婚約者殿の告白
読みに来てくださって、ありがとうございます。
よくあるお話ですが、唐突に、思い立って前後編で書いてみました。コメディですよ。本当です。
薔薇の花が咲き乱れる我が伯爵家の庭で、私の婚約者のギーニアスが言った。
「ロアンナ。すまない。婚約を解消して欲しいんだ」
はあ?
「真実の愛を見つけたんだ。本当に、すまない」
はあ。
「相手は、リアンダ。君の妹だ」
私の妹の、リアンダ。
「驚いているよね。俺だって、そうだ」
いえ、多分、私の方が驚いてます。
「ギーニアス様。その……ハッキリ言っても、よろしいでしょうか?」
「ああ、ロアンナ。何と罵られようとも、心の準備は出来ている」
「誰ですか?それ?」
もう、驚き桃の木山椒の木である。リアンダ。誰!?
私、妹いないし。
「リアンダだよ、リアンダ」
だから、誰?それ。
「ああ、可哀想なリアンダ。家族に虐げられ、いない者とされているとは聞いたけど。まさかと、思ってたんだ。だって、君は、そういう事が大嫌いじゃないか」
訳の判らない事を言って責める婚約者は、もっと嫌いですが、何か?
冷静になって考えれば、該当者は1人しかいない。
私は、侍女に目で合図した。
「フレディに、今すぐ、あの子を連れてくる様に言ってちょうだい」
侍女の1人が、私に軽く礼をして急ぎ足で去って行った。
あの子は、一体、何をしているのやら。
侍従のフレディが、直ぐに、あの子を引きずってきた。
あの子が、わあわあ言っている声がする。
「止めろ、フレディ。何て事をするんだ!リアンダを離せ!」
「そうね、フレディ。服が汚れるわ」
ギーニアス様は、フレディの手から、あの子をもぎ取って抱き寄せた。
「大丈夫かい?リアンダ。まったく、この家の者は、何て事をするんだ。こんなに可憐で美しく優しくて妖精の様なリアンダに、どうして、こんな仕打ちが出来るんだ?」
可憐で美しく優しくて妖精の様なって、まあ、ある意味、妖精ですわね。
それに、私には、そんな事を一言も言ったこと有りませんよね。
美しくて聡明、文武両道、天下御免の公爵家公子。
まあ、私も美しいとか、可憐だとか、社交界では言われておりますが。お世辞ですからね。そのお世辞の1つも言えない婚約者とは、これ如何に。
それにしても、目を白黒させてないで、何か言いなさいよ。
リ・ア・ン・ダ?
「リアンダ?ここに、お座りなさいな」
私は、席を立ち、自分の椅子をリアンダ(仮)に勧めた。
「いや、それではロアンナの席が無いでは、ないか。リアンダは、このまま俺の膝に座らせよう」
びっくりして、声も出ないわ。何?その豹変ぶりは?
私には、エスコートとダンス以外で手も触れた事も無い癖に。お膝抱っこ。
ああ、もう、どうでも良くなってきた。
このまま、2人をくっ付けて、結婚なりと何なりとさせてしまおうかしら。最近は、そう言った話も有るようだし。
「この椅子か、男性のナニの上に座るお膝抱っこ。どちらが良いのかしら、リ・ア・ン・ダ?」
私は、片足を椅子の座面の端に置き、グイっと、リアンダ(仮)の方に蹴り寄越した。
慌てたリアンダ(仮)は、ギーニアス様の腕と胸をグイグイと何とか押し退け、スルリとしゃがんで逃れると、椅子に座った。
「ああ、リアンダ。照れること無いのに」
あんた、誰ですか?
