「春の女王様、その、申し訳ないんじゃがこの祭りはもう終わりそうなんじゃが…」
「ええ!?そうなんですかぁ…せっかくきたのに。」
頬を膨らませてわずかに抗議する春の女王様を冬の女王様が何とかなだめていると、王様がコロンに話しかけてきました。
「コロンよ、お主の提案のおかげで冬の女王様はたいそう喜んでくれた、それに春の女王様まで呼び寄せてしまった。これで問題なく季節は廻っていく事じゃろう。あのお触れの通り、お主には何でも褒美を取らせよう。さぁ、なんでも言うがよい。」
褒美の事など考えもしていなかったコロンはうーんと首を左右に振って考え、それじゃあと切り出しました。
「僕、このお祭り凄く楽しかったから、ほかの女王様たちの時もやりたい!」
「何じゃと?」
「コロン君、それ本当?」
春の女王様は恨めしそうにしていた目をパッと輝かせてコロンを見つめてきました。
「はい、だって冬の女王様の時だけやるなんて、他の女王様たちが可哀想だもん!」
そんなことを言ってコロンは屈託のない笑顔を浮かべて両手を上げました。
王様はそんなコロンに微笑むとその願いを快く聞き入れました。
こうしてこの国では季節が変わるたびに、それぞれの女王様に感謝を気持ちを込めた盛大なお祭りを行うようになったのでした。