九 落ち葉
**** ****
とろり、ふいに混濁する。いま神言がくだされるのだ。
身体が、ふわりと軽くなり、宙へ浮かんで漂うここち。するりと臓腑が抜かれ取られて、べつのなにかが注がれるよう。そうして、だんだん見えてくる。立ちこめる霧の消えゆくように、駆けつけるべき場所のようすが濃やかに感じられてくる。その場所にある、空気もにおいも、音までがひどく濃くあざやかに。今回は、山の奥らしい。鬱蒼と茂る草むらの中。ずいぶんと暗く静かなそこへ、瓊音は迷わず分け入っていく。
空気が重く、じっとりとして、手足や首に絡みつく。しんとした黴のようなにおいが、胸に積もって満ちていく。進んでいくその一歩ごと、ざわり、ぞわりと枝や葉が鳴る。拒まれず、迎え入れられず。ただ、ここにあるこの存在が、この静けさを乱していると。まざまざと感じさせられて。
この先、障気が溜まっている。もうすぐ、動きはじめてしまう。ひとにふれると奪ってしまう、かならず、止めて防がなければ。そう告げる声が絶えず聞こえる。それは、だれかのささやきであり、おのれの切なる叫びでもあり、そして唐突に、もとにもどった。
ふかい草むらは掻き消えて、見慣れた居室の中にいる。瓊音は、即座に支度をはじめた。
御統に乗りたどり着いたのは、さきほど感じたとおりの場所だ。空気のぬめった草むらの中、ひとり、倒れたひとがいた。粗末な身なりをして痩せ細り、そしてそのひとは、泣いていた。なみだを流し、こと切れていた。瓊音がたどり着く前に、障気にふれてしまっていたのだ。
集まらなければ目に見えず、ひとを害することもない障気。しかし、呼びあい寄り集まれば、ひとをあやめるようになる。ひとが近くへ行ったとき、気配を察し動くようになる。ひとにふれると鎮まるものの、ふれられたひとはいのちを落とす。
瓊音は鳴詞を奏上し、大神の力を身体におとした。多くの障気が動いたらしい。ひとりのひとを犠牲にしても、いまだ残ってゆれていた。太刀の舞をさし、すべて鎮めた。あとは、静寂となきがらばかり。
障気のあった茂みの中に、このひとは迷いこんだのか。捧げられたのか、入りこんだのか。考えようとも、わからない。障気の溜まる場所というのは、むかしからあまり変わらない。わけもなく寄りつくひとなどいない。
瓊音は、そのひとを運び出し、春の落ち葉の中へうずめる。濡れた葉や土を手で掘るうちに、浄衣が黒ずみ湿っていった。汗が噴き出して目に流れこみ、思いがけないほど沁みいった。骨と皮だけのような身体は、それでもずしりと重みがあるのにどうしようもなく冷えていた。もとから冷たいものとはちがう。ぬくもりの消えた冷たさだった。たいして動いたわけでもないのに、なぜだかひどく息があがった。
すべて終わらせてしまったあとに、瓊音は御統を呼ぼうとした。すると目の前がくらりとゆれて、吐くかと思い座りこんだら、なにも出ないのに立てなくなった。しばらくそのまましゃがんでいると、御統が降りてきてくれた。
いちど邸に帰ったら、泥にまみれた浄衣を替える。そのあとに、もういちど出かける。日に日に、これを繰り返す。毎日、毎日くりかえす。




