06.後にするから後悔と言う【Side彼女】
そんな事言われてもかなり困る。
だって、こいつ一応男。で、あたしは多分女。
何軽々しく俺ん家来いよ、とか言ってんの?
こちらとら、男に対する免疫とかないんだからね。純情乙女なんだからね。ピュアだよ、ピュア!
しかも、あたしは契約とやらはしたけど、まだビスがあたしにとって有利に動くのかどうかも分からないままだし……。
うむむっ……。
「……考える時間とか、無いの?」
「そんな時間が勿体ねぇって言ってんの。分かる?」
分かりたくない……。
つーか、あたしの身の保障があるんデスカ?
いや、多分大丈夫だとは思うけど……。でもでもでも、まさかってことも……。あぅー……。
ねぇ、どうなんですか? さっきの発言といい、どうなのコレ?
自問自答ループに填まったそんな時、空気を震わせる鳴き声がした。
『ぎゃぁおぅぅぅっ!』
「な、何っ!?」
かなりびっくりした。
ゲーセン行ってもこんなにでかい音は聞いた事無いし、現代っ子だからカラオケもお金があれば行くけど、ここまででかいってのは……。
ん? ちょっと待って。
……向こうに戻れなきゃ、ゲーセンもカラオケも行けないってことだよね?
こりゃ、真面目に帰らなきゃだめだな。うん。
「お、来た来た」
「え。あれ、ビスの?」
「俺のってか、アズラスだけど?」
……そうでした。
あのビスなんか足元にも及ばない超絶美形の大人なアズラスさん、実は鳥型ドラゴンって言う正体だった。
マジであの鳥形ドラゴンの姿のアズラスさんが上空に見える。
このなんて言うか、現実離れしすぎているあの姿見ると、ここって異世界なんだよなぁって実感する。
「ちょっといいか?」
ビスはそう言ってぎゅっとあたしの手を取った。
何、急に! 馴々しく……あぁ、ブレスレットの上からか。
いや、それでも心臓に悪いから止めてください。
すると、キィィィィッとあの黒板を引っ掻くような……あの生理的悪寒を感じる音が、空気を震わせた。
「ちょっ、やめて……」
あたしがペタンと座り込んでしまっても、ビスは止めようとはしない。そもそも、あたしの声なんかまったく聞こえてないみたい。
真面目に腰が立たないし、背筋ぞわぞわするし、耳を鬱ごうとしても片耳しか押さえられない。
だからあたしはこの苦痛に耐えるしか無かった。
いや、頼むからいい加減止めてぇー…!
そんなあたしの心の声に答えるかのように、その音を止めてくれたのはアズラスさんだった。
『ぎゃぉぅっ!』
一声鳴いて、一瞬で地上に降り立ったかと思えば、あの超美形の人の姿に変わる。
そして、ビスの手首を掴んで意識を自分の方へ向けようとする。
「オルドビス。もういいです」
「あ?……アズラス、遅かったじゃねぇか」
ここでようやく、ビスが我に返ったように声を上げた。
……めちゃくちゃ遅いんだけどね。
「平気ですか?」
「あ?……おい。なんで座ってんだよ」
今更? アズラスさんに言われてやっとか……。頼むから気付くならもっと早くに気付いてほしい。
頭ぐわんぐわん言ってるし、相変わらず腰は立たないし、耳はキンキンするし……。
やっぱ最悪。
「大丈夫ですか?」
「……はぁ。まぁ、なんとか……」
「大丈夫では無いようですね」
「わ、悪ぃ」
ぐぃっと、腕を引かれたけど、ごめん。マジで立てない。
腰が抜けちゃった上に、膝が笑ってるよ。体に力が入らない……。
「ごめん。ちょっと待って……」
「……じゃぁ」
ビスはひょいっと、あたしを抱き上げた。
てゆーか、え? ちょっと待って。
これってもしかして、俗に言う“お姫様だっこ”だったりする?
