ゴミ分別の盲点
五 ゴミ分別の盲点
ダンダンダンダンダンダンダンダン、ダダン、 ダダンダダン、ダダンダダン、ダタンタタン……。
キィーーッ。
白地に紺色帯の車両が帰宅客で混み合うホームに足を止めた。
「停車中の列車は臨時列車ですのでご乗車になれません」
盛んにアナウンスが呼びかけている。その証拠に乗降口は閉じたままで、乗務員用扉から車掌が降り立っただけである。
間の悪いことに、ホームから居室内が丸見えとなり、慌ててカーテンで視線を遮る部屋もあった。窓ガラスを挟んで見物人と対峙している乗客もいる。ゆったりとソファーにふんぞり返り、これ見よがしに並べた料理をつまんだり、飲み物を見せびらかす乗客もいる。品のない客だなぁと呆れてしまうが、それが我々の本性なのだろうなと車掌は思った。ホームの混雑も長くは続かないはずである。あと三分もすれば先行車が発車する。ただ、少しまてば後続があるのだから、話題の種にでもと考える利用客も少なくはないだろう。早く先発列車が到着してくれないか、車掌はそればかりを願っていた。
一段も二段も高い運転台。窓の高さは一般客車の屋根より高い。寝台列車の大きな丸屋根越しに先を見られるほどの高さがある。
定刻に停止線ぴったりに列車を停めた運転士は、満足そうに時刻表を抜いた。
書類をまとめ、時計を取り出す時には、すでに交替の機関士が乗り込んでいた。
「各部異常ありません」
「了解です、お疲れ様でした」
まことに素っ気ない引継ぎである。もう用がなくなった機関士は革鞄を引き寄せ、何段もあるステップでホームに降り立った。
発車までの間、ホームで待つことになるが、そのかわり、しばらくの休憩が約束されている。それに、ただ立っているだけ。神経を張り詰める必要がないので楽なものである。
車掌の案じたとおり、先発の電車に乗り込んだ客は半数ほど。豪華な車内に魅せられてか次第に無遠慮に覗き込んでいた。
最後尾で展望車を背景に記念写真を撮っているまではよかったが、やがてあちこちでストロボを発光させている。きっと車内を映しているのだろう。互いに声が届かないので喧嘩にはなるまいが、品のある行動がとれないものか、車掌はいやというほどそういう場面に遭遇してきた。
大阪駅に停車すると、見慣れない車両ということも手伝ってか、電車待ちの乗客がすぐ脇に寄ってきて無遠慮に覗きこんでくる。名古屋では廊下側がホームに面していたのだが、大阪では居室がホームに面している。駅の風景を楽しむぶんには好都合だが、特に女性が寛ぐには不向きである。特に寝台に入る直前だった乗客は慌ててカーテンを閉じた。
が、最後部の一号車にはホームからの視線を遮るものがないので素通しである。とはいっても、『こっとい』の背中側から見られるだけなのでさほど困ることはないが、地域柄だろうか、無遠慮な視線が後を絶たない。
「見世物じゃないんだがな」
島原は、無遠慮な視線をまともに受ける位置にいるので苛だっている。
「そんなに苛々しないの。どうせじきに発車するんだし、見せてやろうよ」
「『こっとい』さんは後ろ向きだからいいけど、俺なんか正面だよ」
肥後も居心地悪そうに窓の外を気にしている。
「豪華な料理でも並べておくべきだったかな」
「そうだよ。こんな座談会になるのがわかってたら、せめて寿司桶を用意するべきだった」
島原と肥後がつまみを追加しながら小声で嘆いた。
「豪華だね、そんなの持参してる?」
「……お持ち帰りのなら、まだ残ってると……」
『こっとい』の逆襲にひとたまりもなく撃沈してしまった。
「だから、妙な負けん気を出さないの。自然体が一番」
『こっとい』は、そんな負けず嫌いが嫌ではない。むしろ人間くさくて好感がもてるのである。が、窓の外は別世界である。気にせずにいてもらいたいのである。
