表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瓊音のつまごひ  作者: 相宮祐紀
(一) 神言の夜
1/40

一   座して





 呑みこまれそうな静けさだった。贄は舞台に座していた。

 篝火かがりびと夜の木々に囲われ、円をかたどる石舞台。ただその上に、ただ座して。真白の袴に染みこんでくる、石の気配を受けいれていた。真白の小袿こうちきの上をちらつく、炎の色を受けいれていた。舞台をえぐるひび割れは、まるで果てない深淵だった。広がる苔と黒ずみは、さながらうごめく細蟹ささがにだった。贄の手足をとらえる枷と、そこから続く長い鎖は赤茶に錆びつきひんやり硬く。

 役目をまっとうできるとき。そのときまでもう、あとすこし。すこしで、あれは現れるはず。木立の向こうのまっくらな、ひどく静かな茂みの中から。

 こうして、どれほど待っているのか、よくわからなくなっている。枷がしっかりついているので、みずから近づくこともできない。枷なしでも逃げることはないのに。ぼんやりとそう思いつつ、実緒みおはただ、ただ座している。ひたすらに座して待っている。贄として、あれを鎮めるときを。この身を、いのちを捧げるときを。

 おまえが贄になるのだと、父に言われたのはきのうのことだ。母は、父のとなりに座り、黙って実緒の顔を見ていた。だれもがそれでよいと思って、実緒も、それがよいと思った。これまで生きた十七年は、とてもしあわせな年月としつきだった。いつくしまれて、まもられていた。きょうこのときまで生かされていた。でもそんなのは、もうおしまいだ。すこし長すぎたのかもしれない。重たいなにかが込みあげるのを、ほんのりと笑んでやり過ごす。とたんに、強く風が吹く。

 篝火がなびきばちんと弾け、木の葉がゆれてざあっと騒ぐ。じっとりとして濃密な、土のにおいが立ちのぼる。夜風とともにあたりを撫でて、回って、やがて滞る。粘りけのある、無音が満ちる。

 実緒は、すいと前を見やった。ちょうどそのとき、こぼれはじめた。木々のあいまからこぼれはじめた。とろり、ゆるり、とろりとしつつ、闇にとけない消えない闇が。ひとときも、かたちをさだめることなく、透けそうながらも透けることなく、けれども、ほんのりひかりを放つ。大きな、大きな暗いかたまり。障気しょうきが、ようやくすがたを見せた。

 ひとの寄らないところに集まり、集まるとやがて動きはじめる。そのさまはまるで大水であり、ほうっておけばひとを呑みこむ。鎮めるためには贄が必要。障気。伸びては広がりながら、地面を這って近づいてくる。においも気配も、音もさせない。ああ、どんなにこわかっただろう。あんなに気丈に守ってくれた。おなじところへいくことはない。ゆるされることは決してない。そのうち、冷たい石の舞台は、すっかり障気に囲まれていた。実緒は分厚い暗い雲上、ひとり浮かんだ心地になった。障気は舞台へのぼってきては、ゆっくり、確かに抱きこんでいた。もうすぐ。

 もうすぐ、終わるのだ。あともうすこし。もうすこし。ひととふれあえば障気は鎮まる。ふれあったひともそこでおしまい。実緒は、静かにまぶたを閉ざす。指の先まで熱く痺れる。そのとき、どこからかなにかの音が。だれかの声が、聞こえた気がして。すこしだけ、目をひらいてしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