彼岸花8
8 火我元功
人と話したのは何日ぶりだっただろうか。実際そんなに日は経っていないのかもしれないが、今までの沈黙の日々はまるで何年も続いていたかのように長く思われた。
俺は玄関に入り、ドアを閉めたところで、ほっと息を吐いた。よかった。今日は誰にも会わずに帰れた。
「花追い同好会。」
俺はつぶやいて苦笑した。俺は、追われる側か。
花なんてものが本当に存在するなんてこと、今まで想像だにしていなかった。噂が広がると、また誰かのおふざけが始まった、くらいにしか考えなかった。自分が花になって、ようやくその存在を認めることができるなんて、なんて自分は愚かなんだと思った。
一つの事故が始まりだった。目の前で突如理不尽に突きつけられた人の死は、自分にとって大きな衝撃で、俺は丸三日間寝込んだ。三日間ずっと、同じ夢を見た。赤々と毒々しい、ほとばしるの美しさを誇る、ヒガンバナの夢にうなされた。
学校に通えるようになってからしばらくして、異変に気が付いた。誰も自分に話しかけてこないのだ。俺から話しかけても、まるで聞こえていないかのように無視された。俺は何か彼らに無視されるようなことをしただろうか。しかし、不思議と、しかし自然に、俺は理解していた。
彼らに俺は認識されない。
俺は花になったのだ。
と。確信したのは、再び事故に立ち会った時だ。
毎日見る不気味な夢と、まるで虫を殺すように軽々と目の前で奪われていく人の命に、そろそろ精神がやられてもおかしくなかった。人としゃべらず、運が悪ければまた事故に出くわすことに恐怖する日々。大げさではなく、本当に生きる意味が見いだせない毎日。そんなとき、彼女と目があった。
初めは信じられなかった。きっと彼女は、俺の向こう側を見ているのだと思った。しかし違った。彼女の目は、まっすぐに俺の目を見ていた。迷いのない視線に、一瞬にしてとらえられた。俺は、目を逸らした。彼女はまっすぐに俺の机に向かってきた。そして話しかけた、話しかけてくれた。俺の中に、光が差したように思った。しかし、気持ちとは裏腹に、態度は一向に冷静を装った。光にすがりたいという思いとは反対に、俺は彼女を拒んだ。
一瞬にして、心を持っていかれた。暖かな光に包まれた。失うわけにはいかない。失いたくない。失わないために、もう二度と彼女に話してはいけない。話さない。話せない。
俺は一人、玄関でうなだれた。