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光害

 六 光害


 震災ゴミを口にした時、響は顔を歪めていた。

 ちょうどすれ違った上り電車が、歪めた顔を煌々と照らしている。

 やがて列車がすれ違うと、耳に馴染んだレールを刻む音だけが響いてきた。体は絶えず揺れているのだが、テーブルのカップには小さな輪ができているでけであった。


 ゴーーー、タンタララッタタ、タンタララッタタ……。


 走行中の場所が被った被害。それがどれほどのものか、震災ゴミの悔しさを想像するだけで気持が沈むのである。


「お話の途中、申し訳ありません。もうすぐ明石海峡大橋が左手に見えてきす。あと一時間と少しで岡山に到着します。岡山で運転士が交代して、その次の停車は広島です。時間調整のために広島で一時間ほど停車し、新山口に停車します。……いかがでしょう、明日の運転にそなえて、岡山到着でお休みになられては」


 翌日の快走のためを考えて車掌が散開を提案した。


 はるか前方の暗闇に吊り橋をかたどった光がうかんでいる。線路脇の建物に遮られてなかなか全体を見渡すことはできないが、突き出た柱の高さにしても、柱から柱までの間隔にしても、その巨大さが想像できる。徐々に存在感を増す巨大建造物に目を奪われていると、


「あんなにライトアップする必要があるんですかね。もっと小さな電球でもいいんじゃないかな。船と航空機への標識になる程度でいいと思うんだけどなあ」

 関サバがぼそっと呟いた。


「だいたい、街路灯というのは路面を明るくするのが目的なのに、ほとんどの光が外へ逃げちゃってます。空を見てくださいよ、都市部を離れたら黒いのに、都市の近くでは薄青い色をしてますよ。空を照らすようなことしないで、反射板を調節して光を路面に集中させたらもっと小さな電力で照らせるだろうに」

 関サバが空を指差して皆の注意をひこうとしている。


「そういえば、おまえ天文が趣味だったな。ご愁傷さま」

 河童が軽口を叩くのを、


「河童さん、今の関サバさんの意見、大事だと思いますよ」

『こっとい』がたしなめた。


「私も星を見るのが好きなんですが、名古屋では二等星程度しか見えないんです。北極星が何等星か知っていますか? あれ二等星なんです。あれがギリギリ見える限界ですよ。それより暗い星なんかかすんじゃって見えないんです。でも、そんな空に望遠鏡を向けると小さな星がたくさん現れて。それがどうです! こうして列車で運ばれていると、大きな町から離れるにつれて星の数が何倍にも増えて。蠍座がどれか、白鳥座がどれかわからなくなりませんか? これが光害なんです。さっき関サバさんが言ったように無駄に空を照らしているんです。この電気代は莫大な額だと思いますよ」


 夜空が明るいので星が見えないとこぼす『こっとい』の、斜め右から正面へと、光に縁取られた巨大橋が移動してゆく。


「お城やらビルやら、桜だったり滝だったり、いろんなところでライトアップされていますね。観光が目的なんでしょうが、いいんですかね?」

 嬉野が呆れたような顔になっていた。

「私の考えは古いです、それは自分でも認める。ただね、古来、日本人は自然に対して畏敬の念を抱いていた。自分達の都合に合わせて自然を改造するようなことはしなかったし、できなかった。夜になったらさっさと眠り、夜明けとともに働いた。闇を照らすといっても小さな燈し火、せいぜい篝火ですよ。だから暁を待ったのですよ。飛騨の三寺参りをご存知ですか? ずらりと並んだ蝋燭の灯りが雪に反射して、それは幻想的な光景です。秋田のかまくらもそうですね。そういうものなら賛成ですが、ライトアップは下品ですよ」


「嬉野さんは伝統的な日本文化が好きなんですね。そういえば、ドイツなんかは省エネの意識が徹底していて、通り過ぎた廊下は消灯するらしいです。照明も薄暗いそうですね」

 関サバが嬉野に相槌をうった。


「最近の照明器具なんですが、発光ダイオードや蛍光灯の照明がふえてきて、消費電力だって少なくなっているそうですね。うちも取替えたいのですが値段が……」

 島原と車掌が頷きあっている。


「そこですよ。単に電球の消費電力が少ないことで満足していませんか? さっき言ったように、光が何でもないところに漏れてしまっているんです。狙った方向に光を集めれば、もっと電力消費が抑えられると思うんですがね」

