side 信志
「くそ、逃げられたか。」
窓から外を見た天野くんが舌打ちする。
ナルメアさんの魔法で煙は晴れたものの、その間に魔族は逃げられてしまった。
「アイリス、お願い!」
「わ、わかりました。行きます、『メディカライズ』!」
ひとまず脅威は去ったので、アイリスが急いで呪文を唱える。
同時に手の平から白い光が溢れ、王様を包み込んだ。
王様は倒れてしまったけど、治癒師である彼女ならなんとか
「……ダメ、です。」
……ならなかった。
アイリスが泣きそうな顔で、ナルメアさんの方を向く。
「そんな……。」
「?回復魔法が効かなかったの?」
「……違います、信志さん。お父様には呪いがかかっているみたいなんです。
呪いは、かけた本人にしか解けなくて……。私には、何も……。」
そのままアイリスもナルメアさんもうなだれてしまった。
そこへ、間くんが歩いて……、ってちょっと待った。
「一人で、どこ行くの?」
「……城の中に、争った形跡はなかった。ということは、兵士たちがどこかに閉じ込められているかもしれない。それを探しに行く。」
「っ!そだね、ならわたしが案内するにゃ。」
間くんの言葉にテトさんがハッとした表情でついていく。
そのまま二人は部屋を出て、廊下を走って行った。
結果として、城の兵士は地下室に閉じ込められていた。
催眠の魔法で抵抗する間もなく眠らされ、地下に押し込められたらしい。
「申し訳ありません、ナルメア様、テト様、アイリス様。」
「いえ、無事で何よりでした。」
目覚めた兵士たちの大半はナルメアさんの指示のもと、街の混乱を収めに出た。
その甲斐あってか、混乱自体はすぐに収まった。
火事が起きたから不安なところもあったけど、すぐに雨も降り始めて自然鎮火したようだし。
うーん、さすがプロ。
で、残った一部はアイリスと一緒に王様にかけられた呪いの解呪に当たっている。
ガチャ。
「……。」
そんなアイリスが隣の部屋から僕らがいる部屋に入ってくる。
俯いていて、表情は見えない。
「……どうだった?アイリスさん。」
全員でアイリスに近寄り、天野くんが恐る恐る聞いてみた。
「……!」
答えることができないのだろう。
アイリスが顔を上げないまま、走り出した。
「ちょ、アイリス!」
その事にびっくりしつつも、アイリスを止めようとするテトさん。
でも、それは成し得なかった。
「何するにゃ、ナルメアねえ!」
「……今は、一人にしてあげましょう。」
暴れる腕を掴んだナルメアさんが辛そうに言う。
そのうちにアイリスは部屋を出てしまった。
すれ違う時に光ったのは、汗だろうか。
それとも……。
「くそ、俺たちがもっと早く城にたどり着いていれば……!」
「……よせ、そんなもしものことを言ったって仕方ないだろう。」
悔しそうに顔を歪める天野くん。
それを諌める間くん。
さらには沈痛な面持ちのナルメアさんとテトさん。
そんなみんなの中で、ボクはというと。
(どうしよ、トイレ行きたくなってきた……。)
そんなのんきなことを考えていた。
ちょっと外の空気吸ってくる。
と、みんなに断りを入れて行った、トイレの帰り道。
昨日アイリスと話した場所に出た。
そういえばまだここに呼ばれてから1日しか経ってないんだなぁ。
普通なら何日かで起こるようなことがあったせいで、今日はだいぶ色濃い1日になった。
事実は小説より奇なり、とはほんとよく言ったものだよ。
ため息をひとつついて、外に目をやると、暗い庭にわずかに輝く銀髪。
「……んん?んー……。」
偶然とはいえ見つけたのに、無視するのも気分が悪い。
しかし雨に濡れてしまうのも嫌だし、どうしたものか。
……あ、そうか。こういう時は能力にでも頼ろう。
昼間に手にした能力を思い出しながら、ボクはアイリスの元へ向かった。
「そこ、濡れない?」
「ひゃあ!?ど、どうしてここがわかったんですか?」
後ろから声をかけると、アイリスは飛び上がった。
おかしいな。
そこまでこっそり忍び寄ったりはしてないはずなんだけど。
「いや、あそこから覗いてみたら銀髪が見えて。」
ボクのざっくりとした説明に一応納得したのか、今度はボクの手元に興味を見せる。