本当にギーニアス様なのかしら?この豹変ぶり。
「ロアンナ、君は何て酷い事を。しかも、椅子を蹴って寄越すなんて」
まあ、それは、私にも非が有りますわね。でも、それ位、怒ってるって事よ。
「私の新しいドレスを着て、ど・こ・へ・お出かけでしょうか?リ・ア・ン・ダ・さん?」
私は、リアンダ(仮)の頭の上に手を乗せた。
「マダガス伯爵家、です」
ああ、マーガレット嬢の所ね。
「俺が初めてリアンダに会ったのも、マダガス伯爵家だ。マダガス伯爵の長男は同じ騎士仲間の同僚で、そこに遊びに行った折りに、一目惚れしたのだ」
ほほう、一目惚れ。
「最初は、ロアンナによく似た娘が、ロアンナの服によく似た服を着ているなと思って話をし始めたんだが。話をしている内に、意気投合してな」
ほほう、意気投合。
更に、ギーニアス様は、続けた。
「次にマダガス家で会った時も、その又次の折りも、いつ会ってもロアンナの服によく似た服を着ている。事情を聞いたら、『自分はドレスを持って無いので、ロアンナの服を着ている』と言うでは、ないか。それで、俺がドレスを贈ったんだが。何故か、君が、今、そのドレスを着ている」
ドレスを贈った?私に贈った事も無かったのに?じゃあ、このドレスは。
「これは、ギーニアス様から私へのプレゼントだと、この子が持って来ました」
「いや、リアンダへの贈り物だ。君の服を着ているのだから、君のサイズと同じだろうと君の行きつけの店で君のサイズで作った」
「私、ギーニアス様から初めてドレスを贈って頂いたと思って、嬉しくて」
リアンダ(仮)の表情が固まった。
もう、『様』いらなくない?ギーニアスで十分だわ。
「クリスタ、このドレス、脱がしてちょうだい!」
背中のボタンに手が届かないのよ!背中のボタンは、男が女の服を脱がすためにあるって言うけど、そういう事よね!
私は、クリスタにドレスを脱ぐのを手伝って貰った。
ギーニアスは、目を皿の様にして私を凝視しているし、リアンダ(仮)は、目を背けている。
「クリスタ、ハサミ!」
流石のクリスタも同意してくれず、私は。
ギーニアスの剣を奪い
自分の髪を掴んで
刃を当てた
ブチブチと引きちぎれる様に、私の髪は肩ほどで切れ
私は、切った髪を、ギーニアスの席のテーブル上に置き、剣の柄を彼に手渡した。
「婚約解消の『証』ですわ。理由は、趣味の不一致と言うことで」
「……ロアンナ」
「私、趣味に関しては寛大ですの。その人の自由ですものね。リアンデール、貴方の趣味に関しても、私は何も気にしなくてよ。正々堂々と生きなさい。お父様には、私が話しておきます。結婚式の日取りは、そのままにして、相手の名前だけ変更ね。
まあ、あの神父様なら、ちゃんとお式を挙げてくれてよ。心配いらないわ、男同士の結婚式も経験済みだって、前におっしゃってたから」
「な、何だって、私がギーニアス様と結婚しなきゃならないんですか!?」
「そこの、私の元婚約者殿に聞けば?2人で将来を話し合いなさいよ。私の知ったこっちゃないわよ」
私は、コルセットとアンダースコートのままで、一同に礼をした。ニッコリ笑って、元婚約者を見たが、涙がしとどなく流れるのは、見逃して欲しい。
茫然自失の体で、ギーニアスが私を凝視していたが、知ったこっちゃないわよ。
クリスタを従えて自室に戻った私は、フレディに書類を取り寄せるように言い、クリスタに髪を切り揃えて貰った。
勝手に、自由に、生きさせて貰うわ。
婚約解消した娘なんて、嫁の貰い手はなくなるでしょうからね。
「リアンダ、君、男なのか?」
「伯爵家で会った時に言ったじゃないですか『リアン』だって」
「ロアンナの弟のリアンデール」
「私の名前、覚えてなかったんですね」
ギーニアス、ハッキリ言って、お莫迦。