 関サバが勢いづいている。


「要は、自動車のライトのようにすればいいと?」


「そうですね。街路灯なんかはもっと光を集めてもいいと思います。屋内なら、窓側から室内に向けて照らすとか。パチンコ屋の照明を規制するとか。店内照明にしたって、なにも天井から照らさなくても、例えば、天井から一m下げるだけで電力消費がうんと抑えられるはずなんです」


「その通りだとは思いますよ。ただね、それを阻む制度があるのをご存知ですか?」

 すまなさそうな顔で嬉野が意外な方面からの見解に触れた。


「制度ですか?」


「そんな法律あったっけ?」

 関サバはもちろん、河童も島原も肥後も困惑している。


「税金ですよ。照明にかかる費用は、電気料金は必要経費として全額控除対象ですね、照明器具は金額によって償却資産になるかもしれない。つまり、必要経費として控除してもらえる分が減らされるのです。小額なら全額控除できますけど、そんな面倒なことをしなくたって電気料金を払う方が簡単ですよね。仮に、省エネに努力して電気料金が減ったら控除額も減ることになって、結局は利益が増えてしまいます。要するに税額を増やすことになります。もっと悪いのは、利益が増えることで税率が変わる畏れがあるのですね。悪くすれば予定納税をしなけりゃいけなくなる。そんなことなら省エネに努力する必要なんか……、ねえ」


 嬉野の言葉は会社員にとっては不可解、あるいわ難解なのだろう。所得税も住民税も給与から差し引かれていて、消費税だって購入代金に含まれているので納税の実感がないのが現実だろう。直接収めるのは自動車税くらいなので肯くことも反論することもできない。


「税金といえば、悪いことをして得た金からでも税金取るんです。例えば、消費者金融みたいに法定利息を超えた利息をとって利益を得るのは本来なら犯罪ですよ、利息制限法に違反しているのだから。でも、国も地方もその利益から税金をとっているんですよ。業者にすれば、税金を納めたことで違法ではないという言い逃れができて、さらに事業拡大を図るのですね。だけど、過払い金返還訴訟が相次いでいることから、金融会社は法定利息を超えた分を返還しなけりゃいけなくなった、もちろん訴訟を起こされた分についてですよ。泣き寝入りした人からの分は返さない。それでも、返還に応じた分からだって税金が取られているのだから、その分を計算して企業に返還しなけりゃいけないのに、国も地方も取りすぎた税金を返還しないでしょ? 仮に返還に応じる姿勢をみせたとしても、返還義務があるのは五年分だけで、それ以前の分は時効という法律を盾にして返そうとしないんですよ。過払い金返還請求というのは、五年も十年も前からの返済金もすべて計算対象なんです。裁判でそれが認められているのに、税金だけ時候を適用するのは理に適わないですよ。一事が万事というわけではありませんが、国にしても地方にしても、省エネを真剣に推進しようなんて考えてないのじゃないですか? 二酸化炭素削減は国際的取り決めの一部だから、嫌々取り組むふりをしているんですよ。おっと幸いに原発推進の名目にすり替えたり、家電メーカーや自動車メーカーが潤うような施策で誰かが懐を肥やすことを企むのでしょう。自動車の省エネ減税にしたって、あれ、自動車に縁の無い人の税金もつぎ込まれているのですよ。予算額からすると、国民一人当たり五千円負担している計算になります。本当に解決したい、改善したいと願うなら、省エネに努力したことを認めて、削減額のせめて半分でも課税対象から外すべきですよ」


 嬉野の長い演説が終わった。


 明石海峡大橋をやりすごすと海側の私鉄としばらく並走し、私鉄が左に分かれるあたりが明石城跡。その先の大きな工場の外れが関西圏を走る電車の西側拠点、西明石駅である。


 午後十一時すぎ、煌々と明かりを灯した西明石駅を轟音をたてて通過してゆく。

 ホームの先端に立つ助役が赤いカンテラを振って、異常のないことを教えてくれているのが展望室の窓から見てとれた。


 線路沿いの住宅の灯りも、国道を併走する自動車の数も疎らになり、人々の営みが今日の幕を閉じようとしている。

 踏み切りの警報音すら眠気を誘うように長く尾を引き、かえってそれが耳障りに感じられる時刻になっていた。


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