二十一 御簾も
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数日のちの昼どきだった。実緒は厨の板敷に座り、しとぎもちをこしらえていた。鉢の中に米の粉を入れ、水を加えながら練る。神使である御統への、お供えとなるものだ。
御統さまは、しとぎを召しあがるのですかと聞いたら、比佐は笑ってうなずいていた。あるとき、なにかお供えをと思い、しとぎを差し出してみたところ、ぱくっと食べてしまったのだという。
御統は、しとぎをいたく気に入った。月にいちど作ってほしいと、瓊音を通じて伝えてきた。月にいちどになったのは、瓊音と御統が話しあい、譲歩しあったすえのことらしい。御統はひとの言葉を発さないけれど、瓊音とのあいだであれば、だいたい思いが伝わるようだ。瓊音は神言を賜るのだし、神使と言通わせるのもふしぎなことではないだろう。はじめて会ったあの夜も、御統は瓊音の呼び声にこたえて、そのすがたを現していた。
瓊音は、御統のためのしとぎを、こしらえる手間を気にしたらしい。神使さまと互角に渡りあうようだ。けれども、まったく手間ではないし、御統はもっとほしそうだから、月一回より多く作る。比佐はそんなことを言いながら、いたずらな笑みをにじませていた。実緒もしとぎを作るのは、これでもう三度目になる。
御統においしく食べてもらうため、実緒はもくもくと手を動かした。しとぎを作ったことはなかったけれど、三度目なので慣れてきている。徐々にやわらかくまとまっていく、粉の手ざわりを確かめていると、なぜだか、ふいに思い出された。はじめて、白湯を差し入れた夜。
水差しに白湯を注ぎ入れ、器とともに折敷にのせて、持っていくだけになってしまうと。突然こわくなってきて、比佐に背中を押してもらった。それで厨は出られたものの、途中で手足がふるえはじめた。それでも引き返そうとは思えず、瓊音の居所に着いたときには、心の臓がまろび出かかっていた。でも、声は出そうにない、これはいったいどうしようかとほぼ恐慌に陥っていると、御簾の内から瓊音が出てきた。怪しげな物音が聞こえたから、いぶかしく思ったのかもしれない。とっさに謝りかけたとき、しっかりと目が合ってしまった。
つややかな黒を抱いたその目が、大きく、みひらかれたあとに。どこかせつなげに細められ、まぼろしみたいにもとにもどった。実緒はいっときぜんぶ忘れて、小さなゆらぎのなごりに見入った。
だから、なにをどう説明したか、よく思い出すことができない。気づくと折敷がなくなっており、瓊音の声だけ残されていた。こぼれ落ちたのを受けとめたのだ。瓊音は、もうそこにいなくて、御簾も降りていたけれど。言った。ありがとう、ございます。
絞りだすのか抑えつけるのか、すこしくるしげな声だった。実緒はぎゅっと手を握りしめ、わけがわからないまま走って厨の中へ飛びこんだ。比佐があっぱれと褒めてくれて、身体じゅうが熱かった。その日はひとつも眠れなかった。
あの夜からは毎日欠かさず、白湯を支度して差し入れている。御簾の外から声をかけ、御簾の外に置いて去る。
なんだか、ひどく間抜けな話だ。実緒はいったん手を止めた。乾いた粉だったものが、もっちりしたかたまりになっている。その表はなめらかで、ひび割れはできていなかった。
「実緒さま、たいへんおじょうずですね」
比佐はさりげない言いかたをする。実緒は恥ずかしくなって首を振った。ただ慣れているだけなのだ。幼いころ、香於と一緒に揚げ菓子を作ったことも、あったから。麦の粉を練ってひねって、油で揚げたものだった。短い縄のかたちをしたそれを、香於はよろこんで食べていた。ぽりんと、気持ちよい音で、おいしそうに頬張っていた。
「やはり思ってしまうのですけれど」
比佐が言うので、はっとする。その働き者の手の上に、小さくて白い玉がひとつ。
「喉に詰まらせてしまわれないか、やはり心配してしまいます。でも、神使さまだから、きっとだいじょうぶなのでしょうね……」
そうですね、と思わず笑った。鉢の中の大きなかたまりを、ちぎって小さく丸く整え、庭で採ってきた朴の葉に並べる。早くしないと乾いてしまう。いくつもいくつも丸めていると、ころころと白いしとぎたちが、なんだかいとおしく思えてくる。
「かわいらしいですねぇ」
比佐がのどやかにほほえんで、実緒もつられて、口もとがゆるむ。そうしてしとぎができあがると、比佐は厨を出ていきながら、なにげないようすで御統を呼んだ。すると、御統はすぐに現れた。空から舞い降りたのでもなくて、ふっと戸の前にすがたを見せた。
実緒は半ば呆然と眺めた。御統は、比佐と実緒の作ったしとぎを、ひとつずつきれいに平らげた。




