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花追い  作者: 金木犀
花追い同好会活動1
7/19

彼岸花7

 7 元井日和


 私は二年四組の扉の前に立って深呼吸をした。扉に手をかける。ゆっくりと扉を開くと、一番奥の後ろから二番目に、一人の男子生徒が座っていた。その場でじっとしていると、彼が顔を上げ、私たちの視線はぶつかった。張り込んでいた私が、この私が気が付かなかったのだから、きっと誰からも気づかれない日々だったのだろう。相手は心底驚いた顔をした。そして、何かまずいものでも見たかのように、さっと顔を逸らした。私は教室に踏み込んだ。一歩一歩確実に彼に近づいていく。私は、火我元功の机の前に立った。

「こんにちは、火我元さん。」

 火我元は顔を上げなかった。クラスに残っていた数人の生徒は、まるで存在しないかのように誰も私の言葉に反応しなかった。実際に、彼らには今、彼に話しかけた私さえも存在しないものとして、意識から外されているのだろうか。

「あなたに、話があってきました。」

「誰だ、あんたは。」

 火我元が口を開いた。

「二年一組の、元井日和といいます。」

 夕日が一気に窓から入り込んできた。火我元をオレンジ色に染め上げる。うつむく顔が、影ができたせいで余計に暗くなった。火我元が何も言わなかったので、早速本題に入ることにする。

「私は、今年結成されたばかりの、意味の分からない同好会に所属しています。少し噂になったんだけれど、知りませんか。」

「知らねえな。」

「花追い同好会です。」

「…。」

「私たちは、あなたが花じゃないかと思っています。」

 いくら、どうやって話題に触れようか分からなかったからって、こんなにストレートに切り出さなくてもよかったかもしれない。しかし、言ってしまったものは仕方がない。火我元は、私が考えていることと同じことを口にした。

「ずいぶん正直なのな。花が、危険な奴だったらどうするつもりなんだ。」

「それは肯定?」

「そうは言ってない。」

 火我元は、顔を上げた。顔色は、オレンジに照らされていても分かるくらいに悪い。しかし、目だけは異様な光を放っていた。私にはその目が何を意味するのか分からなかった。火我元が何を思い、何を考えているのか分からなかった。

「何を意味の分からないことを言ってるんだ。花って、なんのことだ。俺は何も知らない。」

「じゃあ。」

 私はこんなにも対抗心を燃やす人間だっただろうか。私はきっと、花にあてられてテンションがおかしいのだ。

「ここにいる誰かに、話しかけてみなさいよ。それができたら、この非礼を詫びるわ。」

 火我元の眉間に皺が寄る。表情がみるみる険しくなっていった。

「あなたは誰にも話しかけられない。話しかけても、気が付いてもらえない。」

 火我元は、ついに耐えられなくなったように乱暴に立ち上がった。椅子が大きな音を立てた。しかし、やはりクラスメイト達は見向きもしなかった。

「やめておけ。」

 怒りで震える声で、火我元は言った。…いや、彼は怒っているのだろうか?深呼吸を意識しているが、なかなか元の呼吸に戻ることはなかった。

「花追い同好会の、元井さんだっけか。やめておけ。そんな同好会を立ち上げているくらいだ。噂は聞いているだろう。花に関わったらどうなるか。避けられない死が待っているだけだ。花追い同好会とはいっても、所詮は生徒だ。あんたらも、命はおしいだろう。」

 火我元は荷物を肩にかけた。帰るようだ。ここで逃がすわけにはいかない。彼はやはり花だった。

「もう俺に構うな。関わるな。」

 火我元が私の横を通り過ぎ、扉に向かった。

「待って。」

「来るなよ。」

 私が何か言う前に、火我元は私にくぎを刺した。

「絶対についてくるなよ。…外は危ない。事故も多い。」

 私は違和感を覚えた。彼は私が言ったことに怒っているはず。私が、火我元が一番気にしているであろうところを、容赦なくえぐったから。しかし、彼の先ほどの言葉からは、その怒りが感じられなかったのだ。それどころか、彼は私の身を案じている。なぜ?彼にとって、私なんてどうでもいいはずなのに。私は赤の他人なのに。

 火我元が振り返った。

「俺は、ヒガンバナ。俺の傍に、もう近づくな。…頼む。」

 そう言うと、火我元は扉を開けた。

 出たところで、タツと司に出くわしたらしい。火我元は先日のことを覚えていたのか、司に

「すまん。」

というと、そのまま帰ってしまった。司も、さすがのタツも、火我元の後は追わなかった。


「花は悪じゃない。」

 私の得た結論は、たったのこれだけだった。しかし、私にとっては大きな一つの結論だった。花は、生徒に悪影響を及ぼす。宙に浮いたような安定しない不確かな情報は、劇的に、故意的に曲げられた、虚偽だった。

 火我元の声が、耳に残っていた。最後に隠し切れなかったであろう、悲しい瞳も。

 外にいたタツや司も、同じようなことを感じたらしい。私が廊下に出てから、私たちはしばらく何も言わなかった。

「元井。」

 タツが私の顔を覗き込む。

「元井、大丈夫か?」

「へ?」

 私は、顔に手をやった。タツが本気で心配しているような顔だったからだ。そんなにひどい顔をしているのだろうか、私は。

「どうするんですか、これから。」

 司がしびれを切らして催促した。確かにこのままここでいても仕方がない。私たちはいったん部室に戻ることにした。


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