四十五 大風落ち来る
6.2 一部修正
街灯が三つ、ぽつりと灯った小さな小さな公園。
その一つは切れかけているらしく、点いては消してを頻繁に繰り返している。
滑り台が一つとブランコが二つ。それだけ。
辺りは既に闇に包まれはじめ、遊ぶ子供の姿は見当たらない。
居るのは凜と煌弘のただ二人。お互い、学校の制服から着替え黒服を身に纏っている。
凜たちは白藤を出てから準備を整えるために一度解散し、ここを待ち合わせ場所にしていた。
なにしろこの公園は夜間立ち入り禁止区間のすぐ手前、住宅地からもほんの少しだけ離れていることから夜になればもはや誰も近づかない。
実に都合が良い場所だ。
「球、切れかけてるじゃん。役所に言っとかなきゃね」
「そうだな。街灯は禍怪除けに一役買ってるしな」
凜と煌弘はじりじりと点滅する街灯をちらと眺める。
光を嫌う禍怪―力を増したものにはその効果は弱くなるが―には、少しは有効な手立なのだ。
準備、と言ってもそもそもそんなに準備が必要なこともないので早々と来ていた二人は指定した時間を待つ。
一時間以内。それがるいを待つ最終のタイムリミットだ。
「そういや圭のことだけどよ。あいつ、“あの”力が目覚め始めてるんじゃないか」
唐突に、煌弘が圭の話題を振ってきた。
「やっぱり、アキさんもそう思う?圭、妖力が急激に強まって来てるせいで、不安定でうまいこと扱えてない」
「ああ。じゃなきゃ、この前の体育祭だってそれほど大怪我せずに済んだはずだろ。あいつの実力考えてもよ」
「となると、一人であっち側行くなんてもしかしたら今かーなーりヤバい状況かもね」
「何もないといいんだけどな…」
「…」
しんとした沈黙が流れていく。
二人共、圭のここ最近の怪我の多さには思い当たる節があった。
けれどそれは圭自身の問題であり、どうすることもできない。
ふと、凜は携帯の時計を確認した。もうすぐ一時間経ってしまいそうだ。
公園の辺りに人の気配はまだない。
「あ、あの!遅く、なりました」
静かな空間に割って入るよう、パタパタとるいが走って来た。
動きやすそうな服をチョイスしたのか、学校の指定ジャージを着ている。
「来たね」
「すみません。何か持っていくものとはあるのかなって思ったりして…いろいろ考えてたら遅くなってしまいました」
「いや、まだ大丈夫だよ。それより、本当にいいの?」
「はい!お願いします。連れていってください」
るいは、はっきりと凜の目をみて答えた。
一応無理に来る必要はないと伝えたのに、それでも来たということは覚悟はあるようだ。
そもそも女の子一人でこの暗い公園まで来ることすらも心細かっただろうにと凜は感心する。
「あの、先輩方のその服は…」
「ふふ。後で教えよう」
明らかに普通でない格好の二人をまじまじと見つめるるいの疑問ははぐらかし、凜は煌弘を見た。
「渋川さんは危ないから、ちゃんと俺らから離れるなよ」
「あ、あの!そう言えば、今更なんですけど迷坂って夜間立ち入り禁止区域…ですよね?行っても大丈夫なんでしょうか」
「ああ。大丈夫じゃないけど俺らは許可されてるしな。理由はこれも後から凜に聞いてくれ。んじゃ、行こうぜ」
公園を出てしまえばすぐに真っ暗な道に入る。
すぐそこの角を曲がればもうすぐ迷坂につく。
三人は無言で歩を進めていく。
「…おかしいな」
「確かに」
先頭を歩いていた煌弘がぴたりと歩みを止めると後ろで凜も同意する。
分かっていないるいだけが首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「ここまできて妖が一体もいない」
「えと…普通はもう、いるんですか!?」
強張った声のせいでつっかえながらるいが尋ねる。
「ああ。普通は、な。ここは妖の住処とも言える場所だし」
ところが神経を研ぎ澄まして周囲の気配を探っても話し声どころか虫の羽音一つ聞こえはしない。
そのまま警戒しながら坂道を登っていく。
しかし、やはり何も起こらない。悪戯や化かしてくる者の気配は一向にない。
