五 再会
9.12 一部改稿
目前を埋めるような漆黒が、そこに居た。しかし、今度見たのはこの学園の黒い制服を身にまとった女子生徒だった。
「君、不幸体質とかだったりする?」
呆れた様な口調で彼女が振り向いた。
「凜…さん?!」
「また会ったね、奏太くん」
さらりと綺麗に整えられた黒髪が揺れる。苦笑すると右手をひらりと振った。
「っあのっこの間のこと、いろいろと聞きたいことがあって…」
奏太の言葉が詰まった。不意に視線を落とした先、凜の左の手には今しがた飛んできたと思われる野球ボールが握られている。
「あの、まさか…それ、素手でとったなんて言いませんよね…?」
「私、ミットでも持ってるように見える?」
奏太が震える声で問うとさらっと返し凜はケロッとしている。
どうやら本気で飛んできたボールを素手で受け止めるという普通の女子にあるまじき芸当をしたらしい。いや、普通の男子でもそんなことをする人はいないだろう。
「えっええええ!!?ちょっ痛くないですか!?骨折れてませんか!」
「そんな大袈裟に騒がなくても普通に大丈夫だって」
「普通は大丈夫じゃありません!保健室行きましょう手当しないと!」
「ほら、普通に動くでしょ。痛みもないし」
「でももしかしたらヒビとかはいってたら病院行かなきゃですし」
「ないない」
意外としつこいなと思い始めて凜は笑顔を少しだけ引きつらせた。
「けどやっぱり後から痛み出したら…っ」
ぴしりと顔の前に出された指が、それ以上の言葉を紡がせることを止めた。
「大丈夫。ちょっと落ち着きなさい」
そのまま奏太は静かになる。
「あ…すみません!!」
「謝る必要ないから。まあ、驚かせたのも事実だろうけど。法師は普通の人より丈夫なの。これくらいで怪我なんかしないから心配しないで。それに、私がこれキャッチしなかったら今頃君の頭に当たってぶっ倒れてたからね。それこそ病院沙汰だって」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。いい子は真似しちゃだめだよ」
「普通しませんできません…ていうか凜さん、ここの生徒だったんですか!」
「ははっ驚いた?またすぐに会えるよって言ったでしょ」
黒を基調とした制服もまた凜にはよく似合っていて様になる。
しっかり結ばれた青のネクタイが目に入る。一年は緑、三年が赤だからこの色は二年だ。
両親は知っていたのか知らなかったのか教えられなかっただけなのか、親戚だというのに奏太は全く篠坂凜について知らない。
「そういう意味だったんですか」
「普通に廊下とかで会う機会あるよってことだったんだけどね。まさかこうやって会うとはさすがに予想外だった」
「でも、なんで凜さんはここに?部活ですか?」
「いや、玄関から出られそうになかったから別からから出てきたの。そしたらボールが飛んできてるじゃない?びっくりしたよ。なかなかないよねこんなこと」
飛んできた方向を見てみれば、球場に張られたネットの上の方にに大きな穴が開いていた。どうやらそこを通り抜けたようだ。
「危ないなあ生徒会に言っとこ。んで、奏太くんはどこ行こうとしてたの?良かったら案内するよ」
「いや、特にどこ行くかは決めてなくて。なんとなく人ごみ避けてたらここに来ちゃって…」
「そっか。中学とかは何やってたの?」
「帰宅部でした。その、俺視えちゃうんで…そうしたらどうしても変なリアクションとったりしちゃうんであんまり…」
「そっか」
少しだけ奏太の表情が曇る。
凜も察してあまり深くは問わない。妖が視える者はどうしても視えない者には分からない悩みを抱えていることが多いということを知っていた
「今もどこか見学だけは行ってみようかと思ってたんですけど、特定の部に入る気はないんです」
ちょっと気まずそうに奏太はそう続けた。
「あの!もしよかったら禍怪とか妖とか法術師とか…いろいろ聞かせてもらえませんか!」
すっと凜は人差し指を指を奏太の目の前で立てた。
「それは、あんまりでかい声で言うことじゃないな」
「っすみません…」
「本当に知りたい?」
真面目な顔でこくりと頷くのを見て凜は少し思案した。
「そうだな…ここじゃなんだし着いてきて」
にやりと笑うとくるりと背を向けた。しかし、後姿にそれ以上進む気配がない。
「はい!あの、どこ行くんですか?」
「斑羽」
凜が何もないところに向かってそう呟くと、二人の周囲にぶわりと強い風が巻き起こる。
一瞬奏太はふわっとした浮遊感に襲われ足元が浮いた。ぐらりと体が傾いたと思うと今度は視界が何か柔らかなふわふわしたものに埋め尽くされる。
「なっなんですか!!?」
「すぐだから適当に捕まっててね」
景色が高くなっている。大きな何かの背に乗っているらしい。
晴れた町が良く見渡せてとても綺麗だ。
「えええええ!」
奏太の悲鳴が空へと吸い込まれていった。
主人公は凜なのですが、もうしばらく奏太のターンが続きそうです…