03.無意識と無自覚ほど性質の悪いものはない【Side彼】
「ん……。ん?」
俺は眩しい光に目蓋を刺激されて、ふっと意識を覚醒させられた。重い体を起こして、ゆっくりと周りを見渡す。
「っこ、ここは……?」
なんか、どっかの海岸っぽいけど……。俺の知ってるとこじゃねぇ。
端っこ見えないし、後ろは鬱蒼としたジャングルだし、島……みてぇだな。
「ディー? おい。生きてっか?」
再び空中キャッチしたディーの肩を揺さ振ってみる。が、まったく起きる気配がねぇ。
軽く肩が上下しているから死んではいねぇとは思うけど……。大丈夫だよな?
さんさんと降り注ぐ太陽の光に目を細めて、目元までフードを被りなおした。
「……変な場所じゃないといいけどな」
今ここに人間がいなくて良かった……。いやマジで。
魔族を毛嫌いしているやつの方が多いからな。
なんかしてきたら魔法でも一発ぶちかましてやればいいんだけど、今手加減できねぇしな……。それだけで済まないってこともあるけど。
ま、こうしていてもしょーがねぇな。
「おい、ディー。いい加減起きろよ」
「ん……」
もぞりと寝返りをうったとき、白い首筋が露になった。
そっか。そう言えばこいつ女だったっけ。なんやかんやで忘れてたな……。
こうしてみると、ただの女の子って感じする。
「いやいやいや、違う違う違う。別に何が違うって訳でもねぇけど、まずは起こすのが先だ!」
「ぅ……。せん……せぃ…。数学だけは……。すぅ…がく……だけ……は…」
「せんせい? すうがく?」
そりゃどんな寝言だよ? 揺さ振ってその寝言はねぇだろ……。
ったく、面倒臭ぇなぁ。
「ディー。マジで起きろって」
「うっさぃなぁ……」
「寝てるのか起きてるのか位はっきりしろ……よ?」
怪訝そうに、うるさそうに腕を振られたとき、違和感を覚えた。
ディーじゃなくて、俺に。
っ、あれ? 何か、身体、おかしい。
こう、魔力が忙しなく蠢いて……制御、出来ないっ!
「ディー! ディルセア! あと、何て言う名前だったか忘れちまったけど、何でも良いからさっさと起きろっ!!」
「んん……」
叫ぶだけ叫んでも……ダメだ。眠りの国から戻ってこねぇ。
ぶるりと身体が震える。
これは、苛立ち? それとも、怒り?
感情が魔力をかき回して、勝手に魔法を発動させちまいそうだ。呪文を媒介にせずに、そのまま。
押さえ、られない……っ!
魔力が暴発しそうになるその時、一匹の猫がディーの元に擦り寄ってきた。
色が紫ってのがめっちゃ気になるんだけど……。
こんな時に近寄ってくるって、どんな神経してるんだよ、こいつはっ!
「みぁ~」
その猫は何回かディーの頬を舐めた。
ちょっ、緊張感持て! せめて空気読め!
俺、今まさに魔法発動しちまいそうなんだけどっ!?
「みぁぁお」
今度はその肉球でぺしぺし叩き始めた。
だからぁ、今、踏張ってこうして苦労してんの。軽く魔法使いそうなの、わかる? って猫に分かる訳ねぇか……。
「おい。死にたくなかったら逃げろよ」
その猫は俺の姿を認めると一度逃げたが、すぐに戻ってきた。
戻ってくんなよ……。頑張ってる意味ねぇじゃん。
「いい加減起きろよ! 俺、後のこと知らねぇぞ!?」
「なぁぁご」
頭良んだか悪いんだか……。またぺしぺし叩き始めてる。
誰かの使い魔……な訳ねぇか。だったら一匹でここにいねぇだろうし。
「……くっそ」
暴発させるよりはましだよな。水だったら、被害少なさそうだし……。
俺は腹を括って、呪文を媒介として魔力による魔法を発動しようとした。
《生命の源である水よ聞け。オルドビ》
「フーッ!」
ガブッ。
「いったあぁぁぁ!!」
これには唱えてた呪文も途中で止まっちまった。
呆気にとられて、あれほど荒れ狂ってた魔力でさえぴたりと止まった。
何したと思う?
あの猫、ディーの腕を噛みやがった!
おかげでディーは一発で起きたんだけど……、後が恐いのは俺だけか……?
「いったぁ!! 何これ!? 痛いの痛くないの関係無しに本気で痛いんだけどっ!!」
うわぁ、歯形の跡ついてる。
幸い血は出てねぇけど、あの場所はいてぇよ。
二の腕の内側って言うの? フツーにつねるだけでもいてぇのに……。
「ビス!」
「う、あ、はい!」
こぇぇって。睨むな。
思わず返事しちまった俺も俺だけど……。
「なんで噛んでるの!! つーか、どこ噛んでるか分かってんの!! マジで痛いんだけど!? どーしてくれんのよ!?」
「俺のせいかよ!? 元はと言えば起きねぇディーがわりぃんだろ!?」
「はぁ? そんなの知らないわよ!?」
「すうがくとかせんせいとか、変な寝言がめちゃめちゃ多かったぞ?」
「なっ!?」
いや、マジで。
あ、みるみる顔が赤くなってる。うっわ、茹でダコみてぇ。
「しかも、噛んだのは俺じゃなくてそこにいる猫」
「みゃぁぉ」
これがまた良いタイミングで鳴いてくれるんだ。
本当に俺の言葉が分かってるみてぇにな。
「うっわ、可愛い~。何? この猫どうしたの?」
すいません。すっごく態度が違うんですけど……。
しかも、アズラスに引き続き猫とも比べられても負けですか……。
「知らねぇ。だっていつの間にかいたんだぜ?」
それに、ディーなかなか起きなかったし。
「ふぅん。でも、この肉球といい毛並みといい、すっごく良いわぁ……」
「なぁぁぅ」
ディーはディーで猫にかまいっぱなしだし、猫は猫でゴロゴロ言っているし……。
なんか気にくわねぇ……。疎外感。
「ちょっと周りの様子を見てくる」
「んー。いってらっしゃい」
「にゃぁぉ」
だから、俺等の言葉がわかってんだろ?
……にしても、何でいきなり魔力が暴走して、唐突に消えたんだ?
俺の意志とは、無関係ってのは、初めてだ。
……契約したから?
何なんだろ。……分かんねぇや。
俺は、なんか色々なもやもやを抱えて、砂を踏みしめながら、森の中へと向かった。
前回予告した通り、長くなりました。
長々と申し訳ないです。が、多分ちょくちょくこう、長い部分がはさまれると思います。
二つの視点から書いているものですから、足りない部分を補おうとすると、どうしてもこう、バランスが取れないんですよね。
未熟者です、精進します。