純粋に凜と煌弘の妖力に怯えて出てこない、という可能性もあるがこうも静かなのはおかしい。
これではまるで肝試しにでも来ているような気分だ。
「一体どうなってんだ」
煌弘の困惑した呟きがぽつりと消えていく。
そうこうしているうち、短い坂は終わり上の方にまで来てしまった。
「これは、何かあったね。気をつけていかないと」
「だな。もうすぐで永夜小路の入り口だ。なあ、やっぱ渋川さんは連れていかない方がいいんじゃないのか」
「…んー…そうだなあ…」
「あっまっ待ってください!私ここまで来て帰されるなんて…!」
「でも、これは普通じゃない。思っている以上に危ないかもしれないよ」
「…で、でも、もししーちゃんがその危ないところにいるんだったら…お願い、します」
また泣きそうな顔になっていることに本人はおそらく気づいていないのだろう。
必死に懇願する彼女に戻れとも言いづらくなってしまった凜は渋々と了承を出した。
「…ここから先。絶対私かアキさんの側から離れないで」
坂を登りきったそこは少し開けた場所があった。
木々が生い茂ってはいるがそこにはそれだけで、小路に入れるような入り口どころか建物なんてどこにもない。
「なにも…ありませんね…?」
きょろきょろとるいは見回す。
「今開けるぞ、入口を」
「えっ開けるってどういう―」
るいが何かをしようとしている煌弘の方を向いた瞬間だった。
「ちょっと待ったあ!!!」
突如、静かな夜の森に大声が響く。
がさがさと動く近くの茂みの奥、誰かいるのは一目瞭然だ。
どんどん近づくそれが影から顔をのぞかせた時…本当はそれより前の声を聞いた時点でだが、凜の眉間がぴくりと動く。
間違いなく、聞き覚えがある。
「…なんでこんなところにいるの…」
*
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん―
日も落ちて一層真っ暗になった洞窟の中、規則的に滴る水の音。自然にできたであろうそこは、歪に広く音を反響させる。
幻想的、というよりは近づけばぞっとするような。
そんな不気味な空間。
ぼう、と寒々とするような青白い明かりが一つ、何もないところに灯った。
ゆらゆら揺れて影を落とすそれは火の明かり。
ただ、蝋燭や松明などと言った人工的なものではない。
燐火…人魂、鬼火や狐火とも言われるような、そういう明かり。
その明かりに照らし出されぼんやりと浮かび上がったのは、薄での布を頭からすっぽりと被り妖しげな雰囲気を醸しだす人の像。
「何か用?」
すっと布の奥から出てきたのは若い男の声。
そう大きな声を出したわけでもないのに洞窟に反響したせいか幾分大きく聞こえる。
すると、ざりざりと砂利を踏みしめる足音が近くから聞こえてきた。
「こんなところに居たのか」
女の声だった。
「尽糸か」
燐火の照らす範囲に妖艶な美女の姿を持つ妖が映し出された。
首元には黒く大きな蜘蛛の模様が浮かび、一層色気を帯びている。
二人は、つい先日、禍怪同士を共食いさせるという凄惨な場面を作り出していた。
「日が暮れた。直に禍怪も動き出す。私達も行こう」
「そう。もうそんな時間なんだ」
「ええ。この辺りの妖共は蝕に恐れをなして既にどこかへ隠れてしまった。そろそろ場所を変える必要があるわ」
「少し荒らし過ぎたか」
何の感情も籠っていない二人の会話は、単なる業務連絡でしかない。
「…」
「どうかした」
ぴくりと尽糸が反応したのを暁と呼ばれた妖は見逃さなかった。
「誰か来たみたいだ。この妖力は…法師か…複数いる。大きな力は感じないが…おそらく弱くはない者達のはずだ」
「へえ。いいんじゃない。どれくらい強いのか試してみよう。どうせそろそろ俺たちの存在も明るみに出るだろう」
「勝手に…いや、いいだろう」
からからと楽しそうな声音を布の奥から紡ぎだす暁に対し、相変わらずの無感情を貫く尽糸。
暁が立ち上がれば燐火もまた動きに合わせてついてくる。
洞窟から出れば、夜風がふわりと顔を隠す薄絹をはためかせる。
月は薄く陰り、悪くはない夜だ。
「さあ、行こう。見極めようじゃないか―今宵の法術師達を」




