二十四 大路を
**** ****
おっかなびっくり進んでいくのは、都の芯を貫く大路。広場ではないかというほど太く、そのうえずっと、まっすぐ伸びる。車がたくさんすれちがい、ひとびとも多く行き交っている。ここは市とはちがうので、店も並ばない通りだけれど、それでもじゅうぶんはなやかだった。穂と透也に連れ出してもらい、実緒は都の見物に出ていた。
瓊音の邸は都の片隅。その敷地から出て塀に沿い、ひっそりとした小路を歩いた。すると、古びた小屋が集まり建っている場所が見えてきた。そこを囲った板の塀には、短い衣の幼子たちがぶらさがって遊んでいた。わたしここに住んでるんだよと、穂が実緒に教えてくれた。そこを過ぎてまたしばらく歩き、大路のほうまでやってきたのだ。
実緒はしきりにきょろきょろしていた。周囲はたいへんにぎやかで、空気がくもったようにも感じる。たくさんのひとがいるからだろう。照羽の里でもよく見たような、水干や袴、小袖から、上等そうな直衣や指貫、小袿に笠に垂れ衣まで、みんなとりどりの装いだ。走って歩いての足音や、車輪や馬の蹄の音や、笑い声に話し声、騒がしいくらい、彩り豊か。まっさらな空もあいまって、あざやかすぎるべつの世界へ急に飛んできたここちになる。
「ね、実緒ちゃん、だいじょうぶ?」
横から軽く肩をたたかれ、実緒ははっとわれに返った。
「あっ、はい! だいじょうぶです!」
勢いよくこたえると、穂はにこりとうなずいた。
「うん、ひとまずだいじょうぶそうだね。気持ちわるくなったりしたら言ってね」
「えぇと、はい、すみません……」
「ううん、わたしも言うからさ。困ったときは助けてね────あっ、実緒ちゃん」
さっと、肩を引き寄せられて、ひとにぶつかりかけていたと気づく。
「だいじょうぶ? ここひと多いから。美護の目抜き通りなんだよ」
穂がきらっと笑って言うので、実緒はこくこくうなずいた。穂はきれいなだけでなく、こんなふうに、とても凛々しい。
「こりゃあ、心配なさそうですね」
うしろから、透也がのんびり言った。穂がぐるんと振り返る。
「ちょっと、あんたなに言ってるの。かよわい乙女ふたりなんだからさ、ちゃんと守ってくれなきゃ困るよ」
「ああ……? かよわい乙女ふたりかあ……?」
「なによ、なんか文句あんのかよ」
「いえっ、ないです乙女さまたち」
「乙女さまって、なによそれ。かしこまりましたわが姫君とか、そういうふうに言えないの」
「そういうのおれが言えると思うの」
「ああ。確かにちょっと無理かな……」
小気味よく言いあいをしていると思えば、透也も横に並んでいた。実緒は挟まれるかっこうだ。ふたりの声を左右から聞くと、なんだかすこし落ち着いてくる。実緒は大路の果てを見やった。柱や扉が真朱に塗られた、壮麗な門がそこにある。二重の屋根がついており、大きくてひとも住めそうだ。吸いこまれそうな青空を背に、どっしりとそびえ立っている。
こんな景色が広がっているのに、大路を行き交うひとというのは、いちいちきょろきょろなどしていない。長らくここで過ごしているから、おどろくこともないのだろう。それはあたりまえのことだけれども、実緒にはなんだかふしぎに思えた。
「実緒さんは、ここははじめてですか?」
透也に問われ、幾度もうなずく。
「はい、ここは、はじめてです」
「そっか、ここってすごいですよね」
「ええ、はい、おどろきました……」
はなやかなところに出ていくことも、ここ数年、めっきりなくなっていた。生家の厨や湯殿の中で、閉じこもるように働いていた。そのふたつの仕事場と、邸に勤めるひとの住む小屋を、行ったり来たりするばかりだった。
「ここ、ちょっとだけこわいですよね」
すこし上を見て、透也が言った。
「ひと多すぎるし、道まっすぐすぎるし、なんかわからないけどぎらぎらしてるし」
「ぎらぎらしてる? みやびでしょ」
穂が大きな声で応じると、透也はひょいと肩をすくめた。
「おれ、田舎者なんで。そういうのはよくわからんのです」
「へえ、教えてあげようか?」
「あー、やっぱり、わかってるわおれ」
透也はするっと逃げだした。実緒は、穂と顔を見あわせ、思わずくすりと笑ってしまった。笑いながら、ふと思う。透也も都の生まれではないのだ。
透也はなんでも平気そうだし、おっかないものに出くわしたって、すぐに仲よくなりそうだ。実緒は、勝手にそう思っていた。けれども、透也の口ぶりからして、最初はきっと都の景色に、びっくり仰天してしまったのだ。そんな透也は、この美護の都の平穏を守る官人だ。下手人を追う仕事なのだと、穂からも当人からも聞いている。
「ねえ実緒ちゃん、市についたらね」
穂にするりと腕を組まれて、実緒はちょっぴりくすぐったくなる。
「まずは、紙を見たいんだよね。祈祷に使うことあるからさ……あ、美護の市ってね、東と西にひとつずつあるの。月ごとにどっちかが開いててね、いまは東のほうなんだ」
じゃあ行こう、と声をはずませ、穂は実緒の腕を引く。転んじゃだめだぞ、はぐれちゃだめだぞ、と透也がうしろから呼びかけてくる。なんだか、幼い日の思い出に、頭から呑まれてしまいそう。だめだ。いまはいけないと、すがりつくように思うのは。
それは、あのひとのことだった。すきとおるような静かな声と、ゆれない黒い瑪瑙の瞳。青ざめた色の指先と爪、月明かりにとけそうな横顔。それからひんやり、冷たいぬくもり。ああ、だめだ。いけなかった。だれをおもってもくるしかった。




