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瓊音のつまごひ  作者: 相宮祐紀
(二) 鎮守の舞
15/40

十五  朝餉を





**** ****





 透也とうやすいがやってきたので、やしきがはなやかに、にぎやかになった。ふたりがおなじ時に来ることは、なかなかめずらしいという。

 せっかくふたりとも来てくれたので、一緒に朝餉を食べることになった。それ目当てだったと穂が言い、透也をあきれさせていたけれど、じつは透也もそのつもりだったと、あとからわかって笑ってしまった。

 きょうの朝餉は汁粥と、大根の漬物と焼いた魚だ。穂と透也も手伝ってくれて、できあがったものを折敷おしきにのせて主殿へ運びこんできた。折敷と円座わろうだを板敷に並べ、朝餉の席を作っている。

 透也と穂が並んで座り、実緒はその向かい側にいる。比佐ひさは鍋をかたわらに置き、すこし離れてようすを見ている。実緒は、どうにも落ち着かなかった。きちんとした膳が目の前にあるのも、なごやかな空気で食事をするのも、ずいぶんひさしぶりのことだから。それにここには、四人しかいない。

 穂と透也は、瓊音ぬなとのつとめについてだいたい知っているらしい。いま瓊音がいなくても、あまり気にしていないふうに見えた。

「あ、これ扇みたいじゃねぇ」

「えっ、ほんとだ! 実緒ちゃんこれ、扇のかたちに並べてるんだ!」

 透也と穂が小皿を見ている。漬物の盛りつけかたなんて、食べてしまえばなんでもおなじ。でも、ふたりの言いかたはまるで、たからものを見つけたときみたいで。

「こんなのはじめて、すてきだぁ……」

 実緒は言葉を返せずに、首を横や縦に振った。穂はいぶかしむようすもなく、にこりと明るい笑顔をくれる。比佐も、穂の前の折敷をのぞき、ゆったりとほほえんでいる。

「ほんとうですね、すてきですね」

「ほんとにね! 透也よく気づいたね、やっぱりあんた目ざといんだな」

「そうだよ透也は目ざといんだよ……なあ、おまえそれ褒めてんの?」

「えっ褒めてるでしょどう考えても!」

「あ、そうですか、そりゃどうも……」

「なによ、なんか文句あんのか?」

「ないです。ありません祈祷師さま」

 透也と穂のやり取りを聞き、比佐がくすくすと笑っている。実緒もおなかがくすぐったくなった。頬がゆるむのを感じていると、あ、と穂が声をあげた。

「あのね、実緒ちゃん。わたしこの近くに住んでてね。祈祷師をしてるんだよね」

 折敷から漬物の小皿を取りあげ、穂はそう教えてくれた。

「けっこう評判いいんだよ」

 にやりと得意げに笑い、漬物をひとつ口に入れる。ぽりぽり、小気味よい音がする。親しみやすいようすだけれど、穂はとてもきれいなひとだ。凛ときよらかな気配もまとう。

「だけど、わたしのはいんちきなんだよ」

「え……?」

 実緒は思わず目をみひらいた。汁粥の椀を持った透也が、横からひとことつけ加える。

「いろいろ儀式をとりおこなったら、若干神さまとつながれるって、そういうふうに言ってるんです」

「そう、若干つながれるの。いつもとはかぎらないけどね?」

「そんな、ふわっとした感じで、口が回るからけっこう人気で。忙しいんだよな祈祷師さま?」

「そうなの」

 遠慮もなくからかう透也に、穂はあっさりした調子で応じる。実緒のほうへ身体を傾け、不敵に口の端をつりあげた。

神子みこさまってひとりだけらしいし、わたしは神子さまじゃないからね。神言かむごととか聞こえるわけないし、なにともつながってないんだけどね。でも評判はいいんだよ。わたしが祈祷したあとで、病が治ったひともいる」

「すごい……」

 神言は関係ないとしても、ひとのこころを動かしているのだ。実緒が思わずため息をこぼすと、穂はきっぱり首を振った。

「ぜんぜん、すごくないよ実緒ちゃん。だめだよ、騙されちゃったらだめだ。わたしの祈祷で治ったんじゃない、わたしの祈祷のあと治っただけ」

「けどそういうこと、けっこうあんだろ?」

「あるけど、気持ちの問題ってことでしょ。でもそういう気分にさせてるんなら、ほんものなのかもしれないっていうのは、あるね」

 いたずらっぽくこたえる穂に、実緒は幾度もうなずいてみせた。言いたかったのはそういうことだ。

「そうね、見てくれとかはとくにね、それっぽくするからさ。ね、きれいでしょわたし? まるで天女さまのようだろ」

 はなはだてきとうな口調で言って、穂は汁粥の椀を手に取る。その言葉には賛成だけれど、穂がほんとうにそう思って、言っているのではない気がする。実緒が返事をできずにいると、透也が気負いもなさそうにこたえた。

「うん、そうだな。きれいだな」

 見てくれはだいじだよなと言い添え、匙で汁粥を口に入れる。穂はそうそう、とかろやかに応じた。

「そうなの。そういうことなの。……ん? なんか褒めてないなこいつ?」

「いや褒めてるだろどう考えても……」

「嘘だね。だってなんか腹立つ」

「それはよくない。損してるぞ。いやなふうにとらえるのはよくない」

「じゃあ、あんたも一緒なんじゃない?」

 穂が透也の背中を叩く。透也はびくともしなかったけれど、ばしんと大きな音がした。

「痛くねぇけど手加減しろよ……」

「なに? 文句は大声で言え」

 粥を混ぜながらぼやく透也に、穂はあっけらかんと切り返す。そんな穂の手から突然、汁粥の椀がさらわれた。比佐がかたわらに置いた鍋から、さらった椀におかわりをよそう。もうからになっていたようだ。穂は、比佐にお礼を言って、きらりとまぶしい笑顔を見せた。実緒は思わず目を細めた。

