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龍の哀しみ

作者: SaSaRa

この話は短編連作の第一作目です。


 龍という存在は、生まれたときから孤独な生き物である。

 彼らに親や子という概念は存在しない。

 種の残存本能により雄と雌が交配し卵を産むが、親は生んだ卵をそこに置き去りにし去って行く。

 例えば火龍であるならば火山に、水龍であるならば湖に。

 これはそのようにして生まれた一匹の水龍の物語である。


 サフィルスという国の西の端にアルズースという小さな村がある。

 特に特産物などない、辺境の村である。

 その村で唯一誇れることは、近くにとても美しい湖があることだ。

 その湖は村の水瓶であり、また村人たちの憩いの場であり、彼らの生活には欠かせない場所であった。

 

 ある日、村人の一人が湖畔で龍の卵を見つけた。

 全長1メートルはあろうかというほどの巨大な卵であった。

 一般的に龍は成体となると5メートルほどにもなる巨大な生物であるため、それに応じてまた卵も大きなものとなるのだった。

 この龍について村人の会合にて話し合いが持たれた。

 曰く、

 「もし、村人たちが害されたらどうするんだ?龍は恐ろしい生き物だぞ!人を食ったという話を聞いたことがある。今のうちに始末してしまったほうがいい。」

 同意する声がぱらぱらと上がった。

 「いや、龍はあの湖の守役となるだろう。龍がいれば、狼や熊といった危険な生物はそうそう近寄ってこなくなるだろう。物心つかないころから、人と触れ合っていれば我々を仲間だと認めるようになるはずだ。」

 そう村長が言うと、それまで口々に議論をしていた他の者たちが静まり返った。

 「ですが…もし、もしも村人が襲われたらどうします?女子どももあの湖に近寄ります。」

 「大丈夫だ。育ててくれた者に龍も無体なことはしないだろう。」

 その一言で全てが決まった。


 約三年を経て龍は成体へと成長する。

 その間、村人たちは龍に家族や友のように語りかけた。

 そのように接していると、龍がただ決して恐ろしいだけの生き物ではないことが分かった。

 それに応えるように龍もまた村人たちを仲間だと思うようになった。

 マレースシアス。

 古代語で青という意味の名を龍は得た。

 

 「マレースシアス!おはよう。今日も元気か?」

 一声かけると、寝床である洞穴からのそりとマレースシアスは這い出てきた。

 「まだ寝ていたのか?」

 それを証明するかのように、彼は一つ重たげに瞬きをした。

 

