彼岸花4
4 元井日和
学校の前で交通事故があったようだ。生徒に被害はなかったようだが、朝一番に全校生徒が集められ、校長が注意を呼びかけた。そして亡くなった方への哀悼の意を表した。
こんなに身近に死亡事故が起こることなんて、めったにあることじゃない。いつもなら聞き流す校長の話を、今日はみんな真摯に受け止めていたように感じた。
集会が終わって、タツが私のところに来た。
「今日司休むってさ。」
タツが言ったのはそのことだけだった。私は、風邪でも引いたかな、季節の変わり目だしと、軽く受け流した。そして、昨日計画した張り込みに身を投じた。
結果を言うと、その計画は失敗に終わった。何も得るものがなかったからだ。誰か一人でも、花ならば怪しい奴がいてもおかしくないと思っていた。甘かった。そうたかをくくっていたせいもあるが、その結果はかなり堪えた。私たちは放課後、二人で部室に集まった。
「どうする…。」
私が思っていたことと同じことをタツが言った。いつもなら、私と同じことが考えられるのねとか何とか言ってからかうのだが、今日は本当にどうしたらいいのか分からず、からかう気にもなれない。
「司は風邪なの?」
見つからない答えの代わりに、私は適当なことで返した。どうもこの教室の中で二人だけというのは心もとない。タツは腕を組んで首を傾げた。
「いやー、俺もよくわからないんだ。電話してきたんだけど、今日休みますって言うなり切られて。」
私の頭の中に、小さな疑問が生まれた。花の噂、交通事故。もしかしたら、無関係なことじゃないかもしれない。司が休んだのは偶然?それもやはり、関係があるのかもしれない。
「タツ、今日司の家に行かない?」
「え?…おお、いいな。お見舞いかー、でも、司体調悪いんじゃないかな?」
「じゃあ、果物でも持って行ってあげましょう。お互い初めての後輩じゃない。大切にしなきゃ。」
本心、とは言えない。後輩にこういうことをするものなのか、ということも分からないし、興味のなかったが、タツを言いくるめるのには丁度よかった。
「そうだな!司、喜んでくれるといいな!」
そうやって平気で恥ずかしいことが言えるのは、タツのいいところだと思う。正直でまっすぐで、白くて無垢で。無邪気に準備を始めるタツの姿を見ていたら、なんだか罪悪感。私もこんなに純粋なら、きっと後輩のことを思ってお見舞いに行けるだろう。でも、人と自分は違うのだ。タツと私は違うのだ。
私は目の前に出された問題を解くだけ。小さなヒントも見逃さない。そんな機械みたいな人間が、私、元井日和なのだ。機械のように生きるのが、私の人生だ。
私が感じたそのヒントとは、どうして一同好会の先輩に、わざわざ電話を掛けたのかということだった。
ピーンポーン
チャイムを押すと、ほどなくして二階の窓から司が顔を出した。
「…え。ちょ、何で…。」
かなり困惑したようで、いつもの冷静さ、というより余裕がなかった。そんな姿はなんだかおかしかった。
「見舞いだ。まあ、なんか気分で来た!」
タツは行きしなに買ってきた果物を突き出して胸を張った。少し待つように言われて、司は下に降りて扉を開けてくれた。
「わざわざ…よかったのに。こんなことしてくれなくて。」
司は少し迷惑そうに言った。その言葉に対して、タツがギャーギャー言っている。司はそれを軽くあしらった。
対応は一見元気そうだが、顔色は悪い。司はそのまま自分の部屋に私たちを通してくれた。リビングはどうやら使えないようだった。
司の部屋は、男子高校生の部屋とは思えないほど何もなく、殺風景だった。全体的に青で統一されており、落ち着いて見える。
私は机の前に、タツは私の横に座った。司はベッドに腰掛けた。
「どうしたんだ?熱でも出たのか?」
「いや…今はもう何ともないですよ。朝少し体調が悪かっただけです。」
…違う。司は何かをごまかしている。私はそう感じた。
「明日からは普通に行くので。」
司は…
「心配かけてしまって、すいません。」
「司。」
私は司の次の言葉を遮った。司はゆっくり私の方を向いた。
「何か、私たちに話すことがあるんじゃない?」
しばらくの沈黙の後、司はため息をついた。
「日和先輩って、きっとすごい鋭い人なんだなーって思ってました。」
「私は鋭いわよ、司が思ってる以上に。」
私たちの会話を、タツはきょろきょろしながら聞いていた。タツは鈍いからな…。
「え?何のことだ?」
「私、タツから司のこと聞いた時から、ずっと気になっていたの。どうしてタツに電話をしたのか。学校に知らせればいいことだし、花の計画に司は実質組み込まれてなかった。部活で先輩に迷惑をかけるわけでもない。なのに、司はわざわざタツに電話を掛けた。無意識だったんじゃない?無意識に、私たちに知らせなくちゃいけないと思ったから、タツに電話したんじゃないかと思った。…花に何か関係があるの?」
タツもようやく気が付いたようだった。はっとして司を見た。司は、観念したように口を割った。
「さすがですね。学年トップなだけある。」
ちょっと冗談めかしつつ言う。司も話をはぐらかしたりするんだと思った。
「花に会いました。」
それは、想像していたよりも花にぐっと近づける話だった。司は昨日体験した話を語った。
「多分、あれが花だと思います。」
「顔は見えなかったのよね。」
しかし…。私はタツと話している司を眺めた。この子、人が死ぬところをこんなにも間近で見て、よく平気に…
その時、タツと目が合った。たっぷり三秒間。私は悟って荷物を手に立ち上がった。
「司、お手洗い借りるわね。」
私は、部屋を出た。そしてそのまま扉の外でいた。
タツは分かっていた。司が平気なわけない。私の鈍い感覚は、タツが補っていた。タツのぼそぼそとした声が聞こえてくる。私には、今の司にかける言葉が分からない。どういう風に声をかければいいか、知らない。
まあ、男の子なんて、女の前では何も見せないし。どんなに私が頑張っても、司のつらさを取り除けるのはやはりタツなのだ。私はそっと扉を離れ、家に帰った。