彼岸花9
9 西本竜也
どれくらい時間が経っただろう。花をどうすればいいのか。それは俺が一番触れたくない話題だった。しかし、避けられない話題でもあった。花が悪ならば対応しやすかったのだ。現にそうと決め込んで、今まで花を捕まえようとしか考えていなかった。花は悪い人じゃない。元井が言った一言は、俺をここまでかというくらい追い込んだ。
「元井、なんかないのか?こういう時はお前の出番だろ。」
「気安くお前とか呼ばないで。」
いつもの小言には、迫力がなかった。元井も悩んでいる。俺たちは、花を勘違いしていた。一番噂に踊らされていたのは、結局俺たちじゃないか。花に対して、こんな偏見を持って対処しようとしていたんだから。
「あの、先輩、」
今まで黙っていた司が口火を切った。
「倒すとか、捕まえるとか、先輩たちは最初からそんなことを言っていたような気がするんですけど、…助けようとは思わなかったんですか?」
「は?」
「いや、だから、よくよく考えると、どう考えても被害者は花である本人じゃないですか。」
司は続けた。
「タツさん、あの花って存在は、いったい何なんでしょう。この同好会の存在って、何なんでしょう。俺は何も分からずにこの同好会に入りました。でも、外から見た意見は言えるんじゃないかと思います。花について、先輩たちは一年間ここに通って慣れてしまっています。だから、こんな意見、変な風にしか聞こえないかもしれませんが…。」
司にしてははっきりとした物言いだった。元井が目を見開いた。俺も、きっと驚いた顔をしている。この意見は新しい。
「そうだ。何で最初からこう考えなかったんだ。花もただの人間じゃないか。俺たちと同じ生徒じゃないか。あり得ない、こんな噂は。」
俺たちの頭は、異常なまでに麻痺していた。
「助けよう、火我元を。」
元井はうなづいた。司もだ。日はもう沈みかけており、オレンジ色の夕日が部室を照らした。
大まかな方向性は決まったものの、どうしたら火我元を助けられるかということについては三人とも全く意見が出なかった。
「明日までに考えてくる。」
と言って、元井は早々に帰ってしまった。
「タツさん、」
司が相変わらず面倒くさそうな口調で言った。
「ん?なんだ?」
「俺、一応この同好会の部員ですし、部長と副部長に何でもかんでも任せっぱなしっていうのも気が引けるので、調べたんですよ、火我元さんのこと。」
「本当か⁉」
司はいつ見ても、部室で本を読んでいるかクラスで寝てるかなのに、いつの間に調べたのだろうか。
「花っていうのは特別です。ほかの学校から見たら、異常な状況です。その人の傍にいたら死ぬ?そんなこと、考えられるわけがありません。その花のことを調べようと思っても、何もできません。だから、俺は火我元さんのことを調べたんです。」
「火我元のこと?」
司はうなずいた。
「火我元さんは、誰に対してもやさしくて、友達もたくさんいて、人望熱く、気さくで…」
「ちょ、待て、誰もあいつには気が付かないのに、どうやって調べたんだ?」
司は、それこそ虫でも見るかのような目で俺を見た。被害妄想だと信じたい。しかし、俺はそんなネガティブな人間じゃない。
「中学に電話したんですよ。昼休みに。」
司に似合わない行動の速さだ。こんなにいつも面倒くさそうな顔をしているのに、やるときは案外やるやつなのかもしれない。
しかし、今の火我元を見る限り、司の話したような彼の姿は想像できなかった。
「親友もいて…って話していました。」
司は目を逸らした。いや、正確に言えば、もともと目なんて合っていなかったのだが。
「どうした?」
司は言うのを迷っているようだった。しかし、結局口を開いた。
「タツさん、この話だと、きっと高校になっても火我元さんには友達がたくさんいたと思うんです。だから、そう思うと…花の力よりももっと異常でもっと恐ろしいことに気が付いた、というか、そう感じたことがあるんです。
友達や親友っていうのは、こういう苦しんでいるときに手を差し伸べて、支えて、助けるのもなんじゃないんですか?俺にはそんな友達とか、ましてや親友なんていう人はいませんが…。だから、友達とはこうだと、決めつけてしまうのも、どうも筋違いだとも感じるんですけど。そのつながりが途切れるのは、花のせいですか?それとも人のせいですか?」
司の言うことは難しかった。俺は単純に、友達は助ける!という精神で動いているから。俺が司の言うことを理解できないように、きっと司も俺のことなんて理解できないのだろう。しかし、分かりあおうとする中で、つながりは生まれていく。
司は少し寂しそうに見えた。
司は自分には友達はいないといった。確かに、こいつが友達としゃべっているところを見たことはない。友達ができないというよりは、友達を作ろうとしていないように見える。そんな司はきっと友達というものに対して高い評価をしているんだ。それを裏切られたのだ。
しかし…俺は思った。司には何かあるのだろうか。これまで一度も友達を作ったことがないわけでもあるまいし。俺よりもなんでも知っている司は、友達、という一番身近で、生活に密着しているものを知らないようだった。