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25年後の回顧

その後、私は、一人立ちして誰にも頼らず歩んで行きたい勢いだけはあったが、現実は厳しく、10年も家庭という甘い汁に浸かっていたツケは確実に身に沁みて私の道を塞ぐばかりだった。

「これからどうやって生きていこう。」将来への不安はつのるばかりだった。母に先立たれた父の暮らすマンションから徒歩で10分ほどの部屋を借り、何の保証もない派遣の仕事をしながらも、休みの日には父のところへ入りびたる。父は、再婚をしていたので、お嫁さんからの抗議もあり、私が来ることには、ほとほと手を焼いているようだった。とうとう、父から合鍵を取り上げられ、名ばかりの実家への出入り禁止となった。


私は、これからどうしたら、、大丈夫だろうか?…

自分が情けなく苛立ちで自暴自棄になっていた時、救いの手が差し伸べられた。学生時代からの友人が、再婚する気はないかと、いい人がいるけれどもよかったら会ってみないかと、連絡してくれたのだ。


仕事帰りに、その人と友人と3人で食事をした。友人が言っていた通りのいい人だった。穏やかで優しく、何でも聞いてくれそう。食事の後、友人は先に帰った。その人が「お茶でもしますか?」と言ってくれた。仕事が忙しいらしいから、気を遣ってくれたのだろう。私はわかってはいたが、この人に言っておきたい事があった。

近くの喫茶店に入り、腰掛けるやいなや、私は早速、話を切り出した。消え入りそうな声だったので、その人は、私の口元まで耳を近付けてきて、よく聞いてくれた。私は、生まれてからこれまで、ほとんど誰にも話したことのない、長年の悩みを初対面のこの人に、どうしてか打ち明けたくなったのだ。

我ながらおかしな事を言っていると思いながらも、この人なら聞いてくれるだろうと、一瞬で、この人の包容力が確かであると信じた。

「私、昔から、人と話すのが苦手で、ずっと悩んできました。幼稚園、小学校では、誰とも話せなかったんです。これから、それを、どうしても克服したいんです。」

その人は、しばらく、穏やかな顔で黙っていた。

その後、何の話をしたのか、よく憶えていないが、取り留めのないことだったのだろう。

「じゃあ、そろそろ、帰りますか。」と言われ、2人で駅へ向かう。私は、あの悩みを打ち明けたのは、やっぱり失敗だったなと、自分のバカさ加減にまた心が沈んでいた。

だが、それは、失敗ではなかったのである。

その人は、駅で、別れ際に言ってくれた。

「話すことなんて何でもいいじゃない。別に言葉が全くわからないわけじゃないんでしょ。」


私は、その時、幼稚園の時から背負ってきた重たい荷物をやっと下ろせたような気分になり、一気に楽になり心が弾んだ。

この人となら、また、これからの人生を、一緒にやって行けそうな気がする。


その人がどう思っていたのかは、本当のところわからない。だが、私の念願叶い、その人と私は晴れて結ばれることになった。




あれから25年経ち、初婚の相手との10年はもう遠い記憶の片隅にある。

よく考えてみれば、あの10年があったからこそ、今の穏やかな日々があるようにも思える。

私に敷かれたレールは、今の幸せの準備のためのレールだったのだろうか。いや、そんなはずはない、と打ち消しても、また湧き上がっては消え、また湧き上がってくる疑念。

私は東和パッケージに感謝すべきなのだろうか。

いや、感謝などしてはいけないのだろう。私は、操り人形としての配役を最後まで演じ続けなければならないのだから。




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