side 信志
遅くなりました。
その分少し長めにしているのでどうかお許しを。
「そう、ですか。……すみません、私はここで。」
「うん、お休みなさい。」
アイリスと別れて、また一人になる。
冷たさを含む夜の風が、さっきまでの会話を思い出させる。
(アイリス、悲しそうな顔だったなぁ……。)
自分の言葉を正しくないと思うことはないけど、人のああいった顔は心が傷む。
ふと視線を下にずらすと自分の手が目に映る。
なんの変哲もないボクの手。
(ボクにはなんの力もないから……。)
今まで何ども繰り返してきたセリフを心の中でつぶやく。
別に異常な力が欲しいわけじゃないけれど、あの時ああしていれば、という考えはいつもつきまとう。
伸ばしても届かなかった手。伸ばしても振り払われた手。
そんな時、ボクに何かがあれば……。
「はぁ……。」
暗くなりつつあった気持ち、をため息で無理やり押し流す。
結局、欲しかった眠気はやってこないまま、部屋に戻ることになった。
その途中。
「俺も、君の意見は間違っていないと思うぞ。」
「うわぁ!!」
曲がり角の先に間くんがポーズ付きで立っていたのに気付かず、驚いて転んでしまう。
ぜ、全然気づかなかった……。
というかなんでこんなところでもポーズを決めてるんだろうか。
「い、いい夜だね。」
「ふ、そうだな。月明かりと涼風がつかの間の休息を与えてくれる。」
立ち上がりながら声をかけると、彼もポーズを解いてこちらに向き直る。
「先ほどの話だが、俺も戦いに身を置く身として同じ考えを持っている。疑うことは決して悪いことではない。」
「……。そか、ありが……って、ええ!?聞いてたの!?」
「ふ、当然だ。俺は闇に生きる狩人、どこにでも潜んでいるのさ。」
間くんは実はすごい人なんじゃないだろうか。
言動はなんというかあれだけど。
部屋の前まで戻ってきてボクは間くんと別れて部屋に入る。
戻ってきたものの、眠気はやってくる気配を見せず、空は明るくなってしまう。
眠い……。
朝。
目が覚めると自分の部屋ではない、豪華な天井が目に入る。
(……知らない天井だ。)
そんなおきまりの展開をした後、体を起こす。
もちろん、ここが自分の部屋でないことは分かりきっている。
「くぁ……。」
あくびをしながら部屋を出るとちょうど天野くんと会った。
「おはよう、なんだか眠れてないみたいだけど、大丈夫か?」
「ああ、うん、おはよ。……なかなか眠くならなくて。」
「はは、実は俺もなんだ。」
実際、異世界召喚なんて想像もしていなかった。
まさか自分の身に起きるとは思っていなかったと、天野くんと話しながら廊下を歩く。
途中、何度か使用人の人に道を尋ねながら、なんとか食堂にたどり着く。
中には、間くんがすでに。
「……どうした、眠れなかったのか?」
どうして二人とも同じ質問なんだろう。
「そうなんだけど、えっと、そんなにひどい顔してる?」
「あぁ、隈がすごいぞ。」
なんてこった。
そんな馬鹿な会話をしているとアイリスたちもやってくる。
やってくるんだけど……。
「うわ、アイリスさんも大丈夫か?」
アイリスの目にも色濃い隈があった。
あれはどう考えてもボクのせいだよなぁ。
夜になんだか余計なこと言っちゃったみたいだし。
「だ、大丈夫です。」
気丈にもそう言うアイリスだけど、すでに足元がふらついている。
「アイリスが大丈夫って言うなら、そういうことにしておくしかないにゃー。」
テト……さん、かな?