「穂ちゃんはとても、きれいです」

 だれかが、へ、と声をもらして、実緒は慌てて口を覆った。気がつくと口走っていたのだ。

 さきほど朝餉を作っているとき、穂さまとか穂さんはやめてほしい、穂ちゃんって呼んでほしいと、幾度も頼みこまれたから。だからそうしようと思ったけれど、なんだか恥ずかしくて気が引けて、できないだろうとも思っていた。それを、たったいまやってしまった。しかもきれいとか言ってしまった。それはほんとうのことなのだけれど、もしかしていやだったかもしれない。実緒は恥じ入ってうつむいた。じわ、と顔に熱がのぼって、なぜかなみだまで出そうになる。そのとき、ぺちんと音がした。

「えっ、そう……? そう、そうかな……?」

 実緒ははっとして顔をあげた。穂が頬を両手で挟み、大きな目をまたたかせている。

「実緒ちゃんが、言ってくれるんだったら、そうなのかもって思っちゃうなあ……あと穂ちゃんって、うれしいなあ……」

 手で隠れているけれど、頬がうすあかいのがわかる。すこし身体をくねらせていて、これは、もしや照れているのかもしれない。そのとなりで眉をひそめた透也が、ずずっと汁粥を啜ってつぶやく。

「なんだこいつ。うなぎかよ」

 あんまり褒めちゃだめですよ、実緒さんはとくにだめです、とどこか重々しいようすで説かれ、実緒はわけもわからずうなずく。透也は実緒のほうを見たまま穂に向かって顎をしゃくると、あきれかえった顔をつくって魚の頭にかぶりつく。骨までばりばりと噛んでいる。このひとに勇ましいと言われたけれどかなわないなあとか思っていると、透也はなにげない調子で言った。

「それとあいつ、瓊音のことは、あんまり気にしないでやって」

 どきりとした。思いがけないくらい。魚を半分ほど平らげた透也は、ちょっぴり困った顔をしていた。

「あいつ、いつでもこうなんです。朝早くに出かけるし、帰るのは夜遅いんでしょ?」

「そうだよ。ごはん食べないのも、もうしょうがないんだよね。比佐さんも、透也もわたしも、何回もいろいろ言ってたんだけど。食べたくないし寝たくないって言うから」

 穂もすこし口をとがらせ、けれども、続きはやわらかかった。

「でもね、実緒ちゃんはごはん食べてね。調子がわるくて無理じゃなかったら、ちゃんと食べとかないとだめだよ」

 実緒は折敷に目を落とした。汁粥も漬物も焼き魚も、まだ盛りつけたままだった。

「調子は、とてもよいのです、おかげさまで、すっかりよくなりました……」

 調子がわるいわけではないのだ。きっと案じさせるから、いただこうと思いながらも、なかなか手をつけられなかった。なごやかな食事がひさしぶりで、落ち着かなかったからだけじゃない。食べない、寝ないと聞いたから。すがたを見かけて目も合ったのに、近づくこともできなかったから。すぐにつとめに出かけてしまった。

 瓊音は大神おおかみ御言みことを賜り、その力まで授かっている。だから、ただびとでなくなっており、寝食が必要ないのだという。できないわけではないけれど、ここちよくは感じない。むしろ気持ちがわるくなるので、寝たくもないし食べたくもない。

 実緒の体調がよくなってから、話そうと思っていたのだと。比佐が朝餉の支度をしながら教えてくれたことだった。

 いままで寝こんでいたこともあり、瓊音がどんな暮らしをしているのか、ほとんどわかっていなかった。とても忙しいのだなと、それくらいしか知らなかったのだ。いつも指先にはふれていたけれど。

 その指が青く見えるのも、冷たく感じられるのも、きっとひととはちがうから。つねに淡然としているのも、黒い瞳がゆらがないのも。ただのひととは、ちがうから。でも。

 指先が、ふるえていた。ふれていただけませんかと、言った。ふるえにふれて、いたはずなのに、ひとりの、ひとのはずなのに────

「実緒さま。お身体がおつらくないのでしたら、どうかお召しあがりくださいな。一緒にお支度したのですし」

 比佐がおだやかにすすめてくれる。実緒は、はいとうなずいた。ぐるぐる考えてもしかたない。汁粥の椀を持ちあげる。素朴な刳物くりものの椀はすべらか、中にある粥のぬくもりが、じんわりと指に伝わってくる。ほのかに黄みのかかった粥を匙でそうっとすくいとり、ゆっくりと口へ運んでいく。ふわりとあまさが鼻をくすぐり、口の中にも広がった。塩気がまろやかでやさしくて、とてもやわらかく、あたたかく。

「おいしい……」

 ここで粥を食べたのは、はじめてのことではなかったけれど。熱もさがっているためか、いままでよりもおいしく感じる。頭の芯までじわじわと、痺れていくようなここちがする。ああ、こんなの。いいのだろうか。

「よかった、ほんとおいしいよね!」

 穂がはじける笑みで言う。横の透也も同意して、比佐もにっこりとしてうなずく。実緒は両手で椀を包むと、ほの白い湯気に顔をうずめた。

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