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瓊音のつまごひ  作者: 相宮祐紀
(二) 鎮守の舞
12/40

十二  あいだ





**** ****





 もうじゅうぶんだと言ったのに、比佐ひさ薬師くすしを呼んでくれた。やしきまで来た薬師のひとは、なぜだかなにかにひどく怯えて、はじめから帰りたそうにしていた。理由はわからなかったけれども、実緒みおはこころぐるしくてしかたなかった。そのひとの薬はよく効いた。それから十日ののちのきょう、ようやく床払いすることになった。

 ほんとうは早く治っていたのに、もっと寝るよう言われてしまい、長く休むことになったのだ。比佐はいやな顔ひとつしないで、実緒の面倒を見てくれていた。そのあいだ、この邸のことをいろいろと実緒に教えてくれた。

 この気品ある邸宅は、瓊音ぬなとが帝より与えられたもの。実緒が寝かされたのは北対きたのたい、瓊音の居所は東対ひがしのたいで、比佐の居所は西対にしのたいにある。けれど、比佐はその場所よりもくりやのほうがすきなので、ほとんど厨に住んでいるという。

 すきというのはほんとうだけれど、遠慮する気持ちもあるのかもしれない。比佐にその必要はないけれど、実緒は芯から恐縮していた。居所や調度を貸し与えられ、もったいないと思うのだ。でも、そんなことを訴えるのも、きっと失礼なことだろう。片隅がいいですなどと言うのも、かえってずうずうしいだろう。だから、あてがわれてしまったものは、必要なだけをだいじに使う。だいじに、三月みつきのあいだだけ。

 実緒が決意を固めていたころ、比佐は、たびたび邸を訪ねる客人のことを話してくれた。じきに会えるとも言っていた。前からの馴染みのひとたちであり、実緒が寝ているときにも来た。実緒がいることも知っている。体調を案じてくれていると聞き、実緒はいたたまれなくなってしまった。

 案じてもらってもうしわけない、それはうぬぼれになるかもしれない。けれど、まだ見ぬだれかにも、比佐にも気をつかわせていて、もうしわけないと思ってしまう。比佐はいつでもやわらかく、真摯に向きあってくれるのに。瓊音も。つとめを負いながら。

 いつ神言かむごとがくだるかも、どこへ行くことになるのかも、すこしもわからないという。神使しんしで天馬のすまるがいるので、どこへでもすぐに行けるとは聞いた。それでも、厳しいのはまちがいないと、実緒は勝手に思いをはせる。神言がなくとも各地を回り、異常の起こったところはないかと、確かめることもするというので。

 ぜんぶ、比佐が話してくれた。瓊音はあまり話さないのだ。いちばん長く声を聞いたのは、はじめて会った夜だった。あれから、十日ののちのきょうまで。瓊音は、つとめからもどるとすぐに、実緒のようすを確かめにきた。調子はどうかと、静かに問うて、それから静かに手を差し伸べた。

 つとめからもどれば、こうしてほしい。それでもかまわないかと問われ。はいと、こたえたときからだ。御簾みすごしに指をふれあわせるたび、どうしようもないここちになった。ひどく、くるしくやすらいで、おちてははずんでしまうのだった。

 床払いをしたきょうからは、もう御簾の中の病者ではない。なにかが変わるだろうか、なんて。なにかをほしがりたくはないのに。

 きょうは、比佐が部屋に来てくれる前に、着替えて髪を結って出てきた。長らくどんよりとしていた空が、すっきりと晴れ渡っている。その淡藍うすあいはきよらかすぎて、まっすぐに見ることはできない。それでも、のぞいてみたくなる。やはりまぶしくて目をそらし、慣れない色の袖口を見る。

 この小袖も借りているものだ。贄用の装束は持っているけれど、ずっとそのままではいられない。比佐がとりどりの衣を取り出し、たくさん持ってきてくれた。そこから入り用なぶんを選んだ。だいじに使わなければならない、固めた決意を確かめながら、実緒は北対の裏側にある厨のほうへ向かっていった。

 そこできょうから、ようやっと、家の仕事をさせてもらえる。よくなったら家のことをさせてほしいと、しつこく頼みこんでいたのだ。比佐は目を丸めていたけれど、助かりますと受けいれてくれた。

 藁葺き屋根に土壁の、かわいらしい小屋が見えてくる。長く切り回してきたあの厨は、比佐の住まいでもあるところ。ずかずかと侵すべきではない。けれど炊事はたいへんであり、なにもせずにはいられないので、実緒も入らせてもらうのだ。比佐は、そんなこだわりなんてないとは言っていたけれど。

「あら、おはようございます、実緒さま」

 ちょうど、厨から比佐が出てきた。白の混じる髪をきっちり束ね、しゃんと背筋を伸ばしている。

「比佐さん。おはようございます」

 実緒が立ちどまって頭をさげると、比佐はふふっと笑みをこぼした。

「実緒さまはいつも、そのように。お身体はおつらくありませんか?」

「はい、おかげさまでよくなりました」

 実緒は大きくうなずいてみせる。これでも身体はじょうぶなほうだ。ここ数年は風邪知らず、調子が怪しいときがあっても、気の持ちようですぐに治った。それなのに熱を出して寝こんで、たいへん口惜しかったのだ。

「長らく、お世話をおかけしました。きょうからまたあらためて、どうぞよろしくおねがいいたします」

 実緒はもういちど頭をさげた。

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