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一 逢魔

2016.1.23 一部改稿

まだ少し肌寒い3月のこと。時刻は午後5時半を少し回ったところ。

吉野奏太(よしの かなた)は一人、全速力で走っていた。青春の汗を流して息を切らしながら、土埃の舞う校庭を…なんてきらきらしたものではなく薄暗い湿っぽい森の中を冷汗をかきながら、だ。

別にすき好んでこんな薄気味悪いところを走っているわけではない。


気が付いたらここに‘居た’-


奏太はつい昨日、この町―桜庭町(さくらばまち)に来たばかりだった。

この春中学を卒業し、高校進学を機に実家から遠いここまでやって来たのだ。さっきまで両親も一緒にいたが、翌日も仕事があるため駅まで見送った。

寮までの帰り道、せっかくだからと書店や飲食店などの他、物珍しい雑貨屋のような店を見て回る。

ごく普通の町だが見慣れないせいか物珍しい。観光しに来たような気分で、半ばわくわくと人通りの少ない角を曲がった時だった。


ぞくり。突然、背を這う様なねっとりとした悪寒と共に寒気に襲われた。


次の瞬間、一瞬にして自分の周りは木々に囲まれ不気味なほど静まり返り、気が付けば人が一人もいなくなっている。

まるで瞬間移動したかのように、いつの間にか景色が変わっていた。

近くに街路樹こそあったものの出口の見えないような深い森なんて全く見当たらなかったはずだ。


「なっ」

(なんだ、今のは…ここ、なんかやばい…)


そう思ったときには、無意識に走り出していた。がさがさと生い茂る木々をかき分けひたすらにこの森の抜け口を探す。

さっきから冷汗が止まらず、どんどん嫌な予感が増してくる。


奏太には昔から時々、その手のモノが見えたり感じたりする力があった。こんなことに巻き込まれたことは一度も無いけれど、間違いなくこれは危険な予感がすると勘が告げていた。


一体どのくらい走ったか。


-たった数分だったかもしれないけれど、全く明るい方向が見えてこない。さらに前へ前へと進むが、より奥に入っている気がしないでもない。

とにかくここから出て一度駅に戻ろうという考えが真っ先に浮かぶ。


ちらりと見た腕時計は丁度6時を指そうとしていた。ふと、このまま戻らなければ恐らく大変な心配をかけることになるだろうと思い立つ。

この状況をどう伝えるかはまったく考えていないが、とにかく寮に電話を呼べば助けを呼べると思いアドレス欄を開いた。


数回呼び出し音が鳴る。


「あ、もしもしっ」


一度音が途切れたためほっとしたのも束の間、プツッと切れてしまった。


(切れた…?)


もう一度、と思いかけてみるも今度は呼び出し音すらせずに切れてしまう。もう一回、同じことを繰り返すがやはり繋がらない。


(予備の連絡先聞いておけばよかった)


もしかしてと思いつつ、両親にもかけてみるがこちらも繋がらない。

明らかにこれは何かがおかしい。嫌な予感が脳裏を過る。

念のため妹にもかけたがやはり繋がらない…


(どうする…)


不意にアドレスの中に自分に馴染みのない名前を見つけた。

さ行の欄。'篠坂凜(しのざか りん)'という名前があった。家を出る前に両親から教えられた連絡先だ。

この町に住んでいるという親戚、なにかあったら頼りなさいということらしい。

その上には家の電話番号も載っていたのに、何故だか不思議とその名に惹かれるようにコールボタンを押していた。


呼び出し音が数回なった後、あっさりと回線は繋がった。


〈もしもし〉


電話の向こうから聞こえた声は、高くなく低くなく、それでいて通る声だった。少しだけほっとする。


「あのっ篠坂さん…ですか?俺、吉野奏太です!すみませんえっと、今ちょっと迷子になってしまって…」

〈奏太くんか。…迷子?君は、今どこにいる?〉

「っ…森の、中なんです。駅から帰ろうとしたら、その…いつの間にか…」

〈森?〉


電話の向こうの声は怪訝そうに問い返してくる。

この状況は説明して分かってもらえるのか、いたずら電話と思われて切られてしまいそうだ。と不安がこみ上げる。


「あの、いたずらじゃなくて…」

〈いつから?〉

「っと二十分くらい前…です」

〈そうか…すぐ行く。…どこかに隠れてなさい〉

「えっ?」


ぷつり


きちんと場所も説明できないまますぐに電話は切られてしまった。さっきので伝わったはずがない。そもそも隠れてなさいとはどういうことなのか…近くの木に寄りかかり、ずるずると座り込んでしまった時だった。


「ニン、ゲン…?」


頭上でぼそりと何かが聞こえた。


「ヒヒヒヒヒィィィッニンゲンンンンンンン」

「!?」


見上げれば、同時にけたたましい悲鳴のような笑い声が響く。


「っ!?なっ」


化け物と形容する以外にしっくり当てはまる言葉がないほどの、異形の何かが木の上でこちらを見ていた。

例えるなら芋虫のような形だが、真っ黒で大きく禍々しい気配を纏い、そこからのぞく濁った色の双眸はじっとと奏太を見据えている。


「な、んだ、これ…」


何度か人ではない者を見たことのある奏太だが、ここまで禍々しいものは見たことがなかった。

慌てて何とか立ち上がり、逃げる隙を伺う。


「ニガサナイ…俺ガ、タベル」

「は…?」


(タベル…たべる…て、それって食べるって、ことか)


奏太が背を向けて走り出した途端その芋虫は、同時に口から糸を吐き出した。


「なんだこれっ」


粘着質なそれは、奏太の動きを封じる。

人間の言葉を話すようだが、化け(それ)は明らかに捕食対象として奏太を捕えるつもりのようだ。話し合いなんて絶対通じるようには思えない。


脳が必死に逃げろと警鐘を鳴らすが体の自由は無い。


そうこうするうち、巨体の割にするする虫のように這いながら木を伝ってどんどん奏太に近づいてきた。


「っ来るなっ!!」


叫びも虚しく、くぱあ、という効果音でも付きそうなほど大きく口を開いてその芋虫は襲い掛かってきた。

こうして化け物に襲われたのだって初めてで、対処なんて出来そうもない。家族のことを思い浮かべたままギュッときつく目を瞑った。


ごりゅっ


耳障りな音が木々の間に吸い込まれ一瞬だけ、風の音がやんだ。









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