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瓊音のつまごひ  作者: 相宮祐紀
(四) 罪咎の傷
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三十一 あかい

 気がつくと、そう問うていた。すまるのあかい、つぶらな瞳が、ちらりと実緒みおに向けられる。ほどなくしとぎのほうへもどった。

「もうしわけございません。おつとめの最中でいらっしゃいますよね。……きょうの、そちらのしとぎなのですが、すいちゃんも一緒に作ったのです」

 実緒は急いでそう言って、くりやの戸口をうかがった。穂が大きな目をまんまるにして、こちらをのぞいているのが見える。御統がいるのは知っていたけれど、近くで見たことはなかったらしい。固唾をのんで見守っている。実緒は、こころがなごむのを感じた。

 御統はそしらぬ顔をして、しとぎをぜんぶ平らげてしまった。ふわっと実緒から顔をそらして、まばたきの間に見えなくなった。それは、風にとけゆくように。実緒は残されたほおの葉を見つめ、しばらくそこに立っていた。気の早い蝉の声が聞こえた。背に浴びながら厨へ向かう。戸に張りついていた穂が、すごいねぇと口を動かした。ほんとうに、と実緒は応じた。穂は厨の板敷に腰かけ、土間に両足を投げ出した。

「確かに、うわさにはなってるけどさぁ……。あんなきれいなお馬さんだとは、たぶん、だれも思ってないよ。でかいしとぎって言ってるもん」

 となりに座るよう促され、実緒はためらいつつ腰をおろした。

「それにしても、瓊音ぬなとっていつも、あのお馬さんに乗ってんだねぇ……。やっぱりほんものなんだねぇ、いんちき祈祷師とかとはちがうな」

 あっけらかんと、そんなことを言う。実緒は、思わず眉根を寄せた。

「穂ちゃんは、ほんものでしょう……」

「えっ?」

 穂が目を丸くする。実緒は、膝の上に広げた朴の葉に目を落として言った。

「いつも、ひとを安心させて。わたしも、力をもらってるから……」

 しんと、その場が静まった。実緒は、だめだったと悟った。でもほんとうのことなのに。いつも、助けられているのに。顔をあげることができずにいると、くすっと笑い声がした。かまどのそばにいた比佐ひさだった。

「実緒ちゃん……、不意打ちはよくないよ」

 穂も、ひどくまじめな声でわからないことを言っている。おそるおそる視線を向けると、穂は口をとがらせていた。ほんのすこし、目がうるんで見える。

「穂ちゃん────」

「それよりまったくもう、それより瓊音さんだよあのひと、ほんとになにやってんのかね、そんなに忙しいのかね!」

 穂は大きな声を出し、ほっそりした腕と脚を組む。

「忙しいのは、知ってるけどさあ……」

 実緒は、なにも聞いていない。瓊音がもどらない理由だけでなく、透也とうやや比佐や、穂のことだって。ときおりちらりとのぞくなにかに、気がついていても、ふれられない。手を伸ばしてよい者ではないし、じきに別れることになるから。

「早く、帰ってきたらいいよねぇ」

 足をぶらぶらさせながら、穂がなにげない調子で言った。ほんとうに、と実緒はこたえた。





**** ****





 それから、また五日が経っても、瓊音はもどってこなかった。実緒は手を土まみれにしていた。朝餉とその片づけが済み、ほかのこともひと段落したので、草むしりを始めてみたのだ。なにかしていないと落ち着かなかった。なにかをずっとしていたとしても、あまり変わらない気もするけれど。

 厨の近くに植えてある、あせびのそばにかがみこんでいる。あせびの花はすんでしまって、細い魚のような青葉がいっぱいに生い茂っていた。もう日も高くのぼってしまい、空のてっぺんを過ぎるころ。木陰に入っていないから、背中がちりちり焼かれるようだ。けれども、とくに気にならない。抜いた草をただ積みあげていく。

「こんにちは」

 声をかけられて、実緒は土の中へ倒れこみかけた。なんとかこらえて振り向くと、そこには透也が立っていた。

「実緒さん、ほんとごめんなさい、またびっくりさせてしまって」

 ちょっぴりおどけた調子で言うから、なんだか力が抜けてしまった。実緒は立ちあがり、挨拶をする。

「いいえ、こんにちは、透也さん。お仕事もいつもごくろうさまです」

 ずっと座りこんでいたから、すこし立ち眩みがしたけれど。どうやら悟られずにすんだ。実緒がぺこりと頭をさげると、透也もていねいなお辞儀を返した。そして厨のほうを指差す。

「実緒さん、ちょっと休憩しましょう。穂も来るって言ってます。すもも、持ってくるらしいんですよ。お客からいっぱいもらってしまって、おいしくてひとりじゃ食べきれないって」

 明るい口調と表情は、やはり晴れ空のようだった。実緒は思わず、くすりと笑った。

「おいしくて、ひとりじゃ食べきれないのですか……」

「あ、そっか、おいしかったら、ひとりで食ってもいいのにね。あいつわりと、そういうとこある」

 透也はからりと大きく笑った。

「あのね、おれも瓜を持ってきたんです。宿舎の厨で譲ってもらって、なかなかうまいんですよねこれが。いま比佐さんが切ってくれてます」

「そうなのですね、それはほんとうに……」

「じゃあ、実緒さん来てくださいね。まあまあ早く来てくれないと、おれが瓜ぜんぶ食っちゃいますから」

「はい……、手を洗いましたらすぐに……」

「うん、それは、助かります」

 透也はかろやかにうなずいて、そしてさりげなく言い添えた。

「瓊音、だいじょうぶですからね」

「はい────」

「じきに帰ってきますよ。そしたら、文句言ってやりましょう」

 透也の言葉に、実緒はうなずいた。ねがいをかけるようだった。ねがいをかけてしまうのだった。早く、もどってきてほしい。

 なにかあったのではないだろうけれど、でも、どうしても、こわくなるから。会わないままで、出ていけないから。

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