「そうだね、気にせずに続けましょうか」
嬉野が再開の音頭をとった。
「それではいいかな?」
響が軽く手をあげた。
「国の狙いが二酸化炭素排出削減の一点だとしたら、排出を抑制するか、消費するかのどちらかしかないのでしょうな?」
響が新たな展開へ意識を向けた。
「排出を抑制するといっても、電気は必要ですしね。自動車がなければ生活できない地域もあるんだし、どうすればいいんですかね?」
河童が応じる。
「だから、私が言ったように排気量規制をすればいいですよ。簡単なことではないですか」
肥後はまだむくれている。
「僕も発言していいですか?」
関サバが遠慮がちに手を挙げた。
「大学に通うようになって、一人暮らしだったから思うのですが、包装の仕方がおかしいと思います。特に食品なんか、どんなものでもパック詰めされています。野菜にもラップが巻きつけてあるんです。野菜って生きているんですよ、息してるんですよ。いくら衛生的だからといっても首を傾げることが多すぎます」
「あれってさ、結局ゴミとして処分するんだろ? 要するに燃やしてしまうわけだよな。けどさ、問題なのは材料なんだよ。木とか紙なら別だけど、全部石油系の材料だから煙も臭いもすごいんだよな。あれを減らすだけでも排出量をかなり減らすことになるんじゃないかな」
河童も関サバの意見を後押しした。
「兄さん、若いというのはいいねえ。俺なんか考えもしなかったことを指摘してくれる。こういう若者ばかりなら日本の将来は明るいぞ」
響が嬉しそうに嬉野に同意を求めている時に、ガタンと小さく揺れて列車が動きだした。
「関サバさん、河童さん、私の子供時分のことだから古いと笑わないでくださいよ。その当時は、魚は一匹まるごと売っていたし、野菜もまるごと売っていました。醤油なんかはビンに詰めてくれたんです。今日は一合でいいとか、二合ほしいとか言ってね。惣菜物も佃煮も秤売りでした。『ハゼの甘露煮を百匁ちょうだい』とか言う具合です。そうするとね、店のおばちゃんが薄板を漏斗みたいに捻って持たせてくれるんですよ。肉屋さんの包みはちょっと豪華に竹の皮でした。刺身なんかも薄板で船を作って盛り付けてあったなあ。飴玉は一個いくらだったから五円十円の小遣いでもけっこう買うことができましたよ。他は基本的に新聞紙に包んでくれました。埃が付かなけりゃいいんだからそれで十分でしたよ」
嬉野が遠い昔の生活を語って聞かせた。表情には当時を懐かしむような笑みがうかんでいる。
「そういえば、子供の頃、父親が寿司を下げて帰ることがあったなあ。あの入れ物は折箱だったなあ。駅弁もそうだった。結婚式に招かれた経験ある? 今時折箱を使っているのは披露宴の料理か赤飯ぐらいじゃないかな」
『こっとい』も懐かしいようだ。
「それはそれとして、衛生的になったというのか、売りやすくしてしまったというのか、全部包装されてしまいました。追い討ちをかけるようにゴミの分別ですよ。生ゴミを肥料にするのならゴミの分別も意味があると思います。でもね、市内でどれだけ生ゴミがでるの? それを全部肥料にするの? そんなことできないから、結局は生ゴミだって焼却していますよね。困ったことに、生ゴミって殆ど水分だからそのままでは燃えない、仕方なく重油といっしょに燃やしているそうですよ。それって変じゃないですか? パック容器なんか石油が原料だからよく燃えますよね。見方を変えれば燃料ですよ。それに、ゴミとして出された物を再生しているんですかね? そんな再処理工場を名古屋市が運営しているのですか? そんなこと聞いたことがない。結局は燃やしているのでしょ? だったらレジ袋を廃止する必要もないし、分別用の袋だって不要だと思うけどなあ、違いますか?」