ともかくテトさんの一言で、ひとまず食事に。
その後は、神殿の事に話が移った。
ガタッ、ガタガタ、ゴト……。
揺れる馬車の中。
ボクはさっきまでいた食堂での話を思い出していた。
口火を切ったのはナルメアさん。
「神殿では、役割を手に入れることができます。」
「役割?」
「はい。その人の心にある自己像や能力値、その他の要素で決められる、能力のことです。」
「ということは、もし騎士になったら急に剣の扱いが上手くなったりする、んだろうか?」
「はい、とも、いいえ、とも言えます。手に入れた能力の中には、最初から使えるものと後から使えるようになるものがあり……。」
これ以降は少し長くなったので要約すると、
1、能力は幾つかの要素で勝手に決まる。
2、最初から使えるものと、次第に使えるようになる力がある。
3、前者はそれ以上強くならないが、後者は使えるようになった後も威力が強くなることがある。
ということだ。
「ところで、ナルメアさん。俺たちが役割を持てるのはわかったんだけど、持てるのは俺たちだけなのか?」
「いえ、役割はすべての者が持つことが可能です。」
「へー、ということはナルメアさんたちは、どんな役割を……って、これは聞いてもいいんだろうか。」
「ふふ、大丈夫ですよ。もちろん、見知らぬ人からいきなり聞かれると、怪訝に思われるかもしれませんが。」
確かにプライバシーみたいなものだからね。
……この世界にもあるのかはまだ謎だけど。
「私は魔導師で、テトは軽業師、アイリスは治癒師の役割をいただいてます。」
「ってことは、ナルメアさんとアイリスは魔法が使えるんだ。」
魔法かぁ。簡単なものでいいから使ってみたいな。
「そういうことになりますね。……と、見えてきましたね。」
あれが神殿です、とナルメアさんが指差す方に目を向ける。
石造りの決して大きくはないけれど、しっかりとした建造物。
それが進む先に見えていた。
「あれが……。」
「神殿……。」
天野くんと間くんがつぶやく。
ボクも神殿から感じるなんとも言えない感覚に言葉を失った。
神殿の前で馬車から降りて中に入ると、部屋の奥に水晶が一つ鎮座していた。
「これに、手をおけばいいのか?」
水晶に近づいた天野くんがナルメアさんに尋ねる。
「はい、そうすることで水晶が人の力を読み取って能力と役割を教えてくださいます。」
「なら、俺からやってみよう。」
返事を聞くが早いか、天野くんが手を乗せる。
心なしか声が弾んでいるのは気のせいだろうか……。と。
光が。
溢れた。
強い光を浴びているのに全然眩しくない。
でも風がないはずなのに髪が大きく揺れる。
そんな不思議な光に包まれて数秒。
始まりと同じように唐突に光が収まる。
「…………。」
光の残滓が舞う中で天野くんが手を掲げる。
「来い、『サモン・ソード』!!」
周囲の光が手の中に集まっていく。
光が完全に消えたとき、手の中には一本の剣が握られていた。
ということは……。
「俺の役割は魔法剣士。魔法と剣を操る戦士みたいだ。」
頰を掻きながら、それでも嬉しそうに天野くんが言う。
「おめでとうございます、勇者様。」
「ありがとう。これで俺も戦えるな。」
ナルメアさんも嬉しそうだ。
さて、次は……。
「次は、狩人たるこの俺が行こう。」
相変わらず不思議なポーズの間くんが進み出る。
ありゃ、先を越されてしまった。
そのまま水晶に手を置く間くん。
さっきとは違って筋状の光が幾本も飛び出る。
その光が収まった後。
「ふむ、これは……。」
何かを呟いた後、壁に向かって走り出し、
「我が道を塞ぐもの無し!『ランナブル』!」
そのまま壁を走って登っていく。
おお、忍者みたいになった。
「あれは……」
「にゃはは、わたしと同じ軽業師みたいだねー。」
「では……。」
「うん、最後はボクだね。」
「あの……、いえ、何でもありません。頑張ってください。」
アイリスが何か言いたそうにして引っ込める。
うーん、そこまで気にされてしまうとは。
少し申し訳ない気持ちになりながら水晶に手を置く。
……。
せっかくだし、役割の希望でも祈ってみようか。
えっと……。
(攻め……なく、……り紡ぐ……を。)
祈りが通じたのかはわからないが、そう思った直後に水晶が反応する。
手のひらから力が吸われる感覚がして足から力が抜けそうになる。
結構辛いな、これ。
本日3度目にあたる光の奔流は、足元から起こる。
その光が水晶を通じてボクの中に流れ込んでくる……。
そして。
「ふぅ……。」
目を瞬かせるうちに、ボクは自分に宿った役割を理解する。
理解、できる。
「『スプラウション』!」
部屋の隅に手を向けて叫ぶ。
「ボクは操草師。できることは、これぐらいみたいだけど。」
部屋の一角に雑草がビシッリと生えていた。
「操、草師……。」
「…………。」
みんなの視線が微妙なものになっていく。
そりゃそうか、戦闘の役には立ちそうもないからね。
ダダダダダ……。
部屋の中が神聖さとは程遠い静寂に満ち始めた時。
一人の兵士が部屋の中に転がり込んでくる。
先ほどの音も彼の足音のようだ。
「大変です!たった今、王国から伝令が!!」
事は起こる。
「魔族の大群が、王国に侵攻を……!」
その一言に、なんとも言えなかった部屋の空気は吹き飛んだ。