プロローグ
第一話
五月 倫敦
その日、倫敦は霧の街の名にふさわしく朝から寄宿舎の周りには白い霧が滲んでいた。
かすかに湿った芝生を踏み、蔦の絡まるチャペルの前で、玲音・マーフェス・高坂は
スーツケースを押さえた。
大理石造りの正門で見知った顔の老紳士が佇んでいたのだ。
「ハーレイ先生」
「ミス・レイン 故郷に帰るにしても挨拶ぐらいあってもいいんじゃないか?危うく近年の最優秀生を見送り損ねるところだった」
ステッキで足元の霧を叩きながら子供のように語る
流暢な日本語だった。
玲音はくすりと笑う。 栗色のセミショートの下で輝く蒼氷色の瞳にはそういう微笑がとてもよく似合った。
「お手を患わせることも無いと思いまして、先生、研究で忙しそうでしたし」
「見くびらないでくれたまえ、イギリス紳士たるもの弟子の門出くらい祝えんでどうする」
見事なコールマン髭を撫でながら堂々と語る。
こういう人だった。
見栄っ張りと稚拙さが上手に同居している。
いきなり日本語を習いたいと言い出して玲音を呼びつけたと思えば日本語と英文の違いに癇癪を起こしたり、文句を言いながらも意地で覚えて数ヵ月後には気分転換用のBGM
まで落語と歌舞伎にさしかえていた。
事情を知らないほかの生徒はついに先生が狂ったと騒いでいたけど、
玲音にとってはこの五年間、一番世話になった人だった。
「さてお役御免の師匠から弟子への最終試験を課したいと思うのだが、いいかね?」
「はい」
心の内でこの五年で教わったことを復習する。
大丈夫、五年間やれるだけのことはすべてやった。試験程度でダメだったら
どうせ戻ってもあいつを守ることなんてできない。
「躊躇なしか、その思い切りの良さも大いに結構」
くるくるとステッキを回す、一昔前の映画ならそのままタップダンスでも踊りだしそうだ。
「この庭園内なら人目を気にする必要もあるまい。 飛行機の出るまで時間も無い
早速、始めようか。」
すっとポケットから一枚のカードを取り出した。
タロットと呼ばれる一枚一枚の絵に様々な意味を宿す、占いやまじないにしばしば使われる品だった。
「で、絵柄は何です?」
「ふふ勿論、君への期待をしっかり込めて「塔」のカードにしておいた」
「塔」・・・タロットにおいて正位置でも逆位置でも悪い意味にしかならない最悪のカード
反逆、驕慢 絶望、離散 失墜 そして「試練」
「すごく期待してくれてるらしいことは伝わるんですけど、あまり祝う気はないですよね」
「当たり前じゃないか。君が日本に帰ることに全く私は乗り気ではないんじゃからな」
言いざま、手にしたタロットカードを玲音の足元に投げると、変化はすぐに起こった。
カードから煙のように黒い霧が玲音を中心に展開したのだ。
「さて君の5年間は私の「試練」に打ち勝つことが出来るかな」
寂しげな表情で老紳士は黒い霧を見つめるのだった。
初めまして てつ と申します
読んでいただけるだけでうれしいです。
設定の多さや稚拙な文章が気になると思いますが
これからよろしくお願いします。