「あの、その手に持っているものは?」
「これ?蓮の葉って言って、大きいものはこうやって雨除けに使えるんだ。」
説明しながら顔をチラリと覗くと、ぐっしょりと濡れている。
「あ、やっぱりここも濡れる場所なのか。」
『スプラウション』と唱えて、蓮の葉をもう一本生やすとアイリスに渡す。
対してアイリスは必死で顔をぬぐっていた。
「はい。……どしたの?雨に濡れてることぐらいそんなに気にしなくても。
あ、もしかして、泣い……。」
「違います!」
言ってから自分の声の大きさにびっくりするように仰け反る。
「違います、けど。すいません、お借りします。」
そのまま蓮の葉を受け取ってくれた。
「……そうだ、どうして走って出て行ったの?」
そのまま隣に腰を下ろして尋ねてみる。
あれ?思ったよりあんまり下濡れてないな。
「……お父様を、救えませんでした。」
「それはアイリスのせいじゃないでしょ?」
「でも、……でも。」
言葉の途中から顔を俯かせていき、ついに真下を向いてしまった。
「ナルメア姉様も、テト姉様もあんなに立派に役割をこなしているのに、私だけ何もできなくて……。」
濡れていなかったはずの地面が濡れていく。
「信志さん達、勇者様を召喚する事だって、お父様から話を聞いて、役に立てるってすごく嬉しかったのに……。」
「…………。」
その結果がこれ、だもんなぁ。
それは気も滅入るよね、うん。でも。
「それだけ?」
「……え?」
言ってしまえば、それだけだ。
「ボクだって似たようなもんだ。自分でもびっくりするくらい特に出来る事なんてなかった。
……正直、神殿でも役割なし、なんてことになるんじゃないかって思ったぐらい。
そんなボクが異世界に来て、魔法の力も手に入れて。」
努力して手に入れた力じゃないけれど、それは確かにボクの中にあるようで。
「ねぇ、アイリス。」
立ち上がって呼びかけるボクを察して、アイリスが顔を向けてくれる。
今度は濡れた顔を拭いもせずに。
「ボクは勇者?」
「……はい。私がお呼びした勇者さまです。」
「……そっか。ならボクらにも役割がある。それは神殿が保証してくれてる。」
役割なし、なんてなることはないのかもしれないけど。
与えられた役割がボクらにはある。決して役立たずじゃない。
「だから、その瞬間が来るまで。一緒にがんばろ?」
なんだか偉そうだなぁと思いつつも、手を伸ばしてアイリスに向ける。
「……ありがとう、ございます……。」
ボクの言葉を聞いて、うつむいてしまった後。
引っ込めようとした手を握られて、ようやく安堵した。
偉そうなことしゃべるって、辛いね。
そういえば気になってたことがもう一つ。
という頃で、また地面を濡らし始めたアイリスが落ち着くのを待って、聞いてみる。
「そういえば、ボクの役割、『操草師』ってどんな人がなってるの?」
「…………。」
あれ、おかしいな。
今度は気まずそうに顔を背けられてしまった。
そのまま、少し待っていると。
「…………さん、です。」
「え?」
聞こえなかったことを言外に伝えると、目を彷徨わせた上で、さらに気まずそうに口を開く。
「お……花屋さん、です……。」
…………。
花屋、花屋かぁ。
「大丈夫です。きっとお役に立つこともあります。」
さっきまでとは逆に、アイリスに慰められてしまった……。
肩を落としたボクはアイリスに連れられ、みんなのいる部屋に戻って行った。
なんだか少しずつですが文字数が増えてきてますね。
自分でも驚きです。
やっとタイトルの「花屋」を回収できました。
あとは「商魂」を手にして「逞しく」なるだけです。
さて。
ここだけの話、主人公の「操草師」は「創草師」と迷ってました。
でも、後者にするとなんだか都合のいいような植物をその場で作ってしまいそう、ということで
こちらに落ち着きました。
なので、地球にある植物を使うことはあっても、
植物に動物としての命を吹き込んだり、都合のいい植物を生み出したり……、なんてことにはならないはずです。
いわゆる「俺TUEEEラノベ」っていうんですかね、ああいうのを書きたいわけではないので。
もうそろそろ他の地に旅立っていきたいですね。
それでは、また来週、です。