関サバはそこまで一気に話した。特に、生ゴミを重油で燃やしていることに理不尽さを募らせているようで、そのあたりを語る時は力がこもっていた。
「スチール缶やアルミ缶なんかはいいよな、熔かせば鉄やアルミの塊に戻るんだから。プラスチックはどうです? 溶かして原材料に戻す目途がついたのですか?」
電池の件で不満をつのらせて以来、肥後は再利用にこだわっている。
「肥後さんが心配なのはわかるけど……、人ってね、誰でも同じだと思うんだけど、目先の事を解決しようとはするけど、根本的なことには目を向けない生き物なんですよね。解決する方法にしたって、簡単な方法を選ぶのが普通ですよ。私なんかそういう意味では模範的な人間ですよ」
『こっとい』が自嘲するように肥後を宥めている。
「そもそもゴミを分別することになったのはどういう理由からですか?」
河童が頭を掻きながら恥ずかしそうに手をあげた。
「お前そんなことも知らなかったのか?」
関サバが勝ち誇ったような口調でいる。
「仕方ないよ、俺の実家なんか田舎の田舎なんだからな。ゴミを分別するなんて意識ないよ」
「確かなことではないけどね、最初は焼却炉が壊れたことだったような気がする。ゴミによって燃焼温度が違うことだったか、プラスチックの燃焼温度が想定値より高かったとかが原因じゃなかったかな? それと、最終処分場の確保に困り抜いていることもあったように覚えているよ」
『こっとい』が自信なさそうに説明した。
「行政も苦しんでいるんだなあ……。決定的な方法があるけど、いいや、言うの止そ」
「こら、お前らしくないぞ。言えよ、すっきり」
関サバが肘を突いて先を促した。
「包装規制と人減らし……」
コーラを一口飲んだ河童が、照れたようにぽつりと言った。
「そうだね、人が生きる限り避けられない問題だよね」
響がしんみりと同調した。
「そういうゴミも問題だけど、もっと別のゴミが……、それも、減らせるゴミがね」
『こっとい』が皆を見回して、
「あんなパック入りになっていたら量の調節ができないですよ。小さなパックでは足りない、かといって大きなパックだと余る……。余ったのを食べきればいいですよ、冷蔵庫にしまったことを忘れてだめにしてしまう。食べ物をゴミになんかしたくないですからね。でも、量り売りをする店はなくなった。昔のやり方の方が無駄がないですね」
「そうだな、ゴミにしてはいけない物をゴミにしてしまっているのですね」
嬉野も大きく頷いた。
「『こっとい』さんや嬉野さんは年齢から食べ物へのこだわりがあるのでしょうが、僕達の年代ではもう一つ実感がわかないというか、切迫感がないですね」
関サバは首をかしげながら、ぶつぶつ呟いた。
「人の悪口言うくせに、関サバなんてけっこうなご馳走じゃないの。餓えて死んでしまう人がたくさんいるんだよ。遠い外国の話ではなく、この日本にも満足に食べられない人がたくさんいる。ゴミとして捨ててしまうのならそういう人に食べさせてやろうよ。君だって明日解雇されるかもしれない。他人事のように考えていたら泣くことになるかもしれないよ」
『こっとい』がやんわりと注意をした。
「いろんなゴミがありますけど、絶対に出したくないゴミがありますね」
窓の外を流れるネオンサインに目をやりながら車掌が呟いた。
「何のことです? そんなゴミがありますか?」
河童が問いかけた。
「自然災害にみまわれたことを想像してください」
山手に広がる住宅の明かりを追いながら響も呟いた。
「あの震災で出たゴミはどうやって処分したのかな。コンクリート・木材・家具・畳、焼け跡の土もそうだよ。災害がおきたら待ったなしだからな……」