 また別の日は、

 「マレースシアス、狩を手伝ってくれ。」

 そう言われ、彼は一つ大きく羽ばたきをして空へ飛び立つ。

 そして彼は空を行く何匹かの大きな鳥を銜え、そうして再び地上へ戻ってきた。

 彼は村一番の狩人だった。


 マレースシアスは幸せだった。

 龍であったならば孤独であったはずなのに、優しさや温もりを知り、語りかけられることを知った。

 ただ龍という存在であったはずなのに、名を与えられ個を持った。

 マレースシアスは決めていた。

 大切な人たちに何かただならぬことが起こったとしたら、この命をかけて戦おうと。


 -その日は何の前触れもなく訪れた。

 聞きなれた声があげた悲鳴がマレースシアスの耳を打った。

 そうして、それらとともに嗅ぎなれない鼻をつく匂いがした。

 生臭い。

 そう感じるものだった。

 マレースシアスは村で何かが起こっていることを悟った。

 龍は人の何倍も様々なものが優れていた。

 聴力も、視力も、嗅覚も。

 だから、全てを知ることが出来た。

 それがどれ程までに辛いことか、彼は初めて知った。

 自分のこの優れた能力を彼は恨んだ。

 いつかの誓いのように彼らを守らなくてはいけない、と一つ大きく羽ばたいた。


 村人たちと出会ってもう七年という歳月が経っていた。

 外の者が生き神としてマレースシアスに会いに来ることもあった。

 マレースシアスとしては時折見慣れない人がやってきて、自分の前で膝を折り頭を下げて行くのが何故だか良く分からなかったのだが。

 辺境の村の龍の噂は様々な人の思惑や悪意を巻き込みながら密やかに広まり、最後には王の元に届いた。

 「疑わしきは罰せよ。」

 王はそう言った。

 それで全てが決まった。

 辺境で、首都の為政者から見捨てられていたはずの村に軍隊がやってきた。

 アルズ―スは国にその忠誠を疑われたのだった。

 龍は一匹だけでも多くの人間を殺すことができる。

 辺境の村が龍を使い反乱を起こそうとしていると、見なしたのだった。

 多くの罪のない命が白刃の露と消えて行った。

 「どういうことなのですか!」

 村長が叫んだ。

 マレースシアスを育てようと決めた男だった。

 「反乱を起こそうとしていたのだろ?その報いだ。」

 「まさか!私たちが?何を根拠に!」

 「龍を飼っているではないか?」

 「マレースシアスはそんなことの為に一緒にいるのではありません。彼は私たちの友なのです。」

 「そんなことが信じられるとでも?それにこれは王の決定だ。覆されることはない。」

 だから死ね、と言って剣が振り下ろされた。


 夜を迎え、村から音が無くなった。

 マレースシアスは恐ろしくなった。

 何度も村へ行こうとしたが行けなかった。

 もう見るまでもなく悟ってしまったいた。

 -全てを滅ぼしてしまいたい。

 大切な者たちを奪ったものを殺し尽くしてしまいたかった。

 しかし、それは出来なかった。

 「決して誰かを傷つけては駄目だよ。マレースシアス、お前は他の誰よりも強いのだから。」

 マレースシアスを友だ、家族だと言ってくれた人々が言った言葉だった。

 ならばそれを必ず守らなくてはならない。

 マレースシアスは叫んだ。

 悲しみと苦しみの咆哮だった。


 マレースシアス。

 その名を呼ぶ者は誰もいない。

 静寂が苦しかった。

 静かに寝床に戻り、その身を横たえた。

 目を閉じて思うのはかつての優しい記憶。

 

 -龍はこうして孤独を知った。
















 がさりと草を踏み分ける音が聞こえた。

 マレースシアスは寝床である洞穴の中で身を起こした。

 なんとも珍しいことであった。

 世間であの日の惨劇はもう過去のものとなり、人々はかつての辺境の村のことなど忘れ去ってしまった。そうでなくとも王に反逆を疑われ滅ぼされた村になど好き好んで近寄るものなどそうそういないだろう。少なくとも村が滅びてから半世紀近くが経ったが、今まで出れ一人としてこの地を訪れた者など居なかった。


 「やっと着いた。お前は魔法を使えるのに何で使わないんだ?転移魔法でここまで来れば一瞬で来られただろう?」

 もっと楽に来れたのに、と恨めしそうに背に大きな両刃の剣を背負った大柄な男が言った。

 髪は燃えているのかと錯覚しそうな鮮やかな赤、瞳は若草を思わせる緑色をしている。服装は旅人と何ら変わらない簡素な服装に唯一心臓の位置を守るための簡易の鎧が付けられている。