ドレス来た女の人を前で抱き上げるあのお姫様抱っこ? 女の子なら一度は憧れるけど、重いって言われたらショックだから遠慮したいアレ!?
「……ん? どうした? なんか顔赤いぞ?」
そう聞くビスの顔が近くて、あたしはみるみる茹でダコ状態に変わる。
あ、こいつあたしよりもまつげ長いかも……。
じゃない! 顔近い! 近すぎ!
「……っいやあああぁぁ! やだやだやだっ! 放してえええぇぇ!」
もぅ、恥ずかしくて恥ずかしくてとにかく降ろしてほしくて、あたしは無我夢中で暴れまくった。
「あだだだ! バカ! 暴れんなって! あと髪も引っ張んな!」
「放して、変態! セクハラァ!」
「アズラスアズラス! 元の姿に戻れ! やばい! 落とす!」
アズラスさんは素直にドラゴンの姿に戻った。
その背中に、ビスは乱暴にあたしを落とし……降ろし……た?
「うわっ!?」
「そんだけ暴れられるなら上等じゃねぇか……」
え? 何?
ビス、目ぇ……座ってるけど……。あのー……、もしかしなくても、怒ってる?
「え、あの、ビス?」
「しっかりと捕まれよ? そんじゃなけりゃぁ、落ちっからな。覚悟しとけよ?」
いや、恐い。マジで恐いから。美形が怒ると洒落にならないから。
氷の笑みと凍てつく微笑みはまさにこのことだよ!
て言うか、ビスはこんなキャラじゃないよね!?
お馬鹿さんキャラだよね?
ヘタレた天然なんだよねっ!?
頭ん中ぐるぐるしてるあたしのすぐ後ろにビスは座った。
つーか、近くないっ? 近いでしょこれっ!?
「ちょ、ちょっと待って。何、覚悟って!? 覚悟って何ぃ!?」
「行け。アズラス」
ゴウッと力強い羽が空気を叩いて宙に浮き上がった。
「うぎゃあぁ!」
情けないことに、あたしはこんなこと……と言ってもいいのか分からないけど、まぁ、浮き上がっただけで悲鳴を上げてしまった。
なのに、この、ただ今ドS月間強化中的なビスはっ!
さらに最悪なことを言った!
「いつものスピードのまま……でな」
次の瞬間、すごい勢いで前に進んだ。
「いやあぁぁぁぁぁっ! ビスのばかあぁぁぁぁっ!」
ちょっ、風圧! 風圧ぅぅ!!
耐えられずに後ろに押し流される。すると、必然的にビスに寄り掛かる形になって……。
「だから言ったろ? しっかり捕まっとけって」
ニヤリと後ろ(正しく言えば上)で笑われた。
腹立つ! 二重の意味で腹立つっ!! そんでもって近いぃ!!
「あとでおぼえと……ぎゃあああぁぁぁっ!!」
この悲鳴もとい絶叫は、一応、女としてどうなんだろうか?
とか心の隅でちらりと思う間もなく、声を上げ続けた。
恥ずかしい話、すでに涙目だったりする。
びゅんびゅんと風……これは雲? 空気? まぁ、なんでもいいけどそれを切る音が、何か、すごく近い。
「……これで、ようやく……か」
ビスがちょっとシリアス風に意味深なことを言ったけど、もぅ、それどころじゃないです。
「もぅ、いやだあぁぁ!」
「おいっ! 人がせっかくシリアス気取ってんのに壊すなよ!」
そんなん無理。
あたしはとんでもない選択をしたんだと、今更後悔をした。
長くなりまして申し訳ないです。
とりあえず、これで第三節はおしまいです。
ビスは感情表現が素直で描き易いです。
何を考えているのかよーく分かる。しかし、落とすはないだろうと思います。
おい、ヒロインくらい軽がると持ち上げなよ、準主役。
とは思いつつも、出来の悪い息子を眺めているようで、なんだか可愛く思えます。
頑張れビス。
……今のうちにww