 「あなたが最近運動していないから身体が鈍っていないか心配だ、と言っていたので。優しさですよ。」

 銀髪と深い海を思わせる青い瞳を持ち合わせた目を見張るように美しい男が言った。

 ちなみにこの男人でなしを地で行く。

 「そんなのは優しさとは言わない!お前えらく元気じゃないか?俺より体力ないだろ?もしかして…」

 良く分かりました、というように銀髪の男はにっこりと笑った。

 「そうですよ。使いましたよ。」

 当り前じゃないですか、とその笑顔は語っていた。

 「リューシュル、お前な!どうしていつもそうなんだ。優しくないというかないというか…。まぁ、いつものことだから仕方ないか。」

 溜息をつき剣士の男が地面にぐったりして座った。

 「まぁまぁ、ラッセル。体力が有り余っている貴方なら平気でしょう?」

 「まぁな。というか有り余ってなんかいない!」

 何とも賑やかなことだった。

 普段このあたりは鳥が囀る声や木々が風に揺られる音しか聞こえない。

 あの頃以来だ、とマレースシアスはマレースシアスは思い出す。

 子供たちは良く家の手伝いが終わった後、ここへ遊びに来ていた。

 マレースシアスが日向ぼっこをするために生い茂った草の上に寝転がっていると、身体によじ登って来ていたものだ。危ないと、何度か怒ったこともあった。

 悲しみがまた心を占める。もう随分と前のことなのに忘れられない。

 彼らが大人になり、結婚し、子を得て、親になっていく姿が見たかった。

 -それはきっととても幸せだっただろう。


 「こんなことをしている場合じゃない。」

 それまでの目まぐるしい言いあいを止めてラッセルが言った。

 「やっと気がつきましたか。」

 さも遅いというようにリューシュルが言った。

 その言葉を受けて何か言いたげにジロりとラッセルを見やったが気にせず言葉を続けた。

 「さあ、本題に戻ったところでここは一つ頑張りましょうか。ラッセルよろしくお願いします。」

 「お前も一緒に行くべきだろう。それに龍なんていう生き物に剣一本で立ち向かえなんて、俺に死ねというのかよ。」

 「もうぐだグダ言わないでさっさと行く。」

 「おわっ。お前、魔法を使うなんてずるいぞ!」

 自然には起こらないような風がラッセルの背後に発生しその背を洞穴の方へ押しやった。

 ぽんっとラッセルは洞穴へ放りこまれた。

 「死んだ。俺はもう死んだ。リューシュル、墓ぐらいは立てておいてくれよな。」

 「男らしくない言葉ですね。それより暗いですね。松明を持っておいてください。」

 後からやって来たリューシュルは、そう言って小さく呪文を唱えながら手を軽く振ると、松明に火が灯された。外から吹き込んでくる風が時折その炎を揺らした。洞穴の中は洞穴の明かりだけでは全てを照らせないほど、洞穴の中は広い。

 「やっぱりいたか…。でも、こいつ何だか大人しくねーか?」

 図鑑や物語や噂、そういうものの中では龍は人を襲う恐ろしい生き物とされていた。

 洞穴の中央には水色の鱗を持った龍が座っていて、大きな赤い目で二人をまじまじと見つめていた。

 「約五十年前の文献にアルズ―スという小さな辺境の村が、国軍によって滅ぼされたという事件があったと書かれていました。理由は村が水龍を密かに飼っていて国への反逆が疑われたためだと。年も性別も関係なく村人は殺されてしまったようです。」

 「くだらねー理由。胸糞悪い。」

 「それで、その龍というのがきっと目の前にいるこの龍でしょう。あの惨劇の中どうにか命を拾った人がいたようです。その人が書いた日記の中に名前が書かれていました。マレースシアス。これが彼の名前です。そうですよね?」

 最後の問いは二人の前に座っている龍に向ってのもの。

 マレースシアス。

 再びその名前がマレースシアスの心を揺らした。

 「一緒に来ないか?うちの王宮にはここに負けないような大きくて綺麗な湖があってな。寝床ももちろん用意しよう。」

 ラッセルが言った。

 マレースシアスは村の人々を愛していた。

 そうして村人たちもマレースシアスを愛していてくれた。

 名前を呼ばれ一緒に暮らした日々はとても幸せだった。

 マレースシアスはこの胸を熱くする感情が何だか分からなかった。ただ心が熱せられて踊りだしたくなるような、空を思いっきり飛びたくなるような楽しい気持ちであった。


 -再び名前を呼ばれ、そうして必要とされるとは。

 洞穴の中でマレースシアスは吼えた。

 喜びの咆哮だった。

 目の前の二人は必死で耳を閉じていたがそんなことは少しも気にならなかった。

 「一緒に来るということで良いのか?」

 「そのようですね。それにしても良かった。私は前から龍を飼ってみたかったんですよ。」

 綺麗な笑顔でリューシュルは言った。

 「お前のじゃあないからな。俺たちは王の命令を受けて来ているんだからな。」

 人に慣れている龍がいるという文献が学者の手によって見つけられ、それを知った王が王宮に招こうと言ったのだ。

 龍とは人よりもずっと強い生き物であり、上手く招くことが出来たのならば他国への抑止力になる。国力が弱いわけではないが、まだ出来て数年しか経たない国にとって大きな切り札になると王は判断したのだった。二人はその密命を受けここにやって来ていたのだ。

 「細かいことは気にしない気にしない。」

 「普通に気にするだろーが!」

 再び二人の間でめまぐるしい言い合いが始まった。

 何だか再び楽しい日々がやってきそうだと、マレースシアスは二人を見つめながら思った。

 


 